編集部注(層の区分): この項目は、原典に実在する場面と、TRPGが後から与えた名前という、出自の違う二つを束ねている。場面の側はH・P・ラヴクラフトの短編「エーリッヒ・ツァンの音楽」(1922年3月)にあり、本文はパブリックドメインで公開されているため、当サイトでも全文を照合した[1]。名前の側はTRPG『クトゥルフの呼び声』の設定資料集『Malleus Monstrorum』が与えたもので、「トゥルネンブラ」という語は原典本文に一度も現れない[1]。当サイトの三層区分は、TRPG(1981年〜)以降のゲーム的再構成を trpg の層としているので、この項目は原典ではなくTRPG層に置く。以下、原典の場面は原文を引いて示し、TRPG側の設定は当サイトが資料本体を確認していないものとして区別する[6]。
概要
トゥルネンブラは、ラヴクラフトが名前も説明も与えなかった存在に、後年TRPG側が名を与えたものである。原典「エーリッヒ・ツァンの音楽」では、老ヴィオル弾きエーリッヒ・ツァンが屋根裏の窓の外へ向けて必死に演奏を続ける。その演奏の相手が何なのかは、物語の最後まで明かされない。名づけられたのは、この「何か」である。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 分類 | 外なる神(TRPG設定資料集による体系化。原典に分類の記述はない) |
| 欧文表記 | TRU’NEMBRA |
| 三層区分 | 拡張神話(TRPG)。名称・体系化がTRPG側に由来するため |
| 名称の典拠 | TRPG『クトゥルフの呼び声』設定資料集『Malleus Monstrorum』(Chaosium社)[4][5] |
| 場面の原典 | H・P・ラヴクラフト「エーリッヒ・ツァンの音楽」(1922年3月)[1][2] |
| 異名 | 音楽の笛吹き(TRPG設定資料集による)[6] |
| 関連づけられる存在 | タルザーシャ、アザトース(いずれもTRPG側の設定)[6] |
初出作品
場面の初出は、H・P・ラヴクラフトの短編「エーリッヒ・ツァンの音楽」である。ラヴクラフト公式サイトの作品一覧は、この作品の執筆を1921年12月としている[3]。書誌データベースISFDBは作品の年月を1922年3月と記録しており[2]、同人誌『The National Amateur』1922年3月号が初出だとする説明が広く行われているが、当サイトはこの掲載誌を一次資料で確認していない。ISFDBの収録一覧に載る最も古い商業誌掲載は、『Weird Tales』1925年5月号(編集ファーンズワース・ライト、Popular Fiction Publishing Co.)である[2]。
「トゥルネンブラ」という名がいつ与えられたかは、当サイトでは確認していない。名づけたのはTRPG『クトゥルフの呼び声』の設定資料集『Malleus Monstrorum』だが[6]、当サイトは同書の本体を参照していないため、初出の版・刊行年を示せない。
原典での描写
原典本文に「トゥルネンブラ」の語は一度も現れない。当サイトはラヴクラフト公式サイトが公開する全文を検索して、これを確認した[1]。
原典に書かれているのは、次の場面である。窓の外から届いた音に、ツァンが凍りつく。
though it was not a horrible sound, but rather an exquisitely low and infinitely distant musical note
(恐ろしい音ではなく、この上なく低く、無限に遠い一つの楽音だった)[1]
その音に対するツァンの反応は劇的だ。
dropping his pencil suddenly he rose, seized his viol, and commenced to rend the night with the wildest playing I had ever heard from his bow
(突然鉛筆を落として立ち上がり、ヴィオルをつかむと、彼の弓から聞いたことのないほど荒々しい演奏で夜を切り裂き始めた)[1]
語り手は、その演奏の意図をこう受け取る。
He was trying to make a noise; to ward something off or drown something out—what, I could not imagine
