概要(2〜3行)
ジンの穴蔵は、幻夢境の地底、グーグ族の都のすぐ外にある墓地に隣接し、切り立った崖の根方に口を開ける洞窟である[10]。光を浴びれば死ぬガストの棲み処であり、追放されて食を絶たれたグーグ族が、この暗闇の中でガストを狩って糧としている[3][10]。原典が穴蔵の内部そのものを描くことは一度もなく、その姿は常に入口の外から、あるいは伝聞・噂として語られるにとどまる。
基本プロフィール(表で可)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 分類 | 地名(幻夢境の地底の穴蔵) |
| 欧文表記 | the vaults of Zin |
| 初出 | 「未知なるカダスを夢に求めて」(1926年秋?〜1927年1月22日執筆[26]/1943年、アーカム・ハウスの作品集『Beyond the Wall of Sleep』で刊行[26]) |
| 位置 | グーグ族の都の外にある墓地に隣接し、コスの塔から遠くない[6][10]。プナースの谷に接する地底の一角にあたる[11] |
| 入口の姿 | 墓地の正面、切り立った断崖の根方に開く、巨大で不気味な洞窟[10] |
| 住人 | ガスト。光の下では死ぬ原始的な獣で、長い後脚でカンガルーのように跳ねる[3] |
| 対抗者 | グーグ族。狭まった場所に見張りを置き、暗闇の中でガストを狩る[9][20] |
| 見張りの弱点 | 居眠りしがちで、ガストの一団に不意を突かれることがある[9] |
| 光の条件 | 完全な暗闇。ガストは本物の光では生きられないが、深淵の灰色の薄明なら何時間も耐える[9] |
| カーター自身の到達 | 一度もない。原典に描かれるのは入口の外の出来事と、噂だけである |
| レンの修道院との関係 | 噂によれば、修道院の祭壇の間にある井戸が地下深くこの穴蔵へ通じているとされる[22]。ただしこれは「噂(rumour)」であり、原典が確定した事実として書いているわけではない |
| 原典での言及回数 | 本文中 “vaults of Zin”(大文字小文字を区別せず、”Zin” 単独も含む)6回(当サイトが hplovecraft.com の本文を実測) |
原典での描写
ジンの穴蔵が登場するラヴクラフト作品は「未知なるカダスを夢に求めて」一作に限られる。当サイトは hplovecraft.com が公開する本文を機械的に検索し、”Zin” という語が現れるのがこの一作だけで、しかも常に「vaults of Zin」という同じ組み合わせで6回現れることを確認している。
深淵にて ── ピックマンが語る地誌と、グーグ族の追放
読者がこの地名に最初に触れるのは、地下の食屍鬼の領域である。食屍鬼と化した旧友ピックマンは、ランドルフ・カーターに地底の地誌を語って聞かせる。グーグ族はかつて魔法の森に石の環を立て、外なる神々とニャルラトホテプへ奇怪な供物を捧げていたが、ある夜その行いが地上の神々の耳に届き、地下の洞窟へ追放された[1]。鉄の輪の付いた石の大きな落とし戸が一つだけ、地の食屍鬼の深淵と魔法の森とをつないでおり、呪いのためグーグ族自身はこれを開けることを恐れている[2]。
この説明のなかで、ジンの穴蔵は種族の食性の変化として語られる。死すべき夢見人はかつてグーグ族の食料であり、その美味しさを語る伝説が今も残っているが、追放によって彼らの食は、光の下で死ぬ忌まわしい生き物――ジンの穴蔵に棲み、長い後脚でカンガルーのように跳ねるガスト――に限られてしまった[3]。つまりこの地名は、最初は「場所」としてではなく、グーグ族の食料事情を説明する語として持ち出される。
ピックマンはカーターに、サルコマンドで深淵を離れるか、墓地を抜けて目覚めの世界へ戻って旅をやり直すかを勧めた。だがカーターはこの助言に従わなかった。レンからウース=ナルガイへの道を何も知らなかったし、この夢でここまで得たものを忘れてしまうことを恐れて、目覚めることにも気が進まなかったからである[4]。説得を重ねた末、食屍鬼はグーグ族の王国の大城壁の内側まで客を案内することを承知した。巨人たちがみな腹を満たして室内でいびきをかいている時刻を選べば、円塔の並ぶ薄明の領域を忍び抜け、コスの印を掲げた中央の塔――魔法の森のあの石の落とし戸へ通じる階段を持つ塔――へたどり着ける見込みが一つだけあった[5]。ジンの穴蔵は、この迂回路の途上で初めて具体的な障害として姿を現す。
墓地脇の洞窟 ── 穴蔵の入口とプナースの谷
ピックマンは道順とともに危険も告げる。彼らはしかるべき坑道を通ってグーグ族の都へ至り、階段を擁するコスの塔から遠くない墓地に出る手はずだった[6]。ただし、墓地の近くにある大きな洞窟には用心しなければならない。そこがジンの穴蔵の入口であり、執念深いガストが、自分たちを狩って餌食にするグーグ族を、常にそこで殺意を持って見張っているからだ[7]。ガストはグーグ族が眠っている隙に出てこようとする。見境がないので、食屍鬼にもグーグ族と同じように襲いかかる。彼らはひどく原始的で、互いに共食いもする[8]。グーグ族はこの穴蔵の狭まった場所に見張りを置いているが、居眠りしていることが多く、ときにガストの一団に不意を突かれる。ガストは本物の光の下では生きられないが、深淵の灰色の薄明なら何時間も耐えられる[9]。
三体の食屍鬼に助けられ、カーターは古い墓石を担いで坑道を這い進み、実際にこの墓地へ出る。真正面、墓地のすぐ外には切り立った断崖がそそり立ち、その根方には巨大で不気味な洞窟が口を開けていた。食屍鬼たちはカーターに、できる限りこれを避けるよう告げた。そこが、グーグ族が闇の中でガストを狩る、忌まわしいジンの穴蔵への入口だったからである[10]。カーターはこのとき、プナースの谷で足下に時おり感じていた巨人の骨の正体を理解した[11]。この一文は、ジンの穴蔵の入口が、巨大な骨に覆われた地底の谷――ボールという生き物が這い回るとされる場所[24]――と地続きの土地にあることを示している。
