概要
キーパー(進行役)が卓の前に立てる衝立を、なぜ英国の地図つきで売るのか。Chaosiumは2026年9月27日付の公式ブログで、『Cthulhu by Gaslight: Keeper Screen Pack』を10月7日に発売すると告知した[1]。告知文はこの製品を、ヴィクトリア朝ブリテンの霧深い通りと路地を舞台にしたゲームを進行する者のための「essential play aid(欠かせないプレイエイド)」と呼んでいる[1]。
『Cthulhu by Gaslight』は、Call of Cthulhuを1890年代の英国へ移した派生ラインである。当サイトには既にラインそのものを扱った『クトゥルフ・バイ・ガスライト』の記事があり、ラインの成り立ちや基本書の性格はそちらに譲る。本稿が扱うのは、ライン本体ではなく、卓上で使う周辺品である。
周辺品を読む価値は、同梱物の選び方に設計者の想定するプレイ像が出る点にある。ゲームの進行を支える表と地図を見れば、その遊びが何を頻繁に参照させようとしているかがわかる。以下では公式告知に書かれた内容だけを確認し、そのうえで、ラヴクラフトの原典とこの製品がどれだけ離れているかを整理する。
どんな製品か
公式告知が挙げる同梱物は次のとおりである[1]。
- 厚紙(thick cardstock)に貼った2面(two-panel)のスクリーン2枚。ルールの要約と早見表を載せる
- キーパー用の参照冊子(Keeper Reference Booklet)。武器表とルールを収める
- 空欄の探索者シート
- イングランド・ウェールズ、スコットランド、アイルランド、英国鉄道網の地図
- 空欄のヴィクトリア朝風の電報用紙
告知はこの製品について、『Cthulhu by Gaslight: Keepers’ Guide』と『Cthulhu by Gaslight Investigator’s Guide』と併用するよう設計されていると明記している[1]。つまり単独で遊べる製品ではなく、基本書の2冊を持つキーパーが卓上で参照を素早く済ませるための補助具である。
同梱物を読む——地図と電報用紙
スクリーンと参照冊子は、Call of Cthulhuのキーパー用プレイエイドとして標準的な構成であり、ここに新しさはない。目を引くのは地図と電報用紙の2点だ。
地図は英国の4種類に分かれている。イングランドとウェールズ、スコットランド、アイルランド、そして鉄道網である[1]。地域の地図3枚とは別に、鉄道網だけで1枚を割いている。探索者がロンドンを出て地方へ向かう調査なら、キーパーはこの1枚を卓に広げて行き先を示せる。
アイルランドとスコットランドまで含めた地図が入っていることも読み取れる。『Cthulhu by Gaslight』のInvestigator’s Guideの公式紹介は、この基本書がロンドン市内の「square mile(平方マイル)」の City of London を舞台にした謀略を語りつつ、「Great Britain and beyond(グレートブリテンとその先)」まで遊びの範囲に含めるとしている[2][3]。ロンドンの外に出る調査を想定していることが、ブリテン諸島全域の地図という形で製品化された、と整理できる。
電報用紙は、ハンドアウト(卓で配る手紙や書類の小道具)の型である。空欄の用紙を用意しておけば、キーパーは探索者に届く急報を、その場で書いて手渡せる。小道具を実際に配るという遊び方は、Chaosiumが基本書のために別途公開した無料のハンドアウト集にも見られる。2025年4月には、Keepers’ Guide用の52ページの無料ハンドアウト集(プレジェネレイテッド探索者と地図)が公開された[4]。
ガスラインの基本書は何を備えているか
スクリーンは基本書を前提とするため、基本書2冊の位置づけを公式の記述で確認しておく。
『Cthulhu by Gaslight: Investigators’ Guide』の公式ページは、この本を「stand-alone game(単独で遊べるゲーム)」と説明している[3]。Call of Cthulhuのルール一式(探索者作成を含む)を収め、10人のプレジェネレイテッド探索者が付く。Pulp Cthulhuの補助書やCall of Cthulhu本体を併せると内容を拡張できる、との記載もある[3]。同書の出版前告知には、副題「Adventure, Mystery, & Horror in the 1890s」と、City of Londonの平方マイルの内側で秘密結社が殺人を重ねる、という紹介文が載っている[2]。
『Cthulhu by Gaslight: Keepers’ Guide』は、キーパー向けにヴィクトリア朝時代の秘密と陰謀の題材、進行の助言、すぐ遊べるシナリオを収める、と前述のInvestigator’s Guide出版前告知が別冊として紹介している[2]。Chaosiumは2025年3月27日付のブログで、Keepers’ Guideの発売を告知した[5]。
