短編小説 — FACTS CONCERNING THE LATE ARTHUR JERMYN AND HIS FAMILY

アーサー・ジャーミンに関する事実

英国の名家ジャーミン家には、コンゴ探検家サー・ウェイドの代から続く奇妙な血の澱みがあります。詩人肌の当主アーサー・ジャーミンは一族の伝承を継ぎ、コンゴでの調査から「白い猿の女神」の伝説にたどり着きます。ベルギー人商人が発見したその剥製が英国へ届いた夜、アーサーは箱を開けた直後に絶叫し、屋敷の地下から夜の荒野へ姿を消して、油をかぶった体に火を放ちます。焼け跡から遺骨は集められず、箱の中身だけが一族の記憶を人々の口から消し去ろうとしました。1920年執筆、1921年3月・6月『ウルヴァリン』に2回分載。約3,700語。

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アーサー・ジャーミンに関する事実

「人生とは忌まわしいものであり、我々が知るものの背後には、時としてそれを幾千倍にも忌まわしくする悪魔的な真実の暗示が覗いている」

— H・P・ラヴクラフト「アーサー・ジャーミンに関する事実」(1920年執筆、1921年発表)冒頭部
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概要

物語は、サー・アーサー・ジャーミンが油を体に浴びせて荒野で焼身自殺したという一文から始まります。彼が燃え尽きたあと、遺灰を骨壺に納める者も、記念碑を建てる者もいませんでした。ある書類と、ある箱に入った物が見つかり、それを見た人々は忘れることを選んだからです。語り手は「人は、自分が何者であるかを知れば、アーサー・ジャーミンと同じことをするはずです」と述べます。彼を死へ追いやった原因はアフリカから届いた箱の中身にあり、奇妙な容貌そのものは生前の彼を苦しめてはいなかった、と語り手は付け加えています。

アーサーの一族には、代々「どこかおかしい」と評される血が流れていました。曾祖父サー・ロバートは高名な人類学者、その祖父にあたるサー・ウェイド・ジャーミンは十八世紀のコンゴ探検家で、著書『アフリカの諸地方に関する所見』で先史時代の白人文明説を唱えて物笑いの種になり、最後は精神病院に収容されています。以後の当主たちも、粗暴さ、奇形、突発的な暴力、そして動物への異様な執着といった形で、それぞれに一族の異常を体現していきました。

学者肌でオックスフォードを優秀な成績で卒業したアーサーは、詩人としての感受性を持ちながらも、先祖の遺した資料を継いでコンゴでの調査に乗り出します。そこで彼が突き止めたのは、廃墟となった太古の都市と、そこに祀られていたという「白い猿の女神」の伝説でした。ベルギー人代理人が現地でその剥製を発見し、英国のジャーミン邸へ送り届けたことが、アーサーの運命を決定づけます。

作品情報

  • 原題: Facts Concerning the Late Arthur Jermyn and His Family
  • 執筆: 1920年(年譜に月日の記載なし)[2]
  • 初出: 『The Wolverine』第9号(1921年3月)3–11ページ、第10号(1921年6月)6–11ページの2回分載[3]
  • 分量: 約3,700語(公式アーカイブ本文を機械集計)
  • 語り: 三人称。記録者が事件を報告するような乾いた口調で語り、「もし我々が自分の正体を知ったなら」のように読者へ直接呼びかける一節も挟まれます。
  • 舞台: 英国の荒野に建つジャーミン邸と、コンゴのオンガ族・カリリ族の地に残る廃墟の都市
  • 主題: 血統に隠された秘密、世代を追うごとに深まる異常、人間と人間ならざるものの境界

