概要
物語は皮肉な逸話から始まります。1840年代後半、詩人エドガー・アラン・ポーは詩人ホイットマン夫人への求婚のため、プロビデンスのベネフィット街をたびたび歩きました。ベネフィット街のマンション・ハウスに滞在し、丘の上の聖ヨハネ教会墓地へ向かう道すがら、彼は東側に建つ古びた一軒の家の前を必ず通り過ぎています。ところが恐怖と怪奇の巨匠は、その家についてただの一行も書き残していません。語り手によれば、その家こそ本作の主役であり、ポーが生涯思い描いたどんな空想をも凌ぐ恐怖を宿していました[1]。
語り手が子供の頃、その家はすでに空き家でした。ゆがんだ古木と青白く伸びた雑草が生い茂る庭、割れた窓、崩れかけた漆喰。近所の子供たちは度胸試しにこの家へ忍び込みましたが、誰もが最も恐れたのは屋根裏ではなく地下室でした。街路に面して窓のある地下室の土の床には、雨の多い夏になると見慣れない白い菌類が生え、夜には仄かに燐光を放ちます。暖炉の前の土には、うずくまった人影のような白い染みがときおり浮かび上がり、語り手はある雨の日、そこから細く黄色い靄が立ちのぼるのを目にして伯父に相談しました[1]。
成人した語り手は、伯父である医師兼郷土史家のエライヒュー・ホイップル博士から、長年かけて集めた記録を見せられます。そこには、1763年にこの家を建てた商人ウィリアム・ハリスとその妻ロービー・デクスターの一族が、子から孫へと代を重ねながら原因不明の病と死、そして正気を失う者を絶やさなかった系譜が記されていました。さらに語り手自身の調査は、家が建つよりも前、1697年にこの土地を借りていたユグノーの移民一家エティエンヌ・ルーレの記録へとたどり着きます。フランスで語り継がれた人狼裁判の記憶にまで結びつくこの発見は、語り手と伯父を地下室での徹夜の見張りへと駆り立てました[1]。
1919年6月25日の夜、二人はクルックス管の装置と火炎放射器を携えて地下室にこもります。伯父の異様な悪夢とフランス語の譫言に続いて訪れたのは、菌の生い茂る土から立ちのぼる黄色い死体光でした。語り手はその後、単身で地下室に戻り、鶴嘴と硫酸を手に、一世紀半にわたって家に取り憑いていたものの正体そのものと向き合うことになります[1]。
作品情報
- 原題: The Shunned House
- 執筆: 1924年10月16〜19日[2]
- 初出: 単行本 *The Shunned House*(Athol, MA: W. Paul Cook, The Recluse Press, 1928)9–59ページ[3]
- 分量: 約10,700語(公式アーカイブ本文を機械集計)。全5章
- 語り: 一人称。エライヒュー・ホイップル博士の甥にあたる、無名の語り手による回想
- 時: 主な出来事は1919年6月25日の徹夜の見張りとその翌日。語り手が読み解く一族の記録は1763年の家の建築から1861年の最後の死者まで、さらに遡って1697年のユグノー移民の記録に及ぶ
- 舞台: ロードアイランド州プロビデンス、ベネフィット街に建つ「忌み家」とその地下室
- 主題: 一族の血に染みついた土地の記憶、移民迫害の記憶が形を変えて回帰する恐怖、科学の道具と迷信の道具を並べて持ち込む語り手たちの姿勢
登場神格・用語
- 語り手(無名) — ホイップル博士の甥。伯父の記録を受け継ぎ、独自に町の記録を調べて忌み家の由来をたどる
- エライヒュー・ホイップル博士 — 語り手の伯父。医師で郷土史家。北コート街の屋敷に独りで暮らす
- ウィリアム・ハリスとロービー・デクスター — 1763年にこの家を建てた商人夫婦。一家に多くの死者と発狂者を出す
- マーシー・デクスター — ロービーの姉。姉が発狂したのち一家を切り盛りするが、次第に体力を失っていく
- アン・ホワイト — ヌーズネック・ヒル地方出身の使用人。家の下に埋まる吸血鬼を掘り出すべきだと主張して解雇される
- エティエンヌ・ルーレとその息子ポール — 1697年にこの土地を借りたユグノー移民一家。息子ポールの祈りは「正しい時に正しい相手へ向けられていない」と噂された
- キャリントン・ハリスとアーチャー・ハリス — ハリス家の末裔で家の所有者。語り手の体験を聞いたのち、家を取り壊さず貸家として再生させる
- クルックス管の装置と火炎放射器 — 語り手と伯父が地下室に持ち込んだ、正体不明のものに対抗するための二種の装備
あらすじ
第1章 プロビデンスの忌み家
