ゲーム(2022年10月27日発売) — SIGNALIS

SIGNALIS

ドイツのrose-engineが開発したサバイバルホラー『SIGNALIS』には、ロバート・W・チェンバーズの原作『黄衣の王』が禁書として実際に登場する。登場人物の命名規則は原作の一編「名誉修理者」の設定に従い、カルコサは魂の行き着く場所として描かれる。ラヴクラフトの「祭り」からの影響も指摘されている。

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概要

『SIGNALIS』は、ドイツのスタジオrose-engineが開発したサバイバルホラーゲームで、2022年10月27日に発売された[1]。開発は2014年に始まり、rose-engineはYuri SternとBarbara Wittmannの2人が拠点ハンブルクで運営するチームだ[1]。パブリッシャーはHumble GamesとPlayism[1]。Steam公式ページによれば、主人公は技術者レプリカ(人型ロボット)のエルスターで、「Awaken from slumber and explore a surreal retrotech world as Elster, a technician Replika searching for her lost partner and her lost dreams.(眠りから目覚め、失われた相棒と失われた夢を探す技術者レプリカ、エルスターとして、シュールなレトロテック世界を探索する)」というあらすじが示されている[2]。人類が太陽系に進出した未来の全体主義体制下を舞台に、限られたリソースを管理しながら謎を解き進めるサバイバルホラーとして設計されている[2]。本作のグラフィックはプレイステーション1時代のタイトルから影響を受けていると評されており、Silent HillやResident Evilといった名作に着想を得た、サバイバルホラー黄金期へのラブレターとして開発された[1]。実際に批評家からは、Metacriticで「Generally Favorable(概ね好意的)」、OpenCriticでは86%の批評家が推奨と評価され、雰囲気と環境ストーリーテリングが特に称賛される一方、インベントリと戦闘システムの制約には批判もあった[1]。German Computer Game Awards 2023では「Best Debut」「Best Audio Design」を受賞し、Horror Game Awards 2023でも「Best Narrative」「Best Indie Horror」を受賞している[1]。

「黄衣の王」が、実際に禁書として登場する

『SIGNALIS』には、ロバート・W・チェンバーズが1895年に発表した原作『黄衣の王』が、作中の禁書として登場する[3]。プレイヤーはゲーム開始直後の場面でこの本を実際に見つけて手に取ることができ、そのすぐ後の画面には、もう一つの原典であるラヴクラフト「祭り」からの一節が引用として表示される[3]。ゲーム開始直後という場面に、原作の引用が組み込まれている。原作の題名をそのまま作中の実在する本として登場させている――これほど直接的に原作を組み込んだクトゥルフ神話系ゲームは、当サイトがこれまで扱ってきた作品の中でも珍しい部類に入る。この本が作中でどこまで詳しく描写され、物語上どのような役割を果たすのかという細部については、本稿で参照した出典の範囲では確認できていない。

「名誉修理者」からの直接引用——命名規則まで踏襲

ゲーム系メディアの分析記事によれば、『SIGNALIS』は『黄衣の王』の中でも第1話にあたる「名誉修理者」(当サイトで扱う原作はこちら)から強く影響を受けている[4]。この原作は、チェンバーズが1895年当時の未来として描いた、独自の帰化・移民法を持つ架空のアメリカ合衆国を舞台にしている。分析記事は、「キャラクターの命名慣例(Ariane Yeong、Isolde Itouなど)は、『名誉修理者』で提示される代替未来の帰化および移民法に従っている」と指摘している[4]。雰囲気の借用にとどまらず、原作が設定した架空の法制度にまで忠実に登場人物名を組み立てている、かなり踏み込んだ引用の仕方だと言える。

カルコサ——原作の劇中詩からの引用

原作『黄衣の王』が繰り返し言及する幻の都市カルコサは、チェンバーズが劇中詩「カシルダの歌」に書き残した「But Stranger Still is Lost Carcosa(されど尚見知らぬは失われしカルコサ)」という一節で知られる。『SIGNALIS』の物語にカルコサがどのような形で組み込まれ、この一節が作中でどのように扱われているかという具体的な描写については、本稿で参照できた出典の範囲では確認できていない。実際のゲームテキストを直接確認できた段階で、この記事にも追記する。