登場神格・用語

本作に固有名を持つ神格は登場しません。作中で語られるのは、現地の伝承に基づく次の存在と人物・集団です。

  • 白い猿の女神: コンゴの廃墟都市に祀られていたという剥製。伝承では、かつてその存在たちの間で女王として君臨した者の姿とされます。
  • 西方から来た白い神: 伝承の中で女神(女王)を妻に迎え、共に都市を治めたと語られる存在。名は与えられていません。
  • サー・ウェイド・ジャーミン: アーサーの高祖父。コンゴの初期探検家で、廃墟の都市と奇怪な生き物についての著述を残しました。
  • サー・ウェイドの妻: ポルトガル人商人の娘とされる女性。素性はほとんど語られません。
  • フィリップ・ジャーミン: ウェイドの息子。粗暴で、後に海軍に入り、コンゴ沖で消息を絶ちます。
  • サー・ロバート・ジャーミン: フィリップの息子。人類学者で、ウェイドの収集品を科学的に研究しました。
  • サー・アルフレッド・ジャーミン: ロバートの孫。旅回りの見世物一座に加わり、飼育していたゴリラに殺されます。
  • アーサー・ジャーミン: アルフレッドの息子。本作の主人公です。
  • サミュエル・シートン: オンガ族の伝承を集めた探検家。
  • ムワヌ: カリリ族の老酋長。都市と女神についての伝承をアーサーに語ります。
  • ヴェルハーレン氏: コンゴのベルギー人代理人。剥製を発見し、ジャーミン邸へ送ります。
  • オンガ族・カリリ族・ンバング族: コンゴの部族。ンバング族はかつて廃墟の都市を滅ぼし、女神の剥製を奪ったとされます。

あらすじ

I. 一族の狂気

サー・アーサー・ジャーミンは詩人であり学者でした。多くの人が忌避するほど奇妙な容貌を持ちながら、それを苦にしていなかったといいます。彼を死に追いやった原因は、アフリカから届いた箱の中身にありました。その奇妙な容貌自体は、生前の彼を苦しめてはいなかったといいます。この一族には代々学識が受け継がれており、曾祖父サー・ロバートは名の知れた人類学者、さらに遡った高祖父サー・ウェイド・ジャーミンは、コンゴ地方最初期の探検家の一人として、その部族・動物・遺跡について著述を残しています[1]。

サー・ウェイドは知的な情熱がほとんど偏執に達しており、先史時代に白人の文明がコンゴに存在したという奇想を著書『アフリカの諸地方に関する所見』に記して物笑いの種になりました。1765年、彼はハンティンドンの精神病院に収容されます。狂気はジャーミン家の血に流れる性質となり、家系は枝分かれすることなく細り、アーサーがその最後の一人でした。サー・ウェイド以前の肖像画に描かれた顔立ちは端正だったといい、一族の異様さはこの代から始まったとされています[1]。

サー・ウェイドの妻についても、多くを知る者はいませんでした。ポルトガル人商人の娘とされ、英国の風習を好まなかったこの女性は、屋敷の奥まった一角に隔離されて夫だけの世話を受け、使用人でさえ間近で見た者はいなかったといいます。アフリカで生まれた幼い息子を連れて二度目の航海から戻り、三度目の最後の航海にも同行したまま、二度と戻りませんでした。サー・ウェイドは自らアフリカへ戻る間、息子の世話をギニア出身の女性一人にしか許さず、妻の死後は自身で息子を養育しています[1]。

サー・ウェイドを狂人と見なす決め手になったのは、ナイツ・ヘッド亭での酒席の話でした。忘れられた都市の巨大な壁と柱、地下深くへ続く石段、そしてジャングルと古びた都市の双方に半ば属するかのような生き物たち――かつて類人猿がこの死にゆく都市に住み着いた後に現れたのかもしれない存在について、彼は熱に浮かされたように語り続けたのです。収容されたとき、彼はむしろ安堵したような素振りを見せ、三年後に世を去りました[1]。

ウェイドの息子フィリップは、粗野な言動から周囲に忌避される人物でした。狂気こそ受け継がなかったものの鈍重で乱暴、体は小柄ながら並外れて強く敏捷だったといいます。爵位を継いで十二年後に猟場番の娘(ジプシーの血を引くとされました)と結婚し、息子が生まれる前に一水兵として海軍に入りました。後にアフリカ貿易船の乗組員として腕力と身軽さで知られましたが、ある夜コンゴ沖で船を離れたまま消息を絶っています[1]。

