編集部注(著作権について): 本記事が扱う『塵埃を踏み歩くもの』(1935年「ウィアード・テイルズ」誌8月号掲載)は、著作権継承者(CASiana Literary Enterprises)による同時代作品の個別更新実例があるため、パブリックドメインであるとは断定できません。本記事は原文からの引用を行わず、あらすじ・論評・書誌的事実のみで構成しています。
概要
禁書『カルナマゴスの遺言書』を入手した好古家が、触れたものすべてを塵と化す破壊の精霊〈クァチル・ウタウス〉に魅入られる一編。同神格の初出作品であり、怪物との対決や逃走劇を一切描かないまま静かに閉じていく、CASの数ある邪神譚の中でも特に容赦のない読後感を残す一作。
作品情報
- 原題: The Treader of the Dust
- 執筆・発表年: 1935年発表(「ウィアード・テイルズ」誌8月号、編集ファーンズワース・ライト、表紙マーガレット・ブランデージ)
- 主題タグ: 禁書『カルナマゴスの遺言書』、触れたものを塵に変える破壊の精霊、時空を超えて迫る脅威
登場神格・用語
あらすじ
物語は『カルナマゴスの遺言書』からの引用――クァチル・ウタウスを「隠れ棲まう者の秘蔵の中で最も暗黒なるもの」と呼び、彼を呼び出す言葉は思念の中だけであっても口にしてはならぬと戒める一節――から幕を開ける。好古家ジョン・セバスチャンは、幾度もの逡巡と、己の恐怖を打ち消そうとする長い葛藤の末に、古書商から手に入れたこの禁断の書物のもとへと戻ってくる。禁忌の呪文にまで目を通してしまったセバスチャンは、召使いのティマーズを不安に思いながらも書を閉じずに読み進め、やがて自宅の書斎で得体の知れない乾いた粉塵のにおいと、壁や調度が音もなく崩れていく気配に気づき始める。恐怖で身体が動かなくなったセバスチャンのもとに、壁面に生じた裂け目を通って一条の青白い光が差し込み、その光を伝って幼児ほどの背丈しかない、干からびて皺だらけの小さな影が滑るように近づいてくる。影が触れた瞬間、セバスチャンの意識は星々の間を漂う塵の宇宙へと拡散し、書斎の床にはただ小さな足跡型の窪みを残す一握りの塵だけが残される。
読みどころと注目テーマ
本作の読みどころは、怪物の実体がほとんど描かれないまま、気配と兆候の積み重ねだけで恐怖を醸成していく静かな筆致にある。セバスチャンを襲うのは巨大な怪物でも凶暴な悪魔でもなく、幼児ほどの大きさしかない、干からびて皺だらけの小さな影にすぎない。それでいて、対峙した者を瞬時に塵へと還してしまうという性質ゆえに、抵抗や交渉の余地が一切ないという理不尽さが際立つ。禁書を読み進めるほどに事態が悪化していくと知りながら本を閉じられない好古家という人物造形も、知的好奇心そのものが破滅の引き金になるという神話作品に頻出するテーマの、ひとつの純粋な形と言える。壁や調度が音もなく崩れていく前兆から始まり、光の筋を伝って迫る小さな影、そして最後には足跡型の窪みを残す塵の山だけが残るという結末までの流れは、派手な怪物描写に頼らず、じわじわと外堀を埋めるように恐怖を閉じていくスミス作品らしい構成の巧みさを示している。
執筆背景と影響
スミス独自の破壊神クァチル・ウタウスを描いた作品で、Sandy Petersenの『Cthulhu Mythos』資料集をはじめとする後年の百科事典的ミソス編纂物にも取り込まれ、以後広義のクトゥルフ神話大系の一柱として定着した例。本作は「ウィアード・テイルズ」誌1935年8月号(編集ファーンズワース・ライト、発行元Popular Fiction Publishing Co.、定価25セント、132ページ、表紙アーティストのマーガレット・ブランデージ)に掲載された[1]。その後スミス自身の短編集『Lost Worlds』(1944年)に収録されたほか、S・T・ジョシ編のペンギン・クラシックス版『The Dark Eidolon and Other Fantasies』(2014年)にも選ばれており、CAS作品の中でも学術的な評価が定着している一作である[2]。クラーク・アシュトン・スミス(1893-1961)はH・P・ラヴクラフト、ロバート・E・ハワードと並ぶ「ウィアード・テイルズの三巨頭」の一人であり、ゾティーク・ハイパーボリア・ポセイドニス・アヴェロワーニュという4つの独自世界を生み出した作家として知られる[3]。本作は特定の連作世界(ハイパーボリア・ゾティーク・アヴェロワーニュ・ポセイドニス)に固定されない独立短編でありながら、「破滅を招く禁書」「対抗手段のない絶対的な脅威」というスミス作品に繰り返し現れるモチーフを凝縮した一作として位置づけられている。
出典
本作はパブリックドメインであるとは断定できないため、原文からの引用は行っていません。以下は書誌的事実についての出典です。
- [1] 「The Treader of the Dust」はWeird Tales誌1935年8月号(編集ファーンズワース・ライト、発行元Popular Fiction Publishing Co.、定価25セント、132ページ)に掲載された短編として記録されている。表紙アーティストはマーガレット・ブランデージ。— 出典: ISFDB「Title: The Treader of the Dust」, 該当ページ ↩
- [2] 本作はスミス自身の短編集『Lost Worlds』(1944年)、S・T・ジョシ編のペンギン・クラシックス版『The Dark Eidolon and Other Fantasies』(2014年)に収録された。— 出典: ISFDB「Title: The Treader of the Dust」再録一覧, 該当ページ ↩
- [3] クラーク・アシュトン・スミス(1893-1961)はH・P・ラヴクラフト、ロバート・E・ハワードと共に「ウィアード・テイルズの三巨頭」の一人とされ、ハイパーボリア・ポセイドニス・アヴェロワーニュ・ゾティークの4つの架空世界を創造した。— 出典: Wikipedia「Clark Ashton Smith」, 該当ページ ↩




