概要
エリザベス・ベアによる中編小説「Shoggoths in Bloom」は、2008年3月号の『アシモフズ・サイエンス・フィクション』誌に初出し、2009年のヒューゴー賞中編部門を受賞した。日本では中村融の翻訳により「ショゴス開花」の邦題で『S-Fマガジン』2010年5月号に掲載されている。物語の舞台は1938年、ナチスによるクリスタルナハトの報道が新聞に流れる時代のメイン州沿岸の村。黒人の大学教授ポール・ハーディングが、沿岸に群生する謎めいた生物「ショゴス」の生態調査のためこの地を訪れ、その正体と存在意義をめぐる重い決断を迫られていく。
クトゥルフ神話との関係
表題の「ショゴス」は、ラヴクラフトの中編「狂気の山脈にて」で本格的に描かれた、可塑性を持つ無定形の労働生物である。原典ではショゴスは太古の種族(古のもの)によって創造された奴隷生物であり、人類には未知の存在として描かれる。本作はこの設定を引き継ぎつつ、ショゴスが「実は昔から人間社会に知られていた生物」であるという独自の改変を加えている点が最大の特徴である。コズミックホラーの系譜に連なる「未知なる存在との遭遇」というテーマを保持しながら、その恐怖の質を人種差別・優生学という同時代の現実の暴力と重ね合わせて描く。
独自の要素・原典との違い
ラヴクラフト原典のショゴスが徹底して「見てはならない、理解してはならない」畏怖の対象として扱われるのに対し、本作は生物学的観察対象としてのショゴスの生態——発光・分裂・共生関係——を丹念に描写し、疑似科学的な博物誌としての面白さを持つ。訳者の中村融は、ベアがラヴクラフトの記述を踏まえて独自の博物学を着想し、ショゴスを人種問題のメタファーとして用いた点を指摘している。1930年代アメリカの人種隔離とファシズムの台頭という歴史的文脈を、無定形の他者=ショゴスというラヴクラフト的形象に重ね合わせ、原典の排外的な恐怖のイメージを批評的に転倒させている点が本作独自の達成である。

