ビデオゲーム — STATIC DREAD THE SUBMARINE

Static Dread: The Submarine

北大西洋の深海に閉じ込められた核潜水艦で、艦長の右腕として乗組員へ任務を割り当て、ソナーを解析し、正気を保たせるラヴクラフト系の心理ホラー。2026年8月14日Steam配信、日本語対応。ラヴクラフト自身も1920年に潜水艦を舞台にした「神殿」を書いており、その舞台も同じ大西洋だった。

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概要

『Static Dread: The Submarine』(日本語題「スタティック・ドレッド:潜水艦」)は、solarsuit.gamesが開発しPolden Publishingが発売した心理ホラーで、2026年8月14日にSteamで配信されました[1]。ジャンル表記はアドベンチャー/インディー/シミュレーション、シングルプレイヤー専用。日本語はインターフェースと字幕に対応し、フル音声に対応する言語は英語のみです。価格は1,600円[1]。

Steamのユーザーレビューは、2026年8月24日時点で257件中215件が好評、総評は「非常に好評(Very Positive)」となっています[2]。開発・発売の組み合わせは前作『Static Dread: The Lighthouse』(2025年8月6日配信)と同じで、灯台守の物語から潜水艦の物語へ舞台を移した続き物の位置づけです。

「クトゥルフ神話といえば海」という印象は強く、そこへ潜水艦を持ち込むのは自然な発想に見えます。ただし、ラヴクラフト自身がその組み合わせを書いていることは、あまり知られていません。1920年に書かれた「神殿」がそれにあたります。

公式が説明しているゲーム内容

Steam公式の紹介文によれば、舞台は北大西洋の深海。地上との連絡が絶たれた核潜水艦の艦内で、プレイヤーは艦長の右腕として指揮を執ります[1]。

具体的な行動として公式が挙げているのは、乗組員への任務の割り当て、規律の維持、ソナーによる深海の走査、そして狂気に心を支配されないようにすること。ソナーの説明には「別の潜水艦か、それとも生き物か?」という一文が添えられており、探知した反応の正体が最後まで確定しないことが恐怖の軸に据えられています[1]。

乗組員の扱いについて、公式説明は「乗組員は単なる資源ではない。恐怖と苦しみに苛まれる人間だ」と書き、任務の完遂と人間性の維持のどちらを取るかという選択をゲームの中心に置いています[1]。人員をコマとして最適に配置していく遊びではありません。壊れていく人間を抱えたまま任務を続けることが、プレイヤーに課された条件になります。

ラヴクラフトが書いた潜水艦の話

「神殿」は1920年に執筆され、1925年9月号の『ウィアード・テイルズ』誌に発表されました[3]。冒頭に「ユカタン半島の海岸で発見された手記」という前書きが付き、本文はドイツ帝国海軍の潜水艦U-29の艦長カール・ハインリヒ・グラーフ・フォン・アルトベルク=エーレンシュタインが、1917年8月20日付で瓶に詰めた記録という体裁を取ります[3]。

筋書きを追うと、現代の潜水艦ホラーが扱う要素がほぼ出そろっているのが分かります。撃沈した英国船から回収した象牙の彫像を境に、艦では原因不明の機関故障が続き、乗組員が一人また一人と正気を失っていく。副官クレンツェは些細なことに苛立ち、やがて自ら海へ身を投げます。海図に無い南向きの海流が艦を運び、羅針盤も深度計も壊れ、位置の見当は時計と暦と窓の外の景色だけになる。最後に残った艦長は、海底に沈む太古の都市と神殿を目にしたところで手記を閉じます[3]。

書かれた順番も見ておく価値があります。「神殿」の執筆は1920年、「クトゥルフの呼び声」の執筆は1926年の夏で、海底に沈んだ太古の都市という着想は6年早くこちらに現れています[3][4]。クトゥルフの名もルルイエの名もまだ無い時期に、ラヴクラフトは潜水艦の窓越しに海底都市を描いていました。神話の代名詞になった海底都市は、まず潜水艦の窓の外に現れていたわけです。現代の潜水艦ホラーがどの原典を下敷きにしているかを考えるなら、最初に突き合わせる一篇は「神殿」になります。

