概要
本作は2023年に刊行された、マット・ラフ(Matt Ruff)による長編小説。2016年の『Lovecraft Country』の続編であり、著者にとって初めての続編作品でもある。舞台は1957年夏のアメリカ。前作の主人公アティカス・ターナーとその父モントローズは、先祖が奴隷制から脱走した出来事の百周年を記念してノースカロライナへ向かう道中、因縁の相手と再び対峙することになる。一方シカゴでは、ジョージ・ベリーが末期の病を宣告され、亡霊ハイラム・ウィンスロップから「取引」を持ちかけられる。さらにジョージの息子ホレスは、母ヒッポリタとその友人と共にネバダへの旅に出るが、そこにはヒッポリタ自身が抱える、宇宙の果てにまで及ぶ秘めた計画が絡んでくる。前作の登場人物たちのその後を、独立して読める形で描いた作品である。
クトゥルフ神話との関係
前作同様、本作もラヴクラフトが創造した宇宙的恐怖の意匠——名状しがたい存在、禁断の書物、常軌を逸した秘密結社——を借用しながら、それをジム・クロウ時代からポスト公民権運動期にかけてのアメリカにおける人種差別という、極めて現実的な恐怖と重ね合わせる構造を踏襲している。ラヴクラフト自身の人種観に対する批評的な視座を保ちながら、彼が生み出した宇宙的恐怖の語法を、抑圧された側の物語を語るための道具として転用している点は前作から一貫したシリーズの根幹である。
独自の要素・原典との違い
前作が複数の短編的挿話を積み重ねるオムニバス的構成だったのに対し、本作はより緊密に絡み合った三つの家族の物語を並行して描き、それぞれが異なる形で「死」や「契約」というテーマに向き合う構成を取っている。著者自身、続編を書く予定がなかったにもかかわらず登場人物たちへの愛着から本作を書いたと述べており、前作の設定・キャラクターへの深い理解を前提としながらも、単体でも完結して読めるよう配慮された作りになっている点が特徴である。ラヴクラフト作品からの引用・オマージュも前作以上に多岐にわたり、シリーズを通じて「誰の物語として神話を語るか」という問いをさらに先鋭化させている。
