
東雅夫『クトゥルー神話大事典』(新紀元社)。カードに割り当てられた神格が、原典と後世のどちらに由来するかを引いて確かめられる。
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概要
フランスの出版社Bragelonneは、タロットカードセット『Tarot Lovecraft Cthulhu』を2026年10月21日に発売すると、同社公式カタログページで発表している。価格は29.95ユーロ、ISBNは979-10-281-2280-5、解説書は160頁で、公式ページ上のフォーマット分類は通常の書籍(文庫判・グランドフォーマット等)とは異なる「Autre(その他)」となっている[1]。カード枚数は78枚。企画をMaxime Le Dainが、意匠をFørtifemが手がけたと明記されている[1]。
商品ページはH・P・ラヴクラフトの作品世界と「クトゥルフ神話(le Mythe de Cthulhu)」に着想を得たものだと説明し、大アルカナを再解釈するタロットである点を明言している。あわせて、この一冊がタロット占いの入門教材として設計されていることも述べている[1]。ページ末尾には「Laissez-vous guider par les Grands Anciens !」(旧支配者たちに導かれよ、の意)という一文が掲げられている[1]。日本国内での正規販売予定は、本稿で参照した公式資料の範囲では確認できていない。
本作はBragelonneのラヴクラフト関連カタログ(見出しは「Lovecraft」、URLスラッグには”les-grands-anciens”が使われている)に含まれる約40点の一つである。同カタログページの紹介文は、この一覧を手帳(carnets)・短編集(nouvelles)・挿絵本(albums)・怪物図鑑(bestiaires)、さらにはネクロノミコンを模した商品まで幅広く揃えたラヴクラフト関連の総合ラインだと説明しており、小説の新版・挿絵本・アトラスなどに並んで豪華本企画「Supercollector Lovecraft」も掲載されている[2]。Supercollector Lovecraftは本作と同じ2026年に動きのある別企画であり、本稿では扱わない。本作の価格29.95ユーロは、同じ版元が同時期に出す文庫判の小説新版(9.95ユーロ、L’Affaire Charles Dexter Ward記事で確認)の約3倍にあたり、読み物というより贈答・収集を意識した価格帯に置かれていることがうかがえる。
どんな作品(商品)か
公式ページの説明によれば、本作は78枚のカードと160頁の解説書からなるセットで、各カードの意味と複数の占い方(タイラージュ)を解説するという[1]。大アルカナについては「名状しがたい力(l’indicible)を顕す存在」として再解釈すると明言されているが、この記述が及ぶのは大アルカナに限られる。小アルカナ(通常のタロットでは56枚、四つのスートに分かれる)についても意匠が同じ世界観で統一されているのかどうかは、公式ページの文面からは判断できない。一般的なマルセイユ版・ウェイト版タロットは大アルカナ22枚と小アルカナ56枚で構成され、合計78枚になる。本作の枚数もこれと一致するが、大アルカナと小アルカナの内訳そのものは公式ページに明記がなく、当サイトでは確認できていない。
大アルカナの再解釈——確認できる範囲とできない範囲
このサイトが記事化する意味は、原典に基づく資料でもTRPGのルールブックでもない、占いグッズという商品を扱う点にある。だからこそ、宣伝文句をそのまま孫引きせず、公式ページが実際に何を明かし、何を明かしていないかを切り分けておきたい。
公式ページが言明しているのは、大アルカナがクトゥルフ神話の存在へ再解釈されているという方向性だけである。愚者・魔術師・女教皇・運命の輪といった伝統的な22枚それぞれが具体的にどの神格・存在へ置き換えられているのか、その対応関係を示す一覧や個別カードの画像・説明は、本稿で参照した公式カタログページには掲載されていない。したがって、どの旧支配者がどのカードに宛てられているかについて、当サイトでは確認していない。推測で対応表を作ることもしない。カード1枚ごとの意匠は、160頁の解説書を実際に開くまで確定できない性質の情報であり、この記事の時点では商品ページの宣伝文の範囲を超えて論じられない。
タロットという体系を借りることの意味
マルセイユ版やウェイト版に代表される伝統的なタロットの大アルカナ22枚は、それぞれに「愚者=無邪気な出発」「死神=終わりと転換」「運命の輪=巡り合わせ」といった、何百年もかけて積み重ねられた固有の占い上の意味を持つ。この22の枠組みへ神話上の存在を一枚ずつ割り当てる作業は、単に神話の一場面を絵にする挿絵制作や、ゲームバランスを考えながら呪文をルール化するTRPGの作業とは性質が異なる。作り手は「この伝統的な意味を担うのにふさわしい存在は誰か」という対応関係を、カード1枚ごとに決め切らなければならない。愚者に誰を当てるか、死神に誰を当てるかという選択そのものが、作り手による神話解釈の表明になる。
当サイトが繰り返し確認してきた通り、クトゥルフ神話には版元・原作者が定めた唯一の正史(キャノン)は存在しない。その意味では、伝統的タロットの意味体系に神話の存在を当てはめるという本作の試みも、数ある後世の解釈の一つに過ぎない。ただし、その具体的な中身——どの存在がどの意味を担わされたか——は今回参照した公式資料には現れておらず、当サイトが独自に踏み込んで評価することはできない。
大衆文化の商品としての性格——神話の三層のどこにも属さない
当サイトは、クトゥルフ神話に関する記述を「第1層(ラヴクラフト原典)」「第2層(ダーレス以降の後世作家による拡張)」「第3層(TRPGによる体系化)」の三つに分けて追ってきた。本作をこの三層に当てはめようとすると、どの層にもうまく収まらないことに気づく。
