小説 — The Eater of Souls

魂を喰らうもの

異星文明ベル・ヤルナクを苦しめる怪物に、統治者シンダラが自らを犠牲にして立ち向かう。守護神ヴォルヴァドッスの初出作。

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魂を喰らうもの

「ベル・ヤルナクでは、地球のものならぬ言葉で、こう語り継がれている――かつて〈ヤルナクの灰色淵〉と呼ばれる、あの信じがたい深淵に、悪意に満ちた恐るべき存在が棲んでいたのだと。」

— ヘンリー・カットナー「魂を喰らうもの」(Weird Tales、1937年1月号)冒頭部

概要

異星文明ベル・ヤルナクを苦しめる怪物〈魂を喰らうもの〉に、統治者シンダラが自らを犠牲にして立ち向かう一編。カットナー独自の守護神ヴォルヴァドッスの初出作である。地球からベテルギウスの彼方にある架空の惑星を舞台とする点、そして統治者自身が信仰と自己犠牲によって怪物を打ち倒すという構成は、「五分間の物語」と銘打たれた本作の掌編としての密度の高さをよく示している[1]

作品情報

  • 原題: The Eater of Souls
  • 執筆・発表年: 1937年発表(「ウィアード・テイルズ」誌1月号)
  • 主題タグ: 異星文明ベル・ヤルナクを舞台にした物語、守護神ヴォルヴァドッスの初出、自己犠牲による解放

登場神格・用語

  • ベル・ヤルナク(初出典)

あらすじ

ベテルギウスの彼方、若く生命力に満ちた緑の惑星に築かれたベル・ヤルナクの街は、「灰色淵」と呼ばれる底知れぬ深淵に潜む怪物〈魂を喰らうもの〉に長らく苦しめられていた。この存在が空腹を覚えるたびに音のない呼び声が街に送られ、酒場や神殿、家々の炉端で人々が虚ろな死者の顔つきになって立ち上がり、深淵へと向かったまま二度と戻らない。占星術師と死霊術師の双方がこの怪物の由来を語るが、いずれも確証は得られず、統治者シンダラは両派の助言と道具立てを退け、自らの信仰であるヴォルヴァドッスに祈りを捧げてから、ただ一人ガルラック(足の速い爬虫類)に乗って灰色淵へと赴く決意を固める。

出立の直前、ヴォルヴァドッスは砂塵の渦の中からシンダラに語りかけ、「そなたは破滅へ向かう。しかしそなたの息子はベル・ヤルナクで眠っており、そなたが消え去った後には彼を新たな信徒として迎えよう。神は神に勝てぬ。ただ神を生み出した人間のみがそれをなし得る」と告げる[2]。この謎めいた言葉を胸に、シンダラは深淵の縁で〈魂を喰らうもの〉と対峙する。剣を交えての死闘の末、シンダラは満身創痍となり、敵は無傷のまま嘲るように笑う。ここでヴォルヴァドッスは再びシンダラの心に語りかけ、この怪物が肉体だけでなく、より抽象的な「実体」をも喰らうこと、そして小なる者が大なる者に取り込まれ融合することで、束の間、力を増した半神が生まれるのだという捕食の仕組みを明かす[3]

この知識を得たシンダラは、絶望ではなく決意とともに両腕を広げ、みずから怪物の抱擁を受け入れる。融合の激痛の中でシンダラは、自らが統べてきたベル・ヤルナクの街の美しさを思い、二度とそれを目にできない喪失感に涙するが、最後の力を振り絞って怪物もろとも崖から身を投げる。断崖は内側へ湾曲しながら深淵の奥へと落ち込み、灰色の靄の中へ姿を消していく[4]。ヴォルヴァドッスが語った「神は神に勝てぬ」という言葉どおり、怪物を滅ぼしたのは力比べではなく、自らの命を賭してその融合の内側から共に深淵へ落ちるという、人間にしかなし得ない選択だった。

読みどころと注目テーマ

神すらも倒せない怪物という設定、自らを犠牲にする統治者の決断、独自神ヴォルヴァドッスの神託――特に、怪物を力で打ち倒すのではなく、あえてその捕食を受け入れた上で共倒れに持ち込むという解決策は、通常の英雄譚の図式を裏返す発想であり、わずか数千語の掌編でありながら、信仰・自己犠牲・宇宙的恐怖を過不足なく凝縮している点が高く評価される。

執筆背景と影響

カットナー独自の守護神ヴォルヴァドッスの初出作。ラヴクラフト神話というより、独自の異星文明サーガ(ベル・ヤルナク連作)の色彩が濃く、本流神話用語との直接接続点は乏しいが、カットナー神話体系全体の起点として重要である。地球から遠く離れた架空の惑星を舞台に、地球の神話体系とは独立した神々の物語を紡ぐという手法は、同時期にクラーク・アシュトン・スミスが手がけたハイパーボリアや土星(サイクラノーシュ)の連作群とも通じるものがあり、ウィアード・テイルズ誌上で複数の作家が並行して「独自の神話宇宙」を築いていった1930年代の作風の広がりをよく示す一篇である。

出典

  • [1] “A five-minute tale of a strange entity on a distant world.”(訳: 「遠い世界の奇怪な存在をめぐる、五分間の物語」) — 誌面副題。Henry Kuttner, “The Eater of Souls”(Weird Tales、1937年1月号), Project Gutenberg #75363
  • [2] “Thou goest to doom, but thy son sleeps in Bel Yarnak, and I shall have a worshipper when thou art vanished. Go therefore fearlessly, since god cannot conquer god, but only man who created him.”(訳: 「そなたは破滅へ向かう。だがそなたの息子はベル・ヤルナクに眠っており、そなたが消え去った後、私は新たな信徒を得るだろう。ゆえに恐れず行くがよい。神は神に勝てぬ、ただ神を生み出した人間のみがそれをなし得るのだから」) — 同上, Project Gutenberg #75363(全文)
  • [3] “There are many kinds of flesh in the universes, and other compounds which are not flesh. Thus doth the Eater of Souls feed.”(訳: 「宇宙には多種多様な肉があり、また肉ならざる組成のものもある。〈魂を喰らうもの〉はそのようにして糧を得るのだ」) — 同上, Project Gutenberg #75363(全文)
  • [4] “And the cliff wall curved inward as it swept down, so presently it receded into the dim gray haze, and the Sindara fell in empty mist and into final unstirring darkness.”(訳: 「断崖の壁は内側へ湾曲しながら落ち込み、やがて薄暗い灰色の靄の中へと退いていった。シンダラは、何もない霧の中を、最後の、二度と動くことのない闇の中へと落ちていった」) — 同上、末尾, Project Gutenberg #75363(全文)
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