閉じた鋼鉄の艦、外部との連絡の途絶、計器の裏切り、そして乗組員の精神が順に壊れていく過程。『Static Dread: The Submarine』の公式説明が並べる要素と、100年前の短編が置いた要素は、かなりの部分で重なります。

1917年の海が、出発点にある

ラヴクラフトの海洋ものが二つの海に分かれていることには、書かれた時期が関係しています。「ダゴン」と「神殿」は、どちらも第一次世界大戦下の海を舞台に取っているのです。

「ダゴン」の語り手は貨物船の荷物監督で、太平洋の人気のない海域でドイツの海上襲撃艦に拿捕され、捕虜となります。原文は当時を「大戦はまだ始まったばかりで」と説明し、捕虜としては公正な扱いを受けたと書いたうえで、脱出用の小舟で漂流する場面へ移ります[5]。「神殿」の語り手はその反対側、拿捕する側のUボート艦長です。1917年8月20日という手記の日付は、両者が同じ戦争の別の位置に立っていることを示しています[3]。

つまりラヴクラフトにとって、海の恐怖は最初から現実の海戦と隣り合わせにありました。深海から出てくるものを描くために彼が使った舞台装置は、遭難した小舟と、当時の最新兵器だった潜水艦です。『Static Dread: The Submarine』が核潜水艦という現代の兵器を選んだのは、この配置を今の技術で置き直す操作にあたります。

二つの海——太平洋のルルイエ、大西洋の潜水艦

重なりはもう一段あります。舞台に選ばれた海です。

ラヴクラフトの海洋ものは、大きく二つの海に分かれています。「クトゥルフの呼び声」で浮上する海底都市ルルイエの座標は、原典の記述では南緯47度9分・西経126度43分——太平洋の、陸から最も遠い海域です[4]。ラヴクラフトが職業作家として最初に発表した「ダゴン」も、遭難した語り手が漂着するのは太平洋でした。

一方、潜水艦が出てくる「神殿」は大西洋です。艦長が記録を瓶に詰めた地点として手記が挙げるのは、北緯20度・西経35度[3]。太平洋のルルイエとは、地球の反対側にあたります。

なお、ルルイエの座標は原典の指定以降、後続の作家によって別の海へ移されてきました。その経緯は「ルルイエ」の記事にまとめています。

『Static Dread: The Submarine』が舞台に選んだのは北大西洋[1]。クトゥルフとルルイエの海ではなく、U-29が沈んだ側の海ということになります。潜水艦という乗り物を軸に据えると、原典の中で参照できる作品は「神殿」しかない——舞台の一致は、その必然を反映した結果と読めます。

見るものから、聴くものへ

原典の海の異常は、多くの場合まず目に入ってきます。「ダゴン」の語り手は隆起した海底地盤を歩き、白い石碑を見上げ、水面から現れた巨体を目撃する。「クトゥルフの呼び声」でルルイエに上陸した船員たちが直面するのも、角度の狂った建築という視覚の異常です。

例外が「神殿」でした。海底で動けなくなった艦長のもとへ最初に届くのは、律動を持った詠唱か聖歌のような音です。しかも彼は、それが完全に防音であるはずのU-29の船殻の外から聞こえてくることに気づき、自分の神経の異常を疑ってマッチを擦ります[3]。見る前に、聴いてしまう。潜水艦という閉じた空間を選んだ時点で、ラヴクラフト自身も恐怖の入口を視覚から聴覚へ移していたことになります。

『Static Dread: The Submarine』では、深海は見えません。プレイヤーが手にするのはソナーの反応で、そこから正体を推し量ることになります[1]。公式説明が置く「別の潜水艦か、それとも生き物か?」という問いは、視覚を奪われた状態でしか成立しないものです。反応が返ってくること自体は確かでも、それが何かは決まらない。

