人物 — WILLIAM DYER

ウィリアム・ダイアー

原典

ミスカトニック大学の地質学教授で、南極探検隊を率いた人物。探検隊が遭遇した「古のもの」の太古都市の廃墟と、そこに眠る恐るべき真実を、後世への警告として手記の形で語る「狂気の山脈にて」の一人称の語り手。

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ウィリアム・ダイアー
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編集部注(著作権について): 出典の『狂気の山脈にて』は、Astounding Stories誌掲載号の著作権が更新されているため(Catalog of Copyright Entries登録番号R309944)、2032年まで米国で著作権が継続しているとする資料がある一方、Project Gutenbergは同作をパブリックドメインとして公開している。著作権の扱いには出典間で相違があるため、本記事の引用は論評・紹介目的の短い範囲に限定している。

概要

ミスカトニック大学の地質学教授で、同大学の南極探検隊を率いた人物[1]。探検隊が遭遇した太古の都市の廃墟とそこに眠る恐るべき真実を、後続の探検隊を思いとどまらせるための警告として手記の形で語る「狂気の山脈にて」の一人称の語り手である。

基本プロフィール

  • 分類: 人物
  • 欧文表記: WILLIAM DYER
  • 初出: 「狂気の山脈にて」(1931年執筆、Astounding Stories誌1936年2〜4月号連載)
  • 職業: ミスカトニック大学 地質学教授
  • 役職: 1930〜31年のミスカトニック大学南極探検隊の隊長(本文中の自己紹介では「名目上の指揮」と表現されている[5])

原典での描写

「狂気の山脈にて」の語り手としての立場

ダイアーは手記の中で、ミスカトニック大学から派遣された四名の教授陣のひとりとして「地質学を代表し、名目上の指揮を執っていた私」[5]と自らを位置づけている。この手記自体、次にオーストラリアへ向かおうとしているスタークウェザー=ムーア探検隊を思いとどまらせるために、渋々公表する報告書という体裁を取る。

本人がこの手記の中で自らを「ダイアー」と名乗る場面は無い。読者がその名を知るのは、レイクが基地へ送った無線通信文の中で「ダイアー」宛てに三度呼びかけている箇所を、ダイアー自身が引用しているためである[6]。姓のみがこうした間接的な形で明かされるにとどまり、フルネームはここでは出てこない。

探検の指揮と決断

レイクの分隊が予定に無い北西方向への迂回調査を提案した際、ダイアーはこれを退けなかったものの、自らの地質学的助言を望むレイクの意向に反して同行は見送り、基地に残ってパボディらと東方移動の計画を詰める道を選んだ[7]。

レイク隊との無線連絡が絶えて基地の不安が募ると、ダイアーは基地に残っていた同僚との無線協議を経て「調査に向けて行動を起こすことを決意した」[8]。飛行機の回航を手配し、自ら現地へ向かっている。

都市の奥でショゴスと遭遇した後、ダイアーはダンフォースとともに山脈上空を飛行機で越えて生還した。この飛行は機体を身軽にするため二人だけに限られ、着陸後の二人は見聞きした事の大半を伏せて他の隊員にも語らなかった[9]。

「時間からの影」での再登場と名前

「時間からの影」の語り手ナサニエル・ピースリーは、1935年の西オーストラリア探検に同行した仲間として「同大学地質学部のウィリアム・ダイアー教授」[10]を挙げる。「狂気の山脈にて」の本文中では姓の「ダイアー」しか明かされなかった名が、ここで初めてフルネームとして明示される形だ。

探検中のダイアーは太古の石塊群があまりに古いことに驚愕し、ピースリーが夜間の徘徊から錯乱状態で帰営した際にはボイル博士とともに彼を介抱した一人でもある[11]。「時間からの影」の該当箇所において、ダイアーの人物像はそれ以上語られない。

人物像・性格

科学者としての慎重さと、自らが目撃した事実のあまりの恐ろしさとの間で引き裂かれる語り口が特徴の人物。物語の書き出しからして「私が口を開かざるを得ないのは、科学者たちが理由も知らずに私の忠告に従うことを拒んだからだ」[1]という、乗り気でない告白の体裁を取っており、事実を淡々と記録しようとする抑制的な姿勢そのものが、かえって恐怖を際立たせている。

生涯・経歴

ダイアーは地質学的な深部標本の採取を目的として、大学院生・熟練の機械工らを含む一団からなるミスカトニック大学の南極探検隊を率いる。探検の過程で、先行して内陸部に入った隊の一部(気象学者レイク率いる分隊)が壊滅する惨事に遭遇し、生き残ったダイアーは大学院生ダンフォースとともに現地へ急行する。そこで二人が目にしたのは、氷に閉ざされた山脈の奥に広がる「人類の知る如何なる建築様式にも属さない、キュクロプス的な都市」[2]——地球の生命史そのものを塗り替えかねない「古のもの」の遺骸と、彼らが太古に築いた文明の痕跡だった。都市の壁面に刻まれた浮彫りの記録から、ダイアーは「古のもの」の歴史と、彼らが労働・建築のために生み出した奴隷生物「ショゴス」——「形を持たぬ原形質の泡の集合体、微かに自ら発光し、緑がかった光の膿疱のように無数の一時的な眼が生まれては消える」[3]という異形の存在——の存在を読み解いていく。

