概要
本作は、村メインヴィルの資産家ジョウゼフ・バーンズの死から始まる探偵仕立ての習作です。バーンズは息を引き取る際、遺体を墓所に納める前に金の玉を床の印「A」の上へ落とすよう遺言し、その役目は牧師ドブソンに託されます。ところがドブソンは墓所に降りたきり姿を消し、代わって現れたのが、娘に1万ポンドの身代金と引き換えに父を返すと持ちかける男、ベル。事件は「西部で名高い」探偵キング・ジョンの手に渡り、ベルの逃走、南の都市ケントへの追跡、そして夏場は法廷代わりとなる木立での裁判へと進みます。
原題の下に添えられているのは、「or “A Dead Man’s Revenge”(死者の復讐)」という副題と、「A Detective Story(探偵小説)」という作の分類。舞台はメインヴィルとケントという2つの町、そしてバーンズ家の墓所の地下という限られた範囲に収まっており、全12章というごく短い章立てのなかで、誘拐・追跡・法廷での謎解きという型が一通り試みられています。
物語の結末では、ドブソンが墓の下に隠された仕掛けの正体を語り、バーンズ兄弟による陰謀と、身代金目当ての誘拐犯ベルの正体が同時に明かされます。神々や異界の存在は登場しません。ラヴクラフトが少年期に手がけた、人間同士の企みと種明かしだけで組み立てられた一編です[1]。
作品情報
- 原題: The Mystery of the Grave-Yard(副題: or “A Dead Man’s Revenge”。作の分類として「A Detective Story」の表記あり)
- 執筆: 1898年[2]
- 初出: 『The Shuttered Room and Other Pieces』(Sauk City, WI: Arkham House, 1959)48–52ページ[3]
- 分量: 約1,300語(公式アーカイブ本文を機械集計)。全12章に分かれる
- 語り: 三人称。「さて、ドブソン邸へ話を戻そう」のように、複数の場面を行き来しながら読者へ直接呼びかける講談調の語り口
- 舞台: 村メインヴィル(バーンズ家の墓所、ドブソン邸、北署)と、南方の都市ケント(馬車雇い所、波止場近くの小さな店)。夏場は付近の木立が法廷として使われる
- 主題: 遺言による墓所への出入りをきっかけに起きる誘拐と身代金要求、そこに絡む兄弟の陰謀、探偵の追跡と法廷での種明かし
登場神格・用語
- ジョウゼフ・バーンズ — 物語冒頭で死去する人物。遺体を墓所へ納める前に、金の玉を床の印「A」へ落とすよう遺言します
- ドブソン(Mr. Dobson) — 教区の牧師(rector)。バーンズの遺言を実行するため墓所へ降り、そのまま姿を消します
- ドブソン嬢(Miss Dobson) — ドブソンの娘。ベルの申し出を聞いた直後にその正体を見抜き、物語の終盤でキング・ジョンの妻となります
- ベル(Mr. Bell) — 黒髪に頬髯をたくわえた初老の男。1万ポンドの身代金と引き換えにドブソンを返すと申し出る誘拐犯
- キング・ジョン(King John) — 「西部で名高い」探偵。ドブソン嬢の通報を受けて事件を追います
- チャズ・グリーン(Mr. Cha’s. Greene) — 弁護士。ドブソンの後を追って墓所に入り、その不在を発見します
- ギブソン(Gibson) — 北署(North End Police Station)の電話番
- ジョン・スプラット(John Spratt) — 墓地で不審な3人組を目撃し、興奮した様子で警察署に駆け込む男
- フランシス・バーンズ — ジョウゼフの弟。裁判の終盤で、兄とともに陰謀の首謀者だったと明かされます
- リンディ(Lindy) — ケントの店でベルの逃亡を手引きする、白髪交じりの中年女性
- 御者(黒人男性) — ケントへ向かうキング・ジョンを乗せる馬車の御者。原文ではこの人物の台詞のみ方言風の綴りで表記されています
本作に神々や神話的存在は登場しません。人間同士の誘拐・逃走・裁判だけで進む探偵小説です[1]。
あらすじ
第I章〜第III章 遺言と失踪、そして誘拐
村メインヴィルは正午を迎え、悲しみに沈む人々がバーンズ家の墓所の周りに立っていました。ジョウゼフ・バーンズが亡くなったのです。臨終の際、彼は「遺体を墓に納める前に、この玉を印『A』の場所に落としてほしい」という奇妙な遺言を残し、小さな金の玉を牧師ドブソンに手渡していました。葬儀が終わると、ドブソンは「友よ、これより故人の最後の望みを叶えます」と告げて墓所へ降ります。ところが待つ一同がしびれを切らした頃、弁護士チャズ・グリーンが代わって降りていき、青ざめた顔で戻ってくると「ドブソン氏がいません」と告げました[1]。