洞窟口の死闘 ── ガストの群れと目覚めたグーグ族の見張り
原典がジンの穴蔵についてもっとも長く筆を割くのは、この墓地脇での戦闘場面である。食屍鬼の一人が、グーグ族の休息の刻限を正しく見計らえたかを確かめようと塔の方へ忍び寄りはじめたその時、洞窟の口の薄闇に、黄赤色の目が一対、また一対と光った。グーグ族の見張りが一人減っていること、そしてガストが実に鋭い嗅覚を持つことを示す光景だった[12]。
やがて、小馬ほどの大きさの何かが灰色の薄明の中へ跳び出してきた。カーターはその疥癬まみれの不健全な獣の姿に胸が悪くなった。鼻も額もその他の大事な部分も欠いているというのに、その顔つきは奇妙なまでに人間じみていた[13]。まもなく他の三頭のガストが跳び出して仲間に加わった。食屍鬼の一人がカーターに、彼らに戦傷が無いのは悪い徴だと低くグリバーした。それは彼らがグーグ族の見張りとまったく戦わず、眠っている隙にすり抜けただけであることを示しており、力も獰猛さもまだ損なわれていないということだった[14]。
洞窟からはやがて、幅たっぷり二フィート半、恐るべき鉤爪を備えた一本の前脚が現れた。続いてもう一本の前脚が現れ、その後ろに、短い下腕で両の前脚をつなげた黒い毛皮の太い腕が続いた。やがて二つの桃色の目が光り、樽ほどの大きさをした、目覚めたグーグ族の見張りの頭がぐらぐらと現れた。目は左右それぞれ二インチ突き出し、粗い毛に覆われた骨の隆起に縁取られている。だがこの頭が何よりも恐ろしいのは、その口のせいだった。大きな黄色い牙を持つその口は、頭の天辺から底まで走り、横ではなく縦に開いた[15]。カーターは一瞬、それが警報を発して一族すべてを目覚めさせるのではと恐れたが、食屍鬼の一人が、グーグ族には声が無く、表情によって言葉を交わすのだと低くグリバーした[16]。
四方から、毒々しいガストの群れが這い進むグーグ族へ狂ったように殺到し、鼻面で噛みつき引き裂き、硬く尖った蹄で殺意を持って打ちのめした。やがて騒ぎは闇の中へすっかり退いて見えなくなり、時おり邪悪な反響だけがそれの続いていることを告げた[17]。カーターたちはこの隙に、モノリスの森を抜けてグーグ族の都の暗い街路へ進む。原典がジンの穴蔵の内部そのものを描くのはここまでであり、以後の戦闘の結末は闇の向こうに退いたまま語られない。
コスの塔を昇りながら ── 光の無い狩りに慣れた巨人
グーグ族の都を抜けたカーターたちは、他のどれよりも巨大な一つの塔の前に出る。その巨大な戸口の上には、意味も分からぬまま身震いさせる怪物じみた紋章が浅浮彫で嵌め込まれていた。これがコスの印を掲げた中央の塔であり、その内部の薄闇にかろうじて見える巨大な石段こそ、上の幻夢境と魔法の森へ通じる大階段の始まりだった[18]。階段はグーグ族のために作られているため一段がおよそ一ヤードの高さもあり、その途方もない大きさが上ることをほとんど不可能にしていた[19]。
この長い昇りのあいだ、原典はジンの穴蔵に最後にもう一度触れる。大股で歩くあの巨人たちは、ジンの穴蔵でのガスト狩りによって光無しで見ることに慣れているのだから、あの巨石の階段の上で、自分たちより小さく遅い獲物に追いつくのにさして時はかからないだろう、とカーターは案じる[20]。つまり、グーグ族の暗闇での俊敏さの由来が、ジンの穴蔵での日常の狩りに求められている。この一文をもって、原典はジンの穴蔵そのものへの言及を一度打ち切る。
レンの祭壇の間 ── 噂に語られるもう一つの入口
物語の終盤、レンの高原を横切ってカダスへ向かうカーターは、細目の商人に窓の無い石造修道院へ連行される。案内された先は、壁面にぞっとするような浅浮彫が刻まれた大きなドーム状の空間で、その中央には、六つの禍々しく汚れた石の祭壇に円状に囲まれた、大きく口を開けた円い縦坑があった[21]。この修道院の回廊の壁画が、かつてのサルコマンドの姿を伝えていることは、当サイトの別記事で扱っている。
金の玉座に座る「言い表せない高僧」の正体を見て取ったカーターは、恐怖の発作から、案内してきた細目の商人を凄まじく突き飛ばす。それまでずっと受け身だったカーターは、恐怖のもたらす狂おしい力を込めてその男を突き飛ばした。犠牲者はたちまち、グーグ族が闇の中でガストを狩るという地獄のようなジンの穴蔵まで下ると噂される、あの大きく口を開けた井戸へ転落した[22]。
原典がここで使う語は「rumour holds(噂が言うところでは)」であり、断定ではない。カーター自身も、この井戸が実際にジンの穴蔵へ通じているかどうかを確かめたわけではない。しかもカーター自身がこのあと祭壇の間を抜け出て転げ落ちる先は、この祭壇の縦坑とは別の通路である。ある瞬間まで、彼はほとんど平らな場所の滑る床の上をゆっくりと手探りしていた。だが次の瞬間には、ほとんど垂直としか思えない坑道を、暗闇の中を目もくらむ速さで下へ落ちていた[23]。この坑道の先で彼が降り立つのは、サルコマンドの廃墟である。つまり、修道院の祭壇の縦坑(噂によればジンの穴蔵へ通じる)と、カーター自身が滑り落ちた坑道(実際にサルコマンドへ通じていた)とは、原典の文面上、別の通路として描かれている。両者を同じ穴と読む根拠は原典に無い。
由来・モデル
「ジン(Zin)」という名の由来や語源を説明する記述は、原典本文にも、当サイトが確認した hplovecraft.com の作品資料にも見当たらない。この地名がグーグ族やガストの命名とどう関係するのか、あるいは実在の地名・語からの着想があるのかについても、原典に根拠となる記述は無い。未確認のまま残す。
