概要
これは小説として書かれたものではなく、手紙です。冒頭に「木曜日[1927年11月3日]」の日付と「親愛なるメルモス」の宛名があり、末尾は「ゴシックの覇権のために──C・IVLIVS・VERVS・MAXIMINVS」というふざけたラテン語の署名で閉じます。書き手は、ジェイムズ・ローズ訳の『アエネーイス』を読んでいたことと、丘の上の魔女の集会を思わせる万聖節前夜の空気とが重なって、「この月曜の夜」にローマの夢を見た、と言います。子どものころは夜ごと軍団兵として「神君ユリウス」に従ってガリアじゅうを駆け回る夢を見ていたが、長く途絶えていた。今回の夢はいつか小説に使うつもりだ、と[1]。
夢の中身は、共和政末期のヒスパニア・キテリオル、ピレネー山麓の小さな属州都市ポンペロの一夜です。11月朔日の前日の夕方、町は「丘の上に巣くう恐怖」に怯えています。山の高みに住む「いにしえの民」が、春と秋の年二回、峰で儀式を行い、そのたびに町の者が消える。ところが今年は誰も消えていない。その免除こそが脅威だ、と町は考えます[1]。
夢の中で書き手は財務官ルキウス・カエリウス・ルフスになっていて、山の儀式を軍で潰すよう総督に働きかけ、自ら大隊に随行して夜の山へ入ります。手紙は隊列が闇に呑まれるところで「そこで目が覚めた」と切れ、「あの大隊がどうなったかの記録はないが、町は少なくとも助かった。百科事典によれば、ポンペロは今もパンプローナの名で残っている」と結ばれます[1]。
公式アーカイブの年譜では1927年11月2日付[2]。活字になったのは書き手の没後で、1940年夏の『サイエンティ・スナップス』誌が最初です[3]。
作品情報
- 原題: The Very Old Folk
- 成立: 1927年11月2日(公式年譜)[2]。本文冒頭の日付は「木曜日[1927年11月3日]」[1]
- 初出: 『サイエンティ・スナップス』第3巻第3号、1940年夏、4–8ページ[3]
- 分量: 約2,700語(公式アーカイブ本文を機械集計)
- 形式: 書簡。宛名は「メルモス」、署名は「C・IVLIVS・VERVS・MAXIMINVS」。公式アーカイブの本文には宛先の人物名は記されていません
- 舞台: 共和政末期のヒスパニア・キテリオル、ピレネー山麓の町ポンペロ。11月朔日の前夜
- 主題: 夢の記録、ローマの属州行政と土着の儀式、松明の消える闇
登場神格・用語
クトゥルー神話固有の神格は登場しません。夢の中の人物はすべてローマ風の名を持ちます。
- ルキウス・カエリウス・ルフス(L. Cælius Rufus): 属州財務官。夢の中の書き手。「黒い禁断の知識を深く学んだ」と自称し、シリアとエジプトとエトルリアの巻物を読み、ネミ湖畔の森の神殿でディアナ・アリキナの「血に飢えた神官」と長く語ったことがあります
- プブリウス・スクリボニウス・リボ(P. Scribonius Libo): 総督(プロコンスル)。タッラコから来ました。禿げ頭に鷲のような皺だらけの顔、縁取りのあるトガ。最後に一人だけ「諦めていた」人物です
- グナエウス・バルブティウス(Cn. Balbutius): 地方軍の司令官(レガトゥス)。カラグッリスの常駐部隊を率い、出兵に反対し続けます。ルフスとは親しい友人という設定です
- セクストゥス・アセッリウス(Sex. Asellius): 第12軍団第5大隊を率いる軍事護民官。磨いた脛当てと「見下すような薄笑い」。土着の民を軽蔑しながら、刺激するのは得策でないと考えます
- ティベリウス・アンナエウス・スティルポ(Tib. Annæus Stilpo): 町の按察官。血の半分は土着。母ヘルウィアは純粋なローマ人で、スキピオの軍とともに渡ってきたマルクス・ヘルウィウス・キンナの娘です
- ウェルケッリウス(Vercellius): 純粋なローマ人の両親を持つ若者。山道の案内を引き受けます
- いにしえの民(the very old folk): 丘のさらに高みに住む人々。ウァスコネス族にも通じない「途切れ途切れの言葉」を話し、年に数回、スキタイ人に似た「小柄で黄色い、斜視の使者」を町へ下ろして身振りで商いをします。春秋の儀式は5月朔日と11月朔日の前夜
- ウァスコネス(Vascones): 周辺の部族。黒髭で粗いマントを着ています。町にはローマ人入植者、ローマ化した土着民、両者の混血がいて、みな安物の羊毛のトガを着ています
