書物(実在) — SADUCISMUS TRIUMPHATUS

サドゥキスムス・トリウムファトゥス

H・P・ラヴクラフト「祭り」で、老人の家の一室に積まれた書物の一冊として描かれる実在の書物です。ジョゼフ・グランヴィルが著し、1681年にロンドンで刊行された、魔女と幽霊の実在を論じる全2部構成の著作で、ヘンリー・モアの書簡と「テッドワースの鼓手」の逸話を含みます。グランヴィルの没後に出版され、以後1726年まで版を重ねました。

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概要

サドゥキスムス・トリウムファトゥス(Saducismus Triumphatus)は、H・P・ラヴクラフトの短編「祭り」(The Festival)で、語り手が老人の家の一室に通され、読むよう促される書物の山のなかに置かれている一冊です。語り手はそこに、老モリスターの奇怪な『科学の驚異』(Marvells of Science)、1681年刊のジョゼフ・グランヴィルによる恐ろしい『サドゥキスムス・トリウムファトゥス』、1595年にリヨンで印刷されたレミギウスの忌まわしい『デモノラトレイア』、そして何より、狂えるアラビア人アブドゥル・アルハザードの、オラウス・ウォルミウスによる禁断のラテン語訳『ネクロノミコン』を見出します[1]。

ネクロノミコンや『デモノラトレイア』とは違い、サドゥキスムス・トリウムファトゥスは架空の魔導書ではありません。実在するイングランドの牧師・自然哲学者ジョゼフ・グランヴィル(Joseph Glanvill, 1636-1680)が著し、1681年にロンドンで刊行された、魔女と幽霊の実在を擁護する著作です[3]。ラヴクラフトが作中で記す著者名(ジョゼフ・グランヴィル)と刊年(1681年)は、archive.orgに公開されている実際の初版スキャンの書誌情報と一致します[3]。書名はラテン語で「サドカイ派の(教え)を打ち破ったもの」ほどの意味で、霊魂や悪魔の実在を否定した聖書中のサドカイ派、およびそれになぞらえられた当時の懐疑論者たちに対する反駁の書であることを、書名そのものが宣言しています。

ラヴクラフト作品でこの書名が明示的に挙がるのは「祭り」だけで、hplovecraft.com公式の魔導書一覧もこの一作のみを挙げています[2]。もっとも、著者ジョゼフ・グランヴィルの名自体は、初期の短編「ファン・ロメロの奇怪な失踪」にも一度だけ登場します。これについては「ラヴクラフト作品での言及」の節で詳しく扱います。

基本プロフィール

  • 分類: 書物(実在)
  • 欧文表記: SADUCISMUS TRIUMPHATUS ── 作中では「the terrible Saducismus Triumphatus of Joseph Glanvill, published in 1681」と、著者名・刊年つきで明示されます[1]
  • 著者: ジョゼフ・グランヴィル(Joseph Glanvill, 1636-1680)。archive.orgの書誌記録は、彼を本書の著者(author)として記載しています[3]
  • 初版: 1681年、ロンドン刊。archive.orgに公開されている初版スキャン(識別子 2354009R.nlm.nih.gov、米国国立医学図書館所蔵)の書誌記録による[3]
  • 初版の構成: 全2部。「第1部は(魔女と幽霊の)可能性を、第2部はその現実の実在を論じる」と初版標題紙に記されます[3]。ヘンリー・モア(Henry More, 1614-1687)による書簡、およびアンソニー・ホーネック(Anthony Horneck, 1641-1697)訳のスウェーデン魔女事件の記録が付されています[3]
  • 図版: 両部にウィリアム・フェイソーン(William Faithorne, 1616-1691)による銅版口絵が付き、第1部の口絵はサウルと預言者サムエルの場面、第2部の口絵は霊が目撃される6場面の小図を収めます[4]
  • 出版者: ジェイムズ・コリンズ(James Collins)およびサミュエル・ラウンズ(Samuel Lowndes)。archive.orgの書誌記録は両名を本書の出版者(publisher)として記載しています[3]
  • 初出作品: 「祭り」。hplovecraft.comの年代順リストによれば1923年10月執筆[13]、発表順リストによれば1925年1月発行のWeird Tales誌第5巻第1号に掲載[14]
  • 作中の位置づけ: 老人の家の一室で、語り手が座らされた椅子の傍らに積まれた書物の山の一冊[1]