原典が与えているのは、作中世界の内側での位置づけだけである。ジンの穴蔵は常に「grim(峻厳な)」「hellish(地獄のような)」「unhallowed(忌まわしい、清められていない)」といった形容とともに語られ[3][10][22]、名指しされるたびに危険と結び付けられる。カーターやピックマン、食屍鬼たちにとって、この地名は詳細を知る対象ではなく、避けるべき境界として機能している。
歴史・年表
原典はジンの穴蔵についても、建国史や由来となる出来事を与えない。年代を伴って語られるのは、物語内での言及の順序だけである。以下はカーターの旅程に沿った並びであり、暦の上の年を示すものではない。
- グーグ族の追放(年代不詳): 魔法の森での供物が地上の神々の怒りを招き、グーグ族は地下の洞窟へ追放される。以後、追放によって食が制限され、彼らはジンの穴蔵のガストを主な糧とするようになる[1][3]。
- カーターの深淵到達より前: ピックマンがカーターに、サルコマンド経由と、グーグ族の都経由という二つの道を説明する。後者を選ぶ場合、墓地脇のジンの穴蔵を避けねばならないことが、この時点で既に警告される[4][7]。
- カーターの墓地到達: 三体の食屍鬼とともに坑道を抜け、グーグ族の都の墓地に出る。断崖の根方に開くジンの穴蔵の入口を実際に目にする[10]。
- 同じ場面の直後: ガストの群れがグーグ族の見張りに気づかれずに穴蔵から抜け出し、目覚めた見張りとの戦闘が始まる。戦いの結末は闇の中へ退き、原典には描かれない[12]-[17]。
- 戦闘の隙: カーターたちはグーグ族の都を抜け、コスの塔の巨大な石段を昇る。この途中、グーグ族の暗視能力がジンの穴蔵での日常の狩りに由来することが語られ、原典がこの地名に触れるのはここまでである[18]-[20]。
- 物語終盤、レンの高原にて: 修道院の祭壇の間で、カーターは案内役の商人を縦坑へ突き落とす。この縦坑は噂によればジンの穴蔵へ通じるとされるが、原典が確定した事実として書いているわけではない[22]。
- 同じ場面の直後: カーター自身は、この縦坑とは別の坂道を滑り落ち、サルコマンドの廃墟に降り立つ[23]。
性質・特徴
- 位置: グーグ族の都のすぐ外にある墓地に隣接し、コスの塔から遠くない[6][10]。墓地の周辺は、巨人の骨に覆われたプナースの谷と地続きの土地として描かれる[11]。
- 入口の姿: 墓地の正面に切り立つ断崖の根方に開く、巨大で不気味な洞窟[10]。原典が描くのはこの入口の外観と、そこから出入りする者たちの姿だけであり、内部の構造そのものは一度も描写されない。
- 住人: ガスト。光を浴びれば死ぬ原始的な獣で、長い後脚でカンガルーのように跳ねる[3]。体格は小馬ほど、鼻も額も欠いた奇妙に人間じみた顔を持ち、疥癬まみれの不健全な外見をしている[13]。見境なく共食いし、食屍鬼にもグーグ族にも同じように襲いかかる[8]。
- 対抗者: グーグ族。穴蔵の狭まった場所に見張りを置き、ガストを狩ることで暗闇の中でも見る術を身につけている[9][20]。見張りは居眠りしがちで、ガストの奇襲を許すことがある[9]。
- 光の条件: 完全な暗闇。ガストは本物の光の下では生きられないが、深淵の灰色の薄明なら何時間も耐えられるとされる[9]。
- グーグ族の食性との関係: 地上への追放後、グーグ族の食は主にガストに限られており、ジンの穴蔵はその狩り場そのものである[3]。
- レンの修道院との伝聞上の関係: 修道院の祭壇の縦坑は、噂によればジンの穴蔵へ通じるとされる[22]。ただしこれは断定ではなく、カーター自身が滑り落ちた別の坑道(サルコマンドへ通じる)と混同すべきではない[23]。
関連する人物・存在(関係図)
- グーグ族: 追放後、ジンの穴蔵でガストを狩ることを主な食料源とする種族。穴蔵の狭まった場所に見張りを置き、暗闇での狩りによって光の無いところでも見る術を身につけている[3][9][20]。
- ガスト: ジンの穴蔵に棲む、光の下では死ぬ原始的な獣[3]。グーグ族の眠りを狙って穴蔵から抜け出し、見境なく獲物を襲う[8]。
- 食屍鬼: ピックマンを含む食屍鬼たちは、カーターをグーグ族の都へ案内し、墓地脇のジンの穴蔵を避けるよう警告する[6][7]。三体の食屍鬼が古い墓石を武器にカーターを護衛した[10]。
- リチャード・アプトン・ピックマン: 食屍鬼と化した旧友。グーグ族の追放とジンの穴蔵の危険を最初にカーターへ説明する[1][3][5]。
- ランドルフ・カーター: ジンの穴蔵の入口を目にし、洞窟口での戦闘を目撃する人物。穴蔵そのものには一度も踏み入らない。物語終盤、レンの修道院で案内役の商人をこの穴蔵へ通じると噂される縦坑へ突き落とす[10][22]。
- サルコマンド: カーターが実際に降り立つ廃墟。修道院の祭壇の縦坑がジンの穴蔵へ通じると噂される一方、カーター自身が滑り落ちた坑道はこの廃墟へ通じていた[23]。
- レン高原: 窓の無い石造修道院がある高原。この修道院の祭壇の間の縦坑が、噂ではジンの穴蔵へ通じるとされる[21][22]。
- 夜鬼: ジンの穴蔵の住人ではないが、プナースの谷と外界へ抜ける通路とのあいだの闇を絶え間なく飛び続けるとされ、同じ地底の領域に属する別種の番人として原典中で並置される[25]。
主要登場作と読みどころ
- 「未知なるカダスを夢に求めて」(1926年秋?〜1927年1月22日執筆/1943年刊行): ジンの穴蔵が登場する唯一の原典で、本文に “vaults of Zin”(あるいは単に “Zin”)が6回現れる。読みどころは、この地名が最後まで内部を描かれないまま終わる点にある。最初はグーグ族の食性を説明する語として[3]、次に墓地脇の危険な障害物として[7][10]、続いて洞窟口での死闘の舞台として[12]-[17]、さらにグーグ族の暗視能力の由来として[20]、最後に噂の中の入口として[22]――五つの場面すべてで、読者は穴蔵の「外」か「噂」にしか触れられない。
