書物(実在) — DAEMONOLATREIA

デモノラトレイア

H・P・ラヴクラフト「祭り」で、老人の家の書物の山に置かれた一冊として描かれる実在の悪魔学書です。正式書名は『デモノラトレイアエ・リブリ・トレス』(Daemonolatreiae libri tres)。著者はロレーヌ公国の検察官ニコラ・レミ(ラテン名レミギウス)で、ロレーヌ地方で15年のうちに900人前後が魔女の罪で処刑された裁判記録に基づき、1595年にリヨンで初版が刊行されました。ネクロノミコンなどの架空の魔導書と違い、5年後に書かれた「ダニッチの怪」でも発熱したアーミテージ博士が同じ書名を口にしており、ラヴクラフトが同一の実在書を複数の作品にまたがって配置した例です。

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概要

デモノラトレイア(Daemonolatreia)は、H・P・ラヴクラフトの短編「祭り」(The Festival)で、語り手が老人の家の一室で読まされる書物の山の一冊として描かれます。同じ山には、老モリスターの架空書『驚異の科学』(Marvells of Science)、ジョゼフ・グランヴィルの実在書『サドゥキスムス・トリウムファトゥス』(Saducismus Triumphatus、1681年刊)が並び、最後には忌まわしいネクロノミコンが置かれています[1]。

架空の魔導書とは異なり、デモノラトレイアは実在する書物です。正式書名は『デモノラトレイアエ・リブリ・トレス』(Daemonolatreiae libri tres、「悪魔崇拝についての三書」の意)。著者はロレーヌ公国の枢密顧問官ニコラ・レミ(Nicolas Remy、ラテン語名レミギウス Nicolaus Remigius)で、ロレーヌ地方で15年のうちに900人前後が魔女の罪で処刑された裁判記録に基づく悪魔学書です[9][13]。1595年にリヨンで初版が刊行されました。ラヴクラフトが作中で語る刊年・刊行地(1595年、リヨン)は、フランス国立図書館(BnF)の書誌記録が示す原本の刊記と一致します[9]。

デモノラトレイアの言及は「祭り」一作にとどまりません。5年後に書かれた「ダニッチの怪」(The Dunwich Horror)でも、事件のあとに発熱して錯乱したアーミテージ博士が、ネクロノミコンと並べてこの書名を口にする場面があります[5]。当サイトで確認した範囲では、レグヌム・コンゴのように一作限りで姿を消す実在書とは異なり、デモノラトレイアはラヴクラフトの二つの作品にまたがって置かれた書物です。

基本プロフィール

  • 分類: 書物(実在)
  • 欧文表記: DAEMONOLATREIA ── 正式な書名は Daemonolatreiae libri tres。「祭り」では「the shocking Daemonolatreia of Remigius, printed in 1595 at Lyons」、「ダニッチの怪」では「the Daemonolatreia of Remigius」と表記されます[1][5]
  • 著者: ニコラ・レミ(Nicolas Remy、ラテン語名レミギウス Nicolaus Remigius、1530年-1612年)。ロレーヌ公の枢密顧問官で、同公領の検察官(公訴官)を務めた人物です[10]
  • 初版: 1595年、リヨン(Lugduni)、ヴィンケンティウス工房(ex officina Vincentii)刊。4折版、本文394ページ[9]
  • 重版: 1596年にケルン(Coloniae Agrippinae)のH・ファルケンブルク工房から[11]、1597年にフランクフルト(Francofurti)のパルテニウス工房からも版が出ています[12]
  • 内容: ロレーヌ地方で15年のうちに900人前後が魔女の罪で処刑された裁判記録に基づく、全3巻(libri tres)構成の悪魔学書。カルロ・ディ・ロレーナ枢機卿に献呈されています[10][13]
  • 英訳: E・A・アシュウィン訳、モンタギュー・サマーズ編、書名『Demonolatry』。ロンドンのJ・ロドカー社より1930年刊。米国議会図書館分類はBF1520 .R413 1930[14]
  • 初出作品: 「祭り」。1923年10月執筆[3]、Weird Tales誌1925年1月号(Vol.5, No.1)発表[4]
  • 言及作品: 「ダニッチの怪」。1928年夏執筆[7]、Weird Tales誌1929年4月号(Vol.13, No.4)発表[8]

原典での描写

「祭り」の舞台はキングスポート。語り手は先祖代々受け継がれてきた古い言い伝えに従い、クリスマスの前夜に祖先の地を訪ねます。導かれた古い家で語り手を迎えたのは、身振り手振りだけで意思を伝える無口な老人でした。老人は蝋板に文字を書いて語り手に応対し、祭りの場所へ案内できるまで待つよう伝えます[2]。