原典での描写

初出作品は「祭り」。

物語の語り手は、祖先の伝統に招かれてキングスポートを訪れ、古めかしい家で老人に迎えられます。老人は身ぶりで椅子と机、そして書物の山を示すと部屋を出ていき、語り手はそこで初めて、積まれた書物がいずれも古びて黴臭いものであることに気づきます。原文は以下の通りです。

old Morryster’s wild Marvells of Science, the terrible Saducismus Triumphatus of Joseph Glanvill, published in 1681, the shocking Daemonolatreia of Remigius, printed in 1595 at Lyons, and worst of all, the unmentionable Necronomicon of the mad Arab Abdul Alhazred, in Olaus Wormius’ forbidden Latin translation(訳: 老モリスターの奇怪な『科学の驚異』、1681年刊行のジョゼフ・グランヴィルによる恐ろしい『サドゥキスムス・トリウムファトゥス』、1595年にリヨンで印刷されたレミギウスの忌まわしい『デモノラトレイア』、そして何より、狂えるアラビア人アブドゥル・アルハザードの、オラウス・ウォルミウスによる禁断のラテン語訳『ネクロノミコン』)[1]

語り手はこの『ネクロノミコン』を「これまで見たことはないが、怪異なことを噂に聞いていた書物」と評しており、書物の山のなかで唯一、架空の魔導書として際立った扱いを受けています[1]。対してサドゥキスムス・トリウムファトゥスは、老モリスターの著作や『デモノラトレイア』と並び、著者名・刊年・刊行地といった具体的な書誌情報つきで淡々と列挙されるにとどまり、以後の場面で改めて言及されることはありません。物語はこのあと、語り手が老人や無言の人々に導かれて地下の祭祀へと下っていく展開へ進みます。

ラヴクラフト作品での言及

hplovecraft.com公式の魔導書・関連書一覧ページは、サドゥキスムス・トリウムファトゥスを「ジョゼフ・グランヴィル(『祭り』)」とただ一作にのみ紐づけて記載しています[2]。当サイトでもラヴクラフトの全短編本文を機械的に検索し、この書名(Saducismus/Saducismus Triumphatus)が登場するのは「祭り」のみであることを確認しました。

ただし、著者ジョゼフ・グランヴィルの名自体は、もう一作に一度だけ現れます。初期の短編「ファン・ロメロの奇怪な失踪」で、語り手ロメロが地の底から立ちのぼる不可解な気配に触れる場面です。原文は次の通りです。

To my mind rushed fragments of a passage in Joseph Glanvill which Poe has quoted with tremendous effect—”—the vastness, profundity, and unsearchableness of His works, which have a depth in them greater than the well of Democritus.”(訳: 私の心には、ポーが凄まじい効果とともに引用した、ジョゼフ・グランヴィルの一節の断片が押し寄せた──「その御業の広大さ、深遠さ、探り得なさは、デモクリトスの井戸よりも深い」)[12]

この一節は、書名を挙げずに「ジョゼフ・グランヴィルの一節」とだけ述べており、それがサドゥキスムス・トリウムファトゥスからの引用だと明言しているわけではありません。実際、この一節(“the vastness, profundity, and unsearchableness of His works” および “the well of Democritus”)は、当サイトが確認した1681年初版の全文(archive.org所収OCRテキスト)を検索した限りでは見つかりませんでした。ラヴクラフトが記すとおり、この文言はエドガー・アラン・ポーが自作の巻頭句として「ジョゼフ・グランヴィル」に帰した一節として知られていますが、それが実際にグランヴィルのどの著作に存在するのかは、当サイトの調査の範囲では確認できていません。したがって、この一節を根拠にサドゥキスムス・トリウムファトゥス自体への言及と断定することはできず、あくまで著者名を介した間接的な参照として扱います。

性質と影響

サドゥキスムス・トリウムファトゥスは、ラヴクラフトの創作ではなく、17世紀イングランドの実在の論争書です。

書名はラテン語で「サドカイ主義に打ち勝ったもの」ほどの意味を持ちます。本文中でグランヴィルは、悪魔や幽霊の実在を否定する立場を繰り返し「サドカイ派」(Sadducee、もともとは霊魂の不滅を認めない聖書中のユダヤ教の一派を指す語)の名で呼び、当時の懐疑論者たちをそれになぞらえています。本文の一節は次の通りです。