- コスの塔の巨大な石段を、人間サイズのカーターが食屍鬼に助けられながら昇る場面は、この地名と対になって緊張感を作る。ジンの穴蔵で日々ガストを狩っているグーグ族は、光の無い場所でも獲物を見つける術に長けている――その事実が、暗闇の階段を昇るカーターの背後に常にちらつく[20]。
- あわせて読む記事として、この穴蔵を主な狩り場とするグーグ族、棲み処とされるガスト、案内役を務めた食屍鬼、修道院の井戸が噂で結び付けられるサルコマンド、作品全体を扱う「未知なるカダスを夢に求めて」がある。
よくある誤解(Q&A)
Q. ランドルフ・カーターはジンの穴蔵の中に入ったのですか? A. 入っていません。原典が描くのは、墓地脇の入口を外から見た場面[10]、洞窟口での戦闘を目撃する場面[12]-[17]、コスの塔からの言及[20]、そして修道院での噂[22]だけです。穴蔵の内部そのものへカーターが踏み込む描写は原典にありません。
Q. レンの修道院の井戸は、ジンの穴蔵へ実際につながっているのですか? A. 原典は「rumour holds(噂が言うところでは)」と書くだけで、断定していません[22]。しかもカーター自身が転げ落ちた坑道は、この祭壇の井戸とは別の通路として描かれ、そちらは実際にサルコマンドへ通じています[23]。二つの穴を同じものとして扱う根拠は原典にありません。
Q. ジンの穴蔵とプナースの谷は同じ場所ですか? A. 同じではありません。プナースの谷は、正体不明の巨大な生物ボールが這い回る、骨に覆われた広大な谷です[24]。ジンの穴蔵は、その谷に接した地底の一角、グーグ族の都の墓地脇にある洞窟として描かれ、住人もガストとグーグ族に限られます[10][11]。
Q. 夜鬼もジンの穴蔵に棲んでいるのですか? A. 原典に、夜鬼がジンの穴蔵に棲むという記述はありません。夜鬼はプナースの谷と外界へ抜ける通路とのあいだの闇を飛び続ける存在として語られ、ジンの穴蔵の住人(ガスト)や狩る側(グーグ族)とは別に扱われています[25]。
Q. ジンの穴蔵という地名の由来は分かっていますか? A. 分かっていません。原典にも、当サイトが確認した一次資料にも、語源や由来を示す記述は見当たりません。未確認として扱います。
Q. ダーレス以降の作品やTRPGでは、ジンの穴蔵はどう扱われていますか? A. 本記事は一次資料(hplovecraft.com の本文と作品資料)に限って調べており、後世の作家の作品や供給元の公式資料は確認していません。確認できる資料が無いため、ここには書きません。
出典
- [1] “The gugs, hairy and gigantic, once reared stone circles in that wood and made strange sacrifices to the Other Gods and the crawling chaos Nyarlathotep, until one night an abomination of theirs reached the ears of earth’s gods and they were banished to caverns below.”(訳: グーグ族は毛深く巨大な種族で、かつてはあの森に石の環を立て、外なる神々と這い寄る混沌ニャルラトホテプへ奇怪な供物を捧げていた。だがある夜、彼らの忌まわしい行いが地上の神々の耳に届き、彼らは地下の洞窟へ追放された。) — 「未知なるカダスを夢に求めて」(1943年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
- [2] “Only a great trap-door of stone with an iron ring connects the abyss of the earth-ghouls with the enchanted wood, and this the gugs are afraid to open because of a curse.”(訳: 鉄の輪の付いた石の大きな落とし戸が一つだけ、地の食屍鬼の深淵と魔法の森とをつないでいる。呪いのため、グーグ族はこれを開けるのを恐れている。) — 「未知なるカダスを夢に求めて」(1943年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
- [3] “for mortal dreamers were their former food, and they have legends of the toothsomeness of such dreamers even though banishment has restricted their diet to the ghasts, those repulsive beings which die in the light, and which live in the vaults of Zin and leap on long hind legs like kangaroos.”(訳: というのも、死すべき夢見人はかつて彼らの食料であり、その美味しさを語る伝説を今も持っているからだ。もっとも、追放によって彼らの食は、光の下で死ぬ忌まわしい生き物――ジンの穴蔵に棲み、長い後脚でカンガルーのように跳ねるガスト――に限られてしまったのだが。) — 「未知なるカダスを夢に求めて」(1943年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