語り手は、恐怖にはしばしば皮肉が伴うと述べ、詩人ポーがプロビデンスで求婚の日々を過ごしながら、忌み家の前を何も知らずに通り過ぎていた逸話を紹介します。家は1763年頃の建築で、南向きの切妻屋根を持つ植民地様式の建物です。道の拡幅によって地下室が街路に面する形となり、扉と窓が地上に露出していました。語り手が幼い頃、この家は空き家でしたが、住人が次々と原因不明の衰弱死を遂げたという評判だけは近隣に広く知られていました。とはいえ鎖の音や冷気、窓辺の顔といった月並みな幽霊譚は語られず、せいぜい「運の悪い家」と呼ばれる程度だったといいます[1]。
子供時代の語り手は仲間たちとこの空き家に忍び込み、ゆがんだ老木と青白い草の茂る庭、崩れかけた屋根裏部屋の荒廃に胸を高鳴らせました。もっとも恐れられたのは、街路に面して明るいはずの地下室です。湿った土の床には夏の雨の後に見慣れない白い菌が生え、腐ると仄かに燐光を放ちました。暖炉の前の土にはうずくまった人影に似た白い染みが時折浮かび、ある雨の日、語り手はそこから細く黄色い靄が立ちのぼるのを目にして伯父に打ち明けています。伯父は笑いましたが、その笑みにはどこか思い当たる節があるようでした[1]。
第2章 ハリス家の記録
成人してから、語り手は伯父エライヒュー・ホイップル博士の記録を見せられます。博士は医師にして郷土史家、北コート街の屋敷に一人で暮らす独身の紳士でした。記録によれば、家を建てた商人ウィリアム・ハリスと妻ロービー・デクスターには四人の子があり、一家が入居した直後に生まれた五人目の子は死産でした。以来一世紀半、この家で生きて生まれた子は一人もいません。翌年には二人の娘が熱病で死に、使用人も相次いで倒れます。ウィリアムは西インド貿易のためマルティニークに長く滞在した影響で体を弱らせ死去。ロービーは1768年に発狂し、姉のマーシー・デクスターが一家を切り盛りしますが、彼女自身の体力もまた目に見えて衰えていきました[1]。
新たに雇われた使用人アン・ホワイトは、ヌーズネック・ヒル地方特有の迷信を持ち込み、家の下に吸血鬼が埋まっているという説を唱えて譲らず、ついに解雇されます。ロービーの発狂は年を追うごとに激しさを増し、習ったこともないフランス語で何時間も叫び続け、「凝視する何か」に噛みつかれると訴えました。彼女はそのまま回復せず、世を去ります。息子ウィリアムは独立戦争に従軍したのち結婚し、家に戻りますが、そこで見たのはさらに衰えたマーシーの姿でした。マーシーは1783年に世を去り、ウィリアムはついに家を捨てる決意を固め、ウェストミンスター街に新居を構えます。以後この家は親族の手で貸家とされ、1804年には熱病による死者から出血の乏しさが指摘されて町当局が燻蒸を命じるなど、不穏な出来事が世代を超えて続きました。最後の死者が出た1861年を境に借り手はつかなくなり、現当主キャリントン・ハリスは取り壊しを考えていましたが、語り手の体験を聞いたのちに考えを改め、家に配管を通して貸家として再生させています[1]。
第3章 ルーレ一家の記録
語り手自身の調査は、使用人たちの伝承や新聞記事、死亡診断書へと及びます。1815年と1845年、二件の記録がそれぞれ、死の間際の人物が急に目つきを変え、診察する医師の喉に噛みつこうとしたという酷似した出来事を伝えていました。さらに1860年から61年にかけて起きた最後の死の連鎖では、貧血の症状に先立って正気を失った患者が、親族の首や手首を切りつけようとし、習ったはずのないフランス語で呪いの言葉を吐いたといいます。語り手は当時存命だったアーチャー・ハリスとその妹アリスから話を聞き、さらに古い記録をたどって、家の敷地がかつてジョン・スロックモートンの地所の一部であったことをつきとめました[1]。
やがて語り手は、1697年にこの土地を借りたユグノー移民エティエンヌ・ルーレとその妻の記録に行き当たります。一家はナントの勅令廃止後にフランスから逃れ、東グリニッジを経て1696年にプロビデンスへ移り住み、エティエンヌは波止場の倉庫で事務の仕事に就きました。その息子ポールは、祈りが「正しい時に正しい相手へ向けられていない」と近隣から疑われ、一家はやがて起きた騒動によって町から姿を消しています。語り手はこの名から、1598年にカウデで「悪魔憑き」として裁かれ、処刑を免れて精神病院に収容されたジャック・ルーレの記録を思い起こさずにいられませんでした。キャリントン・ハリスの許しを得て地下室の街路側の扉に合う鍵を手に入れた語り手は、たびたび昼間の地下室を調べ、ある嵐の晩、あの「うずくまった人影」の染みがかつてなく鮮明に浮かび上がり、細く黄色い靄が再び立ちのぼるのを目撃します。この報告を受けた伯父は、二人で夜通しの見張りを行い、可能ならばこの家の恐怖そのものを滅ぼそうと決意しました[1]。
