
創元推理文庫『ラヴクラフト全集3』(大瀧啓裕訳)。Corbenがコミック化した「ダゴン」を日本語で読める(東京創元社公式の収録作一覧で確認)。
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概要
独Panini Verlags GmbH(シュトゥットガルト)は、コミック『Horror-Collection von Lovecraft, Poe, Corben』を2026年10月6日に刊行すると、書店Hugendubelの商品ページに掲載された版元提供の商品情報で確認できる。言語はドイツ語、判型はハードカバー(gebunden)で224ページ、対象年齢は16歳以上、図版は全編フルカラー(Durchgehend vierfarbig)、ISBNは9783741650529である[1]。価格は同ページで39,00ユーロ(inkl. MwSt.、予約受付中)と表示されているが、これはあくまで書店Hugendubelでの表示価格であり、版元Paniniが公式に定めた希望小売価格を当サイトが独自に確認できたわけではない。Panini公式ショップ(panini.de)へは、本稿執筆時点で当サイトの環境からアクセスするとリダイレクトが繰り返されて到達できず、版元自身の価格表示は確認していない。
収録内容について、同ページは原文で次のように明記している。「ENTHÄLT: HAUNT OF HORROR: EDGAR ALLAN POE (2006) 1-3 & HAUNT OF HORROR: LOVECRAFT (2008) 1-3」[1]。つまり本書の中身は、米Marvel Comicsが2006年と2008年にそれぞれ3号ずつ出した『Haunt of Horror』全6号の再録である。少なくとも『Haunt of Horror: Lovecraft』(2008)の第1号については、Marvel公式のコミックデータベースにも独立した項目として登録されていることを、当サイトがmarvel.comの当該ページ(タイトル表示「Haunt Of Horror: Lovecraft (2008) #1」)で確認した[2]。2026年に新しく描き起こされた作品ではない。作者のRichard Corbenは2020年に没しており、没後6年を経てのこの刊行で新作の絵が加わる余地はそもそもない。
どんな作品(商品)か
Hugendubelの商品ページに掲載された紹介文は、Corbenを「並外れた芸術家(Ausnahmekünstler)」と呼び、その様式的な実験がヨーロッパでもアメリカでもコミックのあり方を変えたと述べている。続けて、Corbenがホラーの巨匠たちの物語や詩を自身の作風で新たに描き起こし、その例として「Der Rabe(大鴉)」と「Dagon(ダゴン)」の名を挙げている[1]。前者はエドガー・アラン・ポーの詩「大鴉」、後者はH・P・ラヴクラフトの短編「ダゴン」を指す。紹介文は本書について「彼の翻案がこの巻で初めて完全にドイツ語で読めるようになる(liegen seine Interpretationen zum ersten Mal komplett auf Deutsch vor)」と結んでおり、この一文が本書の新しさの中身をそのまま言い表している[1]。
言い換えると、本書が提供する新規性は絵でも物語でもなく、翻訳の完成度にある。2006年のポー編3号と2008年のラヴクラフト編3号を合わせて1冊224ページに収め、初めてドイツ語で全編を通読できるようにしたという編集上の達成が、この刊行の実質である。
収録作の内訳は、Hugendubelの商品ページには書かれていないが、Marvel公式サイトの各号ページに掲載された紹介文で、ラヴクラフト編の2号分まで確認できた[2][7][8]。
| 号 | 発売日(Marvel表記) | Marvel公式が挙げる収録作 |
|---|---|---|
| Lovecraft #1 | 2008年6月4日 | 作品名の記載なし。紹介文は「南太平洋の見知らぬ島に漂着した男が、奇妙な異星の神を崇める野蛮人と魚人の社会を見出す」とのみ書く |
| Lovecraft #2 | 2008年7月30日 | 「The Music of Eric Zann」「The Canal」「The Lamp」 |
| Lovecraft #3 | 2008年8月27日 | 「Facts Concerning the Late Arthur Jermyn and His Family」「The Well」「The Window」 |
この一覧を見て気づくことが二つある。
一つは、半分が小説ではなく詩だという点である。「The Canal」「The Lamp」「The Well」「The Window」は、いずれもラヴクラフトの連作ソネット『ユゴスよりの真菌』(Fungi from Yuggoth、全36篇)の一篇であり、公式アーカイブの本文でそれぞれVI、XI、XVI、XXIV番として確認できる[9]。散文の短編を漫画にするのと、14行のソネットを漫画にするのとでは、作り手に残される裁量の幅がまるで違う。独語版の紹介文が「Geschichten und Gedichte」(物語と詩)と併記し、ポー編の例として詩「Der Rabe(大鴉)」を挙げていたのは、この構成を正確に反映した書き方だった[1]。
