書物 — THE PNAKOTIC MANUSCRIPTS

プナコティック・マニュスクリプト

原典

極北の国ロマールに由来する古文書群。1918年執筆の「ポラリス」に出る、ラヴクラフトが最初に創った架空の書物で、ネクロノミコンより5年早い。目覚めの世界で書かれ夢の国へ運ばれた、古すぎて読めない箇所がある、人類以前に遡る——設定は作品を重ねるごとに古くなっていった。原典11作・22箇所に登場する。

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概要

『プナコティック・マニュスクリプト(Pnakotic Manuscripts)』は、極北の国ロマールに由来するとされる古文書群です。単一の書物というより、断片的に伝わる写本の束として扱われます。

この文書には、他の魔道書にない位置づけがあります。ラヴクラフトが最初に創った架空の書物だということです。初出の「ポラリス」は1918年執筆[1]。ネクロノミコンの初出「魔宴」(1923年)より5年早く、エイボンの書や無名祭祀書より10年以上前になります。

そして、設定は作品を重ねるごとに古くなっていきました。ロマールの学問だったものが、夢の国へ運ばれた文書になり、読めない箇所を持つ文書になり、最後には人類より前の存在が書いたものになります。この記事では、その推移を順に追います。

初出は1918年——ネクロノミコンより5年早い

「ポラリス」で、語り手は夢の中でロマールの都オラトエの住人になります。体が弱く戦えない彼が、代わりに任されたのが見張り塔の役でした。

my eyes were the keenest in the city, despite the long hours I gave each day to the study of the Pnakotic manuscripts and the wisdom of the Zobnarian Fathers(訳: 私の目は都で最も鋭かった。プナコティック写本の研究とゾブナの父祖たちの叡智に、毎日長い時間を費やしていたにもかかわらず)[1]

ここでは、まだ怪しい書物ではありません。学者が日々研究する古典という扱いです。語り手は塔で眠気と戦いながら、聞こえてきた奇妙な言葉を「プナコティック写本から学んだ天の知識」と結びつけようとします[1]。禁書の気配は、この時点ではまったくありません。

原典のどこに出てくるか

ラヴクラフト本人の小説では7作、代作を含めると11作、計22箇所に出ます。

本人の単独作(7作)

  • 「ポラリス」(1918年5月頃執筆) — 初出。ロマールの学問として[1]
  • 「他の神々」(1921年8月14日執筆) — 賢者バルザイの学識。サンスの記録[2]
  • 「未知なるカダスを夢に求めて」(1926年秋〜1927年1月22日執筆) — 最後の一部がウルタールに。古すぎて読めない箇所[3]
  • 「闇に囁くもの」(1930年執筆) — ツァトゥグァの典拠として[4]
  • 「狂気の山脈にて」(1931年2月〜3月22日執筆) — 「更新世以前の起源」[4]
  • 「時間からの影」(1934年11月〜1935年3月執筆) — 大いなる種族の時代から直接残った数少ないもの[4]
  • 「闇をさまようもの」(1935年11月執筆) — 廃教会の書架[4]

代作(4作)

「写本」と「断章」——二つの呼び名

本文を並べると、呼び名が二つあることに気づきます。

Pnakotic Manuscripts(写本) — 本人の単独作7作はすべてこちら[1][2][3][4]。Pnakotic fragments(断章) — 代作4作のうち3作がこちら[5]。

「博物館の恐怖」では “the eighth Pnakotic fragment”(第八プナコティック断章)と番号まで振られています[5]。断章に番号があるという設定は、本人の単独作には出てきません。

二つの形は同じ文書を指していて、使い分けの基準は本文のどこにも示されていない。エイボンの書が3つの名で呼ばれるのと同じで、呼び名の揺れそのものが原典にあります。当サイトの扱いは、記事の題に「写本」の形を採り、本文では出典ごとの表記をそのまま示す、というものです。

目覚めの世界で書かれ、夢の国へ運ばれた

この文書がどこから来たのかは、「未知なるカダスを夢に求めて」でズーグ族の古老が語ります。

in Ulthar, beyond the river Skai, there still lingered the last copy of those inconceivably old Pnakotic Manuscripts made by waking men in forgotten boreal kingdoms and borne into the land of dreams when the hairy cannibal Gnophkehs overcame many-templed Olathoë and slew all the heroes of the land of Lomar(訳: スカイ川の向こうのウルタールには、あの想像を絶するほど古いプナコティック写本の最後の一部がまだ残っている。忘れられた北方の王国で目覚めの世界の人間が作り、毛深い人喰いのグノフケーが多くの神殿を持つオラトエを制圧してロマールの地の英雄をことごとく殺したとき、夢の国へ運び込まれたものだ)[3]

三つのことが一度に語られています。作ったのは目覚めの世界の人間であること。ロマールが滅びたときに夢の国へ運ばれたこと。そして最後の一部がウルタールにあること。「ポラリス」でロマールの学者が研究していた古典は、ロマールの滅亡とともに夢の国の遺物になりました。

古すぎて読めない箇所がある

同じ作品で、この文書には読めない部分があることも書かれます。

once in antediluvian times, as guessed from a drawing in those parts of the Pnakotic Manuscripts too ancient to be read(訳: 一度は大洪水以前の時代に——プナコティック写本のうち、古すぎて読むことのできない部分にある一枚の絵から推測されるところでは)[3]

