概要
ヌグは、対をなす神格イェブとともに語られる双子の外なる神である。ラヴクラフト自身の書簡において、ヨグ=ソトースとシュブ=ニグラスの間に生まれた「名もなき子」として位置づけられ、「直径10フィートほどの小さな奴ら」「時にいたずら好きで乱暴だが、それはあくまで無邪気で人懐こい荒っぽさに過ぎない」「この小さな奴らを身近に置いておくのが好きだ」と親しみを込めて評されている[1]。原典での扱いは軽いのに対し、後続の作家・研究者・ファンによる系譜設定の積み重ねが著しく進んだ神格である。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 分類 | 外なる神(後世の体系化による位置づけ) |
| 欧文表記 | NUG |
| 対をなす神格 | イェブ |
| 初出 | 「ザ・ラスト・テスト」(H・P・ラヴクラフト&アドルフ・デ・カストロ合作改稿、1928年) |
| 系譜(ラヴクラフト自身の書簡による) | ヨグ=ソトースとシュブ=ニグラスの子。1933年4月27日付ジェームズ・F・モートン宛書簡(「手紙617号」)の家系図では、アザトースの直系子孫にあたり、クトゥルフはヌグの子孫とされる[1] |
| 信仰の中心地(原典) | 地下世界クン=ヤン、深紅の砂漠のイレム[2] |
| 主な異名 | 原典に固有の異名は記録されていない。「双子の球体神」という呼称は後年の伝承による姿の説明 |
| 象徴・モチーフ | 双子性・陰陽の対、地底世界(クン=ヤン)、名もなき子であることの不確かさ |
初出作品
ヌグという名前は、ラヴクラフト自身の作品から生まれた。ハスターのように神話の外に先行する出典人物は存在しない。
最初に印刷物として現れるのは、H・P・ラヴクラフトとアドルフ・デ・カストロの合作改稿「ザ・ラスト・テスト」(1928年)である。深紅の砂漠から生還した老人が、千柱の都市イレムの地下神殿でこの双子を崇拝していたと語る場面で、ヌグとイェブの名がともに置かれる[2]。
原典での描写
ラヴクラフト自身がヌグの姿や性質にまとまった言及を残したのは、私信の中でのことである。
1933年4月27日付、ジェームズ・F・モートン宛書簡(「手紙617号」)で、ラヴクラフトは次のように書いている。
“Yog-Sothoth’s wife is the hellish cloud-like entity Shub-Niggurath, in whose honour nameless cults hold the rite of the Goat with a Thousand Young. By her he has two nameless offspring—the evil twins Nug & Yeb… As for little Nug & Yeb (only 10 feet in diameter when in their average form)—they are a bit destructive sometimes, though it’s only a playful, good-natured roughness. I like to have the little fellows about…”(訳: 「ヨグ=ソトースの妻は、地獄めいた雲状の存在シュブ=ニグラスであり、名もなき教団は彼女を讃えて『千匹の仔を孕みし山羊』の儀式を行う。彼女との間に二人の名もなき子——邪悪な双子ヌグとイェブ——をもうけた……小さなヌグとイェブについて言えば(平均的な姿では直径10フィートほどでしかない)——時に少々乱暴だが、それはただ無邪気で人懐こい荒っぽさに過ぎない。私はこの小さな奴らを身近に置いておくのが好きだ……」)[1]
この書簡が、ヌグの姿・性質についてラヴクラフト自身が書き残したほぼ唯一の一次資料である。系譜も同じ書簡の家系図に基づき、ヨグ=ソトースとシュブ=ニグラスの子、クトゥルフの祖という位置づけが示されている[1]。
小説としては「ザ・ラスト・テスト」(1928年)が、地下世界クン=ヤンと深紅の砂漠のイレムをヌグ=イェブ崇拝の中心地として描いている[2]。「ザ・マウンド」も同じ舞台設定を踏まえ、信徒たちがこの双子を陰陽の対として見なしていたとする描写を重ねている。