もう一つは、Marvel公式の表記が「The Music of Eric Zann」になっている点である。ラヴクラフトの原題は「The Music of Erich Zann」で、hが入る。当サイトのエーリッヒ・ツァンの音楽記事が扱う作品と同一のものを指しているとみて差し支えないが、Marvel側の綴りが原題と一致していないことは記録しておく。
Lovecraft #1に収められた3篇の作品名は、Marvel公式ページには書かれていない。紹介文の内容(南太平洋の島、魚人、異星の神)は「ダゴン」の筋立てと重なるが、同号の残り2篇が何であるかを公式資料から特定することはできなかった。ポー編3号(2006年)の収録作についても同様で、Panini公式ショップ(panini.de)、Panini España公式ショップ(panini.es)への接続はリダイレクトの繰り返しで到達できず、確認していない。Wikipedia・ファンwikiには収録作の詳細な一覧が存在するが、当サイトは編集体制を持たない二次情報源をこの種の事実確認には使わない方針であるため、参照していない。
「2026年の新作」ではなく「初の独語完全収録」
このタイトルだけを見ると、2026年に描き下ろされた新作漫画だと誤解しやすい。実際には、独語版が新しく作ったのは翻訳と組版であって、絵そのものではない。原作にあたる『Haunt of Horror: Edgar Allan Poe』(2006)と『Haunt of Horror: Lovecraft』(2008)は、米国では発表から20年、18年が経った作品である。
当サイトが「神話の三層」(原典/ダーレス以降の拡張/TRPGによる拡張)という区分で作品を追っているのは、ある設定や描写が「いつ・誰の手で」作られたかを見失わないためである。本書の場合、この区分をそのまま当てはめることはできない。ラヴクラフト自身の文章という第1層の「原典」と、Corbenによるその視覚化という後年の創作行為が同居しているからだ。ただし少なくとも、2026年という刊行年が示すのは「新しい解釈が生まれた年」ではなく「既存の解釈が新しい言語で読めるようになった年」だという点は、タイトルの見た目から独立して確認しておく価値がある。
描写の切れ目——「ダゴン」の原文が言語化を止める場所
Corbenが翻案した作品のうち、当サイトには「ダゴン」の記事(ダゴン(小説))がある。ラヴクラフトはこの短編を1917年7月に執筆し、専門誌The Vagrant第11号(1919年11月刊、23–29頁)に発表した。これは公式アーカイブのデータページと年表ページの両方で確認できる[4][5]。原文は、公式アーカイブに全文が掲載されている[3]。
物語の語り手は、海底が隆起してできた未知の荒野を進み、丘を越えた先の暗い峡谷で、巨大な一枚岩に刻まれた浮き彫りを目にする。その浮き彫りに描かれた生物について、語り手は次のように述べる。
“Of their faces and forms I dare not speak in detail; for the mere remembrance makes me grow faint.”[3]
(彼らの顔や姿については、詳しく語ることをあえてしない。思い出すだけで気が遠くなるからだ、の意)
ラヴクラフトはここで、描写を進める代わりに描写を拒否するという手段を取っている。直後の段落で、語り手はついに生きた「それ」を目撃する。
“Then suddenly I saw it. With only a slight churning to mark its rise to the surface, the thing slid into view above the dark waters. Vast, Polyphemus-like, and loathsome, it darted like a stupendous monster of nightmares to the monolith, about which it flung its gigantic scaly arms, the while it bowed its hideous head and gave vent to certain measured sounds. I think I went mad then.”[3]
ここでラヴクラフトが与えている情報は限られている。大きさの比喩(隻眼の巨人ポリュペーモスのよう)、質感(scaly=鱗のある)、行動(石碑に巨腕を回し、頭を垂れ、一定の律動を持つ音を発する)。顔の造作や輪郭そのものは、直前の段落で明示的に「詳しく語らない」と宣言された通り、最後まで具体化されない。読者が思い描く「それ」の姿は、各自の想像力の中にしか存在しない。