あらすじ
手紙の書き出し
書き手は、宛先の「メルモス」が「あの鼻持ちならないアジア人の若造ウァリウス・アウィトゥス・バッシアヌス」の過去を掘っていると聞いて、「あのいまいましいシリアの小鼠」ほど嫌いな人物はいないと憎まれ口を叩きます。自分はローズ訳の『アエネーイス』でローマ時代へ運ばれていた。これまで読んだ韻文訳のどれより原詩に忠実で、出版に至らなかった亡き叔父クラーク博士の訳よりも、と。そこへ万聖節前夜の「丘の魔女の集会」の連想が重なり、月曜の夜に「超自然的なほど鮮明で、隠れた恐怖の巨大な予感に満ちた」ローマの夢を見た、と書きます[1]。
夕暮れのポンペロ
夢は燃えるような夕焼けの、ポンペロの町から始まります。時代は共和政末期で、属州はまだアウグストゥスの法務官級総督ではなく元老院の総督が治めています。日付は11月朔日の前日。北の丘は緋色と金色に染まり、傾いた日が埃っぽい広場の新しい石と漆喰の建物と、東の木造の競技場の壁を赤く照らします。入植者と土着民と混血、兜の軍団兵、黒髭のウァスコネス族が、「漠然とした、はっきりしない不安」に動かされて、わずかな舗装路と広場にひしめいています[1]。
書き手はイリュリア人の担ぎ手が運ぶ輿から降りたところです。自分は財務官ルキウス・カエリウス・ルフスで、数日前にタッラコから来た総督スクリボニウス・リボに呼ばれた。兵は第12軍団第5大隊、指揮は軍事護民官アセッリウス。地域全体の司令官バルブティウスも、常駐地カラグッリスから来ています。会議の理由は「丘に巣くう恐怖」でした[1]。
いにしえの民
季節は「恐ろしい秋の季節」。山の民は、町では噂でしか知られない儀式の準備をしています。彼らは丘のさらに高くに住み、ウァスコネス族にも分からない言葉を話し、めったに姿を見せません。春と秋、峰で行われる「忌まわしい儀式」の遠吠えと祭壇の火が村々を震え上がらせます。「いつも同じ──5月朔日の前夜と、11月朔日の前夜」。その直前に町の者が消え、二度と戻りません。土着の羊飼いや農夫はいにしえの民に「悪感情を持っていない」という囁きもあり、二つの「醜悪な安息日」の真夜中前には、空になった藁葺きの小屋がひとつではないと言われます[1]。
今年の恐怖はとりわけ大きい。3か月前、斜視の小さな商人が5人丘から下りてきて、市場の喧嘩で3人が殺されました。残る2人は黙って山へ帰った。そしてこの秋、村人は一人も消えていません。「この免除には脅威があった」。いにしえの民が儀式の犠牲を見逃すはずがない。「正常と呼ぶにはよすぎた」。夜ごと丘から太鼓の音が響き、按察官スティルポはカラグッリスのバルブティウスに、儀式を踏み潰すための大隊を求めました。バルブティウスは、村人の恐れは根拠がなく、ローマ市民が脅かされないかぎり丘の民の儀式はローマ人民の関知するところではない、と軽く退けます[1]。
財務官の主張
ルフスは友人バルブティウスに反対します。自分は禁断の知識を学んでおり、いにしえの民はどんな「名状しがたい破滅」でも町に下せると信じている。ポンペロはローマの入植地で、多数の市民がいる。按察官の母ヘルウィアは純粋なローマ人だ。彼はギリシア人の奴隷アンティパテルを使いに立てて総督へ手紙を送り、総督は第5大隊をポンペロへ送るよう命じます。11月朔日の前夜、日暮れに山へ入り、見つけた「名状しがたい乱行」を踏み潰し、捕らえた者をタッラコの法廷へ送れ、と。バルブティウスが抗議し、文通が重なり、総督は自ら調べに来る決心をします。ポンペロで噂を聞いた総督は動揺し、命令を堅持し、この件を学んだ者として同行するようルフスに命じました。バルブティウスも反対意見を押し通すためについてきます。彼は本気で、軍事行動がウァスコネス族の不穏を招くと考えていたのです[1]。
総督府での会議で、バルブティウスとアセッリウスは、少数派の入植者を無為で怒らせるほうが、多数派の部族民と小屋の住人を儀式の弾圧で怒らせるよりましだと主張します。ルフスは反論します。ウァスコネス族はもともと騒がしく、衝突はどちらの道を選んでも避けられない。属州の統治は文明化した層の安全と好意にかかっていて、彼らの血管には「われわれのイタリアの血」が多く混じっている。彼らを守るのは義務であり利益だ──「たとえ、カラグッリスの陣営での盤上遊戯と闘鶏をわずかに中断することになっても」と、二人の軍人を皮肉な目で見ながら[1]。
