概要
『Arkham Horror: The Card Game』は、Fantasy Flight Games(FFG)が制作する協力型リビングカードゲーム(LCG)である。FFG公式ページは、本作を次のように紹介している[1]。
Arkham Horror: The Card Game is a cooperative Living Card Game® set amid a backdrop of Lovecraftian horror. As the Ancient Ones seek entry to our world, one to four investigators work to unravel arcane mysteries and conspiracies.
(訳: 『アーカムホラー: ザ・カードゲーム』は、ラヴクラフト的恐怖を背景に据えた協力型リビングカードゲームである。エンシェントワンがこの世界への侵入を試みる中、1人から4人の探索者たちが、秘められた謎と陰謀の解明に取り組む)
公式ページが表示する仕様は次のとおりである[1]。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| プレイ時間 | 1 – 2 hours(1〜2時間) |
| プレイ人数 | 1 – 4 players(1〜4人) |
| 対象年齢 | Ages 14+(14歳以上) |
同じページの導入コピーはこう続く[1]。
The boundaries between worlds have drawn perilously thin…
(訳: 世界と世界を隔てる境界は、恐ろしいほど薄くなりつつある……)
1回のプレイは2時間に満たない枠に収まる。だが後述するとおり、その結果は次のセッションへ、さらにキャンペーン全体へと持ち越されていく。
版元が掲げる一節
FFG公式ページは、製品紹介の文章より前に、ラヴクラフトの言葉とされる一節を掲げている[2]。
“The oldest and strongest emotion of mankind is fear, and the oldest and strongest kind of fear is fear of the unknown.”
–H.P. Lovecraft
(訳: 人類が抱く感情の中でもっとも古く、もっとも強いのは恐怖であり、恐怖の中でもっとも古く、もっとも強いのは、未知なるものへの恐怖である)
帰属の表記は「–H.P. Lovecraft」とあるだけで、この一節がラヴクラフトのどの文章から取られたものかは、公式ページのどこにも記されていない[2]。出典となった作品名を本稿が補うことはしない。分かるのは、FFGがこの言葉を製品の入り口に置き、プレイヤーを恐怖という感情そのものへ向き合わせようとしている、という事実だけである。
カードゲームとロールプレイングのあいだ
公式ページは、製品紹介の結びで次のように書く[1]。
Their efforts determine not only the course of your game, but carry forward throughout whole campaigns, challenging them to overcome their personal demons even as Arkham Horror: The Card Game blurs the distinction between the card game and roleplaying experiences.
(訳: 彼らの努力が左右するのは、その1回のゲームの展開だけではない。結果はキャンペーン全体を通じて持ち越され、探索者たちは自身の内なる悪魔と向き合っていくことになる――そうして『アーカムホラー: ザ・カードゲーム』は、カードゲームとロールプレイングの体験の境界を曖昧にしていく)
「blurs the distinction between the card game and roleplaying experiences」――これが公式による本作の自己定義である。カードゲームとロールプレイングという、本来別の棚に並ぶはずの2つの体験の境界が、あいまいになる。版元自身がそう言い切っている。
仕様のうえでは、本作はあくまでカードゲームの枠に収まる。1回のセッションは1〜2時間、参加人数は1〜4人[1]。TRPGとボードゲームの違いという観点で見れば、時間も人数もボードゲームに近い、扱いやすい数字である。
だが公式の言葉が指すのは、その1回では完結しない部分にある。「carry forward throughout whole campaigns(キャンペーン全体を通じて持ち越される)」という一節は、探索者たちの努力の結果――挑んだ末に得たもの、あるいは失ったもの――が、次のシナリオ、さらにその次のシナリオへと引き継がれることを示す。1〜2時間という枠の中で完結するのはその日のシナリオだけで、探索者自身の物語は、キャンペーンという単位でしか完結しない。