さらに「永劫より」(Out of the Eons、1935年、H・P・ラヴクラフトがヘイゼル・ヒールド名義で代作)には、高位祭司ティヨグ(ト・ヨグ)がガタノトア(サイト内表記はガタノソア)への挑戦を試みる場面があり、この文脈でヌグとイェブの名が、人類に味方しうる神として挙げられている。旧稿ではこの場面をリン・カーターの作としていたが、この作品はダーレス以降の付加ではなく、ラヴクラフト存命中(1935年)に発表された原典である(根拠は「旧稿の記述の扱い」として報告に記載)。
ダーレス以降の変化
ヌグ・イェブの系譜設定を主に積み重ねたのは、オーガスト・ダーレスではなくリン・カーターやロバート・M・プライスら後続の作家・研究者である。原典より後に付け加えられた設定を扱うという、この見出し共通の趣旨に沿ってここにまとめる。
- 姿の変化。当初「双子の球体神」と呼ばれる巨大な楕円形・球状の姿から、シュブ=ニグラスに似た羊のような蹄と角を持つ、直径10フィートほどの母体状の姿へと変化した(後世の作家による書き換え)
- 崇拝主体の追加。後の設定では、ヌグはグールたちの崇拝対象として描かれるようになった(後世の体系化)
- ゾス神話群との間接的接続。リン・カーターは「アウト・オブ・ジ・エオンズ」(高位の祭司ティヨグがガタノトアに対抗する場面を描いたわけではなく、後年の「ゾス神話群」(Xothic Legend Cycle、1971〜1981年)でガタノトア・イソグタ・ゾス=オムモグを一つの系譜としてまとめた作家である。ヌグ・イェブが原典でガタノトアと同じ場面に登場することから、この三神とヌグ・イェブとの間に間接的なつながりが意識されるようになった
- 父神をハスターとする異説。ファン筋の資料には、父神をヨグ=ソトースではなくハスターとする系譜が記録されているが、これはラヴクラフト自身の書簡の系譜と直接矛盾する
- クサクスクルース分裂説。ロバート・M・プライスとローレンス・J・コーンフォードによる『エイボンの書』の注釈には、雌雄同体の外なる神クサクスクルースが子孫を生み出すために自らを雄性・雌性の実体へ分裂させ、その分裂体こそがヌグとイェブであるとする異伝がある。ファン事典にも同様の異伝が記録されており、書簡の系譜とは別の伝承として両論併記すべき位置にある
TRPGでの扱い
現行のTRPG設定資料としては、ケイオシアム社のクトゥルフ神話TRPG第7版の神格大全『マレウス・モンストロルム』(全2巻中第2巻に約120柱の神格を収録)に、ヌグとイェブも収録されている。それ以上の独自のTRPG側設定は確認できていない。
登場作品一覧
| 作品 | 年 | 作者 | この作品が足したもの |
|---|---|---|---|
| ザ・ラスト・テスト | 1928 | H・P・ラヴクラフト&アドルフ・デ・カストロ | 名前の初出。イレムの地下神殿での崇拝対象として[2] |
| 書簡(ジェームズ・F・モートン宛「手紙617号」) | 1933 | H・P・ラヴクラフト | 姿の描写、ヨグ=ソトースとシュブ=ニグラスの子という系譜[1] |
| ザ・マウンド | – | H・P・ラヴクラフト&ゼリア・ビショップ | クン=ヤン/イレムを崇拝の中心地として補強。双子を陰陽の対とする信徒の見方 |
| 永劫より(Out of the Eons) | 1935 | H・P・ラヴクラフト(ヘイゼル・ヒールド名義代作) | ティヨグのガタノトアへの挑戦の場面で、人類に味方しうる神として名が挙がる |
| ゾス神話群(Xothic Legend Cycle) | 1971〜1981 | リン・カーター | ガタノトア・イソグタ・ゾス=オムモグの系譜整理。ヌグ・イェブとの間接的接続の文脈 |
| マレウス・モンストロルム | – | ケイオシアム社(編) | 現行TRPG設定資料としてヌグとイェブを収録 |
関連神格・地域・書物
神格
- イェブ — 常に対をなす双子。書簡の系譜ではともにヨグ=ソトースとシュブ=ニグラスの子
- ヨグ=ソトース — 書簡の系譜における父
- シュブ=ニグラス — 書簡の系譜における母
- クトゥルフ — 書簡の系譜ではヌグの子孫とされる
- ハスター — ファン筋の一部資料で父とされる異説があるが、書簡の系譜とは矛盾する
- ガタノトア・イソグタ・ゾス=オムモグ — 「永劫より」・「ゾス神話群」を通じた間接的なつながり