危険が本物であることは、自分の学んだところから疑えない。シリア、エジプト、エトルリアの巻物を読み、ネミ湖のディアナ・アリキナの神官と語った。安息日には丘から「衝撃的な破滅」を呼び出せる。そうした乱行を許すのは、アウルス・ポストゥミウスが執政官のとき、バッカナリアの実践のために多くのローマ市民を処刑した祖先の慣習に合わない──その決定は「バッカナリアに関する元老院決議」として青銅に刻まれ、誰の目にも開かれている。儀式が「ローマのピルムの鉄では対処できない何か」を呼び出す前に止めれば、一個大隊で足りる。参加者だけを捕らえ、見物人を見逃せば、同情する田舎者の恨みも減る。原則も政策も断固たる行動を求めている、と[1]。
総督はルフスの言葉を是とし、彼を臨時の首席百人隊長として大隊に配属します。バルブティウスは渋々、アセッリウスはもっと渋々、それに従いました。
夜の山へ
夕闇が秋の斜面に降りると、遠くから「奇妙な太鼓の、規則正しい、醜悪な」音が恐ろしいリズムで流れてきます。怯える兵もいましたが号令で列に戻り、大隊は競技場の東の平地に整列します。総督もバルブティウスも同行を主張しました。山道の案内人を見つけるのに難儀し、ようやく純粋なローマ人の両親を持つ若者ウェルケッリウスが、少なくとも麓の丘を越えるまでは案内すると引き受けます。左手の森の上に「若い月の細い銀の鎌」が震える中、行軍が始まりました[1]。
一番不安なのは、儀式がそれでも行われるという事実でした。大隊の噂は丘に届いているはずなのに、太鼓は「例年どおり」鳴っている。まるで祭りの参加者に、ローマ人民の軍勢が向かってこようと気にしない理由があるかのように。峡谷に入ると音は大きくなり、松明の光に奇怪な形の幹が浮かびます。道は険しく狭くなり、馬を持つ者は馬を降りて、10人の分隊を見張りに残しました。300人を超える隊列の前進は、半時間の登りで「ひどく鈍重で困難」になります[1]。
馬の悲鳴
そのとき、下から恐ろしい音が聞こえます。繋いだ馬たちが「いなないたのではなく、悲鳴を上げた」。下には灯りも、人の気配もありません。同時に、前方のすべての峰で篝火が燃え上がり、恐怖は前にも後ろにも潜むことになります。案内のウェルケッリウスを探すと、血だまりの中に崩れた塊がありました。手には副百人隊長ウィブラヌスの帯から奪った短剣。顔には、古参兵も青ざめる恐怖の表情。馬が悲鳴を上げたとき、彼は自害していました。この地方に生まれ育ち、丘について人が何を囁くか知っていた男が[1]。
松明が翳り始め、怯えた兵の叫びが馬の悲鳴に混じります。空気は11月の入口にしては急に冷え、「巨大な翼の羽ばたき」を連想させずにいられない恐ろしい波動に揺れます。大隊は立ちすくみ、書き手が見た気がしたのは、ペルセウス座からカシオペヤ座、ケフェウス座、白鳥座へ流れる天の川の光を背に、空に浮かぶ奇怪な影。そして突然、すべての星が空から消えた。前方のデネブとヴェガも、後方のアルタイルとフォーマルハウトも。松明が完全に消えたとき、残ったのは峰の祭壇の火だけでした。「地獄のように赤く」、その光に、「フリギアの神官もカンパニアの老婆も囁いたことのない」巨大な獣たちが狂ったように跳ねる影を浮かび上がらせて[1]。
人と馬の悲鳴の上に太鼓が高まり、「衝撃的なまでに意識と意図を持った」氷の風が禁じられた高みから吹き下ろし、一人ひとりに巻きつきます。大隊全体が闇の中でもがき叫び、「ラオコオンとその息子たちの運命を演じているようだった」。老いた総督だけが諦めていました。彼は悲鳴の中で言葉を発し、それは今も書き手の耳に残っています。「マリティア・ウェトゥス──古き悪意だ……来た……ついに来た……」。そこで目が覚めます[1]。
手紙の結び
「何年ぶりかの、もっとも鮮明な夢だった。長く触れず忘れていた潜在意識の井戸を汲み上げていた」。あの大隊の運命の記録はないが、町は少なくとも助かった。百科事典によればポンペロは今日まで生き延び、現代スペイン語でパンプローナと呼ばれている。そして署名。「ゴシックの覇権のために──C・IVLIVS・VERVS・MAXIMINVS」[1]。
読みどころと注目テーマ
手紙の枠と夢の中身