「他の神々」が地球の原初の花崗岩に印を残した二度のうち、一度目の証拠がここにあるとされます[3]。文字は読めないが、絵は残っている。文書の一部が、すでに解読不能の状態で伝わっているという設定です。

「他の神々」(1921年)には、その前段があります。ハセグ=クラ山に登ったサンスという人物が「黴の生えたプナコティック写本に、恐れとともに記されている」[2]。のちに人々が山頂で見つけた巨大な紋様も、写本の古すぎて読めない一節に似ていた、と[2]。1921年の時点で「黴の生えた」文書だったものが、1927年には「読めない部分がある」文書になっています。

人類より前に書かれた、とされるようになった

1930年代に入ると、設定はさらに遡ります。

「狂気の山脈にて」(1931年)では、一部の神秘家が「断片的なプナコティック写本に更新世以前の起源を示唆している」と書かれます[4]。人類が現れる前の時代です。

「時間からの影」(1934-35年)では、大いなる種族の時代から物理的に直接残っているものは、遠隔地と海底の巨石の遺構と、「恐るべきプナコティック写本のテキストの一部」だけだと語られます[4]。人間が書いたのではない文書という位置づけが、ここで確定します。

代作の「永劫より」(1933年)は、これを「人類以前のものとされるプナコティック断章」と一言でまとめています[5]。

1918年にロマールの学者が研究していた古典が、17年後には人類以前の知性の遺物になりました。設定は書き足されたのではなく、掘り下げられていった——同じ文書の来歴が、作品ごとに一段ずつ古くなっています。

ラヴクラフトはこの文書をどう使ったか

ネクロノミコンとの違いは、はっきりしています。ネクロノミコンには著者がいて、翻訳史があり、写本の所在があります。プナコティック写本には著者がいません。誰が書いたのかは、最後まで明かされません。

代わりにあるのが、時間の奥行きです。「闇に囁くもの」でツァトゥグァの典拠として「プナコティック写本とネクロノミコン」が並べられるとき[4]、前者はより古い層を担っています。ネクロノミコンが西暦8世紀の本なら、こちらは人類以前。禁書の並びの中で、いちばん奥に置かれる一冊です。

「博物館の恐怖」では、この文書が物語を動かします。蝋人形師ロジャーズが「第八プナコティック断章にある長い儀式」を解読したことが、アラスカでのラーン=テゴス発見につながる[5]。「ロマールの地より前、人類が存在する前に、北方に何かがいた」——その手がかりが、この文書にあったという筋です[5]。

三層のどこに属するか

原典層(1917-1937) — 「ポラリス」(1918年5月頃執筆)が初出[1]。ラヴクラフト本人の小説7作(1918-1935年)と代作4作(1932-1935年)、計22箇所に出ます[1][2][3][4][5]。「写本」「断章」「第八断章」という呼び名の揺れも、この層のものです。

なお、この文書の名がどこから来たのかは、原典には書かれていません。「時間からの影」の本文を検索しても、名前の由来にあたる記述は見つかりませんでした。後年の解説で語られる語源は、この層のものではないので、ここには書きません。

ダーレス以降の拡張層(1939-) — 当サイトでは未確認です。資料に当たっていないので、ここは空欄のままにします。

TRPG層(1981-) — Chaosium公式索引には “Pnakotic Manuscripts 233” として1項目で載っています[6]。ネクロノミコンやエイボンの書が版ごとに分かれているのに対し、こちらは分かれていません。原典が版を書き分けなかったことに対応しています。

出典

  • [1] H. P. Lovecraft “Polaris”(1918年5月頃執筆)。見張り塔の場面の引用と、天の知識を写本と結びつけようとする場面は、公式アーカイブの公開テキストと同サイトの小説年表による https://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/p.aspx
  • [2] H. P. Lovecraft “The Other Gods”(1921年8月14日執筆)。バルザイの学識、サンスの記録、山頂の紋様の記述は同上 https://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/og.aspx
  • [3] H. P. Lovecraft “The Dream-Quest of Unknown Kadath”(1926年秋〜1927年1月22日執筆)。ズーグ族の古老の語りと、読めない部分にある絵についての引用は同上https://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/dq.aspx
  • [4] H. P. Lovecraft “The Whisperer in Darkness”(1930年執筆)、”At the Mountains of Madness”(1931年2月〜3月22日執筆)、”The Shadow out of Time”(1934年11月〜1935年3月執筆)、”The Haunter of the Dark”(1935年11月執筆)。各作品の記述と執筆時期は同上https://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/sot.aspx
  • [5] H. P. Lovecraft の代作: “The Horror in the Museum”(ヘイゼル・ヒールドのため、1932年10月執筆)、”Through the Gates of the Silver Key”(E・ホフマン・プライスと、1932年10月〜1933年4月執筆)、”Out of the Aeons”(ヒールドのため、1933年執筆)、”The Diary of Alonzo Typer”(ウィリアム・ラムリーのため、1935年10月執筆)。「第八プナコティック断章」の引用を含め、同上https://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/hm.aspx
  • [6] Chaosium “Call of Cthulhu 7th Edition Index for Keepers and Investigators”(版元公式の無償配布PDF、2026年9月3日取得)。”Pnakotic Manuscripts 233” が1項目で載っていることは、同PDFによるhttps://www.chaosium.com/content/FreePDFs/CoC%207/Call%20of%20Cthulhu%207th%20Edition%20Index%20for%20Keepers%20and%20Investigators.pdf

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