Thofe that are mentioned in the fecond Conceffion, though they are not Atheifts, Sadducees nor Hobbifts yet if they deny Witches, it is plain they are Antifcriptu-rifts, the Scripture fo plainly attefting the contrary.(訳: 先の「第二の譲歩」で言及された者たちは、無神論者でもサドカイ派でもホッブズ主義者でもないとしても、魔女の実在を否定するならば、聖書がその存在を明白に証ししている以上、反聖書論者であることになる)[7] (原文の長いs(ſ)はOCRでfと誤認識されています)

グランヴィルはここで、魔女や幽霊の実在を否定する立場を、無神論・サドカイ主義・そしてトマス・ホッブズの唯物論と一括りにして論駁の対象としています。書名の「トリウムファトゥス(打ち勝った)」は、まさにこうした懐疑論に対する勝利を宣言する語です。

本書の第2部には、魔女や幽霊の実在を裏づける実際の事件記録が並びます。序文でグランヴィル自身(あるいはその友人)は、これから読者に届ける新版が「テッドワースの悪魔(the Daemon of Tedworth)」の物語と、魔女術についての考察を収めた版としては従来のどれよりも充実したものになる、と述べています[8]。この「テッドワースの悪魔」は、ウィルトシャー州テッドワースのモンペソン氏(Mr. Mompesson、原文表記は”Mompeflon”などたびたび揺れます)の家で1661年に起きたとされる、鼓手との諍いをきっかけに始まったポルターガイスト現象の記録で、当時のイングランドで広く知られた事件でした[8]。

本書は未完のまま世に出た書物でもあります。出版者は序文で、グランヴィルが「他の事柄に気を取られ、それが仕事の妨げとなっているうちに、これを仕上げきる前に死によって奪い去られてしまった」と述べています。原文は次の通りです。

he was Jnatcht away by Death before he had quite ftnijhed it(訳: 彼はこれを仕上げきる前に、死によって奪い去られてしまった)[6] (原文の長いs(ſ)はOCRでfと誤認識され、”snatcht”は”Jnatcht”、”finished”は”ftnijhed”と表示されています)

グランヴィルは1680年に没し、本書は1681年、遺稿を整理するかたちで刊行されました[3][6]。初版はソールズベリー主教セス、ロード・ビショップ・オブ・サラム(Seth, Lord Bishop of Sarum)に献呈されており、標題紙には「この新しく完成された版を、謹んで閣下に捧げる」との一節があります。原文は次の通りです。

This New and Compleated EDITION O F Saducifmm Triumpbatus Is moil humbly Dedicated to your Lordfhip(訳: この新しく完成されたサドゥキスムス・トリウムファトゥス版を、謹んで閣下に捧げる)[5] (原文の長いs(ſ)はOCRでfと誤認識されています)

本書はその後も版を重ねました。1689年付の版(識別子 b30322406_0002)の書誌記録には「初版は1681年に刊行され、第2版は1682年に刊行された。この版のすべての部分は1688年に印刷されている」という注記があり[9]、1681年の初版刊行からごく短期間のうちに版を重ねていたことがわかります。同じ記録によれば、この版はヘンリー・モアによる書簡と、二篇のスウェーデン魔女事件の記録を伴っていました[9]。1700年付の版(識別子 saducismustriump00glan)はさらに部立てが増え、書誌記録によれば「哲学的考察」「第1部への付録」「ヘンリー・モアによる霊についての手紙への回答」「同じくモアによる続編」「無神論者への鞭」「スウェーデン王国での出来事の記録」という6つの独立した表題紙を持つ部から構成されています[10]。1726年には、ロンドンのA・ベッツワース社とJ・バトリー社から新版が刊行され、この版は書誌記録によれば「グランヴィル氏の生涯と著作についての記述」を付して出版されました[11]。初版の1681年から数えて半世紀近くにわたり版が求められ続けたことになります。