キャンペーンという単位
「キャンペーン全体を通じて持ち越される」という一節を裏づけるのが、FFG公式ページの「Support」欄である。ここには、キャンペーンごとのルール文書がPDFで並んでおり、名前と更新日が一覧になっている[3]。以下はその掲載順である。これは文書の更新日であって、製品や拡張自体の発売日ではない[3]。
- Arkham Horror: The Card Game – Learn to Play(2025年2月12日)
- Arkham Horror: The Card Game Rules Reference(2021年12月15日)
- Night of the Zealot Campaign Rules(2017年3月20日)
- Return to the Night of the Zealot Campaign Rules(2018年7月10日)
- The Dunwich Legacy Investigator Rules(2023年3月24日)/ The Dunwich Legacy Campaign Rules(2023年1月9日)
- Return to the Dunwich Legacy Campaign Rules(2019年1月10日)
- The Path to Carcosa Investigator Rules(2022年6月6日)/ The Path to Carcosa Campaign Rules(2023年1月9日)
- Return to the Path to Carcosa Campaign Rules(2019年9月17日)
- The Forgotten Age Investigator Rules(2023年3月24日)/ The Forgotten Age Campaign Rules(2023年3月20日)
- Return to the Forgotten Age Campaign Rules(2020年10月16日)
- The Circle Undone Investigator Rules(2023年7月19日)/ The Circle Undone Campaign Rules(2023年7月19日)
- Return to the Circle Undone Campaign Rules(2021年11月10日)
- Edge of the Earth Investigator Rules(2023年3月24日)/ Edge of the Earth Campaign Rules(2023年1月9日)
- The Scarlet Keys Investigator Rules(2023年3月28日)
- Arkham Grimoire v1.1(2026年7月21日)
この並びだけで、いくつかのことが読み取れる。
まず、シナリオが単発ではなく、名前を持った「キャンペーン」という単位で設計されていること。Night of the Zealot、The Dunwich Legacy、The Path to Carcosa、The Forgotten Age、The Circle Undone、Edge of the Earthと、固有名を持つ塊がいくつも並ぶ[3]。
次に、多くのキャンペーンに「Return to ~」という文書が別途存在すること。Night of the Zealot、Dunwich Legacy、Path to Carcosa、Forgotten Age、Circle Undoneのいずれにも、対応する「Return to」文書がある[3]。名前が示すとおり、一度探索したはずの舞台に、後から戻る仕組みが用意されていることがうかがえる。
さらに、The Dunwich Legacy以降のキャンペーンでは、「Investigator Rules」と「Campaign Rules」が別文書として配布されている[3]。探索者側の追加ルールと、キャンペーン(シナリオ)側のルールが、それぞれ独立した文書として並ぶ構成である。
TRPGとボードゲームの違いが扱うとおり、TRPGは複数セッションにまたがるキャンペーンを前提に設計されることが多い。本作の「Support」欄に並ぶ文書の構成――名前を持つキャンペーン、その続きにあたる「Return to」文書、探索者側とシナリオ側に分かれたルール――は、単発で完結するボードゲームの設計とは違う組み立てを映している。
日本語版
日本語版は、アークライトが「アーカムホラー ザ・カードゲーム 完全日本語版」として発売している。アークライト公式サイトには、2018年1月17日付のエラッタが掲載されている[4]。
エラッタの内容は次のとおりである(原文ママ)[4]。
