書籍(ドイツ語・ハードカバー、全編フルカラー挿絵、2026年9月16日発売予定) — The Colour Out of Space (illustrated by Salvador Sanz)

Die Farbe aus dem All(サルバドール・サンス挿絵版)

独Anaconda Verlagが2026年9月16日に刊行した、ラヴクラフト「宇宙からの色」の全編フルカラー挿絵版。原文が「既知のどの色でもない」と書くことで恐怖を成立させた対象を、絵は必ず一色に決めて塗ってしまう。版元の商品ページは訳者クレジットを「スペイン語から」と記し、原題と原版元にもスペイン語圏のものを挙げている。

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新潮文庫『インスマスの影 クトゥルー神話傑作選』(南條竹則編訳)。本書が挿絵をつけた「宇宙からの色」を、「異次元の色彩」の題で収録している(新潮社公式の目次で確認)。

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概要

独Anaconda Verlag(Penguin Random House Verlagsgruppe傘下)は、H・P・ラヴクラフト「宇宙からの色」の挿絵版『Die Farbe aus dem All. Illustriert von Salvador Sanz』を2026年9月16日に刊行する。Penguin Random House公式商品ページによれば、判型はハードカバー(Pappband)80ページ、サイズ17.0×24.0cm、価格9,95ユーロ、ISBNは978-3-7306-1599-7(EAN 9783730615997)、全編を四色印刷(durchgehend vierfarbig illustriert)で仕上げた版であるという[1]。小売サイトLangerBlomqvistの商品ページでも、同じISBN・価格・発売日・仕様が確認できる[2]。

この版の成り立ちは、単純な「ラヴクラフトの英語原文にドイツの版元が新規に挿絵を発注した」という話ではない。公式ページは原題(Originaltitel)を”El color que cayó del cielo”(スペイン語)、原版元(Originalverlag)をLibros del Zorro Rojoと記載し、訳者クレジットを「Übersetzung: Aus dem Spanischen von Florian F. Marzin」(フローリアン・F・マルツィンによるスペイン語からの翻訳)としている[1]。つまりこの独語版は、アルゼンチンのイラストレーター、サルバドール・サンスの絵とともにまずスペイン語圏で出版された挿絵版を、独語へ改めて訳し下ろしたものである。公式ページのAuflage/Ausgabe欄は「Deutsche Erstausgabe」(ドイツ語初版)としている。原題と原版元がスペイン語圏のものとして併記されている以上、これは作品の独語初訳という意味ではなく、このサンス挿絵版が独語で出るのが初めてだという意味に読むのが自然である。ただし、この中編の独語訳がこれまでに何種類出ているかは、当サイトでは確認していない。

イラストレーターのサルバドール・サンスについて、公式ページの著者紹介は「1975年ブエノスアイレス生まれのアルゼンチンの漫画家・イラストレーター。Legión、Nocturno、Ángela della Morte、El Esqueletoといった国際的に出版された作品で知られ、受賞歴のあるアニメーション短編Gorgonasも手がけた」と記す[1]。訳者フローリアン・F・マルツィンについては、同じページが「1953年フランクフルト・アム・マイン生まれ。ドイツのジャーナリスト・作家で、SF・ファンタジー分野の編集者を長く務めた。文学・政治学・法学を学んだのち幻想文学で博士号を取得し、1987年から1995年まで(パルプ雑誌の)編集長を務めた」と紹介している[1]。

どんな作品か

公式ページの紹介文は次のようにあらすじを要約する。アーカムの裏手、ニューイングランドの片田舎にあるガードナー家の農場の庭に、小さな隕石が落ちてくる。隕石は宇宙の彼方から来たとしか思えない代物で、駆けつけた科学者たちを当惑させる。すぐに消え去ってしまい、痕跡すら残さないからだ。だがそれから、葉や花の色に何かが起こり、果実の味は変わり、森の動物たちのすばしこい動きには異界的で恐ろしい性質が忍び込んでいく。ガードナー一家は正気と命を懸けて戦うことになる、という筋立てである[1]。

紹介文は本書のことを「Lovecrafts vielleicht brutalste Geschichte」(ラヴクラフトの、おそらく最も過酷な物語)という惹句で形容している[1]。ただしこれは版元の販促コピーであって、ラヴクラフト自身がこの作品を自作中でどう位置づけていたかを示す一次資料ではない。当サイトでは、この評価をラヴクラフト自身の書簡等で裏付ける一次資料を確認できておらず、あくまで販促表現として扱う。

