概要
ラヴクラフト「名もなき都市」に登場する、アラビアの砂漠の奥深くに埋もれた太古の都市。「メンフィスの最初の石が置かれるより前、バビロンの煉瓦がまだ焼かれていない頃から、それは既にあったに違いない」[1]とされ、名を持たぬままアラブの部族に恐れられ避けられてきた。この物語はクトゥルフ神話最初の作品とみなされることが多く、狂える詩人アブドゥル・アルハズラードへの言及が初めて現れる作品でもある。
基本プロフィール
- 分類: 地名(古代都市の廃墟)
- 欧文表記: THE NAMELESS CITY
- 初出: 「名もなき都市」(1921年1月執筆/1921年11月『ザ・ウルヴァリン』誌発表)
- 位置: アラビアの砂漠(ルブアルハリ砂漠に相当するとされる)
由来・モデル
具体的な実在地との一対一のモデル関係は原典に明記されていないが、舞台はアラビア半島南部の砂漠地帯と設定されており、後年の解釈ではルブアルハリ砂漠(「空白の四分の一」)に相当するとされることが多い。
歴史・年表
語り手はアラブたちの警告を無視して都市に踏み入り、地下へと続く低く長い通路を発見する。そこには「前脚には、人間の手指を奇妙なほど思わせる、繊細でいかにも柔軟そうな足があり……そのほとんどは、この上なく高価な布できらびやかに装われ、金や宝石、未知の輝く金属の装飾品を惜しみなくまとっていた」[2]という、鰐や海豹を思わせる体つきでありながら人間のような手指を備えた爬虫類的な生物のミイラが、壁画とともに安置されていた。壁画には、彼らが独自の都市と庭園を持つ世界を築いていた様が描かれており、語り手はこの都市がかつて彼らによって生きられていたのだと悟る。物語は、この都市の存在に想を得たとされるアブドゥル・アルハズラードが、かの有名な二行連句「死せるままに永劫を横たわりうるものは死なず、奇怪なる悠久の果てに死にすら死は訪れよう」[3]を詠んだという逸話で締めくくられる。
性質・特徴
人類文明の記録された歴史のさらに彼方、地質学的な太古から存在し続けてきたことそのものが、この都市の最大の恐怖の源になっている。爬虫類的な種族の高度な文明の痕跡と、彼らの滅亡後もなお都市自体が「死んではいるが永劫を横たわる」形で存続し続けているという着想は、後年のクトゥルフ神話全体を貫く「死せるものの永続」というテーマの原型として位置づけられる。
関連する人物・存在・出来事
「狂える詩人」アブドゥル・アルハズラードは、この都市についての伝聞から着想を得て件の二行連句を詠んだとされ、この詩句は後に彼の著した『ネクロノミコン』の中核をなす一節として定着していく。都市の主であった爬虫類的種族そのものには固有の名は与えられていない。
主要登場作と読みどころ
- 「名もなき都市」(1921年執筆/1921年発表): 唯一の原典にして、クトゥルフ神話最初の作品ともみなされる記念碑的な一編。地下通路の探索、爬虫類種族のミイラと壁画、そしてアルハズラードの詩句という、この都市をめぐる情報のすべてがこの一作に集約されている
よくある誤解
Q. 「名もなき都市」の爬虫類種族は、後年の神話体系のどれかの種族と同一視されているのですか?
A. 原典では固有の名を与えられておらず、後続作家による明確な同一視も定着していません。「古のもの」等、他の太古の種族との関連を論じるファン考察はありますが、原典に基づく確定的な結びつきではありません。
Q. この物語は最初からクトゥルフ神話の一部として構想されていたのですか?
A. 「クトゥルフ神話最初の作品」とみなされることが多いのは事実ですが、これは後年の研究者・読者による位置づけであり、執筆当時のラヴクラフト自身が体系的な神話群を意図していたわけではありません。
出典
- [1] “It must have been thus before the first stones of Memphis were laid, and while the bricks of Babylon were yet unbaked.”(訳: 「メンフィスの最初の石が置かれるより前、バビロンの煉瓦がまだ焼かれていない頃から、それは既にあったに違いない」) — H. P. Lovecraft, “The Nameless City”(1921年執筆/1921年発表), 公式アーカイブ ↩
- [2] “Their fore legs bore delicate and evidently flexible feet curiously like human hands and fingers…most of them were gorgeously enrobed in the costliest of fabrics, and lavishly laden with ornaments of gold, jewels, and unknown shining metals.”(訳: 本文中訳参照) — 同上, 公式アーカイブ ↩
- [3] “That is not dead which can eternal lie, / And with strange aeons even death may die.”(訳: 「死せるままに永劫を横たわりうるものは死なず、奇怪なる悠久の果てに死にすら死は訪れよう」) — 同上, 公式アーカイブ ↩