フィリップの息子ロバートは、一族には珍しく端正な容姿と学者らしい気質の持ち主でした。祖父ウェイドの遺した膨大な収集品を初めて科学的に研究し、探検と民族学の両面で家名を高めた人物です。1815年に結婚し三人の子をもうけましたが、長子と末子は心身の障害のため人前に出ることがありませんでした。次男ネヴィルは踊り子と駆け落ちした後に許されて戻り、幼い息子アルフレッド(後のアーサーの父)を残します[1]。

ロバートは、祖父の探検地に近いオンガ族の伝承を収集し、ウェイドの奇怪な記述の裏付けを得ようとしていました。1852年10月19日、探検家サミュエル・シートンがオンガ族から集めた伝承――白い神に統べられた白い猿の灰色の都市についての記録――を携えてジャーミン邸を訪れます。その夜、ロバートは書斎から出てくるとシートンを絞殺し、人前に出ることのなかった二人の子と、駆け落ちから戻っていたネヴィルの命を奪いました。ネヴィルは自らの二歳の息子アルフレッドを守って死にます。ロバート自身は幾度も自殺を図り、言葉を発することを拒んだまま、収容から二年目に卒中で世を去りました[1]。

四歳の誕生日を迎える前に准男爵となったアルフレッドは、称号にふさわしい生き方をしませんでした。二十歳で旅回りの音楽ホール一座に加わり、三十六歳のときには妻子を捨てて米国の巡業サーカスに身を投じます。一座が飼っていた、平均より色の薄い巨大な雄ゴリラにアルフレッドは強く惹かれ、これを訓練して観客と同僚を驚かせました。シカゴでのある朝、模擬ボクシングの最中にゴリラが強く打ち込んだ拍子に、アルフレッドは人間離れした金切り声を上げてゴリラに掴みかかり、その喉に噛みついたといいます。ゴリラはすぐに体勢を立て直し、准男爵だった体は見分けのつかない姿になりました[1]。

II. コンゴへの遠征と最期の夜

アーサー・ジャーミンは、アルフレッドと素性の知れない音楽ホールの歌手との間に生まれました。父に見捨てられた母は彼を連れてジャーミン邸へ移り、乏しい家計の中でできる限りの教育を与えます。アーサーは古い屋敷とその蔵書を愛し、他のジャーミン家の人間とは異なり、詩人にして夢想家でした。近隣の家々の中には、彼の感受性をサー・ウェイドの妻から受け継いだポルトガル人の血のせいだと言う者もいれば、音楽ホール出身の母のせいだと嘲る者もいました[1]。

アーサーの容貌は、それまでのどのジャーミン家の人間よりも際立って奇妙でした。表情、顔の角度、腕の長さが、初めて会う者に強い嫌悪を抱かせたといいます。それでも彼の精神と人柄は、その外見を補って余りあるものでした。オックスフォードで最優秀の成績を収め、一族の学問的な名声を復活させると期待されたアーサーは、科学者というより詩人の気質を持ちながらも、ウェイドの収集品を活用して先祖の研究――アフリカの民族学――を継ぐ計画を立てます。ウェイドの記述にあった、名も知れぬジャングルの雑種の一族という着想に、彼は恐れと惹かれの入り混じった感情を抱いていました[1]。

1911年、母の死後、アーサーは調査を極限まで進める決意を固めます。所領の一部を売って費用を捻出し、ベルギー当局の斡旋で案内人を雇い、オンガ族とカリリ族の地で一年を過ごしました。カリリ族の老酋長ムワヌは、優れた記憶力と知性を備えた人物で、これまでの伝承をすべて裏付けたうえで、石の都市と白い猿についての自らの言い伝えを付け加えます。それによれば、灰色の都市と雑種の生き物たちはすでになく、好戦的なンバング族によって滅ぼされたといいます。ンバング族は都市を破壊して住民を殺し、崇拝の対象であった剥製の女神――その存在たちの間でかつて女王として君臨した者の姿とされる白い猿の女神――を奪い去ったのでした[1]。