場面は3時10分のドブソン邸に移ります。黒髪に頬髯をたくわえた初老の男が呼び鈴を鳴らし、ドブソン嬢との面会を求めました。男は「ドブソン嬢、私はあなたの父上の居場所を知っています。1万ポンドをいただければお返ししましょう。私の名はベルです」と切り出します。ドブソン嬢はいったん部屋を辞し、戻ってくると「ベルさん、わかりました。あなたは父を誘拐し、身代金を求めているのですね」と正面から言い放ちました。10分後の3時20分、北署の電話が鳴り、電話番のギブソンが応対すると、ドブソン嬢の声で父の失踪と誘拐、そして名探偵キング・ジョンの派遣を求める通報が入ります。その直後、興奮した男が署に駆け込み「大変だ、墓地へ来てくれ!」と叫びました[1]。
第IV章〜第VIII章 ベルの逃走とキング・ジョンの追跡
ドブソン邸に戻ると、ベルはドブソン嬢の率直な物言いに気圧されながらも弁解を試みますが、そこへ両手に拳銃を構えたキング・ジョンが踏み込み、出口を塞ぎます。しかしベルは一瞬早く西側の窓へ走り寄り、外へ飛び降りて逃げてしまいました。場面は署に戻り、落ち着きを取り戻した先ほどの男が事情を語ります。彼は墓地で3人の男が「ベル!どこにいる!」と叫びながら怪しく動き回るのを目撃し、後をつけてバーンズ家の墓所に入ったところ、3人が印「A」の場所でばねを動かし、姿を消すのを見たといいます。「キング・ジョンがここにいてくれたら」とギブソンがつぶやくと、男は自らを「ジョン・スプラット」と名乗りました[1]。
一方キング・ジョンは、驚きから立ち直るとすぐにベルの追跡へ向かいます。鉄道駅まで追ったものの、ベルはすでに南の都市ケント行きの列車に乗り込んだ後でした。メインヴィルとケントの間には電信も電話も通じておらず、列車はちょうど出発したところです。ケント行きの列車が10時35分に出た1分後、埃まみれで疲れきった男(注記によればキング・ジョン本人)がメインヴィルの馬車雇い所に駆け込み、黒人の御者に「15分でケントまで連れて行ってくれたら1ドル出す」と持ちかけました。御者が「そんな駿馬は持ち合わせちゃいません」と渋ると、男は2ドルまで値を上げ、御者はこれを承諾します(御者の台詞のみ、原文では方言風の綴りで書かれています)[1]。
11時のケントでは、波止場近くの薄暗く小さな店で、身なりのみすぼらしい人物が白髪交じりの女リンディと話し込んでいました。「この仕事は引き受けた」と男は言い、「ベルは11時半に着く。馬車も用意してある。今夜アフリカ行きの船が出るから、それで波止場まで運ぶ」と続けます。リンディが「もしキング・ジョンが来たら」と尋ねると、男は「そのときは我々も捕まって、ベルは絞首刑だ」と答えました。まもなく扉を叩く音がし、現れたベルは「10時35分の列車に乗れたし、キング・ジョンは乗り遅れたはずだ」と告げます。11時40分、一行は波止場に着き、闇の中に「ケヒディーヴ号、アフリカ行き」と船体に記された船が浮かび上がりました。ベルが乗船しようとしたその瞬間、暗がりから進み出た男が「ジョン・ベル、女王の名において貴様を逮捕する」と告げます。それはキング・ジョンでした[1]。
第IX章〜第XII章 法廷での真相
裁判の日、夏場は法廷代わりとなる小さな木立に人々が集まり、誘拐の罪に問われたジョン・ベルの裁判が始まります。判事が「ベル氏、バーンズ家の墓所の秘密とは何か」と尋ねると、ベルは「墓所に入り、印『A』の場所に触れてみればわかります」とだけ答えました。判事が「ではドブソン氏はどこにいる」と続けたそのとき、「ここです」という声とともに、ドブソン本人が入口に姿を現します。一同が「どうやってここへ」と口々に問うと、ドブソンは「長い話になります」とだけ答えました[1]。
ドブソンは経緯を語り始めます。墓所に降りたとき、あたりは真っ暗で何も見えなかったものの、やがて床の白い文字「A」を見つけ、そこへ玉を落とすと、たちまち落とし戸が開いて男が飛び出してきたといいます。それがほかでもないベルで、彼はドブソンを地下へ引きずり込み、以来今日まで、明るく照らされた豪華な部屋で暮らすことを強いられていたと明かします。ある日、若い男が駆け込んできて「秘密が暴かれた!」と叫んで去ったものの、ドブソンの姿には気づかなかったそうです。あるときベルが鍵を置き忘れたのを機に、ドブソンは蝋で型を取り、翌日それに合う鍵を削り出し、次の日ようやく鍵が合い、その翌日、つまり裁判の当日に脱出を果たしたのでした[1]。