(彼は音を立てようとしていた。何かを遠ざけよう、あるいは何かをかき消そうとして——それが何なのかは、私には想像もつかなかった)[1]
物語の終盤、語り手はその窓から外を見る。見えるはずの街の灯はない。
I saw no city spread below, and no friendly lights gleaming from remembered streets, but only the blackness of space illimitable; unimagined space alive with motion and music, and having no semblance to anything on earth
(眼下に街はなく、見慣れた通りに親しげな灯もなく、あるのはただ果てしない空間の暗黒だけだった。想像を絶する空間が、運動と音楽に満ちて生きており、地上のいかなるものにも似ていなかった)[1]
窓の外にあるのは「運動と音楽に満ちた空間」であって、姿を持つ何かではない。原典がこの存在について書いているのは、この一節が限界である。
原典が与えるのはここまでである。この「何か」の姿も、権能も、他の存在との関係も書かれていない。遠くから届く一つの楽音と、それに抗う演奏、そして最後まで明かされない正体——原典におけるこの存在は、名前を持たないことそのものによって成り立っている。
ダーレス以降の変化
オーガスト・ダーレスをはじめとする原典後の小説家が、この「窓の外の何か」に独自の設定を加えたという記録は、当サイトが確認した範囲では見つかっていない。名づけと体系化はTRPG側で起きた出来事なので、次の節にまとめる。
TRPGでの扱い
『Malleus Monstrorum』は、ケイオシアム社が出すクトゥルフ神話の生物・神格事典である。英語版は2巻組のスリップケース入りで2020年に出ており、対応ルールは『クトゥルフの呼び声』第7版、本文は216ページと264ページ、著者はマイク・メイソン、スコット・デイヴィッド・アニオロフスキー、ポール・フリッカー、装画と挿画はロイック・ミュジー、ISBNは978-1-56882-334-8である[4]。日本語版は神格を扱う巻が『新クトゥルフ神話TRPG マレウス・モンストロルム Vol.2 神格編』としてKADOKAWAから2021年10月29日に出ている(ISBN 978-4-04-736824-8)[5]。
同書がこの存在に与えたとされる設定は、次のとおりである。当サイトは同書の本体を参照しておらず、以下はいずれも二次的な説明に基づく[6]。
- 「トゥルネンブラ」の名と、「音楽の笛吹き」という異名
- アザトースの宮廷に永遠に留まる外なる神の一柱という位置づけ
- アザトースの眠りを保つうえで欠かせない存在とされること
- 才能ある音楽家に自らの調べを聴かせ、アザトースの宮廷へ誘い込むことがあるとされること
いずれも原典「エーリッヒ・ツァンの音楽」の本文には対応する記述がない[1]。TRPG層が神話に何をしたのかという全体像は三層で読み解くクトゥルフ神話にまとめてある。
登場作品一覧
| 作品 | 年 | 作者/出典 | 確認の状態 |
|---|---|---|---|
| エーリッヒ・ツァンの音楽 | 1922 | H・P・ラヴクラフト | 名もなき「窓の外の何か」として描かれる。全文を照合済み[1][2] |
| Malleus Monstrorum(英語版) | 2020 | Chaosium社 | 「トゥルネンブラ」の名称・体系化の典拠とされる。書誌のみ確認[4] |
| 新クトゥルフ神話TRPG マレウス・モンストロルム Vol.2 神格編 | 2021 | KADOKAWA(日本語版) | 書誌のみ確認[5] |
当サイトが確認した範囲では、トゥルネンブラの名で言及される他の作品は見つかっていない。
関連神格・地域・書物
神格
- タルザーシャ — 原典「祭事」に焔として登場する存在。TRPG側の設定でトゥルネンブラと並べて語られることがある[6]
- アザトース — TRPG側の設定で、トゥルネンブラが宮廷に留まるとされる主。原典「エーリッヒ・ツァンの音楽」に名は現れない[1]
作品
