短編小説 — THE NAMELESS CITY

名もなき都市

アラビアの砂漠に眠る太古の廃墟に単身分け入った語り手が、地下深くに広がる爬虫類種族の神殿群を発見し、アブドゥル・アルハズラードの詩句が示す恐怖の正体と対面する。

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名もなき都市

「メンフィスの最初の石が置かれるより前、バビロンの煉瓦がまだ焼かれていない頃から、それは既にあったに違いない」

— 「名もなき都市」(1921)

概要

アラビア半島の奥深く、名を持たぬまま忌避され続けてきた太古の廃墟都市を舞台に、単身その地に踏み入った語り手の探検記。しばしば「最初のクトゥルフ神話作品」と位置づけられる一篇で、狂える詩人アブドゥル・アルハズラードの不可解な詩句が初めて登場する。

作品情報

  • 執筆・発表年: 1921年1月執筆/1921年11月同人誌「ザ・ウルヴァリン」初出、1938年11月号「ウィアード・テイルズ」誌に転載
  • 主題タグ: 太古の非人間種族、忘却された文明、アブドゥル・アルハズラードの詩句、地底世界

登場神格・用語

  • 名もなき都市(初出典)

あらすじ

物語は語り手の確信から始まる——「名もなき都市へと近づいたとき、私はそれが呪われた地であると知った。私は月明かりの下、乾ききった恐ろしい谷を旅していた」[1]。アラブの民が名を口にすることさえ避ける砂漠の廃墟——「メンフィスの最初の石が置かれるよりも前、バビロンの煉瓦がまだ焼かれる前からそこにあったに違いない」[2]とまで語られるこの都市へ、語り手は単身踏み入る。低く這うようにしか進めない古代の神殿群を探索するうち、鰐や海豹を思わせながらもいずれとも異なる、奇怪な爬虫類種族のミイラを発見する。壁画は、この爬虫類たちが都市の主であり崇拝の対象でもあったことを物語り、彼らが築いた文明が海が退き砂漠が迫る中で衰亡していった壮大な叙事詩を描き出していた。地下深くへと進んだ語り手は、光を放つ霧に満ちた未知の空間に通じる真鍮の扉を見出す。疲労困憊して倒れ伏す語り手のもとに、都市から追われるように吹き寄せる冷たい風とともに、無数の半透明の爬虫類の亡霊の群れが押し寄せる。狂乱のうちに語り手は、かつて狂える詩人アブドゥル・アルハズラードが夢に見たというあの二行連句を繰り返し口走る——「死せざるものは永劫を超えて存在しうる。そして奇怪なる悠久のうちに、死すらもまた死ぬことがある」[3]。風がやむと同時に、語り手は暗闇に取り残され、爬虫類たちの背後で巨大な真鍮の扉が、あたかもメムノン像がナイル河畔で昇る太陽を出迎えるかのような金属の轟音とともに閉ざされる[4]

読みどころと注目テーマ

人類以前に地球を支配した非人間種族という着想と、アブドゥル・アルハズラードの詩句の初出は、後のクトゥルフ神話全体の礎となった。研究者の間でしばしば「神話体系の起点」として言及される一篇である。物語の語り手が終始一人称の独白で恐怖を語り続け、最後まで爬虫類種族の正体や真鍮の扉の向こうにある文明の全貌を説明しきらないまま幕を引く構成は、後年のラヴクラフト作品に繰り返し現れる「解明されない恐怖」という手法の最初期の実践例といえる。特に、壁画に描かれた文明の興亡そのものを一つの叙事詩として描写する手法は、後の『狂気の山脈にて』における古のものたちの都市の壁画描写に直接連なるものであり、本作を「原型」として読むことで、ラヴクラフトが同じ手法をどう洗練させていったかを追う楽しみもある。

執筆背景と影響

1921年1月、ダンセイニ卿の作風に強く影響を受けていた時期に書かれた作品で、地底に眠る非人間文明という発想は後の「狂気の山脈にて」に直接連なる。アブドゥル・アルハズラードという名は本作で初めて世に出され、以後ラヴクラフトの神話体系全体を貫く重要人物として繰り返し言及されることになる。同年11月、アマチュア文芸誌「ザ・ウルヴァリン」に掲載された後、ラヴクラフトの死の前年にあたる1938年11月号の「ウィアード・テイルズ」誌に転載された。作中で語り手が繰り返し口にする二行連句「死せざるものは永劫を超えて存在しうる。そして奇怪なる悠久のうちに、死すらもまた死ぬことがある」は、後に『クトゥルフの呼び声』でも変奏の形で引用され、ネクロノミコンの著者アブドゥル・アルハズラードという人物像を確立する最初の一歩となった。本作は掲載形態がアマチュア出版だったこともあり、ラヴクラフト生前は広く読まれた作品ではなかったが、死後に神話研究が進むにつれ「体系の起点」として再評価が進んだ経緯を持つ。研究者S・T・ジョシイをはじめとする後年のラヴクラフト研究では、本作が非人間種族による地球先住文明という設定と、架空の禁断の書物・詩人という装置を初めて組み合わせた点において、単なる怪奇小説から一つの共有神話体系への転換点を成すと位置づけられることが多い。同じ「アラビア」を舞台とする点や、爬虫類種族の壁画による叙事詩という構成は、後にラヴクラフトが繰り返し用いることになる「太古の記録を壁画・彫刻から読み解く」という定型そのものの原型でもある。

出典

  • [1] “When I drew nigh the nameless city I knew it was accursed. I was travelling in a parched and terrible valley under the moon…”(訳: 「名もなき都市へと近づいたとき、私はそれが呪われた地であると知った。私は月明かりの下、乾ききった恐ろしい谷を旅していた」) — H. P. Lovecraft, “The Nameless City”(1921年執筆/1921年発表), 公式アーカイブ
  • [2] “It must have been thus before the first stones of Memphis were laid, and while the bricks of Babylon were yet unbaked.”(訳: 「メンフィスの最初の石が置かれるよりも前、バビロンの煉瓦がまだ焼かれる前からそこにあったに違いない」) — 同上, 公式アーカイブ
  • [3] “That is not dead which can eternal lie, And with strange aeons even death may die.”(訳: 「死せざるものは永劫を超えて存在しうる。そして奇怪なる悠久のうちに、死すらもまた死ぬことがある」) — 同上, 公式アーカイブ
  • [4] “…for behind the last of the creatures the great brazen door clanged shut with a deafening peal of metallic music whose reverberations swelled out to the distant world to hail the rising sun as Memnon hails it from the banks of the Nile.”(訳: 「最後の一体が過ぎ去った後方で、巨大な真鍮の扉が、耳をつんざく金属音の轟きとともに閉ざされた。その反響は遠い世界にまで広がり、あたかもメムノンがナイル河畔で昇る太陽を出迎えるかのように鳴り渡った」) — 同上, 公式アーカイブ
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