コミックという媒体は、この余白をそのままの形では引き継げない。ページに絵を置く以上、輪郭・色・質感のどれかを具体的な線として確定させる必要がある。文章が意図的に立ち止まった場所で、絵は何かを選ばざるを得ない。これは翻案という行為に構造的に組み込まれた制約であり、Corbenの絵が実際にどの案を選んだかを、当サイトは実物を確認していないため論じない。見ていないものを見たかのように書くことはしない。
同じ「文章を絵にする」という試みは、当サイトが扱ってきた田辺剛によるラヴクラフト漫画化(クトゥルフの呼び声 ラヴクラフト傑作集、ラヴクラフト傑作集 英語版(Dark Horse Manga))にも共通する課題である。同じ原典を前にしても、どの作家がどこまで描き、どこを画面の外に残すかという判断は一様ではない。Corbenと田辺という、活動した国も時代も異なる二人の作家が同じ「ダゴン」的な余白にどう向き合ったかを比べる視点は、実際に両方の絵を並べて検討して初めて成立するものであり、本稿の範囲を超える。ここでは、原典の側にどのような余白が実在するかだけを、原文に基づいて確認した。
ポーとラヴクラフトを一冊に束ねる編集判断
本書はポーとラヴクラフトという、生きた時代の異なる二人の作家を1冊に同居させている。この組み合わせは恣意的なものではない。ラヴクラフト自身が、ポーを自らの創作の出発点として明確に位置づけているからだ。
ラヴクラフトの評論「Supernatural Horror in Literature」(超自然の恐怖と文学)は、第七章を丸ごとポーに割いている。ラヴクラフトはそこで次のように書いている。
“Whatever his limitations, Poe did that which no one else ever did or could have done; and to him we owe the modern horror-story in its final and perfected state.”[6]
(限界がどうであれ、ポーは他の誰にもなし得なかったことを成し遂げた。近代ホラー小説がその完成された最終形態を得たのは、彼のおかげである、の意)
これはラヴクラフト自身の言葉であり、後世の評伝や研究書を介さずに確認できる一次資料である。ラヴクラフトはポーを、単なる先行作家の一人としてではなく、自分たちが書いている「近代ホラー小説」という形式そのものの起点として扱っている。当サイトのエドガー・アラン・ポー記事で扱った通り、この師弟関係は一方通行の敬意ではなく、後年のラヴクラフト自身の作風(理性が異質な真実の前で崩れていく構成、信頼できない語り手の一人称手記)にも直接反映されている。本書がポーとラヴクラフトを1冊に束ねる編集判断は、この系譜を踏まえれば、単なる版元都合の抱き合わせではなく、ラヴクラフト自身が公言していた文学的な師弟関係をそのまま踏襲したものだと読める。
関連して読むなら
- ダゴン(小説) — 本稿で原文を確認した、ラヴクラフトの短編そのものについての記事
- ダゴン — 短編に描かれる存在そのものを扱う記事
- エドガー・アラン・ポー — ラヴクラフトがポーから受けた影響を扱う記事
- エーリッヒ・ツァンの音楽 — 収録第2号に含まれるラヴクラフトの短編
- アーサー・ジャーミンに関する事実 — 収録第3号に含まれるラヴクラフトの短編
- 原典/ダーレス系拡張/TRPG設定——三層で読み解くクトゥルフ神話 — 当サイトが作品を位置づける際の基本的な区分
- クトゥルフの呼び声 ラヴクラフト傑作集 — 同じくラヴクラフトを漫画化した田辺剛の作品
- ラヴクラフト傑作集 英語版(Dark Horse Manga) — 田辺剛の作品が英語圏でどう受け止められたかを扱う記事
出典
- [1] Hugendubel.de 商品ページ「Horror-Collection von Lovecraft, Poe, Corben」(2026年9月13日確認、Panini Verlags GmbH提供の商品情報を掲載)。刊行日2026年10月6日、言語ドイツ語、判型ハードカバー(gebunden)224ページ、対象年齢16歳以上、図版が全編フルカラーであること、ISBN 9783741650529、著者Edgar Allan Poe・Richard Corben、Verlag/Hersteller Panini Verlags GmbH(シュトゥットガルト)、価格表示39,00ユーロ(inkl. MwSt.)、収録内容が「HAUNT OF HORROR: EDGAR ALLAN POE (2006) 1-3 & HAUNT OF HORROR: LOVECRAFT (2008) 1-3」であること、紹介文が「Der Rabe」と「Dagon」を例に挙げ「zum ersten Mal komplett auf Deutsch vor」(初めて完全にドイツ語で)と述べていることを確認。https://www.hugendubel.de/de/buch_gebunden/edgar_allan_poe_richard_corben-horror_collection_von_lovecraft_poe_corben-52972341-produkt-details.html ↩
