コラム

「ラヴクラフトへのラブレター」の9本は、どこまでクトゥルフ神話なのか

2026年8月21日にHumble Bundleで始まった「Love Letter to Lovecraft」は、3段階の価格帯に計9本を収めたPCゲームのバンドル。ただし収録作の性格は一様ではない。原典の短編を「100%忠実な翻案」と謳う作品から、開発元自身が「クトゥルフ風のカルト」としか書いていない作品まで並んでいる。売り手の紹介文と開発元の紹介文を突き合わせると、「ラヴクラフト的」という語がどこで伸び縮みしているかが見える。

公開出典最終確認作成AI支援で作成

誤りの指摘・訂正依頼と編集方針は運営者情報へ。

記事内に商品プロモーションを含む場合があります

9本で「ラヴクラフトへのラブレター」

Humble Bundleで「Love Letter to Lovecraft」というPCゲームのバンドルが始まりました。公式ページの見出しは “Our love letter to Lovecraftian gaming” で、収録は9点。支払額に応じて3段階の内容が開く形式です[1]。

日本から見た表示価格は US$5.50 / US$11 / US$14.30 です。ページには “Price includes Consumption Tax.”(表示価格に消費税を含む)と書かれているので、税抜ではそれぞれ5ドル・10ドル・13ドルにあたります。9点すべてが揃うのが最上位で、公式表記の合計価値は US$208[1]。

期間と受け取りについて、二つの日付が別々に決まっています。

  • 販売終了 2026年9月12日(公式ページの構造化データに記載の終了日時)[1]
  • キーの引き換え期限 2027年3月11日。公式ページは “Keys expire. Please redeem before March 11th, 2027.” と明記しています[1]

寄付先は Kiss the Ground。本記事の確認時点で、このバンドルはすでに US$844 を集めています[1]。

収録9本

価格帯ごとの内訳です。紹介文は公式ページの記載を要約したものです[1]。

価格帯作品公式ページでの説明
US$5.50Whisper Mountain Outbreak霧に覆われた山での生存ホラー。”Eldritch inspiration” と説明
US$5.50Forgive Me Fatherコミック調のレトロFPS。”comic-book Lovecraftian abominations”
US$5.50Sundered: Eldritch Edition手描きのメトロイドヴァニア。古の邪悪な力に抗うか受け入れるか
US$11Dagon: by H. P. Lovecraft DLCパック本体は無料。バンドルの対象はオーディオブックと物語の拡張
US$11Abandon Ship帆船を指揮して海の巨獣と戦う戦術アドベンチャー
US$11Call of Cthulhuダークウォーター島の一家の死を調べる “official” なRPG
US$14.30Remnant: From The Ashes次元をまたぐソウルライク。”Channelling Lovecraft and Eldritch style vibes”
US$14.30Forgive Me Father 2 Deluxe Edition上記FPSの続編
US$14.30Stygian: Outer Gods正気を削る生存アドベンチャー

並べてみると、ひとつ気づくことがあります。バンドル名は「ラヴクラフトへのラブレター」ですが、9本が同じ意味でラヴクラフトに向き合っているわけではない、ということです。

「ラヴクラフト的」を測る三つの物差し

当サイトでは以前、映画を題材にして「ラヴクラフトらしい映画とは何か」という記事を書きました。そこで整理した物差しは三つです。

  1. 見た目で測る — 触手と怪物が出るかどうか。いちばん手軽で、いちばん外れやすい
  2. 出典で測る — 原作があるかどうか。堅そうに見えて、看板は宣伝の都合で架け替えられる
  3. 効果で測る — 自然法則が破られるかどうか。ラヴクラフト自身が1927年の評論で挙げた条件に最も近い

このバンドルは、その三つがきれいに分かれる標本になっています。順に当ててみます。

出典で測る ── 原典のテキストが残っているもの

いちばん端にあるのが『Dagon: by H. P. Lovecraft』です。開発元Bit Golemはこの作品を “a 3D narrative experience in madness based on the cult short story by H. P. Lovecraft”、そして “this 100% faithful adaptation of the original story” と説明しています[6]。原典の短編「ダゴン」を、省略も脚色もせず30分ほどの体験に変換した、という主張です。

この作品には、他のラヴクラフト短編を扱ったDLCも用意されています。Steamの公式データに挙がっているのは「The Dunwich Horror」「The Rats in the Walls」「The Shadow over Innsmouth」の3本[6]。いずれも原典に実在する短編の題名です。

ここで面白いのは、バンドルに入っているのが本体ではなくDLCのほうだという点です。本体は無料配布なので、束ねる対象になりません[1][6]。9本のうち原典への距離が最も近い作品が、値段のつく形では「拡張パック」としてしか存在しない——バンドルの構成としては、少し倒錯した位置にあります。

『Call of Cthulhu』(2018年、Cyanide Studio)も出典の側です。当サイトの個別記事で扱ったとおり、短編「クトゥルフの呼び声」を直接の題材とし、正気度(Sanity)の仕組みまでTRPG版に倣って実装しています。

