概要
ロバート・E・ハワードの海洋冒険譚。宿敵同士のゲール人とサクソン人が謎の孤島に流れ着き、女王ブルンヒルドの復位劇に巻き込まれる中、影の神殿に鎮座する破壊不能の巨像、闇の神ゴル=ゴロスの存在が物語の帰結を決定づける。「ウィアード・テイルズ」誌1931年10月号に発表された[3]。もとは敵同士だった二人の戦士が、生き延びるために手を組まざるを得なくなるという導入部も、本作の冒険活劇としての推進力を支えている。
作品情報
- 執筆・発表年: 1931年10月発表(「ウィアード・テイルズ」誌)
- 主題タグ: 海洋冒険、孤島の王位争い、破壊不能の偶像、剣戟
登場神格・用語
- ゴル=ゴロス(初出典)
あらすじ
激しい嵐によって船を失い、荒れ狂う海に投げ出されたゲール人トゥルロフ・オブライエンとサクソン人アセルステーンは、生死の境をさまよいながら、地図にない孤島バル=サゴスに漂着する。島は白人の女王ブルンヒルドが統治しており、彼女はかつて司祭ゴータンが崇める闇の神ゴル=ゴロスの信仰を禁じ、自らを海の娘アーアラとして神格化していた。しかしゴータンは陰で勢力を保持し続けており、二人の漂着者は王位を巡る陰謀に巻き込まれていく。ブルンヒルドは二人に助力を求め、老司祭ゴータンを高い城壁から突き落とし、かつてゴル=ゴロスの脚を切り落としたという伝説の剣でこの島を再び手中に収める決意を語る[1]。物語の終盤、影の神殿の奥でブルンヒルドは勝利を確信して勝ち誇り、巨像ゴル=ゴロスに向かって挑発的な言葉を叫ぶが、その直後、世界が砕けるかのような轟音とともに像そのものが揺らぎ、前のめりに倒れ込んで彼女を圧殺する[2]。ゴータンはこれを神の裁きだと叫ぶが、原典は偶然の崩落だったのか神意だったのかを最後まで明かさない。
実はブルンヒルドが最初にゴータンから王位を奪った際、彼女はすでに一度、ゴル=ゴロスの排除を試みていた。屈強な男たちに命じて神像を大槌で打ち砕かせたが、槌は次々と砕け散り、振るった者たちにはかえって得体の知れない害が及んだだけで、像には傷一つ付かなかったという[4]。この経験から彼女は像の排除を諦め、影の神殿の扉を閉ざすに留めていた――物語の結末で彼女が挑発の言葉とともに像そのものに押し潰される展開は、実はこの伏線の上に成り立っている。なお、ゴータンが仕えるのはゴル=ゴロスだけではなく、バル=サゴスの丘の奥深くに、名も知れぬ何かを鎖で繋いで飼っているとも語られており[5]、正体不明のままの怪物が示唆されているのみで、本文ではそれ以上説明されない。
読みどころと注目テーマ
破壊不能の偶像という恐怖、権力交代を超えて残る信仰対象、豪快な剣戟とオカルト的恐怖の融合――特に、女王が神への勝利を叫んだ直後に巨像そのものに圧殺されるという結末の落差は、ハワード作品らしい活劇性と、人知を超えた神話的存在への畏怖とが同居する好例といえる。原典が崩落の原因を意図的に明かさないまま終わることで、読者には「偶然の崩落」と「神の裁き」のどちらとも取れる余白が残されている。剣一本で数々の敵をなぎ倒してきたトゥルロフとアセルステーンでさえ、この巨像の前では傍観者に徹するしかなかったという構図も、剣戟で解決できる脅威とできない脅威の境界線を印象づけている。
執筆背景と影響
ハワードとラヴクラフトは書簡を通じて交流しており、互いの神話的固有名詞を緩やかに参照し合う関係にあった。本作のゴル=ゴロスは後世の事典的整理でクトゥルフ神話の旧支配者の一柱として組み込まれたが、原典単体では独立した孤島冒険譚として完結している。ハワードは同時期に剣と魔法(ソード&ソーサリー)ジャンルの先駆者として『コナン』シリーズなどを執筆しており、本作もその系譜に連なる海洋冒険活劇としての性格が強い。ラヴクラフト神話の固有名詞をほとんど用いず、独自の女王・司祭・孤島という舞台立てだけで神話的恐怖を成立させている点は、ハワードが単なる模倣者ではなく、自らの得意分野(剣戟・冒険)の中に宇宙的恐怖を溶け込ませる書き手だったことを示している。剣で解決できる敵と、剣では歯が立たない神話的存在とを同じ物語の中に共存させることで、活劇の爽快感と神話的恐怖の不条理さの両方を読者に味わわせる構成になっている点も、本作を単なる冒険活劇に終わらせていない要因の一つである。本作は1931年10月号の「ウィアード・テイルズ」誌に発表されて以降、現在はProject Gutenberg Australiaにパブリックドメイン作品として全文が収録されている[3]。
出典
- [1] “And we shall see if the god Gol-goroth shall stand against the sword that cut Groth-golka’s leg from under him.”(訳: 「かつてグロス=ゴルカの脚を切り落としたこの剣に、神ゴル=ゴロスが耐えられるかどうか、見ものだわ」) — Robert E. Howard, “The Gods of Bal-Sagoth”(Weird Tales、1931年10月号), Project Gutenberg Australia ↩
- [2] “The colossal image swayed outward, and then pitched suddenly forward as a tall tower falls…with a thunder like the bursting of a world, the god Gol-goroth crashed down upon the doomed woman, who stood frozen.”(訳: 「巨大な像は外側へ傾き、そして高い塔が倒れるように、不意に前へと崩れ落ちた……世界が砕け散るような轟音とともに、神ゴル=ゴロスは、立ち尽くしたまま動けずにいた宿命の女の上に崩れ落ちた」) — 同上、結末の場面, Project Gutenberg Australia ↩
- [3] 本作「The Gods of Bal-Sagoth」は「ウィアード・テイルズ」誌1931年10月号に発表され、現在Project Gutenberg Australiaにパブリックドメイン作品として全文が収録されている。— 出典: Project Gutenberg Australia eBook #0608081h ページ情報, 該当ページ ↩
- [4] “I had strong men take heavy hammers and smite the image of Gol-goroth, but their blows only shattered the hammers and gave strange hurts to the men who wielded them. Gol-goroth was indestructible and showed no mar.”(訳: 「私は屈強な男たちに命じて重い槌でゴル=ゴロスの像を打ち砕かせたが、槌は次々と砕け散り、振るった者たちにはかえって得体の知れない害が及んだ。ゴル=ゴロスは不壊であり、傷一つ付かなかった」) — Robert E. Howard, “The Gods of Bal-Sagoth”(Weird Tales、1931年10月号)、ブルンヒルドの回想, Project Gutenberg Australia ↩
- [5] “And once I heard the grisly slavering bellowings of the nameless Thing Gothan has chained deep in the bowels of the hills on which rests the city of Bal-Sagoth.”(訳: 「そして一度、私はバル=サゴスの都が乗るこの丘の奥深くに、ゴータンが鎖で繋いでいる名も知れぬ何かの、涎を垂らした恐ろしい咆哮を聞いたことがある」) — 同上、ブルンヒルドの独白, Project Gutenberg Australia ↩