Keeper Screen Packの告知ページの下部には、既刊の3点として『Investigator’s Guide』『Keeper’s Guide』『Dust & Blood』が並ぶ[1]。スクリーンの発売でラインの卓上具が揃い、ガスラインは基本書2冊に加えて周辺品を持つ展開になった。
遊ぶ側から見た使いどころ
スクリーンの役割は、キーパーが自分の手元の情報を隠しつつ、参照する表を目の前に置くことである。2面のスクリーンが2枚付くため、卓の幅や置き方に合わせて並べられる。告知によれば、スクリーンにはルール要約と早見表が、冊子には武器表とルールが載る[1]。戦闘の場面で引く武器表は冊子の側に入る。
空欄の探索者シートは、Gaslight用に用意された様式である[1]。探索者の作り方そのものはInvestigators’ Guideが扱う[3]。
こうした周辺品の使い勝手は、実際に卓で使ってみないと評価できない。発売前の現時点では、同梱物の一覧と公式の位置づけを確認できるだけであり、厚紙の質や表の見やすさといった実物の出来は判断できない。
神話の三層のどこに立つか
当サイトは、クトゥルフ神話を原典、ダーレス以降の拡張、TRPGによる拡張の3層に分けて記録している。ラヴクラフト原典は1917年から1937年、ダーレス以降の拡張は1939年から、TRPGによる拡張は1981年からである。
『Keeper Screen Pack』は第3層、TRPGによる拡張に属する。神格や地名、魔導書を新しく設定する本ではなく、ゲームを進行するための道具だからだ。ただしこの製品が支えるガスラインは、設定の面でも第3層にあたる。1890年代の英国を舞台にクトゥルフ神話の事件を遊ぶという枠組みは、ラヴクラフトの作品にも、ダーレスの作品にも由来しない。Chaosiumが1981年以降に築いたTRPGの展開である。
この点を読み違えると、次のような誤解が生じやすい。ガスラインの地図に載る英国の地名や鉄道網は、19世紀の史実を写した資料である。その上に神話の事件を置くのは、ゲームの遊び方であって、ラヴクラフト自身の設定ではない。「歴史上の英国」「ラヴクラフト原典」「Call of Cthulhu用の設定」は別のものとして扱う必要がある。
ラヴクラフトと英国
ラヴクラフト本人の主舞台はニューイングランドであり、ヴィクトリア朝の英国を日常の舞台とする作品は書かなかった。それでも英国が原典に現れないわけではない。「壁のなかの鼠」は、1923年8〜9月に書かれ、1924年3月に『ウィアード・テイルズ』に載った短編で、舞台はイングランドのアンチェスター村近郊にあるエクサム・プライオリという館である[6]。語り手は、17世紀に一族を惨殺して英国を去ったウォルター・デ・ラ・ポーの子孫で、アメリカで暮らしていた人物として描かれる。そして館の地下には、ローマ人が築いた祭壇と、その下の洞窟が広がっている[6]。
この作品で英国は、語り手のアメリカ人にとっての「先祖の土地」であり、時代は1923年である。ヴィクトリア朝でも1890年代でもない。ガスラインが描く「霧の街ロンドンで秘密結社が動く19世紀末」とは、時代も語りの視点も違う。ラヴクラフトの英国は、古い土地に堆積した歴史が地下から現れる場所として書かれた。ガスラインの英国は、探索者が汽車と電報で動き回る現役の帝国の舞台である。
両者が共有しているのは、「英国の土地の古さ」という素材までにとどまる。ゲームの側は、原典が英国に与えた役割を借りたのではなく、ヴィクトリア朝という時代そのものが持つ探偵小説や冒険小説の雰囲気を、Call of Cthulhuのルールに載せ替えた。この違いを意識しておくと、ガスラインの記述を原典の設定と混同せずに済む。
同じことは、時代を遡る別ラインにも当てはまる。1811年から1820年のリージェンシー期を扱った『Regency Cthulhu』も、英国の過去にクトゥルフ神話を重ねるTRPG展開の一つである。当サイトのレビューでは、対象年代の違う2つのラインを並べて読める。
原典との距離を整理する
ガスラインのスクリーンを手に取る読者が混同しやすい3つの層を、表に整理する。
| 層 | 内容 | この製品での位置 |
|---|---|---|
| 歴史上の英国 | 19世紀末の地理、鉄道網、電報という通信手段 | 地図と電報用紙が写す対象[1] |
| ラヴクラフト原典 | 英国の館を舞台にした「壁のなかの鼠」(1923年執筆)など | 製品の直接の材料ではない[6] |
| Call of Cthulhu用の設定 | 1890年代の英国で神話の事件を遊ぶという枠組み | ガスラインの基本書2冊とこのスクリーンが支える[2][3] |
