概要
高次元の魔術や、イースの大いなる種族のテクノロジーを用いて、対象となるターゲットの脳に自らの精神を送り込み[1]、相手の精神を自分の元の肉体(または特殊な器)に監禁する技術[2]。
原典での描写
エフレイムからアセナスへ、アセナスからエドワードへの入れ替わりの語られ方(「戸口に現れたもの」、1933年8月執筆)
「戸口に現れたもの」前半、ミスカトニック大学時代のアセナス・ウェイトは、同級生を見つめるだけで人格が入れ替わったかのような感覚を与える催眠術を使う、奇妙な学生として語られる。見つめられた側は、一瞬だけ自分がアセナスの体の中に置かれ、部屋の反対側にいる自分の本来の体を見つめ返しているような錯覚に陥ったという[5]。
物語終盤、エドワード・ダービーは友人ダニエル・アプトンに、妻アセナスの正体が実は父エフライム・ウェイト自身であると打ち明ける。死期を悟ったエフライムは、ふさわしい脳と弱い意志を持つ相手として娘の体を選んで入れ替わりを恒久化し、押し出された側の人格が入っていた元の体を毒殺した。しかも同じ恒久的な乗っ取りは、あと一歩でエドワード自身の体にも行われるところだったという[6]。
その後、療養所から回復して戻ってきたエドワードとダニエルが再会する場面では、目の前の人物からアセナスやエフライムと同じ威圧的な眼光と皮肉めいた声が感じ取られる。これがかつてエドワード自身が「妻の侵入した魂」と呼んでいた人格そのものであることが、この場面で暗示される[7]。
入れ替わった体の側に残るもの(「戸口に現れたもの」、1933年8月執筆)
エドワードは、アセナスに体を明け渡している間、自分の意識がアセナスの体に押し込められ屋根裏に監禁されると友人アプトンに漏らす。アセナスの支配が緩むと、彼は見知らぬ遠方の土地で不意に自分の体に戻り、途方に暮れたまま人に頼んで車を運転してもらい、長い距離を帰らなければならないことが繰り返されたという[8]。
物語の結末では、正気を取り戻したエドワードの人格が一時的に体を取り戻す。だがその体はすでに地下室に埋められていたアセナスの死体であり、腐敗が進んでいた。彼はその状態のまま最後の手紙を書き上げ、じきに力尽きると記して息絶える。翌朝発見された遺骸は、歯科記録によってアセナスのものと確認された[9]。
大いなる種族が行う精神投射の仕組み(「時間からの影」、1934年11月-1935年3月執筆)
「時間からの影」の語り手ネイサニエル・ピースリーが夢と調査を通じて再構成したところによれば、大いなる種族の一員が過去や未来の時代へ精神を送り込む際には、機械的な補助を用いて時間を越えて自らの精神を投射し、目的の時代でもっとも優れた生物の個体を選んで、その脳に自分の精神の働きを打ち込む。押し出された側の精神は、投射した側の時代と体へ送り返される仕組みだったという[10]。
探査を終えた精神は、最初と同じ装置を組み立てて投射を逆転させることで元の時代・体へ戻り、入れ替わっていた相手の精神もそれぞれの体へ帰還する。ただし探査中にどちらかの体が死んでしまった場合には、この回復は不可能になったという[11]。
捕らわれた精神の扱いと帰還後の記憶消去(「時間からの影」、1934年11月-1935年3月執筆)
押し出されて大いなる種族の時代に送られた精神は、当初は肉体を傷つけないよう厳重に監視され、訓練を受けた尋問者によって知識を引き出される。だが恐怖と抵抗が薄れたあとは、対価となる奉仕と引き換えに、巨大な飛行船で世界中を自由に見て回ることや、他の時代から捕らえられた精神と交流すること、体験を記録として遺すことまで許されたという[12]。
任務を終えて自分の時代へ戻された精神は、複雑な機械仕掛けの催眠によって、大いなる種族のもとで得た知識のほとんどを消し去られる。その結果、多くの場合は入れ替わった瞬間までの記憶が夢のように断片化した空白として残るのみになるという[13]。
なお、「精神交換」という一語の名称は原文には存在せず、当サイトが便宜上まとめた呼称である。原文でこの現象は主に “exchange”(交換)や “displace”(押し出す・置き換える)、”project”(投射する)、”change forms”(姿を変える)といった語で表現されている。
基本プロフィール
- 分類: 概念
- 欧文表記: MIND EXCHANGE / BODY SWAP
- 初出・出典: 時間からの影(1934–35年執筆) / 戸口に現れたもの(1933年執筆)
由来と歴史 / 詳細設定
イースの大いなる種族が、種族の滅亡を逃れるための時間移動手段として完成させた[3]ほか、地球の古い魔術師(エフライム・ウェイトリーなど)が、自らの寿命を引き延ばし、若い肉体を乗っ取るために使用した忌まわしい魔術として描かれる歴史がある[4]。
性質と影響
「自分の肉体が自分のものではなくなる」という、肉体と精神の乖離、さらには自己同一性の完全な喪失という、根源的な精神的恐怖を体現する。
関連する用語
イースの大いなる種族、エフライム・ウェイトリー、戸口に現れたもの、脳髄の保存
出典
- [1] “With suitable mechanical aid a mind would project itself forward in time, feeling its dim, extra-sensory way till it approached the desired period.”(訳: 「適切な機械的補助があれば、精神は時間を超えて未来へと自らを投射し、目的の時代に近づくまで、朧げな超感覚的な道を探っていく」) — H. P. Lovecraft, “The Shadow out of Time”(1934-35年執筆), hplovecraft.com ↩