- [4] “This, however, did not suit the seeker; for he knew nothing of the way from Leng to Ooth-Nargai, and was likewise reluctant to awake lest he forget all he had so far gained in this dream.”(訳: だが、これは彼の求めるところではなかった。レンからウース=ナルガイへの道を何も知らなかったし、この夢でここまで得たものを忘れてしまうことを恐れて、目覚めることにも気が進まなかったからである。) — 「未知なるカダスを夢に求めて」(1943年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
- [5] “After much persuasion the ghoul consented to guide his guest inside the great wall of the gugs’ kingdom. There was one chance that Carter might be able to steal through that twilight realm of circular stone towers at an hour when the giants would be all gorged and snoring indoors, and reach the central tower with the sign of Koth upon it, which has the stairs leading up to that stone trap-door in the enchanted wood.”(訳: 説得を重ねた末、食屍鬼はグーグ族の王国の大城壁の内側まで客を案内することを承知した。巨人たちがみな腹を満たして室内でいびきをかいている時刻を選べば、円塔の並ぶあの薄明の領域を忍び抜け、コスの印を掲げた中央の塔――魔法の森のあの石の落とし戸へ通じる階段を持つ塔――へたどり着ける見込みが一つだけあった。) — 「未知なるカダスを夢に求めて」(1943年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
- [6] “They would reach the city of the gugs—which is coterminous with the whole kingdom—through the proper burrows, emerging in a cemetery not far from the stair-containing Tower of Koth.”(訳: 彼らは、王国全土と重なり合うグーグ族の都へ、しかるべき坑道を通って至る手はずだった。出た先は、階段を擁するコスの塔から遠くない墓地である。) — 「未知なるカダスを夢に求めて」(1943年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
- [7] “They must beware, however, of a large cave near the cemetery; for this is the mouth of the vaults of Zin, and the vindictive ghasts are always on watch there murderously for those denizens of the upper abyss who hunt and prey on them.”(訳: ただし、墓地の近くにある大きな洞窟には用心しなければならない。そこがジンの穴蔵の入口であり、執念深いガストが、自分たちを狩って餌食にする上部の深淵の住人を、常にそこで殺意を持って見張っているからだ。) — 「未知なるカダスを夢に求めて」(1943年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
- [8] “The ghasts try to come out when the gugs sleep, and they attack ghouls as readily as gugs, for they cannot discriminate. They are very primitive, and eat one another.”(訳: ガストはグーグ族が眠っている隙に出てこようとする。見境がないので、食屍鬼にもグーグ族と同じように襲いかかる。彼らはひどく原始的で、互いに共食いもする。) — 「未知なるカダスを夢に求めて」(1943年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
- [9] “The gugs have a sentry at a narrow place in the vaults of Zin, but he is often drowsy and is sometimes surprised by a party of ghasts. Though ghasts cannot live in real light, they can endure the grey twilight of the abyss for hours.”(訳: グーグ族はジンの穴蔵の狭まった場所に見張りを置いているが、居眠りしていることが多く、ときにガストの一団に不意を突かれる。ガストは本物の光の下では生きられないが、深淵の灰色の薄明なら何時間も耐えられる。) — 「未知なるカダスを夢に求めて」(1943年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