- [2] Marvel公式コミックデータベース「Haunt Of Horror: Lovecraft (2008) #1」(2026年9月13日確認)。発売日2008年6月4日、36ページ、定価3.99ドル、紹介文「A castaway washes up on an unknown island in the South Pacific, where he discovers a society of barbarians and mutant fish people who worship a strange, alien god.」を確認。収録作の個別タイトルの記載は無い。ページはJavaScriptで描画されるため、ブラウザで読み込んで確認した。https://www.marvel.com/comics/issue/21367/haunt_of_horror_lovecraft_2008_1 ↩
- [3] H. P. Lovecraft, “Dagon”、H.P. Lovecraft公式アーカイブ(2026年9月13日確認)。引用した2箇所の英文(“Of their faces and forms I dare not speak in detail…”および”Then suddenly I saw it…”)が本文に実在することを確認。https://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/d.aspx ↩
- [4] “Data Page for Dagon”、H.P. Lovecraft公式アーカイブ(2026年9月13日確認)。初出がThe Vagrant第11号(1919年11月)23–29頁であることを確認。https://www.hplovecraft.com/writings/fiction/d.aspx ↩
- [5] H.P. Lovecraft公式アーカイブの年表ページ(2026年9月13日確認)。「ダゴン」が1917年7月の項目として記載されていることを確認。https://www.hplovecraft.com/life/chrono.aspx ↩
- [6] H. P. Lovecraft, “Supernatural Horror in Literature”、第七章「Edgar Allan Poe」、H.P. Lovecraft公式アーカイブ(2026年9月13日確認)。引用した英文(“Whatever his limitations, Poe did that which no one else ever did or could have done…”)が本文に実在することを確認。https://www.hplovecraft.com/writings/texts/essays/shil.aspx ↩
- [7] Marvel公式コミックデータベース「Haunt Of Horror: Lovecraft (2008) #2」(2026年9月13日確認)。発売日2008年7月30日、紹介文「In this second issue of eerie new spins on the poems and short stories of H.P. Lovecraft, we bring you “The Music of Eric Zann,” “The Canal,” and “The Lamp.”」を確認(Eric の綴りは原文ママ)。https://www.marvel.com/comics/issue/21547/haunt_of_horror_lovecraft_2008_2 ↩
- [8] Marvel公式コミックデータベース「Haunt Of Horror: Lovecraft (2008) #3」(2026年9月13日確認)。発売日2008年8月27日、紹介文「In this third and final issue, we bring you “Facts Concerning the Late Arthur Jermyn and His Family,” “The Well,” and “The Window.”」を確認。https://www.marvel.com/comics/issue/21742/haunt_of_horror_lovecraft_2008_3 ↩
- [9] H. P. Lovecraft, “Fungi from Yuggoth”、H.P. Lovecraft公式アーカイブ(2026年9月13日確認)。連作ソネットの第VI番が「The Lamp」、第XI番が「The Well」、第XVI番が「The Window」、第XXIV番が「The Canal」であることを本文で確認。https://www.hplovecraft.com/writings/texts/poetry/p289.aspx ↩