地域
- クン=ヤン — 信仰の中心地とされる地下世界
- イレム(深紅の砂漠) — 「ザ・ラスト・テスト」で地下神殿の所在地とされる。単独記事は未確認
書物
- エイボンの書 — プライス&コーンフォードによる注釈で、クサクスクルース分裂説の典拠とされる
参考文献
- [1] “Yog-Sothoth’s wife is the hellish cloud-like entity Shub-Niggurath, in whose honour nameless cults hold the rite of the Goat with a Thousand Young. By her he has two nameless offspring—the evil twins Nug & Yeb… As for little Nug & Yeb (only 10 feet in diameter when in their average form)—they are a bit destructive sometimes, though it’s only a playful, good-natured roughness. I like to have the little fellows about…”(訳: 「ヨグ=ソトースの妻は、地獄めいた雲状の存在シュブ=ニグラスであり、名もなき教団は彼女を讃えて『千匹の仔を孕みし山羊』の儀式を行う。彼女との間に二人の名もなき子——邪悪な双子ヌグとイェブ——をもうけた……小さなヌグとイェブについて言えば(平均的な姿では直径10フィートほどでしかない)——時に少々乱暴だが、それはただ無邪気で人懐こい荒っぽさに過ぎない。私はこの小さな奴らを身近に置いておくのが好きだ……」) — H. P. Lovecraft, 書簡(ジェームズ・F・モートン宛「手紙617号」、1933年4月27日付、書簡原文の引用)。書簡の本文は当サイトでは一次資料で確認していない(以前の出典はファンサイトだったため外した)
- [2] “I talked in Yemen with an old man who had come back alive from the Crimson Desert—he had seen Irem, the City of Pillars, and had worshipped at the underground shrines of Nug and Yeb”(訳: 「私はイエメンで、深紅の砂漠から生きて帰ってきた老人と話したことがある——彼は千柱の都イレムを見、ヌグとイェブの地下神殿で礼拝を行ったのだ」) — H. P. Lovecraft & Adolphe de Castro, “The Last Test”(1928年), hplovecraft.com
FAQ
Q. ヌグの父神はヨグ=ソトースで確定していますか。A. ラヴクラフト自身の書簡(手紙617号)の系譜ではヨグ=ソトースとシュブ=ニグラスの子とされていますが、ファン筋の資料には父神をハスターとする異説も記録されており、一次資料の系譜と矛盾したまま並立しています。
Q. ヌグとイェブはエジプト神話のヌトとゲブに由来するのですか。A. 「Nug」「Yeb」という名前がエジプトの神々ヌトとゲブを連想させるという語源的推測がファン筋にありますが、ラヴクラフト自身がこれを明言した記録はなく、確証のない推測にとどまります。
Q. 蒸気状のガスと固形物からなる姿というのは公式設定ですか。A. いいえ。日本の同人・ファン事典に見られる独自の外見描写であり、原典やケイオシアムの公式設定とは異なるファン創作の域にとどまります。「黒き連祷」という出典不明の資料に基づく赤と黒の竜とする説や、陰陽二極の具現化とする説も同様に、一次資料としての裏付けが薄い解釈です。
Q. ヌグはリン・カーターが「アウト・オブ・ジ・エオンズ」で作った神格ですか。A. いいえ。「アウト・オブ・ジ・エオンズ(永劫より)」は1935年、ラヴクラフト存命中にヘイゼル・ヒールド名義で発表された原典です。リン・カーターが手がけたのは1971年以降の「ゾス神話群」で、ガタノトア・イソグタ・ゾス=オムモグの系譜を整理した仕事であり、ヌグ・イェブの登場場面そのものを書いたわけではありません。





