概要
リチャード・アプトン・ピックマンは、「ピックマンのモデル」(1926年執筆/1927年発表)に登場する画家。ボストン随一の技量を持つ写実主義の画家として作中で称えられるが、その絵の異様な生々しさゆえに友人を一人また一人と失い、物語の結末では、その絵が想像の産物ではなく実在するものを写生した「生きた実物からの写真」であったことが暗示される。もう一つの登場作「未知なるカダスを夢に求めて」では、グールと化した姿で夢の国に再登場するとされる。
基本プロフィール
- 分類: 人物
- 欧文表記: RICHARD UPTON PICKMAN
- 初出: 「ピックマンのモデル」(1926年9月執筆/1927年10月『ウィアード・テイルズ』誌発表)
- 登場作品: 「ピックマンのモデル」(1926年執筆/1927年発表)、「未知なるカダスを夢に求めて」(1926年執筆/1943年刊行、グールとして再登場するとされる)の2作
原典での描写
画家としての評判と絵の特徴
サーバーは、ピックマンの絵に宿る力について「これまでどんな人間も持ったことがなく、願わくは天に誓ってこれから先も二度と持つ者が現れてほしくないほど、それを持っていた」と語る[6]。作中で語られる代表作には、コップス・ヒル埋葬地を舞台にした群像や、ボストン地下鉄の工事現場を食屍鬼の群れが襲う「地下鉄の惨事」、ビーコン・ヒルの地中を怪物の大軍が這い回る一枚など、ボストンの実在の地名を背景に据えた絵が並ぶ。サーバーは「狂気と怪異は前景の姿に宿っていた——ピックマンの病的な芸術は、何よりもまず悪魔じみた肖像画だったからだ」と振り返る[7]。
ノース・エンドの隠れ家
ピックマンは秘密の仕事場について、「地下で絵を描いている、そこがいちばんインスピレーションの濃い場所だからだ。地上にも別の部屋を用意している。家主はシチリア人で、ピータースの名前で借りている」と語り手に明かす[8]。案内された隠れ家は表通りからほど近い場所にありながら、板で塞がれた窓と、十七世紀まで遡る煉瓦造りの古井戸を地下に抱える、打ち捨てられかけた一角だった。
写真とモデルの正体
物語の結末、語り手は前夜に無意識に持ち帰っていた紙片を確かめる。「それは彼が使っていたモデルそのものであり、その背景も地下アトリエの壁を克明に写し取ったにすぎなかった。だが神に誓って、エリオット、それは生きた実物を写した写真だった」[9]。
食屍鬼となったピックマンの姿とカーターへの助力
カーターは地の底の断崖をよじ登った先で食屍鬼の一群に助け出され、その中にかつての友人だった一体を見出す。「そこ、ボストンの元祖墓地から盗まれた1768年の墓石の上に、かつて画家リチャード・アプトン・ピックマンだった食屍鬼が座っていた。それは裸で、ゴムのように柔らかく、食屍鬼じみた人相を身につけ過ぎて、その人間だった出自はすでに判然としなくなっていた」[10]。それでも片言の英語は覚えており、うなり声と単音節、食屍鬼の吠え声混じりの言葉でカーターと意思を通わせることができた。以後ピックマンは食屍鬼の有力者として、道案内や合言葉の伝授、月獣に囚われた仲間の食屍鬼を救う戦いの指揮など、要所でカーターを助ける。カダス行きを願うカーターに対し、食屍鬼たちは「彼が月獣征服で食屍鬼たちに力を貸したように、食屍鬼たちも、誰も戻ったことのない領域への彼の大胆な旅に力を貸そうとした。味方の夜鬼を数体貸すだけでなく、その全軍を貸し与えた」[11]。カーターとピックマンを乗せた軍勢はカダス山頂のオニキスの城に運ばれるが、そこで正体不明の力によって三度のラッパの音とともに散り散りにされ、カーターは独り取り残される。この後の原文にピックマンの消息を語る記述はない。
別名・呼称
作中で特に別名は与えられていない。ただし「未知なるカダスを夢に求めて」ではグール(食屍鬼)と化した姿で再登場するとされ、人間としての「ピックマン」とグールと化した後の姿とでは、在り方が大きく異なる(後述)。
人物像・性格
語り手(サーバー)は物語の冒頭、「ボストンにリチャード・アプトン・ピックマン以上の画家はいなかった」と述べ、ピックマンが問題作「グールの饗宴」を発表した後も自分だけは彼への評価を変えなかったと語る[1]。もっとも、この絵をきっかけに友人ジョー・マイノットはピックマンとの交際を絶っており、周囲の人間関係を次々と断つほどの衝撃を絵に与える画家だったことがうかがえる[2]。
ピックマン自身は、居住地についても独自の美学を語る人物として描かれる。「芸術家が住むべき場所はノース・エンドだ。気取り屋でも本気なら、積み重なった伝統のためにスラム街を我慢するはずだ」と語り手に説き[3]、地元の地理にも通じ、「地図や記録や案内書が本当にノース・エンドの何を伝えるというのか……プリンス街より北には、そこに群れる外国人移民以外、生きている人間の十人足らずしか知らない30〜40本の路地とその網の目がある」と豪語する[4]。
生涯・経歴
物語は、語り手(サーバー)がかつての友人ピックマンについて、なぜ交際をやめたのかを友人エリオットへ語り聞かせる一人称独白の形式で進む。ピックマンの絵は、ボストンの地下鉄工事現場を食屍鬼(グール)の群れが襲う光景や、コップス・ヒルの墓地での踊りなど、あまりにも生々しい写実性で周囲を戦慄させていた。ピックマンは自作について「写真を背景に使う」と語り手に説明し、ノース・エンドの秘密の地下アトリエへ案内する。そこで見せられた未完成の巨大なキャンバスと、壁に貼られた「背景用の写真」に語り手は極度の恐怖を覚え、ほとんど失神しかけて逃げ帰る。後日、上着のポケットから、あの時とっさに丸めて持ち帰っていた紙片が見つかる――それは背景の写真などではなく、ピックマンが描いていた怪物そのものを写した、正真正銘の「生きた実物からの写真」であった(あらすじの詳細は「ピックマンのモデル」を参照)。