原典の文章を新訳・新装するわけではないので第1層には属さない。後続作家が神話世界を舞台に新しい物語を書き継いでいるわけでもないので、アーカム・ハウスの記事で確認したダーレス以降の拡張(第2層)とも性格が違う。技能判定や正気度消費といった仕組みを備えるわけでもないので、TRPGによる体系化(第3層)でもない。本作が行っているのは、西洋の伝統的な占術体系であるタロットという既存の記号システムを土台に、その意匠だけをクトゥルフ神話の固有名詞・図像へ差し替える作業である。物語も設定もゲームルールも新たに付け加えない代わりに、伝統的なタロットの78枚構成と占いという実用の枠組みをそのまま借用している点が、既存の三層のいずれとも異なる。
Bragelonneのラヴクラフト関連カタログの中で本作が「Supercollector Lovecraft」のような豪華本企画と並んで掲載されている事実も、この性格を裏づける。同社はラヴクラフトの世界観を、読む対象としての文学だけでなく、手に取り眺め遊ぶための商品群としても展開しており、本作はその一角を占める。
同じ制作陣による先行作との関係——確認できたこと、できなかったこと
企画Maxime Le Dain、意匠Førtifemという組み合わせは、本作が初めてではない。この二人は2020年、クラウドファンディングサイトGamefound上で「Bragelonne Games」名義のプロジェクトとして『Cthulhu Dark Arts Tarot』を実施していたことが、同プロジェクトの公式ページから確認できる。このタロットも78枚(大アルカナ22枚・小アルカナ56枚・ボーナスカード1枚)で構成され、基本セットには英語32頁・仏語32頁からなる計64頁の解説書が付属していた。さらに、より詳細な160頁の解説書を英語・仏語の両方で追加提供する上位プランも用意されていたという[3]。配送見積りは2020年10月末とされている[3]。
今回の『Tarot Lovecraft Cthulhu』が最初から160頁の解説書を備えている点は、2020年の先行プロジェクトが上位プランとして用意していた160頁版と頁数が一致する。同じ企画者・意匠家の組み合わせ、同じ78枚という枚数、そして符合する頁数——ここまでは公式資料同士を突き合わせて確認できる。しかし、両者が同一のカード意匠を使い回した製品なのか、それとも新たに描き起こされた別物なのかは、今回のBragelonne公式カタログページのどこにも言及がない。2026年版のページは2020年の先行プロジェクトに一切触れておらず、当サイトでは両者の関係を断定できない。
流通経路も異なる。2020年の先行プロジェクトはGamefound(旧Kickstarter系の後継的なクラウドファンディングサイト)上で、支援者向けの複数の出資プランを用意する形で実施されていた。対して今回の『Tarot Lovecraft Cthulhu』は、Bragelonneの通常の通販カタログに単一の商品として並んでおり、支援プランのような選択肢は見当たらない。同じ制作陣による同種の商品が、クラウドファンディングという先行支援型の販路と、出版社の定番カタログという通常の小売販路の両方を、6年ほどの間隔を挟んで経由していることになる。
関連して読むなら
- 旧支配者 — 本作のタグライン「Grands Anciens」が指す語の原典での使われ方と、TRPGによる体系化を確認できる記事
- クトゥルフ — 商品名にも掲げられている、神話を代表する存在についての記事
- L’Affaire Charles Dexter Ward — 同じBragelonneが2026年9月に発売する、ラヴクラフト唯一の長編小説の新訳版。同じ版元による同時期の別企画
- L’Appel de Cthulhu illustré (édition spéciale centenaire) — 同じ2026年にフランスの出版界で進む、ラヴクラフト関連企画の別の一例
出典
- [1] Bragelonne公式カタログページ「Tarot Lovecraft Cthulhu」(2026年9月11日確認)。発売日2026年10月21日、価格29.95ユーロ、フォーマット分類「Autre」、ISBN 979-10-281-2280-5、解説書160頁、カード78枚、企画Maxime Le Dain、意匠Førtifem、大アルカナを再解釈しタロット占い入門を目的とする旨の説明、タグライン「Laissez-vous guider par les Grands Anciens !」を確認。https://www.bragelonne.fr/catalogue/9791028122805-tarot-lovecraft-cthulhu/ ↩
- [2] Bragelonne公式コレクションページ「Lovecraft」(2026年9月11日確認)。ページ見出しが「Lovecraft」であること、URLスラッグに”les-grands-anciens”が使われていること、収録される約40点の一覧に本作と「Supercollector Lovecraft」が含まれることを確認。https://www.bragelonne.fr/catalogue/collections/les-grands-anciens/ ↩
- [3] Gamefound公式プロジェクトページ「Cthulhu Dark Arts Tarot」(発行元Bragelonne Games、2026年9月11日確認)。企画Maxime Le Dain・意匠Førtifemによる2020年のクラウドファンディング企画であること、78枚(大アルカナ22・小アルカナ56・ボーナス1)構成であること、基本セットの解説書が英語32頁・仏語32頁の計64頁であること、より詳細な160頁の解説書(英語・仏語)を追加提供する上位プランが存在したこと、配送見積りが2020年10月末であったことを確認。https://gamefound.com/en/projects/bragelonne-games/cthulhu-dark-arts-tarot- ↩