ムワヌが語った伝説によれば、その猿の女王は西方から来た偉大な白い神の妃となり、長くともに都市を治めました。二人に息子が生まれると、三人はそろって都市を去ります。後に神と女王だけが戻り、女王が世を去ると、神は自らその亡骸を防腐処理して石造りの巨大な廟に祀り、単身で去ったといいます。この後の展開には三つの異説があり、一つは女神がそのまま部族の支配権を象徴する宝物になったというもの(ンバング族が奪った理由もここにあります)、一つは神が戻って妃の亡骸の前で世を去ったというもの、そしてもう一つは、成人した息子が自らの正体を知らぬまま戻ってきたというものでした[1]。

1912年初め、アーサー自身がその廃墟の一部を発見し、サー・ウェイドの記述が事実であったことにもはや疑いを持たなくなります。散乱する石材の規模は、大がかりな石造建築がここにあったことを示していましたが、彫刻の類は見つからず、遠征隊の規模が小さかったため、ウェイドが記した地下の墓所へ続くとおぼしき通路を切り開くには至りませんでした。コンゴのベルギー人代理人ヴェルハーレン氏は、かつて強大だったンバング族が今やアルベール国王の統治下で従順になっているため、剥製の女神を突き止めて入手できると考えます。この見通しを胸に、アーサーは先祖の最も奇怪な記述を裏付ける遺物を数か月のうちに受け取れるという期待とともに帰国しました[1]。

帰国後のアーサーは、ヴェルハーレンからの箱を辛抱強く待ちながら、ウェイドの残した手記をこれまで以上に熱心に読み込み、この高祖父に自分が近しく感じられるようになっていました。ウェイドの妻について、屋敷に残る確かな遺品は何もありませんでした。アーサーは、夫の狂気こそがこの空白の原因だろうと考え、実利的な商人の娘という出自を持つ妻がウェイドのコンゴ談義を鼻で笑ったために、彼女を連れてアフリカへ渡り、自らの正しさを証明しようとしたのではないかと想像します。彼女はそこで世を去りました。一世紀半のちにこうした憶測を重ねる自分の姿に、アーサーは苦笑せずにいられませんでした[1]。

1913年6月、ヴェルハーレンから剥製発見を知らせる手紙が届きます。それは「素人の手には分類のしようがない」ほど異様な物で、人間か猿かの判別さえ専門家でなければ難しく、コンゴの気候と拙い保存処理のために状態は良くないとありました。首には紋章入りの空の金のロケットが下がった鎖が見つかっており、ンバング族が奪った旅人の遺品を魔除けとして掛けたものと推測されます。ヴェルハーレンはこのミイラの顔立ちについて、ある冗談めいた思いつきに触れながらも、それがどう受け取られるかを気にする以上に学問的な関心を優先し、多くを語りませんでした。物は一月ほどのちに届く予定でした[1]。

1913年8月3日午後、箱はジャーミン邸に届き、サー・ロバートとアーサーが整えたアフリカ収集品の部屋へ運び込まれます。以後の出来事は、執事ソームズをはじめとする使用人たちの証言と、のちに調べられた品々から再構成されたものです。ソームズによれば、アーサーは全員を部屋から下がらせて箱を開け、間もなく金槌と鑿の音が聞こえ始めました。十五分に満たないうちに、まぎれもなく彼の声とわかる「恐ろしい悲鳴」が響き渡ります。アーサーは何かに追われるように玄関へ駆け出し、平静なときでさえ言葉にしがたいという形相を浮かべていましたが、扉の手前で何かを思い出したように向きを変え、地下室へと姿を消しました。使用人たちは階段の上で待ち続けましたが、主人が戻ることはなく、下からは油の匂いだけが漂ってきました[1]。

日が暮れてから、中庭へ通じる地下室の扉ががたつく音がし、厩番の少年が、頭から爪先まで油にまみれたアーサー・ジャーミンが忍び出て、屋敷を囲む暗い荒野へと消えていくのを見ています。やがて荒野に一点の火花が現れ、炎が上がり、人の姿をした火柱が天へと立ち昇りました。ジャーミン家はこうして途絶えます[1]。

