書籍(フランス語・文庫版、BRAGELONNE「INTéGRALE H.P. LOVECRAFT」第3巻・2026年9月16日発売予定) — The Case of Charles Dexter Ward

L’Affaire Charles Dexter Ward

フランスの出版社Bragelonneが刊行する「Intégrale H.P. Lovecraft」全3巻シリーズの第3巻として、ラヴクラフト唯一の長編小説の統一新訳版が2026年9月16日に発売予定。翻訳はDavid Camus、288ページ、9.95ユーロ。エッセイ・書簡・詩・改稿テキスト・カラー地図・専門家による注釈が付され、史料の引用で怪異を組み立てる原典の手法に、実際の付随資料が重ねられる構成を確認する。

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新潮文庫『チャールズ・デクスター・ウォード事件』(南條竹則訳)。本記事で扱った長編の日本語訳(新潮文庫)。

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概要

フランスの出版社Bragelonneは、H・P・ラヴクラフト唯一の長編小説『L’Affaire Charles Dexter Ward(チャールズ・デクスター・ウォードの奇怪な事件)』の新訳版を、2026年9月16日に発売した。翻訳者David Camusによる統一新訳シリーズ「Intégrale H.P. Lovecraft」の第3巻(T.3)にあたり、文庫判(Poche)288ページ、価格9.95ユーロ、ISBN 979-10-281-3677-2で予約を受け付けている[1]。

このシリーズは2026年3月11日、第1巻『Les Contrées du rêve(夢の国)』(480ページ)で始まり[2]、同年6月10日には第2巻『Les Montagnes hallucinées(狂気の山脈にて)』(506ページ、「クトゥルフの呼び声」を含む8作収録)が続いた[3]。第3巻にあたる今回は、複数作を束ねた前2巻とは違い、長編1作だけで1冊を構成する巻になる。

Bragelonneの商品ページは、この版の内容を次のように説明している。「Traduction unifiée de David Camus, agrémentée d’essais, de correspondances, de poésies et de textes révisés par l’écrivain, de cartes en couleurs, ainsi que d’études et de très nombreuses notes par les meilleurs experts de l’œuvre.」(日本語訳:David Camusによる統一翻訳に加え、エッセイ、書簡、詩、著者による改稿テキスト、カラー地図、そして専門家による研究と多数の注釈を収録)[1]。日本国内の主要書店・通販サイトでの取り扱いは、本稿で参照した公式資料の範囲では確認できていない。

どんな作品か

Bragelonneのあらすじはこうだ。「Charles Ward est un jeune étudiant passionné d’histoire et de généalogie. Au fil de ses recherches, il découvre qu’il est le descendant du sorcier Joseph Curwen, disparu depuis cent cinquante ans. Pour Charles et ses proches, cette découverte marque le début du chemin vers les affres de la folie, quand sorcellerie, vampirisme et torture émergent des vieilles correspondances retrouvées.」(日本語訳:チャールズ・ウォードは、歴史と系図学に情熱を注ぐ青年学生である。調査を進めるうち、彼は150年前に姿を消した魔術師ジョゼフ・カーウェンの子孫であることを発見する。チャールズとその周囲にとって、この発見は狂気の苦悩へ向かう道の始まりとなる。古い書簡の再発見とともに、魔術と吸血、拷問が浮かび上がってくるからだ)[1]。

原作は1927年1月から3月1日にかけて執筆され、生前は活字にならないまま、ラヴクラフトの死後4年目の1941年、『ウィアード・テイルズ』誌vol.35 no.9(5月号、8-40頁)とno.10(7月号、84-121頁)の2号に分けて発表された[4][5]。当サイトが「チャールズ・デクスター・ウォードの奇怪な事件」で既に確認した通り、ラヴクラフトが書いた小説の中で唯一の長編であり、故郷プロヴィデンスの地理と史料がもっとも細かく書き込まれた作品でもある[5]。

史料の小説に、実物の付随資料を重ねる

原作は、日記・書簡・裁判記録・新聞記事の引用を積み上げて怪異を組み立てる構成を取っている。当サイトが既に確認した通り、1771年の農場急襲は「スミスの日記によれば」と前置きされて語られ、カーウェンの書簡も18世紀の綴りのまま引用される[5]。冒頭に置かれたボレルスの題辞も、この構成の宣言にあたる。「The essential Saltes of Animals may be so prepared and preserved, that an ingenious Man may have the whole Ark of Noah in his own Studie, and raise the fine Shape of an Animal out of its Ashes at his Pleasure; and by the lyke Method from the essential Saltes of humane Dust, a Philosopher may, without any criminal Necromancy, call up the Shape of any dead Ancestour from the Dust whereinto his Bodie has been incinerated.」(日本語訳:動物の本質的な塩は、これを調え保存すれば、才知ある者がノアの箱舟の全体を己の書斎に持ちうるほどに、灰から動物の美しい姿を意のままに呼び起こせるようになる。そして同じ方法により、人間の塵の本質的な塩から、哲学者は、いかなる罪ある降霊術にもよらず、その身体が焼かれて灰となった、いかなる死せる先祖の姿をも呼び起こすことができる)[6]。この一節は、hplovecraft.com本文で今回確認した通り、原文と一字一句一致する[6]。