- [10] “Straight ahead, and just outside the cemetery, rose a sheer perpendicular cliff at whose base an immense and forbidding cavern yawned. This the ghouls told Carter to avoid as much as possible, since it was the entrance to the unhallowed vaults of Zin where gugs hunt ghasts in the darkness.”(訳: 真正面、墓地のすぐ外には切り立った断崖がそそり立ち、その根方には巨大で不気味な洞窟が口を開けていた。食屍鬼たちはカーターに、できる限りこれを避けるよう告げた。そこが、グーグ族が闇の中でガストを狩る、忌まわしいジンの穴蔵への入口だったからである。) — 「未知なるカダスを夢に求めて」(1943年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
- [11] “Carter now understood the occasional titan bones he had felt beneath him in the vale of Pnath.”(訳: カーターはこのとき、プナースの谷で足下に時おり感じていた巨人の骨の正体を理解した。) — 「未知なるカダスを夢に求めて」(1943年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
- [12] “there glowed in the gloom of that great cavern’s mouth first one pair of yellowish-red eyes and then another, implying that the gugs were one sentry less, and that ghasts have indeed an excellent sharpness of smell.”(訳: あの大きな洞窟の口の薄闇に、黄赤色の目が一対、また一対と光った。グーグ族の見張りが一人減っていること、そしてガストが実に鋭い嗅覚を持つことを示す光景だった。) — 「未知なるカダスを夢に求めて」(1943年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
- [13] “After a moment something about the size of a small horse hopped out into the grey twilight, and Carter turned sick at the aspect of that scabrous and unwholesome beast, whose face is so curiously human despite the absence of a nose, a forehead, and other important particulars.”(訳: やがて、小馬ほどの大きさの何かが灰色の薄明の中へ跳び出してきた。カーターはその疥癬まみれの不健全な獣の姿に胸が悪くなった。鼻も額もその他の大事な部分も欠いているというのに、その顔つきは奇妙なまでに人間じみていた。) — 「未知なるカダスを夢に求めて」(1943年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
- [14] “Presently three other ghasts hopped out to join their fellow, and a ghoul glibbered softly at Carter that their absence of battle-scars was a bad sign. It proved that they had not fought the gug sentry at all, but merely slipped past him as he slept, so that their strength and savagery were still unimpaired and would remain so till they had found and disposed of a victim.”(訳: まもなく他の三頭のガストが跳び出して仲間に加わった。食屍鬼の一人がカーターに、彼らに戦傷が無いのは悪い徴だと低くグリバーした。それは彼らがグーグ族の見張りとまったく戦わず、眠っている隙にすり抜けただけであることを示しており、力も獰猛さもまだ損なわれていないということだった。) — 「未知なるカダスを夢に求めて」(1943年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