判事が「では亡きジョウゼフ・バーンズは、なぜあなたにあの玉を落とさせたのか」と尋ねると、ドブソンは「私を陥れるためです。彼と弟のフランシス・バーンズは、長年にわたり私に対する企みを巡らせていました」と答えます。判事はただちに「フランシス・バーンズを捕らえよ!」と命じました。最終章では、フランシス・バーンズとジョン・ベルはともに終身刑を言い渡されます。ドブソンは娘に温かく迎えられますが、その娘はいつの間にかキング・ジョン夫人となっていました。リンディと共犯者は、犯罪的な逃走の幇助罪でニューゲート監獄への30日間の収監を言い渡され、物語は「The End. Price 25¢.」の一文で締めくくられます[1]。
読みどころと注目テーマ
場面転換を担う「さて、話を戻そう」
本作は12の章に分かれていますが、多くは数文で終わるほど短く、そのぶん場面転換が頻繁です。語り手は「Now let us return to the Dobson Mansion」「Now let us return to the station house」のように、ドブソン邸・北署・ケントの店を行き来するたびに読者へ直接呼びかけ、章題自体も「バーンズ家の墓所」「謎のベル氏」「西側の窓」のように次の展開を予告する見出しになっています。この繰り返しの呼びかけは、複数の場所で同時に進む出来事を短い紙幅で追うための工夫でしょう。
綴りと台詞に見える書き方の実験
原文には古風な綴りを装った「y e afternoone whenne」(第II章の書き出し)や、「dissapeared」「carraige」のような誤記がそのまま残っています。加えて第VII章の御者の台詞は、当時の大衆小説にしばしば見られた方言風の表記で綴られており、この人物の描写には現代の目で見て差別的と受け取られる要素が含まれます。これらは本文の記録として本記事でも触れていますが、内容の当否についての評価は行いません。時代がかった綴りと方言表記を使い分ける書き方そのものが、当時流通していた大衆小説の型をなぞろうとする試みだったことがうかがえます。
墓の下の仕掛けと「価格25セント」
物語の中心には、墓所の床の印「A」に玉を落とすと落とし戸が開き、地下に照明のついた部屋が現れるという仕掛けがあります。この隠し部屋と、蝋で型を取って鍵を複製するという脱出の手順は、秘密の抜け道や隠された住居を扱う冒険・探偵物語によく見られる道具立てです。最終行に添えられた「The End. Price 25¢.」という一文も、当時の廉価な物語誌の体裁を真似たものと読め、少年期のラヴクラフトが既存の大衆小説の様式を意識しながら一編を組み立てていたことを示しています。
執筆背景と影響
本作は1898年に執筆され、没後の1959年にArkham House刊『The Shuttered Room and Other Pieces』48–52ページで発表されました[2][3]。成立の経緯や、執筆の動機、他作品との関連については、公式アーカイブに記載がなく、当サイトでは確認していません。
出典
[1] H. P. Lovecraft, “The Mystery of the Grave-Yard” (本文). The H. P. Lovecraft Archive.https://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/mg.aspx本記事の引用・要約はすべてこの本文に基づきます。訳文は当サイトによる試訳です。
[2] “Lovecraft’s Fiction” (作品年譜). The H. P. Lovecraft Archive.https://www.hplovecraft.com/writings/fiction/執筆年(1898年)ほかの出典。
[3] “Data Page for ‘The Mystery of the Grave-Yard'” (作品情報・出版履歴). The H. P. Lovecraft Archive.https://www.hplovecraft.com/writings/fiction/mg.aspx初出『The Shuttered Room and Other Pieces』(Arkham House, 1959)48–52ページの出典。