物語の最後、語り手はピックマンを「私が知る最も偉大な芸術家にして、生と神話と狂気の淵の境界を飛び越えた最も不潔な存在」と評し、「彼は厳密には人間ではなかった」と結論づける[5]。
ピックマンはセイレムの旧家の出で、1692年に絞首刑にされた魔女を先祖に持つと、「ピックマンのモデル」の作中で語り手が明かしている[12]。ピックマン自身も、その魔女が「ギャロウズ・ヒルで絞首刑にされた四代前の祖母」にあたると語り手に語った[13]。ピックマン家が16世紀のギリシャ語版『ネクロノミコン』を所蔵していたという噂については、当サイトが参照した「ピックマンのモデル」「未知なるカダスを夢に求めて」の原文には記載がなく、当サイトでは確認していない。
もう一つの登場作「未知なるカダスを夢に求めて」(1926年執筆/1943年刊行)では、グールと化したピックマンが夢の国でランドルフ・カーターに目撃され、カーターや仲間の食屍鬼(グール)の軍勢と共にカダスを目指して飛翔する場面が原文で確認できる(詳細は「原典での描写」を参照)。カダスのオニキスの城に到達した直後、軍勢は正体不明の力によって三度のラッパの音とともに散り散りにされ、カーターは独り取り残される。原文はこの力をニャルラトホテプの仕業と明言していない。その後のピックマンの消息を語る記述も原文には無い。
他の人物・存在との関係
語り手(サーバー)とは長らく友人関係にあったが、地下アトリエで見せられたものへの恐怖から交際を絶つに至る。友人ジョー・マイノットは、それより早く「グールの饗宴」の発表を機にピックマンと絶交している[2]。「未知なるカダスを夢に求めて」では、グールと化した後の姿でランドルフ・カーターの夢の国の旅に同行し、道案内や合言葉の伝授、月獣に囚われた仲間の食屍鬼を救う戦いの指揮など、要所でカーターを助ける存在として描かれる。カダスのオニキスの城では、正体不明の力によって軍勢ごとカーターから引き離されるが、原文はこれをニャルラトホテプの仕業と明言していない。
主要登場作と読みどころ
- 「ピックマンのモデル」(1926年執筆/1927年発表): ピックマン登場作の本編。一人称独白による緊張感の醸成と、「絵の題材が写真ではなく実物だった」という最後の一行の反転が読みどころ
- 「未知なるカダスを夢に求めて」(1926年執筆/1943年刊行): グールと化したピックマンが再登場する長編。ランドルフ・カーターの夢の国探索を助け、カダスの城で軍勢ごと引き離されるまでの顛末が原文で確認できる
よくある誤解
Q. ピックマンは最初からグールだったのですか?A. いいえ。「ピックマンのモデル」の時点では人間の画家として描かれ、物語の結末で語り手が「厳密には人間ではなかった」と評するにとどまる[5]。グールそのものとして明確に描かれるのは、伝えられる限りでは別の作品「未知なるカダスを夢に求めて」での再登場後とされる。
Q. ピックマンの絵は本当に写真がモデルだったのですか?A. 語り手を案内した際、ピックマン自身は「写真を背景に使う」と説明していた。しかし物語の結末で語り手が持ち帰ってしまった紙片は、背景用の写真ではなく、ピックマンが描いていた怪物そのものを写した「生きた実物からの写真」だったことが示唆される。
出典
- [1] “Boston never had a greater painter than Richard Upton Pickman. I said it at first and I say it still, and I never swerved an inch, either, when he shewed that ‘Ghoul Feeding’.”(訳: 「ボストンにリチャード・アプトン・ピックマン以上の画家はいなかった。私は最初からそう言い、今もそう言い続けている。彼が例の『グールの饗宴』を見せた時でさえ、私は一歩も譲らなかった」) — H. P. Lovecraft, “Pickman’s Model”(1926年執筆/1927年発表), 公式アーカイブ ↩
- [2] “That, you remember, was when Minot cut him.”(訳: 「それが、覚えているだろうが、マイノットが彼を見限った時だった」) — 同上 ↩
- [3] “The place for an artist to live is the North End. If any aesthete were sincere, he’d put up with the slums for the sake of the massed traditions.”(訳: 「芸術家が住むべき場所はノース・エンドだ。気取り屋でも本気なら、積み重なった伝統のためにスラム街を我慢するはずだ」) — 同上 ↩
- [4] “What do maps and records and guide-books really tell of the North End? Bah! At a guess I’ll guarantee to lead you to thirty or forty alleys and networks of alleys north of Prince Street that aren’t suspected by ten living beings outside of the foreigners that swarm them.”(訳: 「地図や記録や案内書が本当にノース・エンドの何を伝えるというのか。ふん! 見当をつけるだけでも、プリンス街より北に、そこに群れる外国人移民以外、生きている人間の十人足らずしか知らない30〜40本の路地とその網の目まで案内してみせよう」) — 同上 ↩