小説自体が、架空の出来事を実在の史料と同じ手つきで組み立てる作品だとすれば、Bragelonneの新版が付け加える書簡・詩・改稿テキスト・カラー地図・注釈は、その手つきの外側にもう一枚、実物の資料を重ねる作業にあたる。ただし、この「書簡」が誰と誰の間で交わされたものか、「詩」が誰の作か、「改稿テキスト(textes révisés par l’écrivain)」が具体的に何を指すのか——小説そのものの異稿なのか、それともラヴクラフトが依頼を受けて手を入れた別人名義の作品(いわゆる代作)を指すのか——は、公式ページの説明文からは判断できない。当サイトが別記事で確認した通り、ラヴクラフトには依頼人の草稿に加筆する形で仕上げた作品が複数あり、「改稿(revision)」という語自体が代作の文脈で使われることも珍しくない。だが今回のBragelonne版がその意味で「改稿テキスト」を使っているのか、単に本作自体の草稿段階のテキストを指しているのかは、この記事で参照した公式資料だけでは見分けがつかない。

カーウェンの魔術——エッセンシャル・ソルトとヨグ=ソトース

原典で描かれるジョゼフ・カーウェンの魔術は、当サイトが既に確認した通り、死体や遺灰から得た「本質的な塩(essential Saltes)」を用いて死者を蘇生・尋問する術と、老化を異常なまでに遅らせる術の二つを軸にしている[7]。復活の術は先の題辞がすでに理屈を明かしており、実際の作中でもカーウェンの文書に「竜の頭」「竜の尾」という対になった呪文の見出しが記され、前者で先祖を呼び起こし、後者で戻す構成になっている。この対になった呪文の中核に据えられているのがヨグ=ソトースの名だ[5]。1771年4月12日の急襲でカーウェンは「少なくとも一時的には」滅ぼされたとされるが、1927年に子孫チャールズ・デクスター・ウォードによって蘇生され、最終的には家庭医ウィレットの対抗呪文によって再び灰に帰す[7]。

もう一点、原典でカーウェンの蔵書には、実在の魔導書に混ざってネクロノミコンが「Qanoon-e-Islam(カヌーン・エ・イスラム)」という偽の題で隠されている場面がある。「Mr. Merritt turned pale when, upon taking down a fine volume conspicuously labelled as the Qanoon-e-Islam, he found it was in truth the forbidden Necronomicon of the mad Arab Abdul Alhazred.」(日本語訳:メリット氏は蒼白になった。『カヌーン・エ・イスラム』とはっきり題された立派な一巻を取り出してみると、それが実は、狂えるアラブ人アブドゥル・アルハザードの禁断のネクロノミコンだったからである)[6]。この一節もhplovecraft.com本文で今回一字一句照合している[6]。

これらはすべて、ラヴクラフト自身が1927年に書いた原典の記述であり、当サイトが区分する神話の三層のうち第1層(原典)にとどまる。後年のTRPG『クトゥルフの呼び声』が呪文を技能判定・正気度消費・ゲーム内コストといった仕組みへ体系化していったのは、この原典の記述とは別の、第3層に属する作業だ。原作の「竜の頭」「竜の尾」は、判定ルールを伴わない、物語内の書物に記された呪文の見出しにすぎない。

原典との距離(神話の三層のどこに立つか)

本作の小説本文は、当サイトの区分で第1層(原典、1917-1937)に属する。今回のBragelonne版が新たに加える書簡・詩・改稿テキストが、ラヴクラフト本人が実際に書き残した文書(つまり第1層に属する史料)なのか、それとも編者・専門家による後年の分析・注釈(第1層の外側に置かれる二次的な資料)なのかは、公式ページの記載だけでは切り分けられない。「études et de très nombreuses notes par les meilleurs experts de l’œuvre(専門家による研究と多数の注釈)」という一文は、少なくとも注釈・研究の部分が2026年時点の編集作業であることを示しているが[1]、書簡・詩・改稿テキストの部分がラヴクラフト自身の遺した一次資料なのか、後代の編集物なのかは、この記事で参照した範囲では明言されていない。

