概要
ラヴクラフトの最初期の作品の一つで、極北の幻の王国ロマールと、そこに伝わる「プナコティック・マニュスクリプト」への最初の言及が見られる一篇。夢と現実、正気と狂気の境界が最後まで判然としない構成を取る。
作品情報
- 執筆・発表年: 1918年5月頃執筆/1920年12月発表(アマチュア雑誌「The Philosopher」)
- 主題タグ: ロマール、プナコティック・マニュスクリプトの初出、夢と現実の反転
登場神格・用語
- プナコティック・マニュスクリプト(初出典)
あらすじ
「私の部屋の北向きの窓には、不気味な光を放ちながら北極星が輝いている」と物語は語り起こされる[1]。この星を見つめるうち、語り手は大理石の都オラソーエの夢を繰り返し見るようになる。夢の中で彼は、「ノトンとカディフォネクの二つの峰に挟まれたサルキスの高原に位置するオラソーエ」の住人であり[2]、氷河の南下によって故郷ゾブナを追われた民の末裔、ロマールの民の一人となっている。蛮族イヌートスの侵攻に備える中、虚弱な体質ゆえに戦列には加われない語り手は、プナコティック・マニュスクリプトの研究に通じた者として、「タプネンの見張り塔へと送られ、そこで我らが軍勢の目としての役目を務める」ことになる[3]。しかし任務の最中、彼は抗いがたい眠気に襲われ、夢の中の存在たちに「お前は今も夢を見ているだけだ、ロマールの地などとうの昔に氷と雪に閉ざされている」と嘲笑される。目覚めることも敵の接近を知らせることもできぬまま、語り手は自らの怠慢が祖国を滅ぼしたのではないかという罪の意識に、夢と現実の境界を見失ったまま苛まれ続ける。物語は、「刻一刻と危機を深めていく都市を救おうと罪の疚しさに悶え苦しみながら、不吉な沼と低い丘の上の墓地の南に建つ石とレンガの家といういまわしい夢から抜け出そうと空しくもがく私に向かって、邪悪で怪物じみた北極星は暗黒の穹窿から見下ろし、何か奇妙な伝言を伝えようとしながらも、かつて伝えるべき何かがあったということしか思い出せない、狂気じみた監視者の目のようにおぞましく瞬き続けている」という一文で結ばれる[4]。
読みどころと注目テーマ
夢と現実のどちらが「本当」であるかを最後まで確定させない構成、自らの弱さゆえに任務を果たせなかったことへの罪悪感、そして極北の幻想世界が醸し出す詩情——この三つが渾然一体となって独特の余韻を残す。研究者ウィリアム・フルワイラーは、緊張下で失神しやすかったラヴクラフト自身の体質を踏まえ、見張り役を全うできなかった語り手の罪悪感を、第一次世界大戦下で現役に適さなかった作者自身の忸怩たる思いの反映として読み解いている[5]。夢の中の存在に「お前は今も夢を見ているだけだ」と嘲笑される場面は、どちらの世界が現実であるかという問い自体を無効化してしまう、ラヴクラフト初期作品らしい酷薄な仕掛けになっている。
執筆背景と影響
1918年5月頃執筆され、1920年12月にアマチュア雑誌「The Philosopher」に発表された本作は、ラヴクラフトが書簡に綴った実際の夢に着想を得ているとされる[5]。ラヴクラフトの現存する最初期の物語群の一つであり、ここで初めて言及される「プナコティック・マニュスクリプト」と「ロマール」の地は、後の『他の神々』『博物館の恐怖』など複数の作品で繰り返し引用される、神話体系の古層を形作る要素となった。
出典
- [1] “Into the north window of my chamber glows the Pole Star with uncanny light.”(訳: 「私の部屋の北向きの窓には、不気味な光を放ちながら北極星が輝いている」) — H. P. Lovecraft, “Polaris”(1918年執筆/1920年発表), 公式アーカイブ ↩
- [2] “Nor was I a stranger in the streets of Olathoë, which lies on the plateau of Sarkis, betwixt the peaks Noton and Kadiphonek.”(訳: 「ノトンとカディフォネクの二つの峰に挟まれたサルキスの高原に位置するオラソーエの街並みも、私にとって見知らぬものではなかった」) — 同上, 公式アーカイブ ↩
- [3] “To the watch-tower of Thapnen he sent me, there to serve as the eyes of our army.”(訳: 「彼は私をタプネンの見張り塔へと送り、そこで我らが軍勢の目としての役目を務めさせた」) — 同上, 公式アーカイブ ↩
- [4] “And as I writhe in my guilty agony, frantic to save the city whose peril every moment grows, and vainly striving to shake off this unnatural dream of a house of stone and brick south of a sinister swamp and a cemetery on a low hillock; the Pole Star, evil and monstrous, leers down from the black vault, winking hideously like an insane watching eye which strives to convey some strange message, yet recalls nothing save that it once had a message to convey.”(訳: 「刻一刻と危機を深めていく都市を救おうと罪の疚しさに悶え苦しみながら、不吉な沼と低い丘の上の墓地の南に建つ石とレンガの家といういまわしい夢から抜け出そうと空しくもがく私に向かって、邪悪で怪物じみた北極星は暗黒の穹窿から見下ろし、何か奇妙な伝言を伝えようとしながらも、かつて伝えるべき何かがあったということしか思い出せない、狂気じみた監視者の目のようにおぞましく瞬き続けている」) — 同上, 公式アーカイブ ↩
- [5] 研究者ウィリアム・フルワイラーは、本作をラヴクラフトの第一次世界大戦下での兵役不適格への忸怩たる思いを反映した自伝的な物語と読み解いている。語り手とラヴクラフト自身がともに学究肌で、逆境下で失神しがちな体質を共有していた点が、この読解を裏づけているとされる。また、本作はラヴクラフトが書簡に綴った実際の夢に基づくともされる。— 出典: Anne M. Pillsworth & Ruthanna Emrys, “It Was All a Dream… No It Wasn’t… Yes It Was… No, Wait: ‘Polaris’ and ‘Memory'”(Reactor、2016年1月12日), 該当記事 ↩