『Stygian: Outer Gods』は少し変わった位置にいます。Steamの公式説明は、舞台を “the forgotten settlement of Kingsport, inspired by the works of H.P. Lovecraft” としています[7]。キングスポートは原典に実在する地名です。設定そのものは前作『Stygian: Reign of the Old Ones』の独自宇宙ですが、地名として原典を踏んでいます。

見た目で測る ── 意匠だけを借りているもの

『Forgive Me Father』と続編は、公式ページの言葉を借りれば “comic-book Lovecraftian abominations” を撃つゲームです[1]。当サイトの個別記事でも、原典の「対抗不能な無力感」に対してこの作品は正面から撃ち合う構成である、と書いています。神話のモチーフを娯楽的なアクションへ翻案した側です。

『Sundered: Eldritch Edition』は、開発元Thunder Lotusが “an ever-changing world inspired by the works of H.P. Lovecraft” と書いています[5]。ラヴクラフトの名前は出ますが、神格名も書名も地名も出てきません。借りているのは雰囲気と、”eldritch” という形容詞です。

売り手の言葉と、作り手の言葉

ここからが本題です。四つ目の物差しとして、バンドルの紹介文と、開発元自身の紹介文を並べてみるという手があります。同じ作品について、売り手と作り手が別のことを言っている場合があるからです。

作品Humbleの紹介文[1]開発元自身のSteam説明[2][3][4]
Remnant: From The Ashes“Channelling Lovecraft and Eldritch style vibes”ラヴクラフトにも eldritch にも一切触れない。”an ancient evil from another dimension”
Whisper Mountain Outbreak“with Eldritch inspiration”同じく触れない。”an ancient curse”、舞台は1998年のビシク山
Abandon Ship“fight monstrous leviathans”“a Cthulhu-esque Cult”(クトゥルフ風のカルト)

『Remnant: From The Ashes』の開発元Gunfire Gamesが自作を説明する言葉に、ラヴクラフトの名前は出てきません。敵は “the Root” と呼ばれる異次元の存在で、ジャンル表記もアクション/アドベンチャー/RPGです[2]。ラヴクラフトを持ち出しているのは売り手のほうです。

『Whisper Mountain Outbreak』はもっと明確です。開発したのはインドネシアのToge Productions。舞台は1998年、Mt. Bisik(インドネシア語で「囁き」の意)の鉱山が「古の恐怖」を掘り当ててしまう、という筋立てです[4]。公式説明にラヴクラフト、eldritch、クトゥルフ、宇宙的恐怖のいずれの語も出てきません。「霧」「囁き」「古い封印」という道具立てが共通するだけです。

そして『Abandon Ship』。開発元Fireblade Softwareは、メインキャンペーンを “the main campaigns tale of overthrowing a Cthulhu-esque Cult” と書いています[3]。“Cthulhu-esque”——クトゥルフそのものではなく、クトゥルフ風。作り手自身がここで一段引いています。ゲーム内の最終兵器の名は “The Kraken” で、これも神話の固有名ではありません。

つまりこのバンドルの中には、少なくとも三段階が同居しています。

  • 原典のテキストを持っているもの(Dagon、Call of Cthulhu)
  • 原典の固有名を部分的に使うもの(Stygian: Outer Gods のキングスポート)
  • 意匠と形容詞だけを共有するもの(Remnant、Whisper Mountain Outbreak、Sundered、Abandon Ship)

「クトゥルフ神話」と「ラヴクラフト的」は同じ語ではない

この三段階は、当サイトが記事ごとに分けている「神話の三層」とは別の軸です。三層は誰が書いた設定か(原典/ダーレス以降/TRPG)を分ける枠組みで、いま見ているのはそもそも神話に触れているのかという手前の問いにあたります。

日本語圏では「クトゥルフ系」という言い方が、ほぼ「触手が出る」「正気度が減る」の意味で流通しています。それ自体は責められることではありません。ただ、その用法のままバンドルを買うと、「クトゥルフ神話作品を9本買ったつもりが、神話の固有名が一つも出てこないゲームが4本混ざっていた」という結果になり得ます。

英語圏の売り文句が使い分けている語も、日本語にすると差が消えがちです。

  • Cthulhu Mythos — 固有名を共有する体系。ラヴクラフトと後続作家、そしてTRPGが積み上げてきたもの
  • Lovecraftian — ラヴクラフト風。作風・雰囲気の形容
  • Eldritch / Cosmic Horror — さらに広い。ラヴクラフトを経由しない用例もある

「Love Letter to Lovecraft」というバンドル名が正確なのは、実はLovecraft と言っていて Cthulhu と言っていないからです。ラヴクラフト宛てのラブレターであって、クトゥルフ神話全集ではない。看板のほうは、きちんと広い側の語を選んでいます。

「宇宙的恐怖」という語がどこまでを指すのかは「『宇宙的恐怖』とは何か」で、神話に公式設定と呼べるものがあるのかは「クトゥルフ神話に『公式設定』は存在するのか」で、それぞれ扱っています。