椅子と机と本の山を指し示すと、老人は部屋を出ていきました。語り手が腰を下ろして読み始めて気づいたのは、その本がどれも古びて黴臭いということでした[2]。並んでいたのは、老モリスターの奇怪な『驚異の科学』、ジョゼフ・グランヴィルの恐るべき『サドゥキスムス・トリウムファトゥス』(1681年刊)、そして忌まわしいレミギウスのデモノラトレイア(1595年リヨン刊)、さらに最悪の一冊として、狂えるアラブ人アブドゥル・アルハザードによる、オラウス・ウォルミウスのラテン語訳という形で語り手が初めて目にする禁書ネクロノミコンでした[1]。

この一節でデモノラトレイアが占める位置は、リストの中ほどです。冒頭のモリスターの書物は架空の存在で、グランヴィルの『サドゥキスムス・トリウムファトゥス』とネクロノミコンに挟まれる形で名前が挙がります。語り手はこれらの書名だけを記し、デモノラトレイアの中身までは立ち入りません。老人の家という異様な空間に置かれた「本物の悪魔学書」として、架空の禁書ネクロノミコンへ読者の意識を導く踏み石の役割を果たしている一節です。

ラヴクラフト作品での言及

デモノラトレイアが名指しで登場するラヴクラフト作品は、当サイトで確認できた範囲では「祭り」と「ダニッチの怪」の2作です。

「ダニッチの怪」では、ウィルバー・ウェイトリーとその双子の兄弟をめぐる事件のあと、ミスカトニック大学の図書館員ヘンリー・アーミテージ博士が発熱し、部分的に錯乱した状態に陥ります。博士は担当医ハートウェルに説明らしい説明をしないまま、ライス博士やモーガン教授との協議の必要を口にし続けました[6]。その譫言の中で、博士はこう口にします。「ときおり博士は、恐るべきネクロノミコンとレミギウスのデモノラトレイアを求めて叫んだ。彼はそこに、自分が呼び出してしまった危険を食い止める呪法を見出せるのではと期待していたのである」[5]。ここでのデモノラトレイアは、「祭り」のように棚に積まれた書物の一冊としてではなく、迫り来る怪異に対抗する知識の拠り所として、ネクロノミコンと並ぶ実務的な役割を与えられています。

この2作以外に言及がないかどうか、当方では「レッド・フックの恐怖」「チャールズ・デクスター・ウォードの奇怪な事件」「未知なるカダスを夢に求めて」「ネクロノミコンの歴史」(エッセイ)「邪悪な牧師」「狂気の山脈にて」「暗闇の悪魔」「時間からの影」「インスマスの影」「銀の鍵」「戸口に現れたもの」「銀の鍵の門を越えて」「名状しがたきもの」「闇に囁くもの」「アウトサイダー」「クトゥルフの呼び声」「宇宙からの色」「冷気」「ハーバート・ウェスト―死体蘇生者」「ピックマンのモデル」「壁のなかの鼠」の本文をcurlで取得し、「Daemonolatreia」の文字列で機械的に検索しましたが、いずれにも出現しませんでした。合わせて23作を確認した結果であり、ラヴクラフトの全作品(約65作)を網羅した調査ではないため、この2作以外にも言及がある可能性は残ります。

性質と影響

デモノラトレイアは、フランス国立図書館(BnF)の書誌記録によれば、1595年にリヨン(Lugduni)のヴィンケンティウス工房(ex officina Vincentii)から初版が刊行された、4折版・本文394ページの書物です[9]。archive.orgに公開されているGoogle Booksのスキャン(識別子bub_gb_yXZbNl5P8YQC)でも、標題紙のOCRテキストに「LVGDVNI」(リヨンのラテン語表記。OCRでは”LVCDVNI”と誤読される)と「IN OFFICINA VINCENTII」の文字が確認でき、BnFの記録と一致します[10]。標題紙にはさらに、著者ニコラ・レミがロレーヌ公の枢密顧問官かつ同公領の検察官であったこと、全3巻(Libri Tres)構成であること、カルロ・ディ・ロレーナ枢機卿への献辞が記されています[10]。

初版の翌年にあたる1596年には、ケルン(Coloniae Agrippinae)のH・ファルケンブルク工房から8折版・414ページの版が出ており、これもBnFの書誌記録で確認できます[11]。さらに1597年には、フランクフルト(Francofurti)のパルテニウス工房から16折版・407ページの版が刊行されています[12]。短期間のうちに版元を変えながら複数回刷られたことから、当時のヨーロッパで一定の需要があった書物だとうかがえます。

英語圏への紹介は、1930年にロンドンのJ・ロドカー社から刊行された英訳『Demonolatry』が最初期のものです。E・A・アシュウィンが翻訳し、モンタギュー・サマーズが序文と注を付して編集しました[14]。この英訳版の書誌注記には、「ロレーヌ地方で15年のうちに900人前後が魔女の罪で死刑となった裁判記録から引いた」という原著の性格に加え、「フランス語原典は1595年にリヨンで最初に出版された」という一文があります[13]。この注記は、BnFの書誌記録とは独立した英語圏の図書館目録(トロント大学図書館由来のMARCレコード)によるもので、ラヴクラフトが「祭り」で書いた刊年・刊行地(1595年、リヨン)を、archive.orgとBnFに加えてさらに別系統の資料からも裏付ける結果になっています。1930年の英訳はその後もBarnes & Noble(1970年)、University Books(1974年)、Kessinger Publishing(2003年)、Dover Publications(2008年)から版を重ねており、20世紀後半から21世紀にかけても絶版にならずに読み継がれてきたことがわかります[15]。