本文の8割は夢ですが、最初と最後の段落が手紙です。書き手は自分で「いつか小説に使う」と言っていて、書き手自身の位置づけでは、これは小説の素材の記録です。それでも、夢の中の一夜には、恐怖の理由(今年は誰も消えていない)、対立(財務官と軍人)、決定(総督の裁可)、出発(若い月)、崩壊(馬の悲鳴)、という順序が揃っています。夢の記録に見えて、筋の運びは短編のそれです。
「誰も消えていない」ことが恐ろしい
町を怯えさせているのは、今年はまだ誰も消えていないという事実です。3人の商人を殺した報いがまだ来ていない、という読み方を町の全員がしていて、それを「免除の中の脅威」「正常と呼ぶにはよすぎる」という言い方で語り手はまとめます。何も起きていない状態を恐怖の根拠にする組み立ては、儀式の夜に太鼓が「例年どおり」鳴っている、という細部でもう一度使われます。軍が来ると分かっていながら平然と続けている、その平然さが不気味だ、と。
ローマ人の議論
会議の場面は、ローマの属州統治をめぐる議論として書かれています。少数の市民を守るために多数の部族民を敵に回すか。バルブティウスとアセッリウスは統治の実務から反対し、ルフスは市民の保護という原則と、バッカナリアを弾圧した先例を持ち出します。夢の記録にしては、ここが一番長い。書き手の関心が、怪物そのものより、ローマ人がどう考えどう決めるかにあることが分かる部分です。ルフスが自分の学識の根拠に挙げるのはシリアとエジプトとエトルリアの巻物と、ネミ湖の神官であって、神話固有の書物ではありません。
星の名で闇を描く
松明が消える場面で、書き手は天の川が通る星座の名と、消えていく一等星の名を順に挙げます。ペルセウス、カシオペヤ、ケフェウス、白鳥。デネブとヴェガが前に、アルタイルとフォーマルハウトが後ろに。方角ごとに星の名を置き、それが順に消えていくという描き方で、「星がなくなる」という出来事が、空の広さごと読者に伝わります。当サイトの引用欄(story_quote)に採ったのはこの一節です。
執筆背景と影響
公式アーカイブの年譜は本作を1927年11月2日に置き[2]、本文冒頭の日付は「木曜日[1927年11月3日]」です[1]。角括弧は編者の補いで、原文の日付表記は「木曜日」だけだったことを示しています。宛名の「メルモス」が誰かは、公式アーカイブの本文と作品情報ページには記されていません。
生前は活字になっていません。初出は1940年夏の『サイエンティ・スナップス』第3巻第3号で、4ページから8ページに載りました[3]。書き手が「いつか小説に使う」と言った夢は、本人の手では小説にならないまま終わったことになります。
丘の上で季節ごとに行われる儀式と、それを恐れる麓の町という配置は、4年前の祭り(1923年10月執筆)で港町キングスポートの地下として書かれ、5年後の魔女の家の夢(1932年執筆)では、5月祭前夜と万聖節前夜という同じ二つの日付がアーカムの魔女集会の日として現れます。本作の「5月朔日の前夜と11月朔日の前夜」は、それをローマ暦で言ったものです。ローマ時代のブリタンニアに遡る一族の地下を描いた壁のなかの鼠(1923年執筆)と並べると、ラヴクラフトがローマを「古い恐怖の上に載った秩序」として使う癖が見えます。
出典
[1] H. P. Lovecraft, “The Very Old Folk” (本文). The H. P. Lovecraft Archive.https://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/vof.aspx本記事の引用・要約はすべてこの本文に基づきます。訳文は当サイトによる試訳です。
[2] “Lovecraft’s Fiction” (作品年譜). The H. P. Lovecraft Archive.https://www.hplovecraft.com/writings/fiction/成立日(1927年11月2日)、および「祭り」1923年10月・「魔女の家の夢」1932年1〜2月・「壁のなかの鼠」1923年8〜9月の出典。
[3] “Data Page for ‘The Very Old Folk'” (作品情報・出版履歴). The H. P. Lovecraft Archive.https://www.hplovecraft.com/writings/fiction/vof.aspx初出『サイエンティ・スナップス』第3巻第3号(1940年夏)4–8ページの出典。



