概要
作品は、探しても見つからない通りの話から始まります。
I have examined maps of the city with the greatest care, yet have never again found the Rue d’Auseil.(訳: 私はこの街の地図を細心の注意で調べたが、オーゼイユ街をふたたび見つけることはできなかった)[1]
語り手は、大学で形而上学を学んでいた貧しい学生でした。金がなく、次々と下宿を追い出され、最後に流れ着いたのが、川向こうの崖のように急な通りの、いちばん高い家の5階でした[1]。その屋根裏に、口のきけない老いたドイツ人のヴィオル奏者エーリッヒ・ツァンが住んでいます。
この作品には、神話の固有名詞が一つも出てきません。神格も、禁書も、教団もない。都市の名前すら書かれていません。あるのは、一本の通りと、一つの窓と、一人の老人の音楽だけです。ラヴクラフトの短編の中で、もっとも切り詰められた一作です。
作品情報
- 執筆: 1921年12月[2]
- 発表: 1922年3月、『ナショナル・アマチュア』誌 vol.44 no.4、38-39・40頁[3]。アマチュア・ジャーナリズムの機関誌で、商業誌より先に載った
- 分量: 約3,500語[1]
- 舞台: 名前のない大学都市。「オーゼイユ街(Rue d’Auseil)」。通りの名はフランス語だが、都市名は本文のどこにも出てこない[1]
- 語り手: 名前のない形而上学の学生
- 主題タグ: 音、窓、見つからない場所、言葉にできないもの
登場神格・用語
- 宇宙的恐怖 — 固有名詞を持たない形での、その最初期の例のひとつ。窓の外にあるのは「無限の宇宙の暗黒」であって、名前のある何かではない[1]
- エーリッヒ・ツァン — 口のきけない老いたドイツ人。安い劇場のオーケストラでヴィオルを弾く。「エーリッヒ・ツァン」と署名する、と家主は言う[1]
- オーゼイユ街 — 川を渡り、暗い石橋を越えた先の、「ほとんど崖」のような急な通り。車は入れず、頂上は壁で終わっている[1]
- ブランドー — 中風の家主。通りの頂上から3軒目、いちばん高い家の主[1]
あらすじ
通り。川は暗く、両岸には煉瓦の倉庫がそびえ、工場の煙が日光を遮っています。川の悪臭は「ほかのどこでも嗅いだことがない」もので、語り手はその臭いを頼りにいつかあの場所を見つけられるかもしれない、と言います[1]。橋を渡ると石畳の道、そして登り坂。オーゼイユ街に着く頃には、坂は「信じがたいほど急」になります。
I have never seen another street as narrow and steep as the Rue d’Auseil. It was almost a cliff, closed to all vehicles(訳: オーゼイユ街ほど狭く急な通りを、私はほかに見たことがない。それはほとんど崖で、いかなる車も入れなかった)[1]
音。着いたその夜、屋根裏から奇妙な音楽が聞こえます。家主のブランドーが教えたのは、老いたドイツ人のヴィオル奏者で、口がきけず、夜の劇場から戻ってから弾くために、わざわざこの高い部屋を選んだ男だということでした。その部屋の切妻窓だけが、この通りで唯一、頂上の壁の向こうを見渡せる場所でした[1]。
I was yet certain that none of his harmonies had any relation to music I had heard before(訳: それでも私には確信があった。彼の和声のどれ一つとして、私がこれまで聞いたどんな音楽とも関係がなかった)[1]
口笛。語り手はツァンの部屋を訪ね、演奏を聞かせてもらいます。けれど、前の晩に壁越しに聞いた旋律を口笛で真似てみせた瞬間、老人の顔が「分析を超えた表情」にゆがみ、長く冷たい骨ばった右手が語り手の口を塞ぎました[1]。ツァンはそのとき、カーテンのかかった窓へ、侵入者を恐れるような一瞥を投げています。