関連する用語

  • 祭り ── サドゥキスムス・トリウムファトゥスの初出作品
  • ネクロノミコン ── 同じ書物の山で「祭り」の語り手が見出す、架空の魔導書
  • デモノラトレイア ── 同じ場面で言及される、レミギウスによる実在の書物
  • 魔導書 ── サドゥキスムス・トリウムファトゥスは実在する神学・自然哲学の著作で、神話作品では架空の魔導書と並べて扱われます
  • ファン・ロメロの奇怪な失踪 ── 著者ジョゼフ・グランヴィルの名が一度だけ挙がる別作品
  • ジョゼフ・グランヴィル(Joseph Glanvill, 1636-1680) ── 本書の著者。当サイトに単独の記事はありません
  • ヘンリー・モア(Henry More, 1614-1687) ── 本書に書簡・続編を寄せたケンブリッジ・プラトン学派の哲学者。当サイトに単独の記事はありません
  • テッドワースの鼓手(the Drummer of Tedworth) ── 本書第2部の巻頭に置かれる事件記録の通称。当サイトに単独の記事はありません

出典

[1] H. P. Lovecraft, “The Festival” (本文). The H. P. Lovecraft Archive. https://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/f.aspx (訳文は当サイトの試訳) [2] “The Necronomicon and Other Grimoires”, The H. P. Lovecraft Archive. https://www.hplovecraft.com/creation/tomes.aspx (訳文は当サイトの試訳) [3] Saducismus triumphatus, or, Full and plain evidence concerning witches and apparitions(1681年ロンドン初版、識別子 2354009R.nlm.nih.gov)書誌記録(title・creator・date欄). Internet Archive metadata / U.S. National Library of Medicine. https://archive.org/metadata/2354009R.nlm.nih.gov [4] 同上、description欄(両部の銅版口絵についての説明). Internet Archive metadata. https://archive.org/metadata/2354009R.nlm.nih.gov [5] Saducismus triumphatus(1681年ロンドン初版)本文、献辞ページ. Internet Archive (OCR full text). https://archive.org/download/2354009R.nlm.nih.gov/2354009R_djvu.txt (訳文は当サイトの試訳。原文の長いs(ſ)はOCRでfと誤認識されています) [6] 同上、出版者による読者への序文の一節. Internet Archive (OCR full text). https://archive.org/download/2354009R.nlm.nih.gov/2354009R_djvu.txt (訳文は当サイトの試訳。原文の長いs(ſ)はOCRでfと誤認識されています) [7] 同上、本文中の一節(無神論者・サドカイ派・ホッブズ主義者について). Internet Archive (OCR full text). https://archive.org/download/2354009R.nlm.nih.gov/2354009R_djvu.txt (訳文は当サイトの試訳。原文の長いs(ſ)はOCRでfと誤認識されています) [8] 同上、序文の一節(「テッドワースの悪魔」の物語を収録する予告)および第2部冒頭のモンペソン家の事件記録. Internet Archive (OCR full text). https://archive.org/download/2354009R.nlm.nih.gov/2354009R_djvu.txt (当サイトによる要約。原文のOCRは誤読が多く逐語引用はしていません) [9] Saducismus triumphatus: or, full and plain evidence concerning witches and apparitions(1689年版、識別子 b30322406_0002)書誌記録description欄. Internet Archive metadata. https://archive.org/metadata/b30322406_0002 [10] Saducismus triumphatus: or, Full and plain evidence concerning witches and apparitions(1700年版、識別子 saducismustriump00glan)書誌記録description欄. Internet Archive metadata / Boston Public Library. https://archive.org/metadata/saducismustriump00glan [11] Saducismus triumphatus: or, full and plain evidence concerning witches and apparitions. With some account of Mr. Glanvil’s life and writings(1726年版、識別子 b30514472)書誌記録. Internet Archive metadata / Wellcome Library. https://archive.org/metadata/b30514472 [12] H. P. Lovecraft, “The Transition of Juan Romero” (本文). The H. P. Lovecraft Archive. https://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/tjr.aspx (訳文は当サイトの試訳) [13] “Lovecraft’s Fiction (Chronological Order)”, The H. P. Lovecraft Archive. https://www.hplovecraft.com/writings/fiction/chrono.aspx [14] “Lovecraft’s Fiction (Publication Order)”, The H. P. Lovecraft Archive. https://www.hplovecraft.com/writings/fiction/publish.aspx

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