概要
「クトゥルフ神話 相関図」を探して来た人が最初に戸惑うのは、図によって系譜が食い違うことだと思う。アザトースを頂点に置く図もあれば、クトゥルフとハスターを兄弟として結ぶ図もあり、両方を同じ画面に描いた図もある。
食い違うのは、誰かが間違えているからではない。それぞれの線の出どころが違うからだ。ラヴクラフト本人が書いた線、ダーレスが後から引いた線、TRPGの供給で足された線が、区別されないまま一枚に混ざると、由来の違う関係が同じ太さの線に見えてしまう。
深淵書架の神格相関星図は、そこを分けて記録している。現在68柱の神格を配置し、41本のつながりを引いていて、線の一本ごとに「これは誰の記述に基づくか」を持たせてある。この記事は、その41本が何であるかを層ごとに書き出したものである。
線の内訳——どの層が何本引いているか
| 出どころ | 本数 | 層 |
|---|---|---|
| ラヴクラフトの小説 | 10 | 原典 |
| ラヴクラフトの書簡 | 9 | 原典 |
| リン・カーター | 7 | 後継作家 |
| オーガスト・ダーレス | 5 | 後継作家 |
| クラーク・アシュトン・スミス | 5 | 後継作家(同時代) |
| ブライアン・ラムレイ | 3 | 後継作家 |
| TRPG | 2 | TRPG |
原典由来が19本、後継作家によるものが20本、TRPG由来が2本。世に流通する相関図の半分ほどは、ラヴクラフトが書いていない線でできている。これは欠陥ではなく、神話が共有財産として増築されてきた経緯そのものである。層の考え方は神話の三層にまとめてある。
線の種類——何を結んでいるのか
つながりの中身も一様ではない。41本の内訳はこうなっている。
| 関係 | 本数 |
|---|---|
| 親子 | 17 |
| 信仰・従属 | 12 |
| 敵対 | 6 |
| 配偶 | 3 |
| 眷属 | 2 |
| 兄弟 | 1 |
親子が最も多く見えるが、その17本のうち9本は書簡由来の系譜であり、小説本文に親子関係が書かれている例はほとんどない。作品の中で神格同士を結んでいるのは、仕えるか、敵対するかである。
原典の線(1)——書簡に書かれた系譜
相関図の骨格になっている親子関係は、小説ではなくラヴクラフトが書簡に書き残した系譜に由来する。相関星図はこの9本を「書簡617の系譜」として記録している。
- アザトース → 名なき霧/闇/ニャルラトホテプ
- 名なき霧 → ヨグ=ソトース
- 闇 → シュブ=ニグラス
- ヨグ=ソトースとシュブ=ニグラスは配偶関係にあり、その間に双子のヌグとイェブが生まれる
- ヌグから単為生殖でクトゥルフが生まれる
よくある「アザトースを頂点にした家系図」は、ほぼこの9本のことである。ただし小説本文にこの系譜は出てこない。アザトースが全ての中心であるという書き方はあっても、誰が誰の親であるかを作品が説明する場面はない。系譜は作品の外側にある。
原典の線(2)——小説本文に書かれた関係
小説から引かれている10本は、親子ではなく仕える・敵対するという関係に寄っている。
- ダゴンとヒュドラがクトゥルフに仕え、深きものどもがその両方を崇める
- 星の落とし子がクトゥルフの眷属として『狂気の山脈にて』に現れる
- ムーンビーストとシャンタク鳥がニャルラトホテプの命に従い、ノーデンスだけがこれに敵対する(『未知なるカダスを夢に求めて』)
- イースの大いなる種族と飛行ポリプの戦争(『時間からの影』)
- ノス=イディクとクトゥンがアザトースに連なる——「博物館の恐怖」の一節「アザトースの渦巻きで吠える犬どもの息子め」による
原典の関係は、血縁より従属と敵対でできている。家系図のかたちを期待して原典を読むと、ここで肩透かしを食う。
後継作家の線——半分はここで足された
ダーレス以降に引かれた20本のうち、最も有名なのはおそらくこの1本だろう。
ダーレスはさらにザー・ロイガー・イタカを「風」の系譜としてハスターの下に置き、クトゥグアをニャルラトホテプの敵とした。四大元素による分類はここから出ている。
リン・カーターはクトゥルフに家族を与えた。配偶神イダ=ヤーと、その子であるガタノトーア・イソグタ・ゾス=オムモグ。ただしガタノトーア自体はラヴクラフトの『永劫より』が初出で、親子関係だけが後から付いた。バイアティスについてはイグの子とする説とウボ=サスラの子とする説が併記されている——後継作家の層では、異説がそのまま両論として残ることがある。
