実在の人物(映画監督) — STUART GORDON

スチュアート・ゴードン

1947年生まれ、2020年没のアメリカの映画監督・劇作家。『Re-Animator』(1985)、『From Beyond』(1986)、『Dagon』(2001)というラヴクラフト原作の映画3本を、コメディの手つきで撮った。出発点は大学の演劇で、わいせつ容疑での逮捕という経歴も持つ。晩年はエドガー・アラン・ポーの一人芝居を演出し、『Re-Animator』をミュージカルにもした。

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スチュアート・ゴードン
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概要

スチュアート・アラン・ゴードンは、1947年8月11日にイリノイ州シカゴに生まれ[1][2]、2020年3月24日、72歳でロサンゼルスのヴァンナイズにおいて多臓器不全のため没したアメリカの映画監督・演出家・脚本家・劇作家です[1][2]。

ラムジー・キャンベルやエドガー・アラン・ポーが作家として神話に連なる人物だとすれば、ゴードンは映像化する側からラヴクラフトに関わった人物です。「ラヴクラフトらしい映画とは何か」で当サイトが扱ってきた問いに、彼自身の作品が具体的な答えを与えています。

わいせつ容疑で逮捕された『ピーター・パン』

映画監督になる前、ゴードンはウィスコンシン大学マディソン校で演劇を専攻していました[3][4]。1968年、ベトナム反戦運動と同年夏の民主党全国大会をめぐる混乱を下敷きに、大学で旗揚げした劇団「スクリュー・シアター」の公演として『ピーター・パン』を政治風刺劇に翻案します。フック船長をシカゴ市長リチャード・デイリーに、海賊たちを警官に見立てた舞台で、裸のダンサーにサイケデリックな光を投影する場面が物議を醸しました[1]。

この上演で、ゴードンは後の妻キャロリン・パーディとともにわいせつ容疑で逮捕されます。容疑は1968年11月に取り下げられました[1][5]。

大学の枠を離れたあと、ゴードンはパーディとともに1969年、マディソンで劇団オーガニック・シアターを旗揚げし、翌1970年、劇作家ポール・シルズの誘いを受けてシカゴへ拠点を移しています[6]。ゴードンは1985年に映画界へ転じるまで芸術監督を務め[4]、デイヴィッド・マメット『セクシュアル・パーヴァーシティ・イン・シカゴ』のほか、『ブリーチャー・バムズ』『Warp』(1971年)『E/R』などの世界初演もこの劇団で行われています[1][5]。

舞台から始まった『Re-Animator』

映画界への転身は1980年代前半、カリフォルニアへ移り、エンパイア・ピクチャーズでホラー映画を撮り始めたことに始まります。

1985年の監督デビュー作『Re-Animator』は、ラヴクラフトの連作「ハーバート・ウェスト——死体蘇生者」(1922年)をゆるやかに原作としたコメディ・ホラーです。脚本はデニス・パオリ、ウィリアム・J・ノリス、ゴードン本人の3人によるものでした。

本作は当初、30分のテレビ番組のパイロット版として企画され、脚本はまずノリスとゴードンが手がけたものの、ノリスが抜けたあとパオリが加わって1時間版に書き直された——しかしテレビ局への売り込みには至らず、これを長編映画として撮ることを持ちかけたのが製作者ブライアン・ユズナだった、という経緯が広く伝えられています。ただし当サイトはこの経緯を一次資料では確認できていません。

90万ドルあまり、18日間で撮られた映画

製作費については資料によって食い違いがあります。ゴードン自身は後年のインタビューで「80万ドルだった」と語っており[7]、製作者ブライアン・ユズナは「90万ドル」と述べ[8]、『Empire』誌は「100万ドルをわずかに超える程度」と紹介しています[9]。いずれにせよきわめて低予算の映画であったことは共通しています。主演のジェフリー・コムズは、のちのインタビューで「非常に低予算で、撮影は18日間だった」と振り返っています[10]。

コムズがハーバート・ウェスト役に選ばれた経緯も、いまとなっては意外なものです。コムズはそれまでラヴクラフトの名を知らず、オーディションでゴードンから「これがラヴクラフト原作だと知っているか」と聞かれた際、「知ったかぶりでごまかした」と語っています[10]。共演はブルース・アボット、バーバラ・クランプトン、そしてドキュメンタリー『Lovecraft: When the Stars are Right』の記事で触れたデヴィッド・ゲイル——彼はカール・ヒル博士役で出演し、翌1991年に世を去ったとされていますが、当サイトでは一次資料で確認できていません。

興行成績は、公開初週末に129館で543,728ドル、北米興行収入は最終的に2,023,414ドルと、製作費を上回りました[11]。批評面では、ロジャー・エバートが4つ星中3つを付け[12][13]、Rotten Tomatoesは135件のレビューをもとに88%の支持率を集計しています(2026年9月14日時点)[14]。1985年のシッチェス映画祭では最優秀作品賞を受賞し[15]、同年のカンヌ国際映画祭でも上映されました[1]。

