短編小説 — HE

ニューヨークに幻滅した語り手が、旧植民地時代の秘密を守り続ける謎の老人に導かれ、時空を超える禁断の力とその報いを目撃する。

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彼

「私が彼を見たのは、自分の魂と幻視とを救おうと必死に歩き続けていた、ある眠れぬ夜のことだった。ニューヨークへ来たこと自体が間違いだったのだ」

— H・P・ラヴクラフト「彼」(1926年発表)冒頭部

概要

グリニッジ・ヴィレッジに移り住んだ語り手が、輝かしい詩情を求めたニューヨークの実態——古い建物を打ち壊し続ける「死んだ都市」への幻滅を語ることから始まる一篇。深夜の散策で出会った奇妙な身なりの老人が、この物語の中心に据えられる。

作品情報

  • 執筆・発表年: 1925年8月執筆/1926年9月号「ウィアード・テイルズ」誌発表
  • 主題タグ: 都市への幻滅、植民地時代の禁忌、時間と空間を超える力、先住民への収奪の報い

登場神格・用語

(なし)

あらすじ

詩的な憧れを胸にニューヨークへ移り住んだ語り手だったが、目にしたのは古い街並みを破壊し続ける俗悪な都市の実態であり、望郷の念とともに深い幻滅に沈んでいた。ある夜、旧植民地風の装いをした謎の老人と出会い、彼の屋敷に招かれる。老人は語り手に、二百年前の祖先が先住民から奪った禁断の知識——時間と空間を自在に行き来する力を実演してみせ、窓の外に過去と未来の光景を次々と映し出す。だが未来に映し出されたのは、疫病と赤い閃光に覆われた荒廃した都市の姿だった。語り手が恐怖のあまり叫び声を上げると、老人もまた怯えた表情を見せる。実は老人自身、かつて先住民を欺き、彼らの魔術を奪って口封じに毒殺した張本人であり、今まさにその報いを受ける時が来ていた。階段を這い上る足音とともに、無数の光る目を持つ黒い奔流が押し寄せ、老人を呑み込んで消えていく。屋敷が崩れ落ちる中、語り手はかろうじて脱出し、二度とその場所を訪れることはなかった。

読みどころと注目テーマ

都市の栄光への幻滅から始まり、植民地期の収奪という歴史の暗部が超自然の報いとして回帰する構成。時間・空間を超越する力の描写は後の「アウトサイダー」や「時間からの影」に連なるラヴクラフト的宇宙観の萌芽として読める。

執筆背景と影響

1924年にニューヨークへ移住した後、都市生活への失望と望郷の念を強めていたラヴクラフト自身の心境が色濃く反映された一篇とされる。植民地時代の先住民迫害という史実的な暗部を扱う点は、彼の作品群の中でも異色の批評性を持つ。

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