旧神(TRPGでの後世の分類。原典では神格としての実在自体が確定しない) — HYPNOS

ヒュプノス

原典

短編「Hypnos」の語り手が眠りの果てで対峙した、友人か、彫像か、それとも神そのものか――正体の定まらない存在。原典では神格としての実在が最後まで確定しないまま、1957年のダーレスの作品で眠りの神として神話体系に組み込まれた。

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ヒュプノス
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概要

ヒュプノスは、正体が最後まで確定しない存在である。

H・P・ラヴクラフトの短編「Hypnos」(1922年3月執筆/1923年5月発表)の結末に姿を現す、正体の定まらない存在――それがヒュプノスである。物語は冒頭から「意志の力も、人智の生んだいかなる薬も、眠りという深淵から自分を守ってはくれない」という祈りにも似た一文で幕を開け[1]、最後まで不穏な眠りの主題を貫く。原典本文の中でこの存在が「神」であると明言される箇所は一度もなく、その実在自体が最後まで宙づりにされたまま物語は終わる。この曖昧さこそが本記事の中心的な主題である。

1957年、オーガスト・ダーレスの作品でヒュプノスは初めて「眠りの神」として神話体系に組み込まれ、後年のTRPG資料ではさらに旧神(Elder God)として体系化された。

項目内容
分類旧神(TRPGでの後世の分類。原典に神格としての確定した記述はない)
欧文表記Hypnos / ΥΠΝΟΣ(原典で大理石像の台座に刻まれるギリシャ文字表記)
初出短編「Hypnos」(1922年3月執筆/1923年5月《The National Amateur》誌初出、1924年5-7月合併号《Weird Tales》誌に再録)
神話への編入オーガスト・ダーレス「アルハザードのランプ」(1957年10月号《The Magazine of Fantasy and Science Fiction》)で眠りの神として言及
別名・呼称原典中でこの固有名が語られるのは、物語結末の大理石像の台座に刻まれた銘のみ。他の呼称は確認できていない

初出作品

ヒュプノスという名前は、ハスターのようにクトゥルフ神話の外で使われていた固有名ではない。この存在が文献に現れるのは、H・P・ラヴクラフトの短編「Hypnos」(1922年3月執筆)ただ一度きりである。初出は1923年5月《The National Amateur》誌で、1924年5-7月合併号《Weird Tales》誌に再録された。日本語では「ヒュプノス」の表記が定着している。

名称そのものは、一般に眠りの神として知られるギリシャ神話のヒュプノスと同一である。ただしこれはラヴクラフト作品内で明言される系譜ではない。あくまで作品の題名の由来となったギリシャ神話上の呼び名であり、原典本文でその由来が語られることはない。ギリシャ神話のヒュプノスと、この短編に登場する正体不明の存在は、別のものとして扱う必要がある。

原典での描写

ラヴクラフトが描いたのは、正体を最後まで明かさない一人の「友人」である。

物語は次の一文で幕を開ける。

“May the merciful gods, if indeed there be such, guard those hours when no power of the will, or drug that the cunning of man devises, can keep me from the chasm of sleep.”(訳: 「慈悲深い神々が、もしそのようなものが本当にいるとすれば、意志の力も、人智の生んだいかなる薬も、眠りという深淵から私を守ることのできない、あの時間を見守ってくださいますように」)[1]

語り手である彫刻家は、駅で行き倒れていた美貌の友人と出会う。その額は「ペンテリコン山の大理石のように白く、高さも幅もほとんど神のごとき」ものだったと語られ[4]、以後二人は薬物の助けを借りて「物質・時間・空間よりもさらに深いところにある、より広大で、より恐るべき、朧げな実体と意識の宇宙」を共に探求する[5]。

友人は語り手より先に「境界」へと踏み込んだ。ある夜、友人の顔が霞んで消えたと思うと、語り手自身は突破できない障壁に突き当たる。それは友人が既に通り抜けた障壁だった[6]。友人はその後二年ほどして、天球上の特定の一点――かんむり座(Corona Borealis)の方角を病的に恐れるようになる[7]。そして友人が深い眠りに落ちて二度と目覚めなくなった夜、暗い北東の方角から「恐ろしい紅金色の光の筋」が差し込み、周囲を照らすことなくただ眠る友人の頭部だけを照らし出した[8]。

物語の結末で明かされるのは、友人が売り渋っていた最後の彫像である。人々は、美しい髭の顔と歪んだ微笑み、オリュンポス風の額、罌粟の冠をいただく巻き毛を持つその大理石像を指し示し、その台座には古代アッティカの文字で「ΥΠΝΟΣ」という一つの名が刻まれていた、と語る[2]。

“…upon the marble base is carven a single name in the letters of Attica— ‘ΥΠΝΟΣ.”(訳: 「……その大理石の台座には、古代アッティカの文字で一つの名が刻まれている——ΥΠΝΟΣ」)[2]