- [15] “It was a paw, fully two feet and a half across, and equipped with formidable talons. After it came another paw, and after that a great black-furred arm to which both of the paws were attached by short forearms. Then two pink eyes shone, and the head of the awakened gug sentry, large as a barrel, wobbled into view. The eyes jutted two inches from each side, shaded by bony protuberances overgrown with coarse hairs. But the head was chiefly terrible because of the mouth. That mouth had great yellow fangs and ran from the top to the bottom of the head, opening vertically instead of horizontally.”(訳: それは幅たっぷり二フィート半、恐るべき鉤爪を備えた一本の前脚だった。続いてもう一本の前脚が現れ、その後ろに、短い下腕で両の前脚をつなげた黒い毛皮の太い腕が続いた。やがて二つの桃色の目が光り、樽ほどの大きさをした、目覚めたグーグ族の見張りの頭がぐらぐらと現れた。目は左右それぞれ二インチ突き出し、粗い毛に覆われた骨の隆起に縁取られている。だがこの頭が何よりも恐ろしいのは、その口のせいだった。大きな黄色い牙を持つその口は、頭の天辺から底まで走り、横ではなく縦に開いた。) — 「未知なるカダスを夢に求めて」(1943年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
- [16] “Carter feared for a moment that he would give an alarm and arouse all his kin, till a ghoul softly glibbered that gugs have no voice, but talk by means of facial expression.”(訳: カーターは一瞬、それが警報を発して一族すべてを目覚めさせるのではと恐れたが、食屍鬼の一人が、グーグ族には声が無く、表情によって言葉を交わすのだと低くグリバーした。) — 「未知なるカダスを夢に求めて」(1943年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
- [17] “From all sides the venomous ghasts rushed feverishly at the creeping gug, nipping and tearing with their muzzles, and mauling murderously with their hard pointed hooves.”(訳: 四方から、毒々しいガストの群れが這い進むグーグ族へ狂ったように殺到し、鼻面で噛みつき引き裂き、硬く尖った蹄で殺意を持って打ちのめした。) — 「未知なるカダスを夢に求めて」(1943年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
- [18] “they came to a somewhat open space before a tower even vaster than the rest, above whose colossal doorway was fixed a monstrous symbol in bas-relief which made one shudder without knowing its meaning. This was the central tower with the sign of Koth, and those huge stone steps just visible through the dusk within were the beginning of the great flight leading to upper dreamland and the enchanted wood.”(訳: 彼らは、他のどれよりも巨大な一つの塔の前の、いくらか開けた場所に出た。その巨大な戸口の上には、意味も分からぬまま身震いさせる怪物じみた紋章が浅浮彫で嵌め込まれていた。これがコスの印を掲げた中央の塔であり、その内部の薄闇にかろうじて見える巨大な石段こそ、上の幻夢境と魔法の森へ通じる大階段の始まりだった。) — 「未知なるカダスを夢に求めて」(1943年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
- [19] “made almost impossible by the monstrous size of the steps, which were fashioned for gugs, and were therefore nearly a yard high.”(訳: 階段はグーグ族のために作られているため一段がおよそ一ヤードの高さもあり、その途方もない大きさが上ることをほとんど不可能にしていた。) — 「未知なるカダスを夢に求めて」(1943年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
- [20] “it would of course take but little time for the striding giants, accustomed from their ghast-hunts in the vaults of Zin to seeing without light, to overtake their smaller and slower quarry on those Cyclopean steps.”(訳: 大股で歩くあの巨人たちは、ジンの穴蔵でのガスト狩りによって光無しで見ることに慣れているのだから、あの巨石の階段の上で、自分たちより小さく遅い獲物に追いつくのにさして時はかからないだろう。) — 「未知なるカダスを夢に求めて」(1943年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