第4章 地下室の徹夜
1919年6月25日、水曜日。語り手と伯父は、あらかじめ所有者キャリントン・ハリスに断りを入れたうえで、キャンプ用の椅子と折り畳み式の寝台、そして重く精巧な装置を地下室へ運び込みました。装置とは、ブラウン大学の研究室とクランストン街の武器庫から調達したクルックス管の照射装置と、大戦で使われた火炎放射器です。相手が実体を欠くものであれば放射線で、実体を備えたものであれば火で──「心臓があるならそれを焼く」つもりでした。八十一歳の伯父は自ら陣頭に立ち、その活力は驚くべきものでした[1]。
二人は、吸血鬼や人狼をそのまま信じるわけではないものの、既知の三次元宇宙は物質とエネルギーの全体のごく一部にすぎないという立場から、ルーレ一族が持っていたらしい「異界の圏域への異常な親和性」が、迫害と暴動の記憶とともに何らかの形でこの土地に残り続けているのではないかと考えました。監視は午後十時に始まり、雨の降りしきる中で夜は静かに更けていきます。うとうとしていた伯父の様子が急変したのは、その最初の数時間のうちでした。伯父はうめきながら寝返りを打ち、聞き取れないフランス語を口にし始めます。かつて『両世界評論』誌の人類学論文を数多く訳した伯父ならではの語彙だと気づいた語り手が凍りつく間もなく、伯父は英語の叫びとともに飛び起きました──「息が、息が!」。目を覚ました伯父は、幾重にも姿を変える顔と、境界の溶け崩れた部屋の夢を語り、多くの顔にハリス家の面影があったこと、そして何か存在が体に染み込み、生命の働きそのものを奪おうとする感覚があったことを打ち明けます[1]。
語り手はそれを夢に過ぎないと考え直し、やがて自分の番となって眠りにつきますが、そこで味わったのは宇宙的な孤独と、群衆に取り囲まれ声を上げようとしてもがく悪夢でした。そしてその眠りを破ったのは、闇を切り裂く一つの悲鳴でした[1]。
第5章 地の底のものを滅ぼす
目を覚ました語り手が見たのは、黴に覆われた土から立ちのぼる黄色く病んだ死体光でした。それは半ば人間、半ば獣じみた輪郭を取って泡立ち、狼のように嘲笑う無数の目を持ち、虫を思わせる頭部が煙突へと崩れ流れていきます。その禍々しい光の中で、伯父エライヒュー・ホイップルは黒ずみ崩れた顔でわめき、滴る爪を伸ばして語り手に迫りました。語り手はクルックス管の放射を浴びせますが、光にはまるで効き目がありません。伯父の顔は次々と別人の相貌に移り変わり、ハリス家の男女や幼児、かつて見た肖像画のロービー・ハリスやマーシー・デクスターの面影までもが一瞬よぎったのち、その体は脂のように溶け崩れていきました。語り手は、最後の一瞬に伯父自身の顔が戻り、別れを告げようとしたのだと信じたいと述べています。語り手は鍵の開いた戸口から雨の街へ逃げ出し、夜が明けるまで橋を越えて街をさまよい歩きました[1]。
夜が明けて家に戻ると、脂の染みは多孔質の床に消え、暖炉前の人影の染みも跡形なく消えていました。語り手は帰宅して眠ろうとしますが果たせず、鶴嘴と鋤、防毒マスク、そして硫酸を詰めた瓶六個を注文します。翌朝、暖炉の前でおよそ六尺四方の穴を掘り始めた語り手は、掘り進むにつれて悪臭が強まるのを感じました。やがて鋤の先が土よりも柔らかいものに触れます。掘り出されたのは、半ば腐った半透明のゼリー状の巨大な塊で、太さおよそ二尺、折れ曲がった円筒形をしていました──何か途方もない生物の「肘」の一部と思われるものです。語り手は穴から飛び退き、用意していた硫酸を次々と注ぎ込みました。緑がかった黄色い蒸気が渦を巻いて噴き上がる様は、生涯忘れ得ぬ光景だったといいます。四本目の瓶を空けたところで語り手は気を失いますが、意識を取り戻すと蒸気はすでに収まっており、残る二本を注いだのち、夕暮れまでかけて穴を埋め戻しました[1]。
一世紀半にわたって家に取り憑いていたものは、こうして滅び去りました。翌年の春、庭にはもう青白い草も奇妙な雑草も生えず、キャリントン・ハリスはほどなくこの家を貸家として再生させます。庭の古木にはやがて小さな甘い林檎が実り、鳥たちが枝に巣を作るようになりました[1]。