紹介文はさらに、独語版の帯にあたる一節として、ネイハム・ガードナーの台詞を引く。「Nur eine Farbe … ihr Gesicht nimmt manchmal nachts die Farbe an … und es brennt und saugt … es kommt von einem Ort, wo die Dinge nicht sind wie hier …」(ただ一つの色……彼女の顔は夜になると時々あの色を帯びる……そしてそれは燃え、吸う……それはここにあるものとは違う場所から来る)というものである[1][2]。この一節については、後段の分析節で英語原文と突き合わせる。

描写を拒む色を、絵にするとどうなるか

「宇宙からの色」という作品の恐怖は、色そのものを名指さないところに立っている。当サイトが実際にhplovecraft.com公式アーカイブの本文で確認したところ、隕石から採取された物質を分光器にかけた場面で、原文は次のように書く。”it displayed shining bands unlike any known colours of the normal spectrum”(それは通常のスペクトルにおけるいかなる既知の色とも異なる、輝く帯を示した)[3]。続けて、隕石の内部から見つかった球体の色について、原文はこう続ける。”The colour, which resembled some of the bands in the meteor’s strange spectrum, was almost impossible to describe; and it was only by analogy that they called it colour at all.”(その色は、隕石の奇妙なスペクトルに見られた帯のいくつかに似ていたが、ほとんど描写不可能であり、彼らがそれをそもそも色と呼んだのも類推によるものにすぎなかった)[3]。そして物語の最後、井戸の底に潜むものの気配を語り手が振り返る場面では、”It was just a colour—but not any colour of our earth or heavens.”(それはただの色だった――だがこの地上の、あるいは天上のいかなる色でもなかった)と結ばれる[3]。

三つの引用に共通するのは、色を名指すことそのものへの拒絶である。既知のスペクトルに属さない、類推でしか色と呼べない、地上にも天上にも属さない――原文は一貫して、読者の脳内にある色のリストのどこにも対応先を与えない書き方を選んでいる。恐怖の実体は最後まで、読者それぞれの想像に委ねられたまま明かされない。

全編フルカラー、しかも「ganzseitige Illustrationen」(全ページ大の挿絵)と銘打つ挿絵版は、この構造とまっすぐに衝突する。印刷である以上、サンスは何らかのインクの組み合わせを選び、紙の上にその色を定着させなければならない。原文が意図的に開いたままにしていた空白を、挿絵は必ず一つの答えで埋めることになる。これは挿絵の巧拙の問題ではない。全編カラーという企画そのものが、原文の否定神学的な色彩描写を、肯定形の絵具に変換するという不可逆な選択を含んでいる。

この課題に先に取り組んだ例が、当サイトにもう一本ある。田辺剛による漫画化『異世界の色彩 ラヴクラフト傑作集』である。同じ原作を絵にする試みでありながら、全編四色印刷を仕様として掲げるかどうかで、作り手に残される逃げ道の広さは変わる。色を刷らずに構図や描線で主題を示す余地があるのか、それとも全ページに色が乗る前提で設計するのか。サンス版は後者を企画の時点で選んでいる。読み比べると、原文の空白に対する二つの異なる態度が見えてくるはずだ。

二重の翻訳を経て届く独語版

この独語版のもう一つの特徴は、翻訳の経路である。公式ページの記載を素直に読めば、テキストの流れは英語原文(1927年執筆)→スペイン語版(Libros del Zorro Rojo、翻訳者・刊行年とも当サイトでは未確認)→独語版(フローリアン・F・マルツィン訳、2026年)という二段階を経ている。マルツィンの訳文がどこまで英語原文を参照し、どこまでスペイン語版に依拠しているかは、公式ページの「Aus dem Spanischen von」(スペイン語から)という表記以上のことは確認できない。

この二段階を具体的に確かめられる箇所が一つある。先に引いたネイハム・ガードナーの台詞である。当サイトがhplovecraft.com公式アーカイブで原文を探したところ、対応すると見られる箇所が終盤に見つかった。ネイハムの最期の言葉として、原文はこう書く。”jest a colour . . . her face is gettin’ to hev that colour sometimes towards night . . . an’ it burns an’ sucks . . . it come from some place whar things ain’t as they is here”(ただの色だ……彼女の顔はな、夜になるとその色を帯びてくることがあるんだ……そしてそれは燃えて、吸うんだ……それはここにあるものとは違う場所から来る)[3]。独語版の惹句「Nur eine Farbe … ihr Gesicht nimmt manchmal nachts die Farbe an … und es brennt und saugt … es kommt von einem Ort, wo die Dinge nicht sind wie hier …」は、内容の対応関係だけを見れば、この原文の一節をほぼそのままなぞっている[1][2][3]。