深淵書架に記事があるのは、9本中5本

正直に書いておくと、この9本のうち当サイトが個別記事を持っているのは5本です。

  • あり: Call of Cthulhu / Dagon: by H. P. Lovecraft / Stygian: Outer Gods / Forgive Me Father / Forgive Me Father 2
  • なし: Remnant: From The Ashes / Abandon Ship / Whisper Mountain Outbreak / Sundered: Eldritch Edition

この分かれ方は偶然ではありません。記事があるのは、原典の固有名かテキストを持ち込んでいる5本のほうです。当サイトの収録基準が、この記事で書いてきた線引きと同じところに引かれていた、ということでもあります。無い4本については、書くとすれば「神話作品」ではなく「ラヴクラフト風」の棚になります。

ゲーム全体の見取り図は「クトゥルフ神話ゲーム総合ガイド」にまとめてあります。

買う前に見ておくとよいところ

  • 価格帯で中身が変わる。原典寄りの2本(Dagon DLCパック、Call of Cthulhu)は中位のUS$11から入ります[1]
  • 『Stygian: Outer Gods』は早期アクセス。開発元は完成版を2026年前半に出す目標だと書いており、本記事の時点でこの目標がどうなったかは公式に確認できていません[7]
  • キーの引き換え期限は2027年3月11日。積んでおくにしても、この日付までに引き換えは済ませる必要があります[1]
  • 『Dagon』の本体は無料。バンドルを買わなくても、原典に最も近い1本は今すぐ触れます[6]

「9本まとめてクトゥルフ神話」と思って買うと、たぶん半分で肩透かしを食います。逆に「ラヴクラフト以降に広がった感触の見本市」として買うなら、これほど幅の揃った9本はそう出てきません。どちらの目で見るかを先に決めておくと、外しません。

関連記事

出典

  • [1] Humble Bundle「Love Letter to Lovecraft」公式ページ(2026年8月22日確認)。見出しは “Our love letter to Lovecraftian gaming”。表示価格は US$5.50 / US$11 / US$14.30 で “Price includes Consumption Tax.” の注記あり、”You will get all 9 items”、”US$208 Value”、”Keys expire. Please redeem before March 11th, 2027.”、”This bundle supports Kiss the Ground.”、”This bundle has raised US$844 for charity!”。販売終了日はページの構造化データ(schema.org Product)の availabilityEnds に “2026-09-12T04:00:00” と記載。各作品の紹介文(“Channelling Lovecraft and Eldritch style vibes”、”with Eldritch inspiration”、”comic-book Lovecraftian abominations”、”(Base Game Free to Play Download Here)” 等)も同ページより Humble Bundle ↩
  • [2] Valve Corporation「Steam Store API」appdetails(appid 617290、2026年8月22日取得) — Remnant: From the Ashes。開発 Gunfire Games、発売2019年8月19日、ジャンルは Action / Adventure / RPG。説明文は “The world has been thrown into chaos by an ancient evil from another dimension.”。敵対存在は “the Root” と表記される。説明文に Lovecraft / eldritch / cosmic horror の語は現れない Steam ↩
  • [3] Valve Corporation「Steam Store API」appdetails(appid 551860、2026年8月22日取得) — Abandon Ship。開発・発売 Fireblade Software、2019年10月22日。”Play multiple stories, including the main campaigns tale of overthrowing a Cthulhu-esque Cult” および最終兵器 “The Kraken” の記述を含む Steam ↩
  • [4] Valve Corporation「Steam Store API」appdetails(appid 1953230、2026年8月22日取得) — Whisper Mountain Outbreak。開発・発売 Toge Productions、2025年8月11日。”The year is 1998, and an ancient curse has been unleashed, trapping everyone on Mount Bisik.”、”a mining operation on Mt. Bisik inadvertently unleashed an ancient horror”。説明文に Lovecraft / eldritch / Cthulhu / cosmic horror の語は現れない Steam ↩
  • [5] Valve Corporation「Steam Store API」appdetails(appid 535480、2026年8月22日取得) — Sundered: Eldritch Edition。開発・発売 Thunder Lotus、2017年7月28日。”Confront hordes of terrifying enemies in an ever-changing world inspired by the works of H.P. Lovecraft.”、”you resist or embrace ancient eldritch powers” Steam ↩
  • [6] Valve Corporation「Steam Store API」appdetails(appid 1481400、2026年8月22日取得) — Dagon: by H. P. Lovecraft。開発・発売 Bit Golem、2021年9月24日、is_free は true。”a 3D narrative experience in madness based on the cult short story by H. P. Lovecraft”、”this 100% faithful adaptation of the original story”。DLCとして The Dunwich Horror(2291520)、The Rats in the Walls(1751590)、The Shadow over Innsmouth(1722010)が登録されている Steam ↩
  • [7] Stygian: Outer Gods 公式Steamページ(appid 2581410、2026年8月22日確認) — 早期アクセス版の配信開始は2025年4月14日。舞台の説明は “the forgotten settlement of Kingsport, inspired by the works of H.P. Lovecraft”。開発元の早期アクセス説明に “Our goal is to have the full version of Stygian: Outer Gods ready for release in the first half of 2026.” とある Steam ↩

続きを辿る

隣の棚

記事URLをコピーしました