世紀転換期のヨーロッパを、現代のアメリカへ

原作の連作「ハーバート・ウェスト——死体蘇生者」(1922年)は、世紀転換期のヨーロッパを舞台にした、あからさまに扇情的な語り口の小説です。ゴードンの脚色は、舞台を同時代のアメリカへ移し、原作にはなかったコメディの要素を大幅に持ち込んでいます。

原作を忠実になぞるのではなく、時代と国と調子のすべてを作り替えた翻案だったことになります。それでもなお「ラヴクラフト映画」として記憶され続けているのは、蘇生の道具立てと医学部という舞台設定という骨格だけは、原作から動かさなかったからでしょう。

コメディとして撮る、という選択

ラヴクラフトの原作は、名状しがたさと宇宙的な無関心を軸にした文章です。ゴードンが選んだのは、その対極にあるとも言えるコメディ・ホラーという様式でした。『Re-Animator』はカルト的な人気を確立し、シッチェス映画祭での受賞をはじめ複数の映画祭で評価されています。

続く『From Beyond』(1986年)、そして15年の間を空けた『Dagon』(2001年)、さらに『Masters of Horror』シリーズのエピソード「魔女の家の夢」——ゴードンは20年近くにわたって、繰り返しラヴクラフト作品に立ち返っています。

友人であり仲間の映画製作者でもあるブライアン・ユズナと同じく、ラヴクラフトの愛好家だったと伝えられていますが、当サイトでは一次資料を確認していません。当サイトのドキュメンタリー『Lovecraft: When the Stars are Right』の記事で扱った、映画を作る側からラヴクラフトに取材を受けた人々の一人が、まさにこのゴードンでした。

イタリアで撮った『From Beyond』と、MPAAとの攻防

『From Beyond』は、コムズとクランプトンが『Re-Animator』からの再共演、脚本のデニス・パオリと製作のブライアン・ユズナも含めて、前作とほぼ同じ布陣で作られています。原作の中心にある「共鳴装置(Resonator)」で松果体を刺激し、別次元の生物を知覚するという設定は残しつつ、松果体が肥大して額を突き破るという描写は、映画独自の追加でした。

撮影はコストを抑えるためイタリアのエンパイア・スタジオで行われ、ゴードンは外国のクルーを雇うことで1,000万ドル以上のコスト削減になったと振り返っています[16]。

もう一つ興味深いのが、レイティングをめぐる攻防です。全米映画協会(MPAA)にR指定を認めさせるため、ゴードンは編集を12回近く提出し直し、目玉をえぐって脳を吸う場面を中心に約30秒分を削っています[17]。ゴードン自身はこの経験を、映画を強くしたものとしてではなくむしろ損なわれたものとして振り返っており、「本当に良い部分が削られてしまった」と述べています[17]。名状しがたさを文章で書いたラヴクラフトの手法とは違い、この検閲はゴードンにとって痛手として記憶されていたことになります。

長年待った『Dagon』、そして題名との食い違い

『Dagon』(2001年)の企画は、長年温められていたものでした。ゴードン本人は2002年のインタビューで「これは文字どおり15年越しの企画だった」と振り返っており[18]、逆算すると1980年代後半にはすでに動かし始めていたことになります。企画が難航した理由について、ゴードン自身は「スタジオに持ち込むたびに、あまりに奇妙すぎると言われた。『魚人間を狼男に変えれば、明日にでもグリーンライトを出す』とまで言われた」と語っています[18]。

題名は『Dagon』ですが、物語の主な典拠は1936年の中編「インスマスの影」のほうです。企画が実現したのは、ブライアン・ユズナがスペイン・バルセロナのフィルマックス社のもとでファンタスティック・ファクトリーを立ち上げてからでした[18]。撮影地はスペイン北西部ガリシア地方の港町コンバッロです[19]。作中の町名は「インボカ(Imboca)」——インスマス(Innsmouth)への言葉遊びとして名付けられています[20]。

1919年の短編と1936年の中編、2つの原作を組み合わせ、題名は前者から、筋書きは後者から取る。しかも15年越しの企画。ゴードンのラヴクラフト映画のなかでも、もっとも複雑な成り立ちを持つ作品です。

ポーへ、そして一人芝居とミュージカルへ

ゴードンのポーへの関心も見逃せません。1991年には『落し穴と振り子』を、2007年には『Masters of Horror』の一編として「黒猫」を、それぞれ映画化しています[21]。エドガー・アラン・ポーの記事で見た「ラヴクラフトが受け継いだもの」の系譜は、映像作家であるゴードンにも及んでいたことになります。

さらにポー生誕200年にあたる2009年、俳優ジェフリー・コムズ、脚本家デニス・パオリとともに、一人芝居『Nevermore…An Evening with Edgar Allan Poe』をロサンゼルスのスティーヴ・アレン・シアターで発表し、演出を務めました[22]。映画監督としてではなく、出発点だった舞台の演出家として、ポーその人を主題にした作品を作っていたことになります。この舞台はその後3年にわたり、ニューヨークのリンカーン・センターやナッシュビル、ボルティモアなど各地を巡演しました[22]。