ソナーを恐怖の中心に据える設計は、この「神殿」の一場面を装置として展開したものと読めます。同時にそれは、前作『Static Dread: The Lighthouse』から続く方針でもあります。前作で灯台守が扱っていたのも、無線越しの声と書類という間接的な情報でした。相手を直接見ないまま判断を下し、判断の結果だけが後から返ってくる——solarsuit.gamesが二作にわたって組んでいるのは、この形式です。ラヴクラフトが視覚で書いた恐怖を、計器と通信の側から組み直していると言えます。

「正気を失う」から「正気を管理する」へ

原典とゲームで最も違うのは、狂気の扱い方です。

「神殿」の狂気は、記録する側から見た他人の異常として現れます。艦長は乗組員の錯乱を鎮圧すべき反乱として扱い、自分だけは冷静だと書き続ける。読者はその文章の綻びから、艦長自身も同じ場所へ向かっていることを察していきます。一人称の手記が途中で終わる形式そのものが、正気の限界を示す装置になっています[3]。

『Static Dread: The Submarine』では、これがプレイヤーの操作対象になります。乗組員の狂気は、任務の割り当てと規律によって管理する対象であり、公式説明の言葉を借りれば「守る」ものです[1]。読者として綻びを見つける立場から、指標を睨みながら手を打つ立場へ移っている。

この移動を最初にやったのは、TRPG『クトゥルフの呼び声』です。1981年にケイオシアムがサンディ・ピーターセンの設計で刊行したこのゲームは、原典に数値の裏づけがなかった精神の摩耗を正気度(SAN)として数値化し、減っていく持ち物として扱えるようにしました。当サイトが原典(第1層)/ダーレス以降の拡張(第2層)/TRPGによる拡張(第3層)として区別している三層のうち、「管理できる狂気」は第3層の発明にあたります。

『Static Dread: The Submarine』はTRPGの派生作品ではありませんが、狂気を管理対象として扱う設計は、この第3層が広めた考え方の系譜に置いて読むことができます。前作『Static Dread: The Lighthouse』が書類審査という事務作業を恐怖の装置に変えたのと同じく、本作もまた、卓上の管理を通じて恐怖を体験させる形式を選んでいます。

前作からの連続と、確認できていないこと

前作は「Lovecraft meets Papers, Please」を掲げ、灯台守として無線で船と交信し、送られてくる書類を検めて航路を裁定する内容でした。Steamレビューは2026年7月時点で1,301件中90%が好評です。灯台から潜水艦へ、書類からソナーへと道具立ては替わっていますが、限られた情報から判断を下し、その判断が人の生死に跳ね返るという骨格は共通しています。

本記事は公式ストアページの情報とレビュー集計に基づくもので、筆者は本作を通しでプレイしていません。物語がどの神格・どの原典要素を参照しているのか、ソナーの反応の正体が作中で明かされるのかどうかは、公式の紹介文からは判断できませんでした。神格名を前面に出さず、コズミックホラーの構造だけを借りるという前作の方針が本作でも維持されているのかを含め、確認が取れた時点で追記します。

出典

  • [1] Steam公式ストアページ「Static Dread: The Submarine」(solarsuit.games開発 / Polden Publishing発売、日本語版ストア表記および公式紹介文、2026年8月24日確認) https://store.steampowered.com/app/4042160/Static_Dread_The_Submarine/
  • [2] Steam公式のレビュー集計(全言語・全購入形態、2026年8月24日取得): 総数257件、好評215件、総評「Very Positive」
  • [3] H. P. Lovecraft “The Temple”(1920年執筆/1925年『ウィアード・テイルズ』誌第6巻第3号発表)。艦長の記録の日付・座標(北緯20度・西経35度)、南向きの海流、乗組員の錯乱の記述はいずれも本文より(原文で確認済み)。 https://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/te.aspx
  • [4] H. P. Lovecraft “The Call of Cthulhu”(1926年執筆/1928年発表)。ルルイエの座標 “in S. Latitude 47° 9′, W. Longitude 126° 43′” より。公式アーカイブ https://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/cc.aspx
  • [5] H. P. Lovecraft “Dagon”(1917年執筆/1919年発表)。語り手の立場と拿捕の経緯は本文冒頭より。公式アーカイブ https://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/d.aspx

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