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のっく、のっく、ちゃいむ

大熊エイジ氏が無料配布している新クトゥルフ神話TRPGのシナリオ。舞台は「あなたの部屋」で、オンラインでセッションを遊んでいる探索者たちのところへ招かれざる来訪者が来る。2026年8月24日にディズム氏のチャンネルで長尾景・山神カルタの実プレイが配信された。原典が探索者を異界へ旅させたのに対し、このシナリオは怪異のほうを日常へ来させる。

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概要

2026年8月24日20時、ディズム氏のYouTubeチャンネルで、新クトゥルフ神話TRPGのシナリオ『のっく、のっく、ちゃいむ』の実プレイが配信されました[1]。プレイヤーはにじさんじ所属の長尾景氏と山神カルタ氏、キーパーはディズム氏。「#おきがるTRPG」というシリーズの一本です。

配信は日本時間20時3分に始まり21時51分に終了しました。アーカイブは1時間45分19秒として公開されており、2026年8月25日1時38分の時点で13,170回再生、高評価887件です[1]。

この記事では、シナリオそのものの構造を見ます。舞台が「あなたの部屋」であるという設計が、ラヴクラフトの原典が置いた舞台とどう違い、どこで繋がっているのかを確かめます。なお筆者は配信を通しで視聴しておらず、以下は公式に公開されている情報と原典本文に基づく記述です。シナリオの内容にも、公開されている紹介文の範囲までしか踏み込みません。

シナリオ『のっく、のっく、ちゃいむ』

シナリオはBOOTHのサークル「ふたりの本棚」から無料で配布されています。作者は大熊エイジ(o-kuma)氏[2][1]。

  • システム: 新クトゥルフ神話TRPG(第7版)
  • 人数: 1〜4人
  • 想定時間: 1〜2時間
  • 舞台: あなたの部屋
  • 価格: 無料。ZIP(ツール込み)とPDF(本文のみ)の2形式で配布

前提は次のようなものです。オンラインでテーブルトークRPGを遊ぼうと集まった探索者たちのセッションを、招かれざる来訪者が中断させ、その時間を惨劇へ変えていく[2]。配信を告知したディズム氏の投稿は、この作品を「探索者たちは馬鹿馬鹿しく、滑稽で、奇妙な恐怖から逃れられるだろうか」と紹介していました[3]。

配信では間取り図が使われており、その製作元はひらなり氏と明記されています[1]。

舞台が「あなたの部屋」であるということ

ラヴクラフトの原典で、探索者にあたる人物はたいてい出かけていきます。

「インスマスの影」の語り手は、系譜調査と観光を兼ねてニューイングランドを旅する途中でインスマスに立ち寄ります。「クトゥルフの呼び声」のサーストンは大叔父の遺品を追ってニューオーリンズやノルウェーの記録へ分け入り、「ダゴン」の語り手は太平洋で漂流した末に隆起した海底へ降り立ちます。恐怖はいつも、日常から離れた場所にありました。

『のっく、のっく、ちゃいむ』はこの向きを反転させています。探索者は移動しません。自分の部屋にいて、そこへ来訪者のほうが来る。舞台を「あなたの部屋」と書いてあるとおり、恐怖が置かれる場所は各卓のプレイヤーが実際に座っている場所と重なります。アーカムもインスマスも、南極の高原も要りません。

この設計は、オンラインセッションという遊び方と噛み合っています。画面越しに集まっている人たちが、それぞれ別の部屋にいる。その状況をそのままシナリオの前提として使うと、探索者と現実のプレイヤーの居場所が一致します。

原典にも、ドアを試される夜がある

では日常への侵入は原典に無い発想かというと、そうではありません。ラヴクラフトが書いたなかで最も緊張の高い場面のひとつが、まさに「閉じた部屋のドアが外から試される」場面です。

「インスマスの影」の語り手は、日帰りのつもりだった町で最終バスを逃し、ギルマン・ハウスというホテルに泊まることになります。部屋に入った彼が気づくのは、ドアに閂が無いことでした。原文は、かつて閂があった痕跡ははっきり残っているのに、最近取り外された形跡がある、と書いています[4]。彼は衣装だんすの閂が同じ寸法らしいと見当をつけ、それを外してドアへ移し替えます。