同じくBragelonneが2016年9月14日に刊行した既存の仏訳アンソロジー『L’Affaire Charles Dexter Ward et autres récits』(グランドフォーマット384ページ、ISBN 979-10-281-0091-9)は、Arnaud Demaegdの翻訳による11作品集で、その中の1作として本作を収めていた[8]。今回の新版は、この旧訳とは異なる翻訳者(David Camus)による統一新訳であり、本作を単独の1冊として独立させている。同じ版元が同じ小説を、異なる翻訳者・異なる編集方針で二度刊行している格好であり、フランス語圏でのラヴクラフト受容が一度で終わらない継続的な作業であることがうかがえる。ただし、両訳の訳文そのものを当サイトでは比較できておらず、具体的にどの箇所がどう変わったのかは確認していない。

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出典

  • [1] 発売日2026年9月16日、シリーズ「Intégrale H.P. Lovecraft T.3」、文庫判(Poche)288ページ、価格9.95ユーロ、ISBN 979-10-281-3677-2、あらすじ「Charles Ward est un jeune étudiant passionné d’histoire et de généalogie. Au fil de ses recherches, il découvre qu’il est le descendant du sorcier Joseph Curwen, disparu depuis cent cinquante ans…」、収録内容の記載「Traduction unifiée de David Camus, agrémentée d’essais, de correspondances, de poésies et de textes révisés par l’écrivain, de cartes en couleurs, ainsi que d’études et de très nombreuses notes par les meilleurs experts de l’œuvre.」を確認 — Bragelonne公式カタログページ「L’Affaire Charles Dexter Ward」、https://www.bragelonne.fr/catalogue/9791028136772-laffaire-charles-dexter-ward/ ↩
  • [2] 発売日2026年3月11日、480ページ、価格9.95ユーロ、ISBN 979-10-281-3160-9、翻訳David Camus、シリーズ第1巻であることを確認 — Bragelonne公式カタログページ「Les Contrées du rêve」、https://www.bragelonne.fr/catalogue/9791028131609-les-contrees-du-reve/ ↩
  • [3] 発売日2026年6月10日、506ページ、価格9.95ユーロ、ISBN 979-10-281-3821-9、翻訳David Camus、シリーズ第2巻であること、「クトゥルフの呼び声」を含む8作収録であることを確認 — Bragelonne公式カタログページ「Les Montagnes hallucinées」、https://www.bragelonne.fr/catalogue/9791028138219-les-montagnes-hallucinees/ ↩
  • [4] 『ウィアード・テイルズ』誌vol.35 no.9(1941年5月号)8-40頁、no.10(同7月号)84-121頁への分割掲載を確認 — The H. P. Lovecraft Archive「The Case of Charles Dexter Ward」作品情報ページ、https://www.hplovecraft.com/writings/fiction/cdw.aspx ↩
  • [5] 執筆1927年1月〜3月1日、生前未発表、ラヴクラフト唯一の長編小説であること、1771年の急襲の記述、「竜の頭」「竜の尾」の対になった呪文とヨグ=ソトースの名の記載は、当サイト「チャールズ・デクスター・ウォードの奇怪な事件」記事(2026年9月4日確認済み)による。原典一次資料はThe H. P. Lovecraft Archive、https://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/cdw.aspx ↩
  • [6] ボレルスの題辞「The essential Saltes of Animals may be so prepared and preserved…」、およびネクロノミコンの偽装に関する一節「Mr. Merritt turned pale when, upon taking down a fine volume conspicuously labelled as the Qanoon-e-Islam…」が、原文と一字一句一致することを2026年9月9日にhplovecraft.com本文で確認 — The H. P. Lovecraft Archive「The Case of Charles Dexter Ward」本文、https://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/cdw.aspx ↩
  • [7] カーウェンが死体・遺灰から得た「本質的な塩」で死者を蘇生・尋問する術と老化を遅らせる術を会得していたこと、1771年4月12日の急襲で「少なくとも一時的には」滅ぼされたこと、後年チャールズ・デクスター・ウォードによって蘇生され、最終的にウィレット医師の対抗呪文で再び灰に帰したことは、当サイト「ジョゼフ・カーウィン」記事による。原典一次資料はThe H. P. Lovecraft Archive、https://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/cdw.aspx ↩
  • [8] 発売日2016年9月14日、グランドフォーマット384ページ、ISBN 979-10-281-0091-9、翻訳Arnaud Demaegd、11作品(「L’Affaire Charles Dexter Ward」を含む)を収めたアンソロジーであることを確認 — Bragelonne公式カタログページ「L’Affaire Charles Dexter Ward et autres récits」、https://www.bragelonne.fr/catalogue/9791028100919-laffaire-charles-dexter-ward-et-autres-recits/ ↩

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