概要
ラヴクラフト「インスマスの影」に登場する海底都市。デビル・リーフ沖の暗黒の深淵の底に築かれ、深きものどもと人間との混血種族が、大いなるクトゥルフへの信仰を保ちながら棲み暮らす、キュクロプス的な円柱の林立する都市として描かれる[1]。
基本プロフィール
由来・モデル
イハ=ンスレイという地名・都市はラヴクラフトの完全な創作であり、実在地とのモデル関係は確認されていない。物語の舞台であるインスマス自体がマサチューセッツ州の実在の港町(ニューベリーポート等)を下敷きにしているのに対し、イハ=ンスレイはその沖合の海底に広がる、地上とは隔絶した異界として対置的に設定されている。
歴史・年表
物語の中で語られるところでは、深きものどもとその教団は太平洋戦争以前の時代からデビル・リーフ沖に居を構え、インスマス住民との混血を重ねてきた。1927–28年、住民の異形化と教団の存在を問題視した米国政府が、インスマス近海のデビル・リーフ沖に潜水艦で魚雷を撃ち込む大規模な「掃討」を実施したとされるが、イハ=ンスレイは「傷ついたが、破壊されはしなかった」と語られ、深きものどもは不滅の存在として、いつか偉大なクトゥルフへの貢物を携えて再び台頭する日を待っているとされる。
性質・特徴
深きものどもにとっての永遠の都であり、人間との混血種族にとっては、年老いるにつれて肉体が変容し、最終的に「還る」べき故郷として位置づけられる。物語の結末で、深きものどもの血を引く語り手(インスマスの無名の語り手)は、自らの血脈の真実を知り「われらはデビル・リーフの沖まで泳ぎ、暗黒の深淵を潜ってキュクロプス的な円柱林立するイハ=ンスレイへ下り、深きものどもの巣で永遠に驚異と栄光の中に住まうだろう」[2]と、恐怖の対象だったはずのこの都市への帰属を、むしろ待望するに至る。恐怖から憧憬への反転が、この物語の最終的な主題を体現している。
関連する人物・存在・出来事
デビル・リーフを海上の目印としてその直下に位置し、両者は不可分の関係にある。語り手の遠戚である祖母プスシャ=リーイ(Pth’thya-l’yi)は、8万年にわたりこの地に生き続けているとされる深きものどもの長命な個体である。教団の秘儀を通じてクトゥルフへの信仰と結びついており、いつかクトゥルフが目覚める日に呼応する存在として位置づけられる。
主要登場作と読みどころ
- 「インスマスの影」(1931年執筆/1936年発表): 唯一の原典。ザドク・アレンの酔いどれた証言による示唆、米国政府の掃討作戦、そして結末で明かされる語り手自身の血脈の真実まで、イハ=ンスレイをめぐる情報のすべてがこの一作に集約されている
よくある誤解
Q. イハ=ンスレイは米国政府の掃討作戦で破壊されたのですか?
A. いいえ。作中では「傷ついたが、破壊されはしなかった」と明言されており、深きものどもは依然として健在で、いつか台頭する日を待っているとされます。
Q. イハ=ンスレイは語り手にとって最初から恐怖の対象として描かれるのですか?
A. 物語の大部分では恐怖・忌避の対象として描かれますが、結末で語り手自身が深きものどもの血を引くことが明かされると、位置づけが一転し、むしろ帰るべき故郷として希求される対象へと反転します。
出典
- [1] “cyclopean and many-columned Y’ha-nthlei”(訳: 「キュクロプス的な円柱の林立するイハ=ンスレイ」) — H. P. Lovecraft, “The Shadow over Innsmouth”(1931年執筆/1936年発表), 公式アーカイブ ↩
- [2] “We shall swim out to that brooding reef in the sea and dive down through black abysses to Cyclopean and many-columned Y’ha-nthlei, and in that lair of the Deep Ones we shall dwell amidst wonder and glory forever.”(訳: 「われらはあの海に浮かぶ暗い礁まで泳ぎ、暗黒の深淵を潜ってキュクロプス的な円柱林立するイハ=ンスレイへ下り、深きものどもの巣で永遠に驚異と栄光の中に住まうだろう」) — 同上, 公式アーカイブ ↩