『Re-Animator』でハーバート・ウェストを演じたコムズと、脚本のパオリ。ラヴクラフト映画で組んだ2人と、今度はポーその人を主題にした舞台で組み直す——エドガー・アラン・ポーの記事で見た「ラヴクラフトが受け継いだもの」という系譜を、ゴードンは自らの制作チームの再編成という形でなぞっていたことになります。

2011年には『Re-Animator: The Musical』をロサンゼルスのスティーヴ・アレン・シアターで製作・演出・共同脚本し、公演期間を重ねて延長しながら上演を続けました[23]。翌2012年にはニューヨーク・ミュージカル・シアター・フェスティバル、続いてエディンバラ・フリンジ・フェスティバルにも出演しています[24]。公演期間の長さや受賞の具体的な数については、資料によって記述が揺れており、当サイトでは一次資料で確認できていません。

舞台と映画を、行き来し続けた監督

こうして経歴を追うと、ゴードンが演劇と映画のあいだを何度も往復した人物だったことが見えてきます。わいせつ容疑での逮捕という出発点から、シカゴの劇団運営、ラヴクラフト映画、ポーの一人芝居、そして自作のミュージカル化まで。ラヴクラフトを映像化する仕事は、彼のキャリアの中の一区画にすぎません。

『Re-Animator』がテレビ番組の企画として構想され、映画になったように、『Re-Animator: The Musical』はその映画がふたたび舞台へ戻ったものです。一つの物語が、テレビ企画・映画・舞台という順に形を変えながら、四半世紀以上にわたってゴードンの手元を巡り続けたことになります。

それでも『Re-Animator』『From Beyond』『Dagon』の3本が、当サイトが扱う神話の三層のうち、原典を映像という別の形式へ移す仕事の代表例であることに変わりはありません。

原典が名状しがたいと書いたものを、コメディという形式であえて名指しして見せる。この判断は、多くの監督が選ばなかった道です。ラヴクラフトの怖さをそのまま怖さとして再現しようとする作品は数多くありますが、ゴードンは笑いという回路を経由することを選び、それでもなお怖いものを作り続けました。舞台の演出家として出発し、わいせつ容疑で逮捕された経歴を持つ人物だからこそ選べた道だったのかもしれません。

出典

  • [1] Chicago Sun-Times「Stuart Gordon dead; horror film director, Organic Theatre co-founder」(2020年3月25日) — 記事 ↩
  • [2] Variety「Stuart Gordon, Cult Classic Horror Director, Dies at 72」(2020年3月24日) — 記事 ↩
  • [3] The Hollywood Reporter「Stuart Gordon Dead: ‘Re-Animator’ Director Dies at 72」 — 記事 ↩
  • [4] Wisconsin Center for Film and Theater Research(ウィスコンシン大学マディソン校)「Stuart Gordon: Career in Theater」 — 公式アーカイブ ↩
  • [5] シカゴ・コレクションズ(シカゴ公共図書館)「Organic Theater Records, 1969-2000」所蔵資料解題 — 公式資料 ↩
  • [6] Cineaste Magazine「Things No One Likes to Talk About: An Interview with Stuart Gordon」(2009年冬号) — 記事 ↩
  • [7] The People’s Movies「Interview with Stuart Gordon (Re-Animator, From Beyond)」 — 記事 ↩
  • [8] Consequence「Leave of Absence: A Posthumous Interview With Master of Horror Stuart Gordon」(2020年4月) — 記事 ↩
  • [9] Empire「Re-Animator Review」 — 記事 ↩
  • [10] The A.V. Club「Jeffrey Combs on Re-Animator’s endurance, playing H.P. Lovecraft, and more」 — 記事 ↩
  • [11] Box Office Mojo「Re-Animator – Weekend」 — 公式データ ↩
  • [12] RogerEbert.com「Re-Animator movie review & film summary」 — 記事 ↩
  • [13] BGR「Roger Ebert Praised This Low-Budget H.P. Lovecraft Adaptation That Spawned A Movie Franchise」 — 記事 ↩
  • [14] Rotten Tomatoes「Re-Animator」Tomatometer(2026年9月14日取得) — 公式データ ↩
  • [15] Sitges Film Festival「List of Winners 1985」(公式サイト) — 公式資料 ↩
  • [16] JoBlo「Stuart Gordon’s From Beyond – (The Test Of Time)」 — 記事 ↩
  • [17] Den of Geek「From Beyond, Stuart Gordon, and MPAA censorship」 — 記事 ↩
  • [18] Nitrate Online「Dagon – Interview with Stuart Gordon」(2002年) — 記事 ↩
  • [19] Moria Reviews「Dagon (2001)」 — 記事 ↩
  • [20] FictionMachine「Review: Dagon (2001)」 — 記事 ↩
  • [21] Fangoria「The Gingold Files: Masters of Horror – The Black Cat Review」 — 記事 ↩
  • [22] Moveable Fest「Stuart Gordon, Jeffrey Combs Immortalize Edgar Allan Poe In Nevermore」 — 記事 ↩
  • [23] Patch「’Re-Animator: The Musical’ Premieres at the Steve Allen Theatre」 — 記事 ↩
  • [24] ScreenAnarchy「Review: Re-Animator The Musical」 — 記事 ↩
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