- [21] “The slant-eyed merchant had now prodded Carter into a great domed space whose walls were carved in shocking bas-reliefs, and whose centre held a gaping circular pit surrounded by six malignly stained stone altars in a ring.”(訳: 細目の商人はいまやカーターを、壁面にぞっとするような浅浮彫が刻まれた大きなドーム状の空間へ押しやっていた。その中央には、六つの禍々しく汚れた石の祭壇に円状に囲まれた、大きく口を開けた円い縦坑があった。) — 「未知なるカダスを夢に求めて」(1943年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
- [22] “Carter, hitherto wholly passive, now gave that man a terrific push with all the wild strength of fear, so that the victim toppled at once into that gaping well which rumour holds to reach down to the hellish Vaults of Zin where gugs hunt ghasts in the dark.”(訳: それまでずっと受け身だったカーターは、恐怖のもたらす狂おしい力を込めてその男を凄まじく突き飛ばした。犠牲者はたちまち、グーグ族が闇の中でガストを狩るという地獄のようなジンの穴蔵まで下ると噂される、あの大きく口を開けた井戸へ転落した。) — 「未知なるカダスを夢に求めて」(1943年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
- [23] “One moment he was groping slowly over the slippery floor of an almost level place, and the next he was shooting dizzily downward in the dark through a burrow which must have been well-nigh vertical.”(訳: ある瞬間まで、彼はほとんど平らな場所の滑る床の上をゆっくりと手探りしていた。だが次の瞬間には、ほとんど垂直としか思えない坑道を、暗闇の中を目もくらむ速さで下へ落ちていた。) — 「未知なるカダスを夢に求めて」(1943年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
- [24] “he was in the vale of Pnath, where crawl and burrow the enormous bholes; but he did not know what to expect, because no one has ever seen a bhole or even guessed what such a thing may be like.”(訳: 彼がいるのはプナースの谷であり、そこには巨大なボールが這い回り、穴を掘っている。だが何を予期すべきか、彼には分からなかった。ボールを実際に見た者は誰もおらず、それがどのようなものかを推測した者すらいなかったからだ。) — 「未知なるカダスを夢に求めて」(1943年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
- [25] “For they were the dreaded night-gaunts, who never laugh or smile because they have no faces, and who flop unendingly in the dark betwixt the Vale of Pnath and the passes to the outer world.”(訳: あの恐るべき夜鬼――顔が無いために決して笑うことのない者たち――は、プナースの谷と外界へ抜ける通路とのあいだの闇を、絶え間なくばたつき飛び続けている。) — 「未知なるカダスを夢に求めて」(1943年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
- [26] “The Dream-Quest of Unknown Kadath (Autumn? 1926–22 January 1927)”(訳: 「未知なるカダスを夢に求めて」(1926年秋?〜1927年1月22日))・”1943: The Dream-Quest of Unknown Kadath ( Beyond the Wall of Sleep , Arkham House)”(訳: 1943年:「未知なるカダスを夢に求めて」(作品集『Beyond the Wall of Sleep』、アーカム・ハウス)) — H. P. Lovecraft’s Fiction, Alphabetical Order / Publication Order, The H. P. Lovecraft Archive / Publication Order ↩