読みどころと注目テーマ
冒頭のポーの逸話が仕込む二重の皮肉
物語は、恐怖小説の巨匠ポーが忌み家の前を幾度となく通り過ぎながら、その存在にまるで気づかなかったという逸話から始まります。読者はこの時点で、ポーの空想を超える恐怖がすぐそばにあったことを知らされ、これから語られる内容の重みをあらかじめ突きつけられます。実在の人物と実在の街並みを起点に据えるこの導入によって、以降に続く系図や記録の羅列が、恐怖の伏線として重みを持って読めるようになります。
系図と記録の積み重ねが恐怖を組み上げる構成
本作の中心を占めるのは、出生・結婚・死亡を淡々と記す家系の記録です。子が生まれるたびに死産や早世が続き、使用人が代わるたびに新たな異変が加わっていく──この単調な記録の反復こそが、じわじわと恐怖を積み上げていきます。派手な超常現象を前面に出さず、行政文書に似た筆致で一族の衰弱を追う構成は、本作独自の読みどころです。
科学の道具と迷信の道具を同じ場に並べる姿勢
語り手と伯父は、吸血鬼や人狼の民間伝承を頭から信じてはいませんが、それを頭から退けもしません。クルックス管の放射装置という当時最先端の科学機材と、心臓を焼くという民間伝承由来の発想(火炎放射器)を並べて地下室に持ち込む場面は、二人が科学と迷信のどちらか一方に立たず、両方を手札として構えていたことを示しています。そして最終的にその正体を滅ぼしたのは、放射線でも炎でもなく、ありふれた硫酸でした。
移民迫害の記憶が土地に残り続ける構図
物語の核心にあるのは、十七世紀末にナントの勅令廃止後の迫害を逃れてプロビデンスに移り住んだユグノー移民ルーレ一家の記憶です。息子ポールへの疑いの目、そして一家を町から消し去った騒動──これらの出来事が、遠くフランスで裁かれたジャック・ルーレの記録と響き合いながら、一世紀以上を経てハリス家の人々を蝕んでいく構図には、共同体が異邦人へ向けた敵意そのものが土地に染みつくという着想が込められています。
執筆背景と影響
本作は1924年10月16日から19日にかけて執筆されました[2]。刊行は雑誌への掲載ではなく単行本としてであり、1928年にマサチューセッツ州アソルのW・ポール・クックが自身のリクルース・プレスから9〜59ページの一冊として刷っています[3]。これ以上の成立の経緯、執筆の動機、モデルとなった実在の建物の有無については、公式アーカイブに記載がなく、当サイトでは確認していません。
出典
[1] H. P. Lovecraft, “The Shunned House” (本文). The H. P. Lovecraft Archive.https://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/sh.aspx本記事の引用・要約はすべてこの本文に基づきます。訳文は当サイトによる試訳です。
[2] “Lovecraft’s Fiction” (作品年譜). The H. P. Lovecraft Archive.https://www.hplovecraft.com/writings/fiction/執筆日(1924年10月16〜19日)ほかの出典。
[3] “Data Page for ‘The Shunned House'” (作品情報・出版履歴). The H. P. Lovecraft Archive.https://www.hplovecraft.com/writings/fiction/sh.aspx初出(W. Paul Cook, 1928年, 9–59ページ)の出典。
関連作品ガイド ── どれから楽しむか
- エドガー・アラン・ポー — 本作の冒頭で、忌み家の前を知らずに通り過ぎた実在の人物として言及されます。
- チャールズ・デクスター・ウォードの奇怪な事件 — 同じくプロビデンスを舞台に、一族と土地に染みついた呪いを扱う作品です。
- 暗闇の悪魔 — 同じくプロビデンスを舞台にした作品です。
- 壁のなかの鼠 — 本作より前年、1923年8〜9月に書かれた作品です。
- 潜み棲む恐怖 — 本作に先立つこと2年、1922年11月に書かれた作品です。
「忌み家」は原典・神格の理解を深めるための入口です。英語の原文を読むのが難しいなら全集、全集の訳文が合わなければ新訳、小説そのものを読み通すのが大変なら漫画、まずは雰囲気だけつかみたいならゲームから——どこから入っても構いません。