ブライアン・ラムレイはクトゥルフに秘匿された娘クティーラと双子の兄弟クタニドを加えた。クラーク・アシュトン・スミスの系譜はツァトゥグァを中心に、子ズヴィルポググーア、伯父フジウルクォイグムンズハー、敵対するイホウンデーを結ぶ。これにバグ=シャッシュとイブ=ツトルの眷属関係(ラムレイ)、ゼクサノスとアフォーゴモンの敵対(スミス)が加わる。
スミスの線には注記を付けてある。ニャルラトホテプとイホウンデーの婚姻は、スミスの書簡類(Parchments of Pnom)に由来するとされるが、原資料そのものは未照合である。相関星図はこうした確度の差もデータに残していて、線を引いたことと裏が取れたことを同じ扱いにしていない。
TRPGの線——2本だけ
TRPG由来として記録している線は2本しかない。
TRPGが神話に与えた影響の大きさに比べて少ないが、これはTRPGの貢献が系譜ではなく分類と数値化にあったからである。外なる神/旧支配者という枠組みの整理や、遭遇時の正気度喪失の設定は、系譜の線としては相関図に現れない。TRPG側の扱いは旧支配者・外なる神の各記事に分けて書いてある。
線が引かれていない26柱
68柱のうち26柱には、まだ1本も線が引かれていない。ラーン=テゴス、アトラク=ナクア、グラーキ、イゴロナク、ニョグタ、チャウグナー・フォーン、アブホース、ボクルグ、ダオロス、モルディギアン、アイホート、クァチル・ウタウス、グロス、ヒュプノスなどがこれにあたる。
孤立しているのは、資料が足りないからではない。関係の記述そのものが原典にも後継作品にも無い神格が相当数いる、ということである。相関図で線を引くには、誰かがどこかに書いていなければならない。ここを推測で埋めれば図は綺麗になるが、それは資料ではなくなる。
図の上での区分——外なる神と旧支配者
相関星図は68柱を4つの区分に分けて配置している。
| 区分 | 柱数 |
|---|---|
| 旧支配者 | 44 |
| 外なる神 | 14 |
| 眷属・関連存在 | 9 |
| 配偶神 | 1 |
外なる神が少なく旧支配者が多いのは、外なる神という枠がもともと狭いからである。宇宙の中枢に位置づけられる少数の存在だけがここに入り、地球や近傍の星に縛られた大半は旧支配者側へ回る。ただしこの区分自体が原典には存在しない。ラヴクラフトは神格を体系的に分類しておらず、外なる神/旧支配者という二分はダーレス以降の世代が持ち込んだものである。それぞれの内訳は外なる神・旧支配者の記事に全柱を書き出してある。
相関図でよくある読み違い
アザトースからクトゥルフへ直線を引く。書簡の系譜では、アザトースとクトゥルフの間にニャルラトホテプではなく名なき霧→ヨグ=ソトース→ヌグという経路が挟まる。クトゥルフはアザトースの子ではなく、数代下の子孫にあたる。
クトゥルフとハスターの敵対を原典として扱う。これはダーレスの創作で、ラヴクラフトの作品に両者を対立させる記述はない。ハスターの名はラヴクラフト作品にも現れるが、そこでは他の固有名と並べて挙げられるだけで、クトゥルフとの関係は書かれていない。詳しくはハスターの記事にある。
線が無いことを、関係が無いことと読む。線が引かれていないのは、関係が否定されているからではなく、関係を書いた資料がまだ見つかっていないからである。26柱の孤立は、そのまま調査の余地を示している。
相関図の限界
図はつながりを見せる代わりに、つながりの強さと確からしさを潰す。書簡に一度だけ書かれた系譜と、複数の作品で繰り返し描かれた従属関係が、同じ一本の線になる。相関星図は線ごとに出どころを持たせることでここを補っているが、線の太さまでは表せていない。
だから相関図は入口として使い、関係の中身は個別の記事で確かめてほしい。神格の一覧はクトゥルフ神話 神一覧、神話全体の成り立ちはクトゥルフ神話とは、どの作品から読むかは読む順番にまとめてある。
この図の使い方
神格相関星図ではミニマップ表示・全画面展開・概略シートが使える。気になる神格を見つけたら、線の両端の記事を読み比べると、その関係がどの層のどの記述に基づくのかが分かる。サイト全体の回り方は深淵書架の歩き方にある。
出典
- 深淵書架 神格相関星図のデータ(`relations.json`、68ノード/41エッジ。2026-08-25時点)。各エッジの `layer` 値をこの記事の層分けに使用した
- 各神格の関係の根拠は、上記でリンクした個別記事の出典欄に記載している

