概要
『KIRINO クトゥルフ神話異聞』は、同人サークル「エルドラ堂」が2016年1月に発売した現代風ファンタジーアドベンチャーゲームです。公式説明文で「ラヴクラフト原作の小説群『クトゥルフ神話』をモチーフにした」と明言されており、「蒼い影」に憑かれた主人公・美月桐乃(みづき・きりの)の身に降りかかる怪事件が、メインヒロインの七星光との関わりとともに複数の章立てで描かれます。途中の選択やミニゲームの結果によって変化する結末は、のべ33種類という多さで、周回しながら物語の全体像を組み上げていくマルチエンディング構成が最大の特徴です。DLsiteでの評価は★4.4前後(2026年7月時点)。派手さはないものの、章仕立てとエンディング分岐で「怪異との遭遇」を多角的に見せる、堅実な作りの現代伝奇ADVです。
クトゥルフ神話との関係
タイトルの「異聞」という言葉が示す通り、本作はラヴクラフトの物語の直接的な翻案ではなく、その神話観を借りて現代日本で紡がれる「もう一つの記録」という立場を取ります。主人公に取り憑く「蒼い影」は、姿の定まらないまま生活を侵食してくる存在であり、正体の分からない何かに少しずつ日常を明け渡していく感覚——『闇をさまようもの』や『戸口にあらわれたもの』などで描かれた「憑依・侵食」型の恐怖——を現代の学園・街を舞台に再演しています。章立てのひとつに「クトゥルフの影」と題された章が置かれていることからも、物語の深部でクトゥルフ的な存在の気配へと接続していく構成がうかがえます。怪異は退治すべき敵ではなく、遭遇の仕方によって結末が大きく変わる「向き合い方を問われる存在」として扱われており、この点も神話作品の伝統に忠実です。
独自の要素・原典との違い
のべ33種類という結末の多さは、単一の破滅へ収束していくラヴクラフトの物語とは対照的な、本作ならではの設計です。同じ怪異でも、選択とミニゲームの成否次第で悲劇にも救いにも転びうるという構造は、「人間の行動など結末を左右しない」という原典の宇宙観をあえて裏切り、プレイヤーの介入の余地を物語の面白さに変えています。少女を主人公に据えた現代風の人物劇である点、ヒロインとの関係性が物語の感情的な軸になる点も、孤独な男性の手記が中心だった原典との明確な違いです。2016年の作品ながら、キャラクター同士の関係を通してクトゥルフ的怪異を描くというアプローチは、その後の国内クトゥルフ題材作品(TRPGリプレイ文化やキャラクター主導のADV)の潮流とも響き合っており、同人シーンにおける神話受容の一断面として興味深い一本です。