ただし両者には無視できない違いが一つある。原文のこの台詞は、”jest”「ain’t」「whar」「hev」といった綴りで示される、ニューイングランドの田舎訛りの発話として書かれている。ラヴクラフトはこの中編を通じて、ネイハムの言葉遣いを標準英語から徐々に崩していくことで、彼の肉体そのものが崩壊していく様を音として再現している。対して独語の惹句は、訛りの再現を伴わない標準的な書き言葉のドイツ語である。これは販促用の引用一文だけを比較した結果であり、本文全体の訳文がネイハムの訛りをどう処理しているかは、当サイトでは実物を確認できていない。それでも、少なくとも表紙に掲げられる一文の水準では、原文が仕込んだ「言葉そのものの崩壊」という効果は、スペイン語を経由した独語の惹句には残っていないように見える。

神話の三層のどこに立つか

当サイトが三層構造の記事で整理した区分に沿えば、「宇宙からの色」という物語そのものは第1層(ラヴクラフト原典、1917-1937年)に属する。この点、独語版が伝えるテキストの内容自体はあくまで第1層の産物であり、後続作家が設定を書き足した第2層や、TRPGが体系化した第3層とは性質が異なる。

一方で、この版を成り立たせている挿絵と翻訳という二つの作業は、原典のテキストそのものではないという意味で、原典に対する一種の解釈行為である。原文が名指すことを拒んだ色を絵として確定させる作業も、訛りを標準語に均して他言語へ運ぶ翻訳という作業も、いずれも第1層のテキストに手を加えずに済ませることはできない。当サイトの「宇宙からの色」(存在としての記事)で扱った「実体として名指せない何か」という主題を踏まえれば、この版は原典の言葉を保ちながらも、絵と訳文という二重の解釈のフィルターを通して読者に届く一冊だと言える。原典そのものではなく、原典の上に薄く重なった解釈の層――ダーレスやTRPGが行う設定の拡張とは違う種類の、しかし確かに存在する層を伴っている。

なお、当サイトの記事で確認した通り、「宇宙からの色」の舞台であるガードナー家の農場やアーカム近郊の谷という設定は、ラヴクラフト自身の家族史を反映しているのではないかという研究上の議論が、2026年になって新たな一次資料の公開とともに再燃している。挿絵版というかたちで作品が新たな読者層に届く時期と、作品の成立事情そのものを問い直す研究が進む時期が重なっているのは、偶然ではあるが記録しておく価値がある。

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出典

  • [1] Penguin Random House Verlagsgruppe(Anaconda Verlag)公式商品ページ「Die Farbe aus dem All. Illustriert von Salvador Sanz」(2026年9月13日確認)。ISBN978-3-7306-1599-7、価格9,95ユーロ、発売日2026年9月16日、ハードカバー80ページ・17.0×24.0cm・全編四色印刷であること、原題”El color que cayó del cielo”、原版元Libros del Zorro Rojo、訳者フローリアン・F・マルツィン(スペイン語からの翻訳)、イラストレーターがサルバドール・サンス(1975年ブエノスアイレス生まれ)であること、マルツィンの経歴(1953年フランクフルト・アム・マイン生まれ)、ネイハム・ガードナーの台詞の引用、あらすじ、「Lovecrafts vielleicht brutalste Geschichte」という販促文言を確認。https://www.penguin.de/buecher/h-p-lovecraft-die-farbe-aus-dem-all-illustriert-von-salvador-san/buch/9783730615997 ↩
  • [2] 独小売サイトLangerBlomqvist商品ページ「Die Farbe aus dem All. Illustriert von Salvador Sanz」(2026年9月13日確認)。ISBN・価格9,95ユーロ・発売日2026年9月16日・ハードカバー・全編四色印刷・版元Anaconda Verlag GmbH・製造元Penguin Random House Verlagsgruppe GmbH(ミュンヘン)であることと、ネイハム・ガードナーの台詞の引用が[1]と同一であることを確認。https://www.langer-blomqvist.de/die-farbe-aus-dem-all-illustriert-von-salvador-sanz-lovecraft-h-p-anaconda-verlag-gmbh-9783730615997.html ↩
  • [3] H. P. Lovecraft, “The Colour out of Space”、公式アーカイブhplovecraft.com本文ページ(2026年9月13日確認)。隕石を分光器にかけた場面で”unlike any known colours of the normal spectrum”、隕石内部の球体について”The colour…was almost impossible to describe; and it was only by analogy that they called it colour at all.”、終盤で”It was just a colour—but not any colour of our earth or heavens.”という記述があること、ネイハム・ガードナーの最期の台詞に”jest a colour…her face is gettin’ to hev that colour sometimes towards night…an’ it burns an’ sucks…it come from some place whar things ain’t as they is here”という一節があることを確認。https://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/cs.aspx ↩

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