●ビギナーズガイド P16 「誘発起動」 誤:誘発起動 正:リアクション起動●ビギナーズガイド P16 「誘発起動」の説明文 誤:1手番中に1回だけ起動できます。 正:その条件が満たされるごとに1回行えます。
修正内容は2点ある。ルール用語「誘発起動」を「リアクション起動」へ改める訂正と、その発動条件を「1手番中に1回だけ」から「その条件が満たされるごとに1回」へ改める訂正である。用語と発動条件、両方の訂正が同時に公開されている[4]。
原典との距離(神話の三層のどこに立つか)
当サイトの神話の三層(原典1917-1937/ダーレス以降1939-/TRPGによる拡張1981-)に照らすと、本作の位置づけは一様ではない。
ゲームとしての仕組み――デッキ構築、キャンペーンを通じた探索者の持ち越し、シナリオごとに分かれたルール文書――は、TRPGのキャンペーン構造を翻案したものであり、第3層(TRPGによる拡張)に属する。姉妹作であるマンション・オブ・マッドネス 第2版や、あるいはクトゥルフの呼び声TRPGそのものと、同じ層に立つ。
一方で、公式ページの冒頭に掲げられた題辞は、ラヴクラフト自身の言葉を掲げることで、第1層(原典)へ直接つながろうとする身振りを見せている。ただし、その一節がどの作品から取られたものかは公式ページに明記されておらず、本稿はその特定を行わない[2]。
キャンペーン名にも、原典との結びつきを読み取れる箇所がある。第2弾のキャンペーンは「The Dunwich Legacy」と名づけられており、これはラヴクラフト「ダニッチの怪」と同じダニッチ(Dunwich)の地名を冠している[3]。本作の名称そのものにアーカムの名が入っている点も、原典の地誌との結びつきを示している。
まとめると、ゲームの骨格は第3層、題辞やキャンペーン名の一部は第1層への参照――両方が同じ製品の中に同居している。
関連記事
- TRPGとボードゲームの違い — 本作が「区別を曖昧にする」と自称する、その両者の違いを扱う記事
- マンション・オブ・マッドネス 第2版 — 同じFFG系列で、建物内を舞台にした協力型ボードゲーム
- クトゥルフの呼び声TRPG — 本作がロールプレイングの体験に近づこうとする、その原型にあたるTRPG
- アーカム — 本作の名称に冠された、ラヴクラフト原典の架空都市
- ダニッチの怪 — キャンペーン「The Dunwich Legacy」が地名を借りた原作
- 神話の三層 — 原典/ダーレス以降/TRPGによる拡張という、当サイトの分類軸
出典
- [1] Fantasy Flight Games公式「Arkham Horror: The Card Game」製品ページの製品紹介文・仕様表示(プレイ時間 1–2 hours・プレイ人数 1–4 players・対象年齢 Ages 14+)を確認 — Fantasy Flight Games公式サイト「Arkham Horror: The Card Game」(取得日 2026-09-19) — https://www.fantasyflightgames.com/en/products/arkham-horror-the-card-game/ ↩
- [2] 同ページ冒頭に掲げられたラヴクラフトの題辞(帰属表記は「–H.P. Lovecraft」のみで出典作品名の記載なし)を確認 — Fantasy Flight Games公式サイト「Arkham Horror: The Card Game」(取得日 2026-09-19) — https://www.fantasyflightgames.com/en/products/arkham-horror-the-card-game/ ↩
- [3] 同ページ「Support」欄に並ぶキャンペーンごとのルール文書一覧(名称・更新日)を確認 — Fantasy Flight Games公式サイト「Arkham Horror: The Card Game」(取得日 2026-09-19) — https://www.fantasyflightgames.com/en/products/arkham-horror-the-card-game/ ↩
- [4] 「アーカムホラー ザ・カードゲーム 完全日本語版」の2018年1月17日付エラッタ本文を確認 — アークライト公式サイト「アーカムホラー・ザ・カードゲーム」(取得日 2026-09-19) — https://arclightgames.jp/%e3%80%90%e3%82%a8%e3%83%a9%e3%83%83%e3%82%bf%e3%80%91%e3%82%a2%e3%83%bc%e3%82%ab%e3%83%a0%e3%83%9b%e3%83%a9%e3%83%bc-%e3%82%b6%e3%82%ab%e3%83%bc%e3%83%89%e3%82%b2%e3%83%bc%e3%83%a0/ ↩

