小説 — The Hounds of Tindalos

ティンダロスの猟犬

秘薬による時間遡行実験を行った学者が、角度を持つ時間に棲む名状しがたいティンダロスの猟犬に見つかってしまう。同名概念の初出作品。

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ティンダロスの猟犬

「『来てくれて嬉しいよ』とチャルマーズは言った。彼は窓辺に腰掛けており、その顔は蒼白だった。肘のそばで二本の背高い蝋燭が揺らめき、彼の長い鼻とわずかに後退した顎の上に、病的な琥珀色の光を投げかけていた。」

— フランク・ベルナップ・ロング「ティンダロスの猟犬」(Weird Tales、1929年3月号)冒頭部

概要

秘薬を用いて意識を太古の時間の彼方へ送り込む実験を行った学者が、「角度を持つ時間」に棲む名状しがたい猟犬に見つかってしまう一編。「ティンダロスの猟犬」という概念を神話体系に導入した記念碑的作品で、フランク・ベルナップ・ロングによって「ウィアード・テイルズ」誌1929年3月号に発表された[3]。友人による記録という体裁を取りながら、実験の当事者が徐々に理性を失っていく様を間近で見守るしかないという構成そのものが、本作の恐怖の骨格になっている。

作品情報

  • 原題: The Hounds of Tindalos
  • 執筆・発表年: 1929年発表(「ウィアード・テイルズ」誌3月号)
  • 主題タグ: 秘薬リャオによる時間遡行実験、角度を持つ時間という独自概念、鋭角から侵入する猟犬

登場神格・用語

あらすじ

時空の神秘に取り憑かれた学者ハルピン・チャルマーズは、東洋の秘薬「リャオ」を服用し、友人フランクの見守る中で意識を太古の時間の彼方へ送り込む実験を行う。彼はまず人類史を遡り、爬虫類が水辺を這う時代、さらには単細胞生物の時代へと退行していく自らの意識を実況しながら、時間には二つの性質――曲線を描く「曲がった時間」と、鋭い角を持つ「角度を持つ時間」――があり、角度を持つ時間に棲む存在は曲がった時間には決して入り込めないのだと語る[1]。曲線的な時空の限界を超えて「角度を持つ時間」に踏み込んだ彼は、そこに巣食う名状しがたい存在――ティンダロスの猟犬――に姿を見られてしまう。彼はやがて絶叫とともにこの存在の名を叫び[2]、猟犬は鋭角を伝ってあらゆる隙間からこの世に侵入し追跡してくるとされ、チャルマーズは部屋の隅や角をすべて塗り固めて防御を試みるが、最終的に正体不明の力によって引き裂かれ絶命する。

チャルマーズは猟犬の起源についても踏み込んだ説明を語り残している。彼によれば、宇宙のあらゆる悪は太古になされた名状しがたい「行為」に由来し、その行為から生まれた「穢れ」は角度によって、対する「清浄」は曲線によって、それぞれ体現されるのだという。彼はこの構図を『創世記』の楽園追放の神話――禁断の木、蛇、林檎――になぞらえ、猟犬たちは善悪の埒外にある「純粋な穢れ」であり、人間の中にわずかに残る清浄さこそを渇望していると説く[4]。部屋の隅という隅を漆喰で丸く塗り固め、居室を球体に近づけようとした彼の防御策は、この「角度こそが穢れの通り道である」という自説を文字どおり実践したものだった。

読みどころと注目テーマ

秘薬による時間遡行実験という発端、鋭角から侵入するという猟犬の独自の生態、部屋の隅を塗り固めるという防御策の徒労――中でも「曲がった時間」と「角度を持つ時間」という対概念は、ユークリッド幾何学的な直感を裏切る恐怖の演出として際立っており、後年の非ユークリッド幾何学を用いた宇宙的恐怖描写の先駆けとしてしばしば言及される。防御のため部屋の隅をすべて漆喰で丸く塗り固めるという結末間際の描写は、合理的な対策が神話的存在の前では最終的に無力であることを象徴的に示している。友人フランクの視点から語られる一人称形式も効果的で、チャルマーズが幻視の中で語る内容と、彼の肉体が実際に見せる変化(獣じみた唸り声、四つん這いでの徘徊)とが並行して進むことで、読者は理性の崩壊そのものを目撃する体験を追体験させられる。

執筆背景と影響

ラヴクラフト以外の作家による最初のクトゥルフ神話作品の一つとされ、「ティンダロスの猟犬」という固有の怪物概念を神話体系に導入した記念碑的作品。本サイト既存記事『ティンダロスの猟犬』の直接の初出典拠。ロングはラヴクラフトの若き文通相手であり、本作発表当時から二人は書簡を通じて交流していた。「角度から侵入する存在」という着想は、それ以前の神話作品が漠然とした「異界からの侵入」を描いていたのに対し、幾何学的な条件によって侵入経路が決まるという明快なルールを持ち込んだ点で新しく、後の作家たちが独自の怪物を考案する際の一つのモデルケースになったとも評価されている。「角を塗り潰せば防げるかもしれない」という疑似科学的な対抗策が提示されること自体、この怪物の脅威が単なる不条理ではなく、一定の法則に従う対象として描かれていることを示しており、後年のTRPG等でルール化しやすい神話的存在の先駆けとも言える。Project Gutenbergの校訂者注記によれば、本作が掲載された1929年3月号の「ウィアード・テイルズ」誌について、米国著作権の更新記録は綿密な調査によっても見つかっておらず、パブリックドメイン作品として扱われている[3]

出典

  • [1] “There is _curved time_, and _angular time_. The beings that exist in angular time can not enter curved time. It is very strange.”(訳: 「『曲がった時間』と『角度を持つ時間』というものがある。角度を持つ時間に棲む存在は、曲がった時間には入り込めない。まことに奇妙なことだ」) — Frank Belknap Long, “The Hounds of Tindalos”(Weird Tales、1929年3月号), Project Gutenberg #73575
  • [2] “They are lean and athirst!” he shrieked. “_The Hounds of Tindalos!_”(訳: 「奴らは痩せこけて、渇いている!」と彼は絶叫した。「『ティンダロスの猟犬』だ!」) — 同上, Project Gutenberg #73575
  • [3] Project Gutenberg校訂者注記: “Extensive research did not uncover any evidence that the U.S. copyright on this publication was renewed.”(訳: 「綿密な調査によっても、本作品の米国著作権が更新された証拠は見つからなかった」)。掲載号は「ウィアード・テイルズ」1929年3月号。— 出典: Project Gutenberg #73575 校訂者注記, 該当ページ
  • [4] “The foul expresses itself through angles; the pure through curves. Man, the pure part of him, is descended from a curve.”(訳: 「穢れは角度によって、清浄は曲線によって、それぞれ表される。人間の、その清浄な部分は、曲線から生まれ出たものなのだ」) — Frank Belknap Long, “The Hounds of Tindalos”(Weird Tales、1929年3月号)、チャルマーズの独白, Project Gutenberg #73575
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