そして深夜、この一文が来ます。

the lock on my hall door was being tried—cautiously, furtively, tentatively—with a key(訳: 廊下側のドアの錠が、慎重に、こそこそと、探るように、鍵で試されていた)[4]

続けて別の連結ドアが試され、やがて足音は廊下から階段へ遠ざかっていく。語り手は「侵入者が、こちらのドアが閂で固められていると悟って、いったん諦めた」と理解します[4]。

つまり原典にも、部屋の内側で息を潜め、ドアの向こうの何かを待つ時間があります。『のっく、のっく、ちゃいむ』が「あなたの部屋」を舞台に選んだのは、原典から離れる方向の改変ではなく、原典で最も生活に近い場所にあった恐怖を、そのまま現代の部屋へ持ってきたものだと読めます。違うのは、ドアの外にいるものが1930年代の港町の住人ではなく、いまオンラインで遊んでいる自分たちのところへ来る、という点です。

ラヴクラフトの最初の一篇も、ドアの外で終わる

原典のドア場面は「インスマスの影」だけではありません。ラヴクラフトが職業作家として最初に発表した「ダゴン」(1917年執筆/1919年発表)の結末が、そのままドアの外の来訪者です。

太平洋で見たものから逃れられず、モルヒネに頼って部屋にこもった語り手は、手記の最後をこう書きつけます。

The end is near. I hear a noise at the door, as of some immense slippery body lumbering against it.(訳: 終わりが近い。ドアのところで音がする。何か巨大でぬめるものが、それに寄りかかっているような音だ)[6]

そして「奴に見つかりはしない。ああ、あの手が! 窓が! 窓が!」という断片で手記は途切れます[6]。海の底で見たものが、最後には都会のアパートの一室のドアまで来ている。神話の第一作は、遠い海で始まって、狭い部屋で終わる話でした。

『のっく、のっく、ちゃいむ』というタイトルは、ノックとチャイムという二つの来訪の合図を並べたものです。どちらも、内側にいる人間に「外に誰かがいる」と知らせる音でしかありません。ラヴクラフトが1917年に書いた「ドアのところの音」から、この題名までは、そう遠くない距離にあります。

読む時間と、遊ぶ時間

分量の比較もしておきます。「インスマスの影」は公開テキストで約2万6千語[4]、日本語訳なら一晩で読み切れる中編です。今回の配信のアーカイブは1時間45分[1]。想定プレイ時間は1〜2時間[2]。

原典の中編を読む時間と、このシナリオを1回遊ぶ時間は、だいたい同じくらいということになります。1930年代のニューイングランドを紙の上で旅する体験と、いま自分がいる部屋にドアを叩かれる体験が、同じ長さの中に入っている。ラヴクラフトが1本の中編で読者に手渡していた時間を、TRPGは卓を囲む数人が分け合う時間へ組み替えた、と言い換えることもできます。

探索者が「自分自身」であるとき

配信の終了後、長尾景氏は自身のXアカウントで次のように書いています。

配信ありがとーーー!! おもろかった!!!久々の自分自身での参加!かなり自分だったらこう動くだろうなという選択でストーリーに没入出来たから満足![5]

「自分自身での参加」というのは、あらかじめ作った探索者を演じるのではなく、自分として卓に着いたという意味です。シナリオが「オンラインでTRPGを遊んでいる人たち」を前提に置いているので、探索者と演者の距離がほとんど無くなります。

原典と比べると、この距離のなさは際立ちます。ラヴクラフトの語り手は、たいてい読者とは別人です。名前を与えられないインスマスの語り手にしても、大叔父の死をきっかけに調査を始めるサーストンにしても、読者は他人の記録を読む立場に置かれます。「原典/ダーレス系拡張/TRPG設定——三層で読み解くクトゥルフ神話」の区分で言えば、探索者という装置そのものが第3層(TRPG)の発明であり、その探索者を「自分」にまで寄せる遊び方は、さらにその先にあります。

