小説 — Hydra

ヒュドラ

星幽体投射を試みたオカルティストたちが、次元を超えた異形の実体ヒュドラに捕らわれる。同神格の初出作品。

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ヒュドラ

編集部注(著作権について): 本記事が扱う『ヒュドラ』(1939年「ウィアード・テイルズ」誌4月号掲載)は、個別の著作権更新記録を本記事執筆時点で確認できていないため、パブリックドメインであるとは断定できません。本記事は原文からの引用を行わず、あらすじ・論評のみで構成しています。

概要

星幽体投射を試みたオカルティストたちが、次元を超えた異形の実体〈ヒュドラ〉に捕らわれる一編。サイト既存の神格記事「ヒュドラ(カットナー版)」の初出典拠。

作品情報

  • 原題: Hydra
  • 執筆・発表年: 1939年発表(「ウィアード・テイルズ」誌4月号)
  • 主題タグ: 星幽体投射(アストラル・プロジェクション)の実験、次元を超えた異形の実体、怨念を抱いたまま帰還した師

登場神格・用語

あらすじ

アマチュア神秘主義者ポール・エドモンドとロバート・ラドウィッグは、18世紀の小冊子の記述に従い星幽体投射を試みる。彼らの師である年配のオカルティスト、ケネス・スコットが実験中に次元を超えた異形の実体〈ヒュドラ〉に捕らわれてしまう。救出を試みたラドウィッグも同じ怪物に囚われ、エドモンドが自らの魂を危険にさらすことを拒んだため、スコットは怨念を抱いたまま肉体へ帰還し、凄惨な復讐を果たす。作中でアザトースへの言及があり、非ユークリッド幾何学に従う異世界が描かれる。肉体を離れた意識が異次元をさまよい、そこで人知を超えた実体に遭遇するという発端は、単なる怪奇趣味にとどまらず、当時のオカルト文化で実際に語られていた星幽体投射という擬似科学的な実践を下敷きにしている点で、同時代の他の怪奇小説とは一線を画す。肉体を離れた意識だからこそ触れてしまう脅威、という発想は、精神と物質のどちらが本当の危険にさらされているのかという問いを読者に投げかける仕掛けにもなっている。師弟間の信頼関係が実験の失敗によって一瞬で崩れ去り、恩讐が肉体を超えて持ち越されるという結末は、単なる怪物退治譚では終わらない後味を残す。誰もが理性的な探求のつもりで踏み込んだ実験が、最終的には最も身近な人間関係を破壊してしまうという皮肉もまた、本作を単なる怪異譚以上のものにしている。

読みどころと注目テーマ

星幽体投射という擬似科学的な実験手続きを媒介に、次元の彼方に潜む未知の実体と接触してしまうという発端の乾いたリアリズムと、怨念を抱いたまま帰還した師による陰惨な復讐という結末の落差が、本作最大の読みどころである。作中で言及される非ユークリッド幾何学に従う異世界の描写やアザトースへの言及は、カットナーが当時すでにラヴクラフト由来のミソス語彙を自作に取り込んでいたことを示している。救出に向かった弟子までもが同じ怪物に取り込まれ、残された者が師を見捨てるという展開は、仲間内での信頼と自己保身の相克を描く点で、単純な怪物退治譚にはない後味の悪さを残す。

執筆背景と影響

本作は1939年「ウィアード・テイルズ」誌4月号に初出した[1]。著者ヘンリー・カットナー(1915年-1958年)は、1936年前半に「墓地の鼠」を同誌に売り込んでプロ作家としてデビューして間もない時期にあり、本作はその最初期のミソス系作品の一つにあたる[3]。カットナーは本作発表の翌年にあたる1940年、後に生涯の共作者となる作家C・L・ムーアと結婚しており、本作は夫婦での共同執筆体制が確立する以前、カットナーが単独名義で健筆をふるっていた時期の作品である点も押さえておきたい[2]。作中に登場する神格ヒュドラは、本作限りの一過性の存在ではなく、サイトの神格記事にも独立項目を持つカットナー独自の創造神であり、既存の別系統の神格「ヒュドラ」とは無関係である点に注意が必要である。本作はその初出典拠となる原作小説であり、両者を混同しないよう明確化する上で最重要の一篇でもある。カットナーは後年、ルイス・パジェットやローレンス・オドンネルなど数多くの筆名を使い分け、特に妻ムーアとの共作名義で発表した「ボロゴーヴはミムジイ」(1943年)や「トゥオンキイ」(1942年)によってSF史上に名を残すことになる[4]。『ヒュドラ』はそうした共作期に先立つ、カットナーが単独名義で健筆をふるっていた最初期の時代の作品であり、彼の作家人生全体から見れば習作的な位置づけにある一編と言える。それでもなお、ラヴクラフト的な宇宙的恐怖の語彙(アザトース、非ユークリッド幾何学)を早くも自作に取り込んでいる点は、駆け出し時代のカットナーが同時代のミソス作家たちの作品を熱心に吸収していたことをうかがわせる。後年SF史に名を残す作家の出発点を、怪奇雑誌のページの中に見出せるという意味でも、本作は本サイトの資料的価値が高い一編である。

出典

本作は個別の著作権更新記録を確認できておらず、パブリックドメインであるとは断定できないため、原文からの引用は行っていません。以下は書誌的事実についての出典です。

  • [1] 本作の初出は「ウィアード・テイルズ」誌1939年4月号(Title Record #59586)。— 出典: ISFDB「Hydra」title record, 該当ページ
  • [2] ヘンリー・カットナー(1915年4月7日-1958年2月3日、ロサンゼルス生まれ・没)は、1940年に作家C・L・ムーアと結婚し、以後は夫婦での共同執筆が中心となった。— 出典: Wikipedia「Henry Kuttner」, 該当ページ
  • [3] カットナーは1936年前半、短編「The Graveyard Rats(墓地の鼠)」を「ウィアード・テイルズ」誌に売り込みプロ作家としてデビューした。— 出典: Wikipedia「Henry Kuttner」, 該当ページ
  • [4] カットナーは後年ルイス・パジェット(Lewis Padgett)、ローレンス・オドンネル(Lawrence O’Donnell)ほか多数の筆名を使用し、妻C・L・ムーアとの共作名義による「Mimsy Were the Borogoves」(1943年)、「The Twonky」(1942年)などの作品で高く評価された。— 出典: Wikipedia「Henry Kuttner」, 該当ページ
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