- エーリッヒ・ツァンの音楽 — トゥルネンブラと呼ばれる場面が実際に書かれている唯一の原典
参考文献
- [1] H. P. Lovecraft, “The Music of Erich Zann”。本文はラヴクラフト公式サイト hplovecraft.com が公開する全文(該当ページ)を用い、引用はそこから直接引いた。日本語は当サイトによる訳である。同じ全文を検索して、Trunembra および Tru’nembra の語が一度も現れないことを確認した(2026年9月14日確認)。同作はパブリックドメインであり、原文の引用を行っている。
- [2] 書誌データベースISFDB「The Music of Erich Zann」Title Record #41880(該当ページ)。著者H・P・ラヴクラフト、作品の年月は1922年3月。同記録の収録一覧に載る最も古い商業誌掲載は『Weird Tales』1925年5月号(編集Farnsworth Wright、Popular Fiction Publishing Co.)で、同人誌『The National Amateur』1922年3月号は一覧に含まれていない。ISFDBは利用者が編集する書誌データベースであり、当サイトでは刊行年・掲載誌といった書誌事実に限って用いる。
- [3] ラヴクラフト公式サイト hplovecraft.com の作品一覧(該当ページ)。同一覧は「The Music of Erich Zann」に1921年12月を付している(執筆時期)。
- [4] Chaosium社公式の製品ページ『Malleus Monstrorum – Cthulhu Mythos Bestiary – Slipcase Set』(該当ページ)。発行Chaosium、対応ルール Call of Cthulhu 7th Edition、2020年、フルカラー2巻組スリップケース入り、216ページと264ページ、著者Mike Mason / Scott David Aniolowski / Paul Fricker、装画・挿画Loïc Muzy、ISBN 978-1-56882-334-8。同ページに「Tru’nembra」の記載はなく、本書の内容は当サイトで確認していない。
- [5] 『新クトゥルフ神話TRPG マレウス・モンストロルム Vol.2 神格編』(KADOKAWA、2021年10月29日、ISBN 978-4-04-736824-8)。クトゥルフ神話TRPG公式サイトの書籍情報ページで確認した(該当ページ)。同書の内容は当サイトで確認していない。
- [6] 「トゥルネンブラ」の名称・異名・アザトースの宮廷との関係についての記述は、当サイトが収集した二次的な説明に基づく。『Malleus Monstrorum』本体は参照していない。同書を参照できた時点で、どの版のどのページに基づくかを示す形へ書き直す。
FAQ
Q. トゥルネンブラは「エーリッヒ・ツァンの音楽」に出てくる名前ですか。 A. いいえ。原典本文にこの名は一度も現れません。当サイトは公式サイトが公開する全文を検索して確認しました[1]。この名は、後年TRPG『クトゥルフの呼び声』の設定資料集が、原典で名も説明も与えられない「窓の外の何か」に与えたものです[6]。
Q. 原典で、その正体は明かされるのですか。 A. 明かされません。語り手に分かるのは、ツァンが「何かを遠ざけよう、あるいは何かをかき消そうとして」演奏していたということだけで、それが何なのかは想像もつかなかったと書かれています[1]。
Q. なぜ「原典」ではなく「TRPG」の層に分類しているのですか。 A. この項目が扱っているのは、名づけられた神格としてのトゥルネンブラだからです。場面そのものは1922年の原典にありますが、名前・異名・外なる神としての位置づけはTRPG側の再構成によるもので、当サイトはその出自で層を分けています。場面の側を読むなら、エーリッヒ・ツァンの音楽の記事をご覧ください。
Q. 原文の引用があるのに、TRPG側の設定は引用されていないのはなぜですか。 A. 「エーリッヒ・ツァンの音楽」はパブリックドメインで全文が公開されているため、原文を引いて示せます[1]。一方『Malleus Monstrorum』は現行の商業出版物で、当サイトは本体を参照していません[4][5][6]。