長尾氏の投稿には、感想を集めるためのタグとして「#ながかるおきがる」が指定されていました[5]。同氏のXアカウントはフォロワー62.7万で、この投稿は2,362件の「いいね」を集めています(8月25日1時40分時点)[5]。

1〜2時間のシナリオが並ぶ場所

このチャンネルが出している動画を並べると、『のっく、のっく、ちゃいむ』が置かれている文脈が見えてきます。公開フィードで確認できる直近の投稿では、7月26日『コーヒー一杯分の恐怖』、7月27日と29日に『と或る女の絵』(出演者を替えて2回)、8月6日『もっと食べたい』、8月15日『クラウド・ジョーズ〜地獄の艦隊〜』、8月17日『ヒトナリ・シティ』、8月18日『オヒナツキ』、そして8月24日の本作[1]。

1か月足らずの間に、別々の作者による新クトゥルフ神話TRPGのシナリオが7本以上、それぞれ別の出演者で配信されています。どれも同じ神話を扱いながら、題名から想像される舞台はコーヒー店から艦隊まで散らばっています。原典の地名を冠したものは、この並びの中に一つもありません。

日本のクトゥルフ神話TRPGが「アーカムやインスマスを再現する遊び」ではなく「毎週別の誰かが書いた話を回す遊び」として動いていることが、この一覧に出ています。『のっく、のっく、ちゃいむ』の「あなたの部屋」も、その多様さの中の一つの選択です。

無料配布と、二次創作という枠組み

『のっく、のっく、ちゃいむ』はBOOTHで無料配布されています。日本のクトゥルフ神話TRPGでは、こうした個人制作シナリオの配布が文化の中心にあります。その成り立ちは「日本のCoCはなぜ「書く文化」になったのか」にまとめました。

配信の説明文には、権利関係の表記も置かれています。同ページ[1]には、本作が株式会社アークライトおよび株式会社KADOKAWAが権利を持つ『クトゥルフ神話TRPG』の二次創作物であること、Call of Cthulhu の著作権表記と商標表記が並んでいます。個人が作ったシナリオを企業が配信で遊び、その両方が版元の枠組みの中で成立している——この構図自体が、原典やダーレス以降の拡張には無かった第3層固有のものです。

ラヴクラフトの原典が置いたのは、遠い町と、沈んだ都市と、南極の山脈でした。そこから100年をかけて、恐怖は「いま自分が座っている部屋」まで来ています。移動したのは怪異のほうです。

シナリオ本体は無料で読めます。配信のアーカイブも公開されたままです。原典のドア場面を先に読んでから配信を見ると、1917年の「ドアのところの音」がどこまで来たのかが分かりやすいはずです。

出典

  • [1] ディズム公式YouTubeチャンネル「おきがるにクトゥルフ『のっく、のっく、ちゃいむ』長尾 景,山神カルタ」(2026年8月24日配信、アーカイブ1時間45分19秒)。配信の開始・終了時刻、再生数・高評価数、シナリオ作者名、間取り図の製作元、権利表記はいずれも同ページの掲載情報による(2026年8月25日1時38分確認) https://www.youtube.com/watch?v=Op71cj5xIwA
  • [2] BOOTH「ふたりの本棚」新クトゥルフ神話TRPGシナリオ『のっく、のっく、ちゃいむ』商品ページ(価格・人数・想定時間・舞台・前提。2026年8月25日確認) https://booth.pm/ja/items/4417102
  • [3] ディズム氏(@DizmKDC)による2026年8月23日の告知投稿。引用は同投稿より
  • [4] H. P. Lovecraft “The Shadow over Innsmouth”(1931年執筆/1936年刊行)。ギルマン・ハウスの閂の記述および引用箇所は公式アーカイブの公開テキストより https://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/soi.aspx
  • [5] 長尾景氏(@kei_nagao2434)による2026年8月24日の投稿。引用および反応数は同投稿より(2026年8月25日1時40分確認)
  • [6] H. P. Lovecraft “Dagon”(1917年執筆/1919年発表)。結末部の引用は公式アーカイブの公開テキストより https://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/d.aspx

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