都市の奥でダイアーとダンフォースは実際に徘徊するショゴスと遭遇し、命からがら地上へ逃げ帰る。帰路、山脈上空を飛行中にダンフォースだけがさらに奥の光景を目撃し、その体験は彼の精神に修復し難い傷を残した。

他の人物・存在との関係

大学院生ダンフォースは、ダイアーとともに最深部まで踏み込んだ唯一の生存者であり、ダイアーの手記における共同体験者である。ダンフォースが山脈上空で目にした「彼だけが見たと思っている、私にさえ語ろうとしない何か」[4]は、物語に解決されない余白を残す重要な要素であり、ダイアー自身もその内容を知らないまま手記を締めくくっている。

主要登場作と読みどころ

  • 「狂気の山脈にて」: ダイアーが語り手を務める唯一の収録作。南極探検、レイク隊の壊滅、太古都市の発見、ショゴスとの遭遇、ダンフォースの目撃した「何か」という、シリーズの根幹をなす一連の出来事がすべてこの手記の中で語られる

よくある誤解

Q. ダイアーは「古のもの」に対して単純な恐怖・敵意だけを抱いているのですか?A. いいえ。ダイアーの手記は、「古のもの」もまた地球という環境に適応し文明を築いた知的存在であったことへの、ある種の科学者としての敬意を随所ににじませています。彼が本当に恐れているのは「古のもの」自体よりも、彼らの文明を滅ぼしたショゴス、そしてダンフォースが目撃した「山脈の向こう側」に潜む何かです。

Q. ダイアーが目撃した内容と、ダンフォースが目撃した内容は同じものですか?A. いいえ。ダイアーとダンフォースは共に太古都市とショゴスを目撃していますが、山脈上空を飛行中にダンフォースだけがさらに別の何かを目にしており、その内容はダイアー自身にも明かされないまま物語が終わります[4]。

出典

  • [1] “I am forced into speech because men of science have refused to follow my advice without knowing why.”(訳: 「私が口を開かざるを得ないのは、科学者たちが理由も知らずに私の忠告に従うことを拒んだからだ」) — H. P. Lovecraft, “At the Mountains of Madness”(1931年執筆/1936年発表), 公式アーカイブ ↩
  • [2] “a vast Cyclopean city of no architecture known to man”(訳: 「人類の知る如何なる建築様式にも属さない、広大なキュクロプス的都市」) — 同上, 公式アーカイブ ↩
  • [3] “a shapeless congeries of protoplasmic bubbles, faintly self-luminous, and with myriads of temporary eyes forming and un-forming as pustules of greenish light”(訳: 「形を持たぬ原形質の泡の集合体、微かに自ら発光し、緑がかった光の膿疱のように無数の一時的な眼が生まれては消える」) — 同上, 公式アーカイブ ↩
  • [4] “There is one thing he thinks he alone saw which he will not tell even me, though I think it would help his psychological state.”(訳: 「彼だけが見たと思っている、私にさえ語ろうとしない何かがある。それを語った方が彼の精神状態のためになると私は思うのだが」) — 同上, 公式アーカイブ ↩
  • [5] “I representing geology and having nominal command”(訳: 「地質学を代表し、名目上の指揮を執っていた私」) — H. P. Lovecraft, “At the Mountains of Madness”(1931年執筆/1936年発表), 公式アーカイブ ↩
  • [6] レイクが基地へ送った無線通信文の中で「ダイアー」宛てに三度呼びかけている場面についての記述による — 同上 ↩
  • [7] レイク隊の北西方向への迂回調査を退けなかったものの、自身は同行せず基地に残って東方移動の計画を詰めたという記述による — 同上 ↩
  • [8] “I resolved to take steps toward investigation”(訳: 「調査に向けて行動を起こすことを決意した」) — 同上 ↩
  • [9] 山脈上空の飛行が機体を身軽にするため二人だけに限られ、帰還後は見聞きした事の大半を伏せたという記述による — 同上 ↩
  • [10] “Professors William Dyer of the college’s geology department”(訳: 「同大学地質学部のウィリアム・ダイアー教授」) — H. P. Lovecraft, “The Shadow Out of Time”(1934-1935年執筆/1936年発表), 公式アーカイブ ↩
  • [11] 太古の石塊群の年代の途方も無さに驚愕したこと、ピースリーが夜間の徘徊から錯乱状態で帰営した際にボイル博士とともに介抱したことについての記述による — 同上 ↩
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