- [5] “Richard Upton Pickman, the greatest artist I have ever known—and the foulest being that ever leaped the bounds of life into the pits of myth and madness. … old Reid was right. He wasn’t strictly human.”(訳: 「リチャード・アプトン・ピックマン、私が知る最も偉大な芸術家にして、生と神話と狂気の淵の境界を飛び越えた最も不潔な存在……老リードは正しかった。彼は厳密には人間ではなかった」) — 同上 ↩
- [6] “And Pickman had it as no man ever had it before or—I hope to heaven—ever will again.”(訳: 「ピックマンは、これまでどんな人間も持ったことがなく、願わくは天に誓ってこれから先も二度と持つ者が現れてほしくないほど、それを持っていた」) — 同上 ↩
- [7] “The madness and monstrosity lay in the figures in the foreground—for Pickman’s morbid art was preëminently one of daemoniac portraiture.”(訳: 「狂気と怪異は前景の姿に宿っていた——ピックマンの病的な芸術は、何よりもまず悪魔じみた肖像画だったからだ」) — 同上 ↩
- [8] “I paint in the cellar, where the inspiration is thickest, but I’ve other rooms furnished on the ground floor. A Sicilian owns it, and I’ve hired it under the name of Peters.”(訳: 「地下で絵を描いている、そこがいちばんインスピレーションの濃い場所だからだ。地上にも別の部屋を用意している。家主はシチリア人で、ピータースの名前で借りている」) — 同上 ↩
- [9] “It was the model he was using—and its background was merely the wall of the cellar studio in minute detail. But by God, Eliot, it was a photograph from life.”(訳: 「それは彼が使っていたモデルそのものであり、その背景も地下アトリエの壁を克明に写し取ったにすぎなかった。だが神に誓って、エリオット、それは生きた実物を写した写真だった」) — 同上 ↩
- [10] “There, on a tombstone of 1768 stolen from the Granary Burying Ground in Boston, sat the ghoul which was once the artist Richard Upton Pickman. It was naked and rubbery, and had acquired so much of the ghoulish physiognomy that its human origin was already obscure.”(訳: 「そこ、ボストンの元祖墓地から盗まれた1768年の墓石の上に、かつて画家リチャード・アプトン・ピックマンだった食屍鬼が座っていた。それは裸で、ゴムのように柔らかく、食屍鬼じみた人相を身につけ過ぎて、その人間だった出自はすでに判然としなくなっていた」) — H. P. Lovecraft, “The Dream-Quest of Unknown Kadath”(1926年執筆/1943年刊行), 公式アーカイブ ↩
- [11] “As he had aided the ghouls in their conquest of the moon-beasts, so would they aid him in his daring voyage to realms whence none had ever returned; lending him not merely a few of their allied night-gaunts, but their entire army…”(訳: 「彼が月獣征服で食屍鬼たちに力を貸したように、食屍鬼たちも、誰も戻ったことのない領域への彼の大胆な旅に力を貸そうとした。味方の夜鬼を数体貸すだけでなく、その全軍を貸し与え……」) — 同上 ↩
- [12] “Now his father has it in Salem—you know Pickman comes of old Salem stock, and had a witch ancestor hanged in 1692.”(訳: 「今はセイレムの父親の手元にある——知っての通り、ピックマンは古いセイレムの家系の出で、1692年に絞首刑にされた魔女を先祖に持つ」) — H. P. Lovecraft, “Pickman’s Model”(1926年執筆/1927年発表), 公式アーカイブ ↩
- [13] “You call the Salem witchcraft a delusion, but I’ll wage my four-times-great-grandmother could have told you things. They hanged her on Gallows Hill, with Cotton Mather looking sanctimoniously on.”(訳: 「セイレムの魔女狩りを妄想だと言うのか。私の四代前の祖母なら、いろいろと語れただろうよ。彼女はギャロウズ・ヒルで絞首刑にされた、コットン・マザーが猫かぶって見守る中でね」) — 同上 ↩





