概要
『ハーバート・ウェスト―死体蘇生者』は、H・P・ラヴクラフトが依頼を受けて執筆した連作短編で、1922年にアマチュア雑誌『Home Brew』に「Grewsome Tales」の総題のもと全6回にわたって連載された。ラヴクラフト自身は依頼仕事として乗り気ではなかったと伝えられ、メアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』への目配せを隠さない通俗的な連載ホラーだが、後に映画化(1985年『リ・アニメーター』)もされるなど、意外な人気を博した作品である。全六話は「私」を語り手とする一人称の回想記の形式をとり、医学生ハーバート・ウェストの死体蘇生実験が年を追うごとにエスカレートしていく様を、各話ごとの独立した事件として描きながら、全体を通じて破滅への軌跡として積み上げていく構成になっている[1]。
登場神格・用語
あらすじと構成
第一話「暗闇から」では、ミスカトニック大学医学部の学生ウェストが、死を「治療可能な病」と捉え、独自に開発した薬剤で死者を蘇生させる研究に没頭する。大学から実験を禁じられた二人は、ミードウ・ヒル奥の廃屋チャップマン農場に密かな実験室を構え、水死した若い労働者の遺体を用いて最初の蘇生実験を試みるが、注入直後に廃屋から人間離れした絶叫が響き渡り、二人は現場を放棄して逃げ出す。翌日、農場は火事で焼け落ち、共同墓地の新しい墓が何者かに掘り返された跡が残される。
第二話「疫病の悪魔」ではアーカムを腸チフスの疫病が襲い、恩師ハルジー学部長が殉職する。ウェストは大学の解剖室に運び込んだ新鮮な遺体に新調合の薬液を試すが、この実験は制御を失い、蘇った何かが街を徘徊して十七人を殺傷する惨劇に発展する。三日後に捕らえられたその怪物の顔は、埋葬されたばかりのハルジー学部長その人と瓜二つだったことが判明する[2]。第三話「真夜中の六発」以降、二人は工場町ボルトンで開業医となり、共同墓地に近い家を選んで地下に秘密の実験室を築く。第四話「死者の絶叫」では、埋葬前に薬剤で仮死状態に保たれていた新鮮な死体の蘇生に初めて成功し、死者は理性ある言葉を発しかけるが、直後に絶叫とともに崩れ去る。
第五話「影からの恐怖」の舞台は第一次世界大戦下のフランドル戦線。軍医となったウェストは、戦死者の新鮮な遺体を求めて従軍する。ここでウェストは、負傷して墜落死した外科医クラパム=リー少佐の首を切断し、頭部と胴体を別々に蘇生させるという実験に踏み込む。頭部のない胴体が突如としてかつての僚友の声で叫び出す場面は、本作全体でも最も不気味な瞬間として知られる[3]。最終話「墓の軍勢」では、戦地で切り離されたはずのクラパム=リーの首から6年後、ウェストのもとに謎の木箱が届く。中身を確かめる間もなく、実験室の壁の奥から、人間とも呼べない異形の一団が現れ、蝋の首をつけた指揮官に率いられてウェストを八つ裂きにし、地下墓所の奥へと引きずり去る[4]。かつてウェスト自身が生み出した「不完全な蘇生体」たちが、造物主に復讐を果たす結末である。
作品としての位置づけ
本作はメアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』への強い目配せを持ちながら、ラヴクラフトらしい淡々とした報告調の文体で、蘇生の恐怖を段階的に積み重ねていく点が特徴である。神話的な旧支配者は登場しないものの、「知ってはいけないことに手を出す人間」という後年の主題が既にはっきりと現れている。連載小説という制約上、各話の冒頭で前話までのあらすじを繰り返す通俗的な構成をとっており、ラヴクラフト自身は生前この作品を自作の代表作とは見なしていなかったと伝えられるが、アーカムとミスカトニック大学という、後の神話大系を支える架空の地誌がこの作品で初めて登場した点は見過ごせない。1922年の初出であり、米国・日本双方でパブリックドメイン作品として扱われる。
出典
- [1] “Of Herbert West, who was my friend in college and in after life, I can speak only with extreme terror.”(訳: 「大学時代からの友人であり、その後も友人であり続けたハーバート・ウェストについて、私はただ極度の恐怖とともにしか語ることができない」) — H. P. Lovecraft, “Herbert West—Reanimator”(1922年発表), 公式アーカイブ ↩
- [2] “…the mocking, unbelievable resemblance to a learned and self-sacrificing martyr who had been entombed but three days before—the late Dr. Allan Halsey.”(訳: 「三日前に埋葬されたばかりの、学識高く献身的な殉教者──故アラン・ハルジー博士に、あざけるように、信じがたいほどよく似ていた」) — 同上, 公式アーカイブ ↩
- [3] “The body on the table had risen with a blind and terrible groping, and we had heard a sound…it had merely screamed, ‘Jump, Ronald, for God’s sake, jump!’ The awful thing was its source. For it had come from the large covered vat…”(訳: 「手術台の上の体が、盲目的な、恐ろしい手探りの動きとともに起き上がり、我々はある音を聞いた……それはただ『飛び降りろ、ロナルド、頼むから飛び降りろ!』と叫んだだけだった。恐ろしいのはその発生源だった。それは、覆いのかかった大きな甕の中から発せられていたのだ」) — 同上, 公式アーカイブ ↩
- [4] “Then they all sprang at him and tore him to pieces before my eyes, bearing the fragments away into that subterranean vault of fabulous abominations.”(訳: 「そして彼らは一斉に彼へ飛びかかり、私の目の前で彼を八つ裂きにし、その断片を、あの地下の忌まわしい墓所の奥へと運び去った」) — 同上, 公式アーカイブ ↩