窓。語り手は窓の外の景色——月に照らされた屋根と街の灯を見たいと思い、カーテンへ手を伸ばします。ツァンは前よりも激しい恐怖と怒りで飛びかかり、語り手を扉へ引きずろうとしました[1]。その後、老人は鉛筆で、外国人の拙いフランス語の書き付けを渡します。自分は年老いて孤独で、音楽にまつわる奇妙な恐怖と神経の病を抱えている。聞きに来てくれるのはうれしいが、自分の和声を他人に弾いて聞かせることはできず、他人が弾くのを聞くことも、部屋の物に触れられることも耐えられない。語り手が壁越しに演奏を聞いていたとは知らなかった、家主に頼んで下の階の部屋へ移ってほしい、家賃の差額は自分が払う、と[1]。書き付けを読み解きながら、語り手は老人に対して寛大になります。
書き付け。ある夜、語り手はツァンの部屋で、老人が「自分を苛むすべての驚異と恐怖の全容」をドイツ語で書き終えるのを待ちます。鉛筆は飛ぶように走り、1時間ほど経ったとき、ツァンが「恐ろしい衝撃の気配」に打たれたように身を起こしました。カーテンの窓を見つめ、震えながら聞き耳を立てています[1]。
そのとき語り手も、何かを聞いた気がします。
it was not a horrible sound, but rather an exquisitely low and infinitely distant musical note, suggesting a player in one of the neighbouring houses, or in some abode beyond the lofty wall over which I had never been able to look(訳: それは恐ろしい音ではなく、極めて低く、限りなく遠い一つの楽音だった。隣の家の誰かが弾いているようにも、私が一度も向こうを見たことのないあの高い壁の彼方の、どこかの住処から聞こえてくるようにも思えた)[1]
ツァンは鉛筆を落とし、ヴィオルを掴み、語り手がこれまで聞いたうちで最も荒々しい演奏で夜を引き裂きはじめます[1]。壁の向こうから来た一つの低い音に、老人は音楽で応えました。
風。鎧戸が鳴り、外れ、窓に叩きつけられ、ガラスが砕けます。冷たい風が吹き込み、蝋燭が揺れ、机の上の紙がめくれました。ツァンはもう「意識的な観察を超えて」いて、青い目は膨れ、ガラスのように光を失い、演奏は「盲目的で機械的な、認識不能の狂乱」になっていました[1]。突風が原稿をさらい、語り手は追いますが、紙は砕けた窓の外へ消えます。
外。語り手は、かつて望んだとおり、この通りで唯一の窓から外を見ます。
I saw no city spread below, and no friendly lights gleaming from remembered streets, but only the blackness of space illimitable; unimagined space alive with motion and music, and having no semblance to anything on earth.(訳: 眼下に広がる街はなく、覚えのある通りから漏れる親しい灯もなく、ただ無限の宇宙の暗黒だけがあった。動きと音楽に満ちた想像を絶する空間で、地上のいかなるものにも似ていなかった)[1]
風が蝋燭を吹き消し、暗闇の中でヴィオルだけが吠え続けます。
顔。語り手は手探りでツァンの椅子にたどり着き、肩を揺すり、耳元で叫びます。老人は答えず、演奏をやめません。
When my hand touched his ear I shuddered, though I knew not why—knew not why till I felt of the still face; the ice-cold, stiffened, unbreathing face whose glassy eyes bulged uselessly into the void.(訳: 手が彼の耳に触れたとき、私は身震いした。なぜかは分からなかった——その動かない顔に触れるまでは。氷のように冷たく、こわばり、息のない顔。そのガラスのような目は、虚空へ向けて無益に膨れていた)[1]
語り手は扉を見つけ、逃げます。急な石段を駆け下り、橋を渡り、「我々の知る、より広く健全な大通り」へ。そのとき風はなく、月が出ていて、街の灯はすべてまたたいていました[1]。
読みどころと注目テーマ