- [2] “Meanwhile the displaced mind, thrown back to the displacer’s age and body, would be carefully guarded. It would be kept from harming the body it occupied, and would be drained of all its knowledge by trained questioners.”(訳: 「その間、押し出された精神は、押し出した側の時代と肉体へ送り返され、厳重に監視される。占拠した肉体を傷つけないよう抑えられ、訓練を受けた尋問者によってその知識を全て引き出される」) — 同上, hplovecraft.com ↩
- [3] “Later the race would again face death, yet would live through another forward migration of its best minds into the bodies of others who had a longer physical span ahead of them.”(訳: 「後にこの種族は再び死に直面するが、その最良の精神たちを、より長い寿命を残す他者の肉体へと移すことで、さらなる未来への移住を経て生き延びることになる」) — 同上, hplovecraft.com ↩
- [4] “He changed forms with her when he felt death coming—she was the only one he could find with the right kind of brain and a weak enough will”(訳: 「死が近いと感じた時、彼は彼女と姿を入れ替えた——ふさわしい脳と、十分に弱い意志を持つ者として彼が見つけられたのは彼女だけだった」) — H. P. Lovecraft, “The Thing on the Doorstep”(1933年8月執筆/1937年発表), hplovecraft.com ↩
- [5] “a distinct feeling of exchanged personality—as if the subject were placed momentarily in the magician’s body and able to stare half across the room at her real body”(訳: 「人格が入れ替わったかのような、はっきりとした感覚——まるで一瞬、魔術師(アセナス)の体の中に置かれ、部屋の反対側にいる自分の本来の体を見つめ返しているかのような感覚」) — H. P. Lovecraft, “The Thing on the Doorstep”(1933年8月執筆/1937年発表), hplovecraft.com ↩
- [6] “he got her body permanently, just as she almost got mine, and then poisoned the old body he’d put her into”(訳: 「彼は彼女の体を恒久的に手に入れた——彼女がもう少しで私の体を手に入れかけたのと同じように——そして自分が彼女を押し込めた元の体を毒殺した」) — 同上 ↩
- [7] “the intruding soul of his wife”(訳: 「妻の侵入した魂」) — 同上 ↩
- [8] エドワードがアセナスの体に閉じ込められ、支配が緩んだ際に見知らぬ土地で不意に自分の体へ戻る顛末についての記述による — 同上 ↩
- [9] “I’ll be at peace before long—this thing won’t hold together much more.”(訳: 「もうすぐ安らかになれるだろう——この体はこれ以上長くは持ちこたえられない」) — 同上 ↩
- [10] “entering the organism’s brain and setting up therein its own vibrations”(訳: 「その生物の脳に入り込み、そこに自らの波動を打ち立てる」) — H. P. Lovecraft, “The Shadow out of Time”(1934年11月-1935年3月執筆/1936年発表), hplovecraft.com ↩
- [11] 探査を終えた精神が装置を用いて投射を逆転させ元の体へ戻る過程と、体が死亡した場合には回復が不可能になるという記述による — 同上 ↩
- [12] “in exchange for suitable services”(訳: 「相応の奉仕と引き換えに」) — 同上 ↩
- [13] “purged by an intricate mechanical hypnosis of all it had learned”(訳: 「複雑な機械仕掛けの催眠によって、学び取った知識のすべてを消し去られた」) — 同上 ↩