地図に載るのは史実の地理であり、そこに事件を置くのはキーパーの仕事である。キーパー・スクリーンは、その2つを卓上でつなぐ役目を持つ。
関連して読むなら
- クトゥルフ・バイ・ガスライト — ヴィクトリア朝英国を舞台にしたラインの本体を扱った記事
- Regency Cthulhu — 1811〜1820年のリージェンシー期を舞台にした別の時代設定サプリメント
- クトゥルフの呼び声TRPG — 派生ラインの土台となるCall of Cthulhu本体の概要
- 原典/ダーレス系拡張/TRPG設定——三層で読み解くクトゥルフ神話 — 本稿で使った3層の考え方
- 壁のなかの鼠 — ラヴクラフトが英国を舞台に書いた短編
- Call of Cthulhu: Keeper Companion — 同じくキーパー向けの、2026年に発表された別のサプリメント
出典
- [1] 発売日「Releasing October 7th!」、告知文「an essential play aid for those running games set in the foggy streets and alleys of Victorian Britain」、同梱物(厚紙に貼った2面スクリーン2枚とルール要約・早見表、武器表とルールを収めるキーパー参照冊子、空欄の探索者シート、イングランド・ウェールズ、スコットランド、アイルランド、英国鉄道の地図、空欄のヴィクトリア朝風電報用紙)、Keepers’ GuideとInvestigator’s Guideと併用する旨、既刊3点の記載がある。投稿日2026年9月27日、投稿者Michael O’Brien — Chaosium Inc. 公式ブログ「Coming in October – the Cthulhu by Gaslight Keeper Screen Pack」(2026年9月29日確認), chaosium.com ↩
- [2] 『Investigator’s Guide』の出版前告知。副題「Adventure, Mystery, & Horror in the 1890s」、City of Londonの平方マイル内で秘密結社が殺人や犯罪を重ねるという紹介、「Great Britain and beyond」を舞台にする旨、Keeper Book(Keepers’ Guide)が別売りでキーパー向けにヴィクトリア朝の秘密と陰謀、進行の助言、すぐ遊べるシナリオを提供するとの記載がある。投稿日2024年8月8日 — Chaosium Inc. 公式ブログ「Releasing in December – Cthulhu by Gaslight Investigator’s Guide」(2026年9月29日確認、検索結果の抜粋で確認), chaosium.com ↩
- [3] 「Cthulhu by Gaslight is a stand-alone game, and contains the complete rules for the Call of Cthulhu roleplaying game, including character creation」、Pulp Cthulhu補助書やCall of Cthulhu本体で拡張できること、10人のプレジェネレイテッド探索者を含むことの記載がある — Chaosium Inc. 公式サイト「Cthulhu by Gaslight: Investigators’ Guide」商品ページ(2026年9月29日確認、検索結果の抜粋で確認), chaosium.com ↩
- [4] Keepers’ Guide用の52ページの無料ハンドアウト集(プレジェネレイテッド探索者と地図)の公開告知。投稿日2025年4月19日 — Chaosium Inc. 公式ブログのCthulhu by Gaslightタグ一覧(2026年9月29日確認、検索結果の抜粋で確認), chaosium.com ↩
- [5] 「The Cthulhu by Gaslight: Keepers’ Guide is available now!」、投稿日2025年3月27日。ヴィクトリア朝時代の秘密、禁断の知識、19世紀末の謎を卓に持ち込むと紹介されている — Chaosium Inc. 公式ブログ(2026年9月29日確認), chaosium.com ↩
- [6] 「壁のなかの鼠」の執筆(1923年8〜9月)、初出(『ウィアード・テイルズ』第3巻第3号、1924年3月)、舞台(イングランド、アンチェスター村近郊のエクサム・プライオリ)、語り手の来歴(アメリカ在住のデラポア家の当主、17世紀にウォルター・デ・ラ・ポーが一族を殺害して英国を去った)、地下のローマ人の祭壇と洞窟の記述 — 当サイト既存記事「壁のなかの鼠」が確認済みの内容を参照した, shinenshoka.com/lovecraft/the-rats-in-the-walls ↩
