小説 — Bells of Horror

恐怖の鐘

呪術師に呪われた鐘が発掘され、その音が人々を狂気と失明に陥れる。地底の魔物ズ・チェ・クォンを呼び出す鐘の物語。

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恐怖の鐘

編集部注(著作権について): 本記事が扱う『恐怖の鐘』(1939年「ストレンジ・ストーリーズ」誌4月号掲載)は、個別の著作権更新記録を本記事執筆時点で確認できていないため、パブリックドメインであるとは断定できません。本記事は原文からの引用を行わず、あらすじ・論評・書誌的事実のみで構成しています。

概要

呪術師に呪われた鐘が発掘され、その音が人々を狂気と失明に陥れる一編。地底の魔物を呼び出す鐘という趣向を描く、『イオドの書』の初出作である。ヘンリー・カットナーが1939年、専業作家として最も精力的に神話系作品を量産していた時期に発表した一作でもある[1]。「ストレンジ・ストーリーズ」誌は1939年から1941年にかけて刊行された怪奇専門パルプ誌であり、本作はその創刊間もない時期の誌面を飾った作品の一つである[3]。視覚に訴える怪異の描写が主流だった当時の怪奇小説の中で、「音」そのものを呪いの媒介にするという着想は際立っている。

作品情報

  • 原題: Bells of Horror
  • 執筆・発表年: 1939年発表(「ストレンジ・ストーリーズ」誌4月号)
  • 主題タグ: 呪われた3つの鐘、地底の魔物ズ・チェ・クォン、先住民の呪術との融合

あらすじ

1775年に鋳造された3つの鐘に、先住民の呪術師が呪いをかける。150年後にこの鐘が発掘されると、その音は人々を狂気と失明に陥れ始める。主人公ロスとその仲間たちは、地底の魔物〈ズ・チェ・クォン〉が邪悪な鐘の音によって地上に呼び出され、災厄をもたらしていることを突き止める。彼らは呪われた鐘の連鎖を断ち切ることで破滅的な災いを食い止めるが、呪いは完全には解けず、不穏な余韻を残したまま一部が残存した状態で物語は終わる。カリフォルニアのスペイン統治時代の伝道所という舞台設定は、ニューイングランドを主戦場としたラヴクラフト本流とは異なる地域色を神話体系に持ち込んだ試みとして位置づけられ、先住民の呪術とスペイン系カトリックの信仰圏という異なる二つの霊的秩序が同じ土地の上で衝突するという構図が、本作の恐怖の基盤になっている。

読みどころと注目テーマ

呪われた鐘の音がもたらす狂気と失明、地底の魔物を呼び出すという趣向、完全には解けない呪いという後味の残る結末――音そのものが呪いの媒体となるという着想は、視覚的な怪異描写が中心になりがちな神話作品群の中でも異色であり、聴覚的な恐怖演出の一例として注目される。先住民の呪術とスペイン統治時代の伝道所という、当時のパルプ雑誌ではやや珍しい舞台の組み合わせも本作の特色であり、単一の民族・宗教の伝承に留まらない神話の広がりを感じさせる。呪いが完全には解消されないまま幕を閉じる結末は、勧善懲悪的な決着を避け、災厄の根が土地そのものに残り続けるという不穏さを読者の記憶に刻む効果を持っている。

執筆背景と影響

カリフォルニアを舞台に、スペイン統治時代の伝道所とネイティブアメリカンの伝承を組み合わせた、カットナー独自の地域的神話拡張の一例。『イオドの書』の初出作でもある。カットナーは1939年、「ストレンジ・ストーリーズ」誌に『侵入者』(2月号)・本作『恐怖の鐘』(4月号)・『狩りたてるもの』(6月号)と立て続けに神話系作品を発表しており、独自神イオドを1936年の『クラーリッツの秘密』で導入して以降、1930年代末にかけて自らの神話体系を継続的に拡張していったことがうかがえる[2]。本作『恐怖の鐘』でイオド信仰の書物『イオドの書』が初めて言及される点も、カットナーが単発の怪異譚に留まらず、複数作品にまたがる独自の神話体系を意識的に組み立てていたことを示す一例といえる。同時期のクラーク・アシュトン・スミスがゾティークやハイパーボリアといった独立した架空世界を舞台に神々を配置していったのと同様、カットナーもまたイオドという固有神を軸に、ウィアード・テイルズ系パルプ雑誌ならではの「作家ごとの神話拡張」を進めていた一人だった。舞台をニューイングランドから遠く離れたカリフォルニアへ移し、先住民の伝承という別系統の民俗的恐怖を接ぎ木した本作は、そうした拡張の中でも地域色の強さが際立つ一例になっている。

カットナーは本作発表の翌年にあたる1940年、ラヴクラフト・サークルを通じて知り合ったC・L・ムーアと結婚し、以後は「ルイス・パジェット」「ローレンス・オドンネル」等の合作名義で数多くのSF作品を発表する夫婦合作作家へと転身していく。伝記作家L・スプレイグ・ディ・キャンプによれば、二人の共作ぶりは徹底しており、一つの段落や一文の途中で書き手が入れ替わっても違和感なく続けられるほどだったという[4]。本作『恐怖の鐘』が発表された1939年は、こうした夫婦合作体制へ移行する直前、カットナーがまだ単独名義で怪奇パルプ雑誌へ精力的に作品を送り続けていた最後の時期にあたる。カットナーは1958年、修士号取得を目指していた最中に心臓発作のため42歳で急逝した。

出典

  • [1] ヘンリー・カットナーはラヴクラフト・サークル(ラヴクラフトと文通していた作家・ファンの集まり)を通じてC・L・ムーアと知り合っており、1930年代末にかけて複数の神話系作品を「ウィアード・テイルズ」誌・「ストレンジ・ストーリーズ」誌へ発表していた。本作は著作権保護下にある可能性が高いため(冒頭の編集部注参照)、原典からの引用は行わず、本注記の書誌的事実のみを出典として明記する。— 出典: Wikipedia「Henry Kuttner」の経歴の項, 該当ページ
  • [2] カットナーは1939年、「ストレンジ・ストーリーズ」誌に「The Invaders」(2月号)、「Bells of Horror」(4月号)、「The Hunt」(6月号)を相次いで発表した。独自神イオドは1936年発表の「The Secret of Kralitz」(Weird Tales10月号)で初めて導入されている。— 出典: Wikipedia「Henry Kuttner」の作品リストの項, 該当ページ
  • [3] 「ストレンジ・ストーリーズ」誌(Strange Stories)は1939年から1941年にかけて刊行された米国のパルプ怪奇雑誌である。— 出典: Wikipedia「Strange Stories」の項, 該当ページ
  • [4] カットナーは1940年にC・L・ムーアと結婚し、「ルイス・パジェット」「ローレンス・オドンネル」等の合作名義で活動した。伝記作家L・スプレイグ・ディ・キャンプは、二人が段落や一文の途中で執筆を交代しても違和感なく続けられるほど共作が徹底していたと伝えている。カットナーは1958年2月3日、修士号取得を目指していた最中に心臓発作のため42歳で死去した。— 出典: Wikipedia「Henry Kuttner」の経歴の項, 該当ページ
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