原典本文でこの存在が「神」であると明言される箇所は一度もない。周囲の人々は語り手について「私には友人などいなかった、と人々は言った。理由はわからないが、芸術と哲学と狂気が私の悲劇的な生涯を満たしていたのだ、と」語ったとされ[3]、そもそも「友人」として登場した存在が実在の人格だったのか、神的存在だったのか、あるいは語り手の妄想や彫像の見誤りに過ぎなかったのかという問い自体、原典の中では最後まで一切解消されない。読みどころは、事件の真相を最後まで一切明かさないラヴクラフトの筆致そのものである[3]。

この存在は、原典では外なる神・旧支配者・旧神のいずれにも分類されていない。それどころか、そもそも「クトゥルフ神話」という体系に属する神格として書かれてすらいない。象徴として描かれるのは、眠りと覚醒の境界、忘却と自己の喪失、彫像と実体の入れ替わり、そしてかんむり座から差す光であり、いずれも「神の権能」としてではなく、語り手の視点から見た友人の探求の軌跡として語られる。

ダーレス以降の変化

ヒュプノスを「眠りの神」として神話体系に組み込んだのは、オーガスト・ダーレスである。

1957年、ダーレスは「アルハザードのランプ」(1957年10月号《The Magazine of Fantasy and Science Fiction》)において、ヒュプノスをシュブ=ニグラス・旧支配者・その使者ナイアーラトテップらと並べて「眠りの神」として言及した。これが、ヒュプノスをクトゥルフ神話の体系へ正式に組み込んだ最初期の作品となる。

この体系上の位置づけは、すべて後世の付加である。フランシス・T・レイニー、およびそれを踏襲したリン・カーターの神名辞典では、ヒュプノスは地球本来の神々(Earth’s Gods)に分類されており、ダーレスの位置づけとは一致しない。ダーレス自身が定めた「Elder Gods」という区分そのものが本来あいまいなものであり、後にゲイリー・マイヤーズがこの区分を、ラヴクラフトのドリームランド作品に登場する地上的な神々(ノーデンス・ヒュプノス・バストなど)へ置き換えたという経緯も知られている。

TRPGでの扱い

クトゥルフ神話TRPGのドリームランド(幻夢境)関連資料では、ヒュプノスは現実世界とドリームランドの境界を守護する旧神(Elder God)として分類される。

  • ドリームランドでの無分別な行為がヒュプノスの怒りを買う一方、篤実な夢見人には恩恵を与える存在とされる(TRPG資料による後世の一般化。当サイトでは一次資料での確認はできていない)
  • 一方で、フランシス・T・レイニーやリン・カーターの神名辞典では地球本来の神々(Earth’s Gods)に分類されており、資料間で一貫していない

原典に、こうした権能や分類の設定は無い。いずれも後世の体系化によるものである。

登場作品一覧

作品年作者この作品が足したもの
Hypnos1922年執筆/1923年発表H・P・ラヴクラフト唯一の原典。正体不明の存在としての初出。神格かどうかは最後まで確定しない[1]〜[8]
アルハザードのランプ1957オーガスト・ダーレスシュブ=ニグラス・旧支配者・ナイアーラトテップと並べ、眠りの神として神話体系へ編入

この表がヒュプノスという神格の性格を最もよく表している。原典に登場するのはただの一作のみで、「神」としての体系上の位置づけは、丸ごとダーレス以降の後付けである。

関連神格・地域・書物

神格

  • シュブ=ニグラス — ダーレス「アルハザードのランプ」で並べて言及された神格
  • ナイアーラトテップ — 同作で、シュブ=ニグラスの使者として並べて言及された
  • ノーデンス — ゲイリー・マイヤーズによる「Elder Gods」再定義で、ヒュプノスと共に地上的な神々として挙げられた
  • ギリシャ神話の眠りの神ヒュプノス — 名称の由来。夜の女神ニュクスの子とされるが、原典で系譜が明言されるわけではなく、別のものとして扱う必要がある