もう一つの原典:ラヴクラフトの「祭り」

『SIGNALIS』が参照した原典は、チェンバーズの『黄衣の王』だけではない。ゲーム冒頭で『黄衣の王』を発見した直後の画面には、ラヴクラフトの「祭り」から採られた一節が引用として表示される[3]。具体的にどの場面がどう影響を受けているかまでは、本稿で参照した出典の範囲では確認できていないが、チェンバーズとラヴクラフト、双方の原典からの引用を含む作品だということは確認できる。ラヴクラフト単独の翻案でも、ダーレス系の拡張設定を借りたものでもない、両方の原典に同時に足場を持つ作品として記録しておく価値がある。

神話の三層で見るとどこに位置するか

当サイトが整理している原典/ダーレス系拡張/TRPG設定という三層に照らすと、『SIGNALIS』はやや特殊な位置に立つ。当サイトの「黄衣の王(戯曲)」や「ハスター」の記事で確認してきた通り、「黄衣の王」やカルコサはそもそもラヴクラフトの原典ではなく、チェンバーズが1895年に発表した独立した作品体系である。ラヴクラフト自身がこれを読んで自作へ引用したのは1927年のことだ。『SIGNALIS』は、このラヴクラフトを経由した引用ではなく、チェンバーズの原作そのものへ直接立ち返って引用している。同時にラヴクラフトの「祭り」も参照している以上、この作品は「チェンバーズ発の系譜」と「ラヴクラフト発の系譜」の両方に、それぞれ独立に接続していることになる。後世の作家がラヴクラフトを経由して神話を拡張していく通常のパターンとは違い、複数の原典に別々の水路から直接アクセスしている点が、この作品を珍しい位置に置いている。

さらに言えば、当サイトが以前確認した通り、チェンバーズ自身も「カルコサ」「ハスター」といった固有名詞をゼロから創造したわけではなく、先行するアンブローズ・ビアスの作品から借用している。ビアスからチェンバーズへ、チェンバーズからラヴクラフトへ、ラヴクラフトから後続の作家たちへと引き継がれてきた鎖の中で、『SIGNALIS』はチェンバーズの環に直接手を伸ばしつつ、ラヴクラフトの環にも同時に触れている。一本の直線的な系譜ではなく、複数の環に同時に接続できるという点に、この神話体系が100年以上生き延びてきた理由の一端が見える。

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出典

  • [1] rose-engineがYuri SternとBarbara Wittmannの2人によるハンブルク拠点のスタジオであること、2014年からSIGNALISの開発を開始したこと、発売日「27th October 2022」、パブリッシャーが世界向けHumble Games・アジア向けPlayismであること、Silent HillやResident Evilに着想を得たサバイバルホラー黄金期へのラブレターとして開発されたこと、2023年のGerman Computer Game Awards(Deutscher Computerspielpreis)でNewcomer Best Debut・Best Audio Designを受賞したこと、2023年のHorror Game Awards(Feardemic主催)でBest Narrative・Best Indie Horrorを受賞したことが記載されている — rose-engine公式プレスキット, rose-engine.org。グラフィックがプレイステーション1時代のタイトルから影響を受けていることが記載されている — “SIGNALIS”, Deutscher Computerspielpreis 2023 審査員講評, deutscher-computerspielpreis.de。Metacriticで「Generally Favorable」(81/100、批評家レビュー32件時点)と評価されていることが記載されている — Metacritic, metacritic.com。OpenCriticで批評家平均82点、86%の批評家が推奨と評価されていることが記載されている — OpenCritic, opencritic.com ↩
  • [2] あらすじ「Awaken from slumber and explore a surreal retrotech world as Elster, a technician Replika searching for her lost partner and her lost dreams.」の記載がある — SIGNALIS公式ストアページ, store.steampowered.com ↩
  • [3] ゲーム冒頭でプレイヤーが『黄衣の王』の本を実際に発見して手に取れること、そのすぐ後の画面にラヴクラフト「祭り」からの一節「Great holes secretly are digged where earth’s pores ought to suffice, and things have learnt to walk that ought to crawl.」が引用として表示されることが記載されている — Brandon R Chinn, “Signalis Review”, SUPERJUMP, superjumpmagazine.com; Robert Sheeran, “Cosmic Horror and SIGNALIS: What is True Madness, and How to Properly Visualize It”, Thoughtful Play Issue 3・Ball State University, thoughtfulplaygames.com ↩
  • [4] 『SIGNALIS』が『黄衣の王』第1話「The Repairer of Reputations(名誉修理者)」から影響を受けていること、キャラクターの命名慣例(Ariane Yeong、Isolde Itouなど)が同作で提示される代替未来の帰化・移民法に従っていることが記載されている — Video Game Town「How ‘Signalis’ And ‘Saros’ Leverage The King In Yellow To Tell Beautiful, Haunting Stories」, videogame.town ↩

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