TRPG(『クトゥルフの呼び声』第7版シナリオ、通常版174.99ドル・NOW SHIPPING) — THE SPARK DEVIL

The Spark Devil

舞台は1935年のプロヴィデンス。300ページの架空学術書、文書25点、27×31インチの地図、音声23本を箱に詰めたHPLHS制作・Chaosium公式ライセンスのシナリオ。『Eternity at Sea』が示した「資料の束」をどこまで拡張したか、そしてラヴクラフト自身が実際に暮らした街と年をどう扱っているかを、公式発表で確認する。

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創元推理文庫『ラヴクラフト全集3』。舞台プロヴィデンスを描いた原典「闇をさまようもの」を収録。

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概要

Chaosiumは2025年10月7日、公式ブログで、H.P. Lovecraft Historical Society(以下HPLHS)がライセンスを受けて制作した『クトゥルフの呼び声』第7版シナリオ『The Spark Devil』の発売を発表した[1]。舞台は「Providence, Rhode Island. The year is 1935 and the Great Depression is in full swing.(ロードアイランド州プロヴィデンス。時は1935年、大恐慌のただ中)」で、事件の発端は「a local electrician」――地元の電気工事士――の死だとブログは書く[1]。

The sudden and inexplicable death of a local electrician catapults Investigators into an inquiry steeped in madness, mystery, and dark powers.[1] (地元の電気工事士の突然の、不可解な死が、調査員たちを狂気と謎と暗黒の力に満ちた捜査へと投げ込む。)

シナリオの執筆はHPLHSのショーン・ブラニー、小道