なお、archive.orgには個人アップロードによる英訳版のスキャンも公開されていますが、このアイテム自体のメタデータは日付を「1595」と記すなど不正確です[16]。標題紙のテキスト自体は翻訳者・編者の名前や副題を正しく伝えているものの、書誌事実については個人アップロードのメタデータより、トロント大学図書館のMARCレコードを優先しました。

関連する用語

  • 祭り ── デモノラトレイアの初出作品
  • ダニッチの怪 ── アーミテージ博士がデモノラトレイアを求めて叫ぶ作品
  • ネクロノミコン ── 「祭り」「ダニッチの怪」いずれの場面でもデモノラトレイアと並んで名指しされる架空の禁書
  • サドゥキスムス・トリウムファトゥス ── 「祭り」の同じ書物の山に置かれた、ジョゼフ・グランヴィルによる実在の悪魔学書
  • 魔導書 ── デモノラトレイアは実在する悪魔学書で、神話作品では架空の魔導書と並べて扱われます
  • ニコラ・レミ(Nicolas Remy / Remigius) ── デモノラトレイアの著者。ロレーヌ公の枢密顧問官・検察官。当サイトに単独の記事はありません
  • モンタギュー・サマーズ(Montague Summers) ── デモノラトレイア英訳版(1930年)の編者。当サイトに単独の記事はありません
  • ヘンリー・アーミテージ博士(Henry Armitage) ── 「ダニッチの怪」でデモノラトレイアを求めて叫ぶミスカトニック大学の図書館員。当サイトに単独の記事はありません

出典

[1] H. P. Lovecraft, “The Festival” (本文). The H. P. Lovecraft Archive. https://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/f.aspx (訳文は当サイトの試訳) [2] H. P. Lovecraft, “The Festival” (本文). The H. P. Lovecraft Archive. https://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/f.aspx (訳文は当サイトの試訳) [3] “Lovecraft’s Fiction (Chronological Order)”. The H. P. Lovecraft Archive. https://www.hplovecraft.com/writings/fiction/chrono.aspx [4] “Lovecraft’s Fiction (Publication Order)”. The H. P. Lovecraft Archive. https://www.hplovecraft.com/writings/fiction/publish.aspx [5] H. P. Lovecraft, “The Dunwich Horror” (本文). The H. P. Lovecraft Archive. https://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/dh.aspx (訳文は当サイトの試訳) [6] H. P. Lovecraft, “The Dunwich Horror” (本文). The H. P. Lovecraft Archive. https://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/dh.aspx (訳文は当サイトの試訳) [7] “Lovecraft’s Fiction (Chronological Order)”. The H. P. Lovecraft Archive. https://www.hplovecraft.com/writings/fiction/chrono.aspx [8] “Lovecraft’s Fiction (Publication Order)”. The H. P. Lovecraft Archive. https://www.hplovecraft.com/writings/fiction/publish.aspx [9] “Nicolai Remigii,… Daemonolatreiae libri tres…” (1595年リヨン版), BnF catalogue général. https://catalogue.bnf.fr/ark:/12148/cb31194521v (訳文は当サイトの試訳) [10] “Nicolai Remigii … Daemonolatreiae libri tres” (1595年リヨン版, 標題紙OCR), Internet Archive / Google Books scan. https://archive.org/details/bub_gb_yXZbNl5P8YQC (訳文は当サイトの試訳) [11] “Nicolai Remigii,… Daemonolatreiae libri tres…” (1596年ケルン版), BnF catalogue général. https://catalogue.bnf.fr/ark:/12148/cb311945226 (訳文は当サイトの試訳) [12] “Nicolai Remigii,… Daemonolatreiae libri tres…” (1597年フランクフルト版), BnF catalogue général. https://catalogue.bnf.fr/ark:/12148/cb365687601 (訳文は当サイトの試訳) [13] Demonolatry, trans. E. A. Ashwin, ed. Montague Summers (London: J. Rodker, 1930), 書誌注記. Open Library. https://openlibrary.org/books/OL14208892M (訳文は当サイトの試訳) [14] Demonolatry, trans. E. A. Ashwin, ed. Montague Summers (London: J. Rodker, 1930), 書誌レコード(元データはトロント大学図書館MARCレコード). Open Library. https://openlibrary.org/books/OL14208892M.json [15] Demonolatry, edition list (JSON). Open Library. https://openlibrary.org/works/OL7020692W/editions.json [16] “Demonolatry, Nicholas Rémy, trans. by Montague Summers” (個人アップロードのスキャン、標題紙). Internet Archive. https://archive.org/details/DemonolatryNicholasRmyTrans.ByMontagueSummers1595 (訳文は当サイトの試訳)

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