旧支配者 — MORDIGGIAN

モルディギアン

原典

遠未来大陸ゾティークの都ズル=バ=サイルを統べる屍食の神。死者のみを請求し生者に関知しない「公正な神」という、神話群でも異色の倫理を持つ。

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モルディギアン

「竜のように巨大な蠕虫状の柱の形をとり、渦巻きながら刻々と姿を変え、眼なき頭部と肢なき胴の巨人の輪郭を一瞬とる」

— クラーク・アシュトン・スミス「屍神」(1934年)

概要

クラーク・アシュトン・スミスのゾティーク連作『屍神』(Weird Tales 1934年)に登場する屍食の神。地球最後の大陸ゾティークの都ズル=バ=サイルの唯一神であり、市壁の内で死んだ者は王侯であれ異邦人であれ、すべて神殿へ運ばれ神の糧となる[1]。恐怖の対象でありながら「死者のみを請求し、生者には関知しない」という厳格な法を守る存在として描かれる点が、際限なく貪る類の神々とは一線を画す[2]

基本プロフィール

  • 分類: 旧支配者(後世の整理による位置づけ。原典では単に「神(god)」「屍食の神(charnel god)」)
  • 欧文表記: MORDIGGIAN
  • 初出: 「屍神」The Charnel God(Weird Tales 1934年、23巻3号掲載)[3]
  • 作者: クラーク・アシュトン・スミス
  • : ズル=バ=サイルの神殿。日の射さぬ聖域の地下、黒い納骨所に棲む[4]
  • 信仰圏: ズル=バ=サイル(市の唯一神)[1]。ゾティーク隆起以前の大陸でも崇拝されていたと語られる[5]

別名/呼称

  • 「屍食の神(the charnel god)」[6]「グールの神(the ghoul-god)」[7]— 作中の異邦人たちによる呼称
  • 主人公ファリオムは初め「ハイエナと禿鷹を真似る神など神ではなくグールだ」と吐き捨てる[8] — 外部から見た蔑称がそのまま本質の描写になっている

区分

スミスのゾティーク連作は、ラヴクラフトの神話体系と地続きでありながら独自の遠未来世界を舞台にしており、モルディギアンもまず「ゾティークの神」である。後世の事典的整理では旧支配者に分類されることが多いが、原典における性格は土地と分かちがたく結び付いた都市神・死の司であり、宇宙的侵略者というより「制度」に近い。死体の処理と埋葬の代替をまるごと引き受ける神、という設定自体が文明批評として機能している。

象徴・モチーフ

  • 銀の仮面: 神を見た司祭たちは銀の(髑髏状の)仮面で顔を隠し、手までも覆う。「見ることの禁忌」の造形[9]
  • : 顕現は目を眩ませる不透明な闇。地下納骨所、日の射さぬ神殿[4][10] — 光の完全な不在
  • : 「死者はすべて神のもの」という一点だけで回る都市の秩序[1]。恐怖と公正の同居
  • 火葬の代替: 「他国の民が死者を焔に委ねるように、我らは神に委ねる」という宿屋の主人の弁明[11]

性質・権能

  • 死のように古く全能とされ、ゾティークが海から隆起する以前の大陸でも崇拝されていたと語られる[5]
  • 市内の全死者を請求する。王も貴人も例外なく、覆面の司祭が bier(骨と革の棺台)で神殿へ運ぶ[1]
  • 司祭以外の生者は誰もその姿を見たことがない[9]
  • 顕現は不透明な闇の塊。竜のように巨大な蠕虫状の柱の形をとり、渦巻きながら刻々と姿を変え、眼なき頭部と肢なき胴の巨人の輪郭を一瞬とる[10]
  • 触れた獲物を幻のように「掻き消し」、後には焼き尽くされた薪のような刺激臭だけが残る[12]
  • 「死者のみを請求し、生者には関知しない公正な神」(司祭の言) — 神の法を破らぬ限り生者に害は及ばない[2]
  • 眠らず、神殿の地下から万物を見守っているという伝聞もあるが、これは作中でも人物間で見解が割れている[13]

