概要
ニョグタは、ヘンリー・カットナー『セイラムの恐怖』(The Salem Horror、*Weird Tales* 1937年5月号)に登場する存在である[2]。作中に引用される架空の魔道書『ネクロノミコン』の一節では「暗黒に住まうもの」「旧きものたちの同胞である、あるべからざるもの」と記され[1]、セイラムに巣食う魔女アビー・プリンの信仰の対象として物語の底に潜む。姿を見せるのは終盤のみで、大半は引用文と伝聞によってその存在感が積み上げられていく構成を取る。
ラヴクラフト自身の著作にニョグタは登場しない。創造したのはヘンリー・カットナーであり、ラヴクラフトと文通のあった同時代作家の一人である。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 分類 | 旧支配者(後世の整理による位置づけ。作中の『ネクロノミコン』引用では「旧きものたちの同胞」) |
| 欧文表記 | NYOGTHA |
| 初出 | 「セイラムの恐怖」The Salem Horror(*Weird Tales* 1937年5月号)[2] |
| 作者 | ヘンリー・カットナー |
| 座 | セイラムの古い屋敷、「魔女の間」の鉄の円盤の下に隠された竪坑 |
| 別名 | 暗黒に住まうもの(the Dweller in Darkness)、あるべからざるもの(the Thing that should not be)、旧きものたちの同胞(that brother of the Old Ones)[1] |
初出作品
ニョグタという名前が現れる作品は、ヘンリー・カットナー「セイラムの恐怖」(*Weird Tales* 1937年5月号)ただ一作のみである[2]。ハスターやクトゥルフのように、別の作家が先に同名の存在や語を書き、後の作家が神話へ編入したという経緯はない。名前・設定ともに、この一作で初めて世に出た。
カットナーはラヴクラフトと文通のあった同時代作家であり、本サイトでは同時代サークル層として扱う。ラヴクラフト自身がニョグタに言及した記録は、現行本文の範囲では確認できていない。
原典での描写
「セイラムの恐怖」の劇中に引用される架空の魔道書『ネクロノミコン』は、ニョグタについて次のように記す。
“Men know him as the Dweller in Darkness, that brother of the Old Ones called Nyogtha, the Thing that should not be.”(訳: 「人々は彼を暗黒に住まうものと呼ぶ。旧きものたちの同胞にしてニョグタと呼ばれる、あるべからざるものである」)[1]
召喚の経路についても、劇中の同書は次のように記す。
“He can be summoned to Earth’s surface through certain secret caverns and fissures, and sorcerers have seen him in Syria and below the black tower of Leng; from the Thang Grotto of Tartary he has come ravening to bring terror and destruction among the pavilions of the great Khan.”(訳: 「彼は特定の秘められた洞窟や地割れを通じて地上に召喚され得る。魔道士たちは彼をシリアで、またレン高原の黒い塔の下で目撃してきた。韃靼のタング洞窟からは、大ハーンの陣営に恐怖と破壊をもたらすべく貪欲に襲来したこともある」)[3]
原典中では「旧きものたち(the Old Ones)」と血縁的に近い存在として記述されるのみで、詳しい系譜や体系上の位置づけは説明されない。
象徴・モチーフとしては次のものが原典に描かれている。
- 鉄の円盤 — 「魔女の間」の床にあり、その下の竪坑にニョグタが潜む。封印であり、同時に召喚の門でもある
- ループ十字(アンク) — 撃退の儀式に用いられる呪具[5]
- 不定形の黒 — 液体でも固体でもない、虹色に光る漆黒のゼラチン質の塊として顕現する[6]
- 秘められた洞窟と地割れ — シリア、レン高原の黒い塔の下、韃靼のタング洞窟など、原典が言及する伝説上の出現地[3]
性質・権能としては次の点が読み取れる。
- 撃退にはループ十字(アンク)・ヴァチ=ヴィラジの呪文・ティッコウンの霊液の三つが必要とされる[5]
- 死んだ魔女アビー・プリンの意志は「魔女の間」を介してのみ現世に働きかけることができ、標的の生命力を吸い取って顕現の依り代とする[4]
- 顕現は、鉄の円盤の下から溢れ出す虹色に光る漆黒の塊であり、液体でも固体でもない恐ろしくゼラチン状の質量として描かれる[6]
- 占い師リーはアンクを掲げ「Ya na kadishtu nilgh’ri…stell’hsna kn’aa Nyogtha…k’yarnak phlege-thor」という呪文を唱え[7]、投げつけた小瓶によってこれを撃退する。黒い塊は焼け爛れるように崩れて後退し、触手で身代わりの亡骸と鉄の円盤を穴の底へ引きずり込んで去る[8]
物語の関係軸は、死してなお「魔女の間」を通じて主人公カーソンの精神を操る魔女アビー・プリンと、その意志に応えてニョグタを地上へ引き寄せようとする構図、そしてそれを察知し撃退に動く占い師リーとの対立にある。ニョグタ自身は終始「呼び出される側」であり、能動的に語る場面は原典に存在しない。撃退後も消滅の描写はなく、竪坑の底へ「去った」と描かれるのみで[8]、封印し直されたと読むのが原典に忠実である。
ダーレス以降の変化
現行本文にオーガスト・ダーレスの関与を示す記述は見当たらない。「後世の事典的整理では旧支配者に数えられる」という記述はあるものの、誰がその整理を行ったかまでは特定できず、ダーレス起源と断定するには材料不足だ。
TRPGでの扱い
クトゥルフ神話TRPGでのニョグタの扱いを示す記述は、現行本文に見当たらない。TRPG側の設定については未確認のままとする。
登場作品一覧
| 作品 | 年 | 作者 | この作品が足したもの |
|---|---|---|---|
| セイラムの恐怖(The Salem Horror) | 1937 | ヘンリー・カットナー | ニョグタという存在そのもの。名前・設定・唯一の描写[1][2] |
唯一の原典であるこの一作は、作家志望の主人公カーソンが借りた古い屋敷が、かつて処刑された魔女アビー・プリンの家であったことから始まる怪異譚である。魔女の肖像画に宿る意志にじわじわと精神を侵食されていく前半の心理的恐怖と、終盤の召喚・撃退のクライマックスの対比が読みどころ。劇中『ネクロノミコン』からの引用でニョグタの由来を語る手法は、ラヴクラフト作品群の「偽典による裏付け」の型を踏襲している。
