概要
「地上の神々」ですら、より高位の「外なる神々」に従属する存在にすぎないという神話の階層構造を明かした短編。禁忌の峰ハセグ=クラへの登攀と、賢者の消失を描く。
作品情報
- 執筆・発表年: 1921年執筆/1933年発表(アマチュア雑誌「The Fantasy Fan」誌)
- 主題タグ: 神への冒涜、禁じられた知識、消失
登場神格・用語
あらすじ
ウルタール出身の賢者にして高僧、バルザイは「地上の神々」の伝承に精通する学者であり、若い弟子アタルを伴って禁断の峰ハセグ=クラへの登攀を企てる。地上の神々が夜な夜な故郷の峰々を懐かしんで戯れる姿を目撃するためである。頂に達したバルザイは恐るべき真実を悟る——地上の神々は至高の存在などではなく、地上の弱き神々を見張る「外なる神」に仕える身にすぎなかったのだ。アタルは辛くも山を下って生還するが、バルザイは絶叫とともに姿を消し、二度と発見されることはなかった。この一件以降、地上の神々は人の手の届かぬ「誰も踏み入ったことのない極寒の地、名も知れぬカダス」へと移り住んだと伝えられる。
読みどころと注目テーマ
「地上の頂という頂に、地上の神々が住む」という荘重な導入から、本作は神々の階層構造という壮大な宇宙論を、わずか数千語の中に凝縮している[1]。バルザイが禁忌の峰ハセグ=クラを登る場面では、彼の語る実況が徐々に昂揚し、恐怖に変わっていく過程が、ほぼ全て彼自身の叫び声だけで綴られる――「霧はごく薄く、月は斜面に影を落としている。地上の神々の声は高く激しく、彼らは、彼らよりも偉大な賢者バルザイの接近を恐れている……」という独白から始まり、やがて絶叫へと変わっていくこの語りの推移は、読者に彼の視界の変化を追体験させる巧みな仕掛けになっている[2]。そして最後にバルザイが目にしたものこそが本作最大の読みどころであり、「外なる神々だ! 弱き地上の神々を見張る、外なる地獄の神々だ! ……見るな! 戻れ! 見てはならぬ! ……慈悲深き地上の神々よ、私は空へと落ちていく!」という絶叫とともに姿を消す結末は、地上の神々自身すら恐れる、さらに上位の力の存在を強烈に印象づける[3]。この「外なる神々」という概念は、後にアザトースやヨグ=ソトースといった宇宙的な神格群の座標を定める上で不可欠な土台となった。
執筆背景と影響
1921年8月14日執筆。地上の神々の上位に「外なる神々」が存在するという構図をここで初めて明確化し、後の『未知なるカダスを夢に求めて』における神話体系の土台を築いた一編。批評家S・T・ヨシによれば、物語の出来事は先史文明の時代に起きたことが示唆されている。
賢者バルザイは単なる学究の徒ではなく、ウルタールの民に「猫を殺してはならない」という有名な掟を助言した人物としても知られ、聖ヨハネ祭の夜に黒猫たちがどこへ赴くかを若き祭司アタルへ最初に語ったのも彼だった[4]――この逸話は、本サイトの『ウルタールの猫』とも直接つながっている。博識で神々の秘密の多くを見抜いていたはずのバルザイでさえ、最後には神々の前で完全に無力だったという結末の対比が、本作の悲劇性を際立たせている。また、地上の神々が移り住んだとされる「カダス」の地名は本作が初出であり、後の長編『未知なるカダスを夢に求めて』でこの禁断の地そのものが物語の中心的な目的地として本格的に展開されることになる。
出典
- [1] “Atop the tallest of earth’s peaks dwell the gods of earth, and suffer no man to tell that he hath looked upon them.”(訳: 「地上の最も高い峰々の頂に、地上の神々は住まう。そして彼らを見た者が、それを語ることを決して許さない」) — H. P. Lovecraft, “The Other Gods”(1921年執筆/1933年発表)冒頭, 公式アーカイブ ↩
- [2] “The mists are very thin, and the moon casts shadows on the slope; the voices of earth’s gods are high and wild, and they fear the coming of Barzai the Wise, who is greater than they….”(訳: 「霧はごく薄く、月は斜面に影を落としている。地上の神々の声は高く激しく、彼らは、彼らよりも偉大な賢者バルザイの接近を恐れている……」) — 同上、バルザイの独白, 公式アーカイブ ↩
- [3] “The other gods! The other gods! The gods of the outer hells that guard the feeble gods of earth! … Look away! … Go back! … Do not see! … Do not see! … Merciful gods of earth, I am falling into the sky!”(訳: 「外なる神々だ! 外なる神々だ! 弱き地上の神々を見張る、外なる地獄の神々だ! ……見るな! 戻れ! 見てはならぬ! 見てはならぬ! ……慈悲深き地上の神々よ、私は空へと落ちていく!」) — 同上、結末, 公式アーカイブ ↩
- [4] “It was he who wisely advised the burgesses of Ulthar when they passed their remarkable law against the slaying of cats, and who first told the young priest Atal where it is that black cats go at midnight on St. John’s Eve.”(訳: 「ウルタールの市民たちが猫を殺すことを禁じる注目すべき法を定めた際、賢明な助言を与えたのは彼であり、聖ヨハネ祭の真夜中に黒猫たちがどこへ赴くのかを若き祭司アタルへ最初に語ったのも彼だった」) — H. P. Lovecraft, “The Other Gods”(1921年執筆/1933年発表)、バルザイの紹介, 公式アーカイブ ↩