関係図

原典に他神格との系譜関係は語られない。従えるのは紫衣の司祭団 — 仮面の下に半人半犬の悪魔的な顔と鉤爪、棺釘より長い牙を持つグールの群れであり、彼らが神の法の執行者となる[14]。物語では死者を神殿から盗み出そうとした降霊術師アブノン=ター一党が「神を欺く」ことの帰結を引き受け[15]、一方で妻を取り戻しに来ただけの主人公は司祭たちに見逃される[2]。この対比こそが「関係図」の核心で、モルディギアンと人間の関係は敵味方ではなく、法を守るか破るかで決まる。

主要登場作と読みどころ

  • 屍神」(1934) — 原典。仮死の妻エレイスを神殿に運ばれた青年ファリオムが、単身で禁域に忍び込む。同じ夜、降霊術師アブノン=ターは美女アークテラの死体を蘇生させて連れ去ろうと企てており、二つの「死者の持ち出し」が神殿の暗部で交錯する。仮面の司祭たちの正体が明かされる場面[14]、そして扉いっぱいに湧き上がる闇として神が顕現するクライマックス[10]は、スミスの華麗な語彙が最も効果的に働く名場面
  • ゾティーク連作の他作品群 — 本作単体で完結するが、遠未来大陸ゾティークの退廃した世界観は連作全体で味わうとより深い(モルディギアン自身の再登場はない)