関連神格・地域・書物
関連する存在
- 旧きものたち(the Old Ones) — 作中『ネクロノミコン』の引用がニョグタを「同胞」と位置づける[1]。どの神話存在を指すかは原典に明記が無く、他作品に登場する「Old Ones」「Elder Things」等と同一かどうかは未照合
書物
- ネクロノミコン — 劇中に引用される架空の魔道書。ニョグタに関する記述の出典として作中で扱われる
地域
- セイラムの古い屋敷、「魔女の間」の鉄の円盤の下の竪坑 — ニョグタの座とされる場所
- シリア、レン高原の黒い塔の下、韃靼のタング洞窟 — 劇中『ネクロノミコン』が言及する伝説上の出現地[3]
参考文献
- [1] “Men know him as the Dweller in Darkness, that brother of the Old Ones called Nyogtha, the Thing that should not be.”(訳: 「人々は彼を暗黒に住まうものと呼ぶ。旧きものたちの同胞にしてニョグタと呼ばれる、あるべからざるものである」) — Henry Kuttner, “The Salem Horror”(Weird Tales, 1937年5月号)劇中『ネクロノミコン』引用部, Project Gutenberg
- [2] “This etext was produced from Weird Tales May 1937.”(訳: 「この電子テキストはWeird Tales誌1937年5月号より作成された」) — Project Gutenberg版巻頭のTranscriber’s Note, Project Gutenberg
- [3] “He can be summoned to Earth’s surface through certain secret caverns and fissures, and sorcerers have seen him in Syria and below the black tower of Leng; from the Thang Grotto of Tartary he has come ravening to bring terror and destruction among the pavilions of the great Khan.”(訳: 「彼は特定の秘められた洞窟や地割れを通じて地上に召喚され得る。魔道士たちは彼をシリアで、またレン高原の黒い塔の下で目撃してきた。韃靼のタング洞窟からは、大ハーンの陣営に恐怖と破壊をもたらすべく貪欲に襲来したこともある」) — 同上、劇中『ネクロノミコン』引用部, Project Gutenberg
- [4] “You’re caught in the trap, and it’s too late for you to extricate yourself so long as Abbie Prinn’s brain controls you through the Witch Room. And the worst part of it is that she can only manifest herself with your aid—she drains your life forces, Carson, feeds on you like a vampire.”(訳: 「お前は罠にかかっている。アビー・プリンの脳が『魔女の間』を通じてお前を支配している限り、抜け出すには手遅れだ。しかも最悪なのは、彼女はお前の助けを借りてでしか顕現できないということだ——彼女はお前の生命力を吸い取り、カーソン、吸血鬼のようにお前を糧としているのだ」) — 占い師リーの台詞, Project Gutenberg
- [5] “Only by the looped cross, by the Vach-Viraj incantation and by the Tikkoun elixir may he be driven back to the nighted caverns of hidden foulness where he dwelleth.”(訳: 「ループ十字によって、ヴァチ=ヴィラジの呪文によって、そしてティッコウンの霊液によってのみ、彼が住まう隠された汚穢の夜の洞窟へと追い返すことができる」) — 劇中『ネクロノミコン』引用部, Project Gutenberg
- [6] “a great wave of iridescent blackness, neither liquid nor solid, a frightful gelatinous mass, came pouring straight for Leigh.”(訳: 「虹色に光る漆黒の大きな波が、液体でも固体でもない、恐ろしいゼラチン状の塊となって、まっすぐリーめがけて押し寄せてきた」) — 顕現の場面, Project Gutenberg
- [7] “Ya na kadishtu nilgh’ri … stell’hsna kn’aa Nyogtha … k’yarnak phlege-thor”(呪文のため訳出せず、原文のまま掲載) — 占い師リーの撃退呪文, Project Gutenberg
- [8] “A pseudopod of blackness elongated itself from the central mass and like a great tentacle clutched the corpse-like being, dragged it back to the pit and over the brink.”(訳: 「黒い塊の中心部から擬足が伸び、巨大な触手のように死体じみた存在を掴むと、穴の縁を越えて竪坑の底へと引きずり戻した」) — 撃退後の結末部, Project Gutenberg
FAQ
Q. ラヴクラフト自身が創造した神?A. ヘンリー・カットナーの創造。ラヴクラフトと文通のあった同時代作家の一人であり、本サイトでは同時代サークル層として扱う。
Q. 作中で正体や由来が詳しく説明される?A. されない。人物像は劇中作『ネクロノミコン』からの短い引用と、召喚・撃退の場面から窺えるのみで、原典自体が多くを語らない設計になっている。
Q. 撃退されて消滅した?A. 消滅の描写はない。触手で身代わりの亡骸と鉄の円盤を引きずり込み、竪坑の底へ「去った」と描かれるのみで[8]、封印し直されたと読むのが原典に忠実である。