アーサーの焼け残りが集められ埋葬されることのなかった理由は、その後見つかった物、とりわけ箱の中身にありました。剥製の女神は、萎びて朽ちかけてはいたものの、記録されているどの種よりも体毛が薄く、人間にはるかに近い、未知の白い猿のミイラであることが明らかでした。詳しい描写は控えるべきですが、これがサー・ウェイドの探検記やコンゴの伝承と忌まわしく符合する事実が二つありました。首のロケットに刻まれた紋章はジャーミン家のものであり、そしてヴェルハーレンが冗談めかして触れた「ある種の似顔」は、ほかならぬアーサー・ジャーミン――サー・ウェイドと素性の知れぬ妻の子孫にあたる本人に、生々しい恐怖とともに当てはまったのです。王立人類学協会の会員たちはこの物を焼き、ロケットは井戸に投げ込みました。今でも、アーサー・ジャーミンなど存在しなかったと言い張る者がいます[1]。

読みどころと注目テーマ

「事実」という題名の皮肉

本作は「事実に関する報告」という体裁を装いながら、実際には代々の異常と最後の破局を淡々と積み重ねていく構成を取っています。冒頭の一文からすでに結末――アーサーの焼身――が明かされているにもかかわらず、読者は彼をそこへ追い込んだ「箱の中身」が何であるかを、一族の系譜をたどるまで知らされません。事実の列挙という形式そのものが、最後の一撃を効かせるための仕掛けになっています。

世代を追うごとに現れる異常

サー・ウェイドの狂気、フィリップの粗暴さ、ロバートの一族殺し、アルフレッドのゴリラへの執着――それぞれの代が異なる形で「何かおかしい」ことを示し続けます。個々の逸話は単独でも十分に不穏ですが、これを血統として並べたとき、最後にアーサーを待つ真実の輪郭が徐々に浮かび上がってくる書き方です。伝聞と記録の積み重ねだけで恐怖を組み立てる手法は、本作の語り口の特徴といえます。

差別的な描写と前提について

本作には、アフリカの人々に対する当時の偏見に基づく形容や、コンゴの部族社会を野蛮なものとして一方的に描く記述が含まれます。加えて物語の核には、白人の血統に人間ならざるものが混ざっているという設定を「究極の恐怖」として提示する構造があり、これは当時の人種観・血統観をそのまま反映したものです。当サイトではこうした蔑称や偏見的な形容をそのまま書き写すことを避けていますが、読む際にはこの前提が作品に含まれている事実を踏まえておく必要があります。

声を持たない女性たち

サー・ウェイドの妻も、剥製にされた「女神」も、ともに一族の秘密の中心に置かれながら、自らの言葉を一切持ちません。前者は屋敷の奥に隔離されたまま記録を残さず、後者は伝承と遺物としてのみ語られます。血統の恐怖を成立させるために、二人の女性の存在が沈黙のまま利用されている点も、あわせて注目したいところです。

執筆背景と影響

本作は1920年に執筆されたと公式年譜に記されていますが、月日までは記載がありません[2]。発表は翌1921年、アマチュア雑誌『The Wolverine』誌上で、第9号(3月)3–11ページと第10号(6月)6–11ページの二回に分けて掲載されました[3]。

執筆の具体的な経緯や、掲載に至るまでの詳しい事情については、公式アーカイブに記載がなく、当サイトでは確認していません。

出典

[1] H. P. Lovecraft, “Facts Concerning the Late Arthur Jermyn and His Family” (本文). The H. P. Lovecraft Archive.https://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/faj.aspx本記事の引用・要約はすべてこの本文に基づきます。訳文は当サイトによる試訳です。

[2] “Lovecraft’s Fiction” (作品年譜). The H. P. Lovecraft Archive.https://www.hplovecraft.com/writings/fiction/執筆年(1920年)ほかの出典。

[3] “Data Page for ‘Facts Concerning the Late Arthur Jermyn and His Family'” (作品情報・出版履歴). The H. P. Lovecraft Archive.https://www.hplovecraft.com/writings/fiction/faj.aspx初出『The Wolverine』第9・10号(1921年3月・6月)の出典。

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