名前を一つも使わない。この作品に、クトゥルフもネクロノミコンも出てきません。それどころか都市の名も、語り手の名も、窓の外にいるものの名もありません。ラヴクラフトはこの短編で、固有名詞に頼らずに宇宙的な恐怖を書けるかを試しています。宇宙的恐怖という言葉で当サイトが扱っているものの、いちばん骨組みだけの形です。
音楽が壁になる。ツァンが夜ごと窓に向かって弾く音楽は、外にいる何かを押しとどめる働きをしています。語り手が口笛で旋律を真似たとき、老人が口を塞いだのは、その旋律が「呼ぶ」ものだからでしょう。本文はそこまで説明しません。ただ、口笛と窓への一瞥を並べて置くだけです[1]。
説明は風にさらわれる。ツァンは1時間かけて、すべてをドイツ語で書きました。その紙は、読まれる前に窓の外へ消えます[1]。作品の最後の一文で、語り手は「エーリッヒ・ツァンの音楽を説明できたはずの、びっしり書かれた紙」を失ったことを、「まったく残念というわけでもない」と言います[1]。説明が存在したこと、そしてそれが失われたこと。この二つを同時に置く手つきは、後のネクロノミコンの「断片しか残っていない」設定と同じ方向を向いています。
見つからない場所。冒頭と結末が同じ事実で閉じます。地図にも、記憶にも、その通りはない。語り手は「大学から歩いて30分以内」だったと言い、川の悪臭なら分かるはずだと言います[1]。場所の具体性と、場所の不在が、同じ一段落に共存しています。
執筆背景と影響
執筆は1921年12月[2]。「アウトサイダー」と同じ年で、ラヴクラフトが短い、閉じた構造の短編を続けて書いていた時期にあたります。「クトゥルフの呼び声」(1926年)で神話の固有名詞が出そろう5年前の作品です。
発表は商業誌ではなく、アマチュア・ジャーナリズムの機関誌『ナショナル・アマチュア』の1922年3月号でした[3]。ラヴクラフトはこの時期、アマチュア出版の世界で活動しており、本作もその回路で最初に読まれています。
通りの名「Rue d’Auseil」はフランス語ですが、本文に「パリ」の語は一度も出てきません[1]。語り手が「我々の知る大通り(boulevards we know)」と言う以上、フランス語圏の大都市が想定されていると読めますが、ラヴクラフトは名指しを避けました。都市名を書かないことで、この通りは「どこにもない場所」として残っています。
後年、ラヴクラフト自身が神話の固有名詞を重ねていくのと対照的に、この作品は何も名づけないことで成立しています。ピックマンのモデルがボストンの実在の地名を並べたのと、ちょうど反対の方法です。
出典
- [1] H. P. Lovecraft “The Music of Erich Zann”(1921年12月執筆)。冒頭、通りと川の描写、ブランドーの説明、口笛の場面、窓をめぐる争い、鉛筆の書き付け、風とガラス、窓の外の光景、ツァンの顔、結末は、いずれも公式アーカイブの公開テキストによる。「Paris」が本文に0回であることと語数は、同テキストを2026年9月4日に検索して確かめたhttps://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/mez.aspx
- [2] The H. P. Lovecraft Archive 小説年表。執筆時期(1921年12月)は同年表によるhttps://www.hplovecraft.com/writings/fiction/
- [3] The H. P. Lovecraft Archive “The Music of Erich Zann” 作品情報ページ(2026年9月4日確認)。『ナショナル・アマチュア』誌 vol.44 no.4(1922年3月)38-39・40頁への掲載は同ページによるhttps://www.hplovecraft.com/writings/fiction/mez.aspx
関連作品ガイド ── どれから楽しむか
- 同じ年の、同じ長さの作品へ: 「アウトサイダー」(1921年)。こちらも固有名詞に頼らず、最後の一行で閉じます
- 反対の方法へ: 実在の地名を並べて怪異を置いた「ピックマンのモデル」
- 言葉にできないものの扱い: コズミックホラーとは何かで、本作のような「名前のない恐怖」の位置づけを扱っています