よくある誤解

Q. ラヴクラフトの創造した神?

A. クラーク・アシュトン・スミスの創造。ラヴクラフトと書簡で交流した同時代サークルの作家であり、本サイトでは同時代サークル層として扱う。

Q. ただの人食いの邪神?

A. 原典のモルディギアンは生者を襲わない。糧とするのは死者のみで、司祭は「公正な神」とすら形容する[2]。無差別の捕食者として描くのは原典から外れる。

Q. 司祭たちは人間?

A. 終盤で、半人半犬の顔と鉤爪を持つグール的存在であることが明かされる[14]。銀の仮面と手袋は人間のふりのための装束である。

Q. 「眠らず万物を見守る」は確定した設定?

A. 作中の一人物ナルガイが語る伝聞であり[13]、直後に降霊術師アブノン=ターが「単なる迷信に過ぎない」と一蹴する[16]。物語の結末はどちらとも取れる形で応えている。

出典

  • [1] “There is no other god in Zul-Bha-Sair. And all who die within the walls of the city are sacred to Mordiggian.”(訳: 「ズル=バ=サイルに他の神はいない。この市の壁の内で死んだ者は皆、モルディギアンに捧げられる」) — Clark Ashton Smith, “The Charnel God”(Weird Tales, 1934), Wikisource
  • [2] “Go, for Mordiggian is a just god, who claims only the dead, and has no concern with the living.”(訳: 「行くがいい、モルディギアンは公正な神であり、死者のみを求め、生者には関知しない」) — 同上, Wikisource
  • [3] “Weird Tales — ‘The Charnel God’ (1934), by Clark Ashton Smith”(Wikisource掲載ページの書誌情報) — 同上, Wikisource
  • [4] “Awful is the fane, a place of terror and obscure shadow untrod by the sun, into which the dead are borne by his priests and are laid on a vast table of stone to await his coming from the nether vault in which he dwells.”(訳: 「恐ろしきはその神殿、日の射さぬ恐怖と朧なる影の場所であり、死者はそこへ司祭らによって運ばれ、神が棲む地下納骨所より現れるのを待つべく、巨大な石の台の上に並べられる」) — 同上, Wikisource
  • [5] “Mordiggian is old and omnipotent as death. He was worshipped in former continents, before the lifting of Zothique from out the sea.”(訳: 「モルディギアンは死のように古く全能である。彼はゾティークが海から隆起する以前の、かつての大陸において崇拝されていた」) — 同上, Wikisource
  • [6] “…had fallen into the grasp of the devotees of the charnel god.”(訳: 「屍食の神(the charnel god)の信徒たちの手に落ちてしまった」) — 同上, Wikisource
  • [7] “…the apparently hopeless problem of rescuing her from the ghoul god’s temple.”(訳: 「彼女をグールの神(the ghoul god)の神殿から救い出すという、絶望的としか思えない問題」) — 同上, Wikisource
  • [8] “What manner of deity is this, who imitates the hyena and the vulture? Surely he is no god, but a ghoul.”(訳: 「いかなる神がハイエナと禿鷹を真似るというのか?これは神ではない、グールだ」) — 同上, Wikisource
  • [9] “No living men, other than the priests, have ever beheld him; and the faces of the priests are hidden behind masks of silver, and even their hands are shrouded, that men may not gaze on them that have seen Mordiggian.”(訳: 「司祭以外の生者で彼の姿を見た者はいない。司祭たちの顔は銀の仮面の下に隠され、その手さえも覆い隠されている。モルディギアンを見た者を人々が見ることのないように」) — 同上, Wikisource
  • [10] “it was a bulk of darkness, black and opaque, that somehow blinded the eyes with a strange dazzlement. … Its form was that of a worm-shapen column, huge as a dragon, its further coils still issuing from the gloom of the corridor; but it changed from moment to moment, swirling and spinning as if alive with the vortical energies of dark eons.”(訳: 「それは黒く不透明な闇の塊であり、奇妙な眩惑によって否応なく目を眩ませた……その形は竜のように巨大な蠕虫状の柱であり、なおも回廊の暗がりからその後続の輪を繰り出しながら、刻一刻と姿を変え、暗黒の永劫の渦動するエネルギーを帯びたかのように渦巻き回転していた」) — 同上, Wikisource
  • [11] “Even as the people of other places devote their dead to the consuming flame, so we of Zul-Bha-Sair deliver ours to the god.”(訳: 「他の地の民が死者を焼き尽くす炎に委ねるように、我らズル=バ=サイルの民は死者を神に捧げるのだ」) — 同上, Wikisource
  • [12] “…the thing enfolded her and enveloped her with a hungry flaring until she was hidden wholly from view… Arctela was gone, as if she had dissolved like a phantom on the air. Borne on a sudden gust of strangely mingled heat and cold, there came an acrid odor, such as would rise from a burnt-out funeral pyre.”(訳: 「その者は貪欲な燃え立ちで彼女を包み込み、覆い尽くし、ついに彼女の姿は完全に見えなくなった……アークテラは消え去り、幻のように大気に溶けたかのようであった。奇妙に入り混じった熱と冷気の突風とともに、燃え尽きた葬送の薪から立ちのぼるような刺激臭が漂ってきた」) — 同上, Wikisource
  • [13] “‘But they say that Mordiggian does not sleep,’ insisted Narghai, ‘and that he watches all things eternally from his black vault beneath the temple.'”(訳: 「『しかしモルディギアンは眠らないと言われている』とナルガイは言い張った。『そして神殿の下の黒い納骨所から、万物を永遠に見守っているのだと』」) — 同上, Wikisource
  • [14] “…revealing heads and faces that were half anthropomorphic, half canine, and wholly diabolic. … Their curving talons gleamed in the bloody light like the hooks of darkly tarnished metal; their spiky teeth, longer than coffin nails, protruded from snarling lips.”(訳: 「半ば人間、半ば犬でありながら、まったく悪魔的な頭部と顔があらわになった……その曲がった鉤爪は血のような光の中で、黒ずみ変色した金属の鉤のように光り、棺釘より長い尖った牙が唸る唇から突き出ていた」) — 同上, Wikisource
  • [15] “They closed like a ring of jackals on Abnon-Tha and Narghai, driving them back into the farthest corner. Several others…fell with a bestial ferocity on Vemba-Tsith, who had begun to revive, and was moaning and writhing on the floor…”(訳: 「彼らはジャッカルの群れのようにアブノン=ターとナルガイを取り囲み、部屋の最も奥の隅へと追い詰めた。他の幾人かは……蘇りかけて床でうめき悶えていたヴェンバ=ツィスに、獣のような獰猛さで襲いかかった」) — 同上, Wikisource
  • [16] “I consider that such beliefs are mere superstition. There is nothing to confirm them in the real nature of corpse-eating entities.”(訳: 「私はそのような信仰は単なる迷信に過ぎないと考える。屍を食らう存在の実際の性質において、それを裏付けるものは何もない」) — 同上, Wikisource
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