分類の考え方

参考文献

  • [1] “May the merciful gods, if indeed there be such, guard those hours when no power of the will, or drug that the cunning of man devises, can keep me from the chasm of sleep.”(訳:「慈悲深い神々が、もしそのようなものが本当にいるとすれば、意志の力も、人智の生んだいかなる薬も、眠りという深淵から私を守ることのできない、あの時間を見守ってくださいますように」) — H. P. Lovecraft, “Hypnos”(1922年3月執筆/1923年5月発表), hplovecraft.com
  • [2] “…point with ecstasy at the thing which the shining shaft of light left cold, petrified, and unvocal…with beauteous bearded face, curved, smiling lips, Olympian brow, and dense locks waving and poppy-crowned. They say that that haunting memory-face is modelled from my own, as it was at twenty-five, but upon the marble base is carven a single name in the letters of Attica— ‘ΥΠΝΟΣ.”(訳:「……輝く光の筋が冷たく石化させ、声を奪ったものを、人々は恍惚として指し示す……美しい髭の顔、湾曲した微笑む唇、オリュンポス風の額、そして波打つ罌粟の冠を戴いた豊かな巻き毛を持つそれを。人々はその見る者の記憶に付きまとう顔が、二十五歳の頃の私自身を象ったものだと言う。だがその大理石の台座には、古代アッティカの文字で一つの名が刻まれている——ΥΠΝΟΣ」) — H. P. Lovecraft, “Hypnos”, hplovecraft.com
  • [3] “They have said, I know not for what reason, that I never had a friend, but that art, philosophy, and insanity had filled all my tragic life.”(訳:「私には友人などいなかった、と人々は言った。理由はわからないが、芸術と哲学と狂気が私の悲劇的な生涯を満たしていたのだ、と」) — H. P. Lovecraft, “Hypnos”, hplovecraft.com
  • [4] “…his brow was white as the marble of Pentelicus, and of a height and breadth almost godlike.”(訳:「……彼の額はペンテリコン山の大理石のように白く、高さも幅もほとんど神のごとき趣があった」) — H. P. Lovecraft, “Hypnos”, hplovecraft.com
  • [5] “They were of that vaster and more appalling universe of dim entity and consciousness which lies deeper than matter, time, and space”(訳:「それらは、物質・時間・空間よりもさらに深いところにある、より広大で、より恐るべき、朧げな実体と意識の宇宙に属するものだった」) — H. P. Lovecraft, “Hypnos”, hplovecraft.com
  • [6] “Suddenly that face became dim and quickly disappeared, and in a brief space I found myself projected against an obstacle which I could not penetrate…I had, I felt, been halted by a barrier which my friend and leader had successfully passed.”(訳:「不意にその顔は霞み、瞬く間に消え去った。そして間もなく、私は自分が突破できない障壁に突き当たっていることに気づいた……私は、我が友であり導き手であった彼が首尾よく通り抜けた障壁によって、行く手を阻まれたのだと感じた」) — H. P. Lovecraft, “Hypnos”, hplovecraft.com
  • [7] “Only after two years did I connect this fear with anything in particular; but then I began to see that he must be looking at a special spot on the celestial vault whose position at different times corresponded to the direction of his glance—a spot roughly marked by the constellation Corona Borealis.”(訳:「その恐怖を何か特定のものと結びつけられたのは、二年が経ってからのことだった。だが私はやがて、彼が天球上のある特定の一点――時々刻々その位置を変える、彼の視線の向きに対応する一点、おおよそかんむり座によって示される一点を見つめているに違いないと悟るようになった」) — H. P. Lovecraft, “Hypnos”, hplovecraft.com
  • [8] “…there appeared from the black northeast corner a shaft of horrible red-gold light—a shaft which bore with it no glow to disperse the darkness, but which streamed only upon the recumbent head of the troubled sleeper, bringing out in hideous duplication the luminous and strangely youthful memory-face.”(訳:「……黒々とした北東の隅から、恐ろしい紅金色の光の筋が現れた――それは暗闇を払うような輝きを伴わず、ただ苦しむ眠り手の横たわる頭部だけを照らし出し、あの光り輝く、奇妙なまでに若々しい記憶の顔を、忌まわしいまでに写し出した」) — H. P. Lovecraft, “Hypnos”, hplovecraft.com

FAQ

Q. ヒュプノスは原典の中で「神」として明確に描かれているのですか?A. いいえ。原典「Hypnos」の本文中で、この存在が超自然的な神格であると明言される箇所はありません。物語の結末で見つかった大理石像の台座に刻まれた「ΥΠΝΟΣ」という銘以外に、神格であることを示す直接的な記述はなく、友人の正体は超自然的な神・薬物中毒による幻覚・彫像の見誤りのいずれとも解釈できる形で終わります。周囲の人々は語り手について「そもそも友人などいなかった」とすら語っています。「眠りの神」としての体系上の位置づけは、1957年のオーガスト・ダーレスの作品による後付けです。

Q. TRPGの「クトゥルフの呼び声」ではヒュプノスはどう分類されていますか?A. ドリームランド(幻夢境)関連資料では、現実世界とドリームランドの境界を守る旧神(Elder God)として扱われることが多いですが、フランシス・T・レイニーやリン・カーターの神名辞典では地球本来の神々に分類されるなど、資料間で食い違いが見られます。ダーレス自身が設けた「Elder Gods」という区分そのものがもともと厳密でなかったことが、この一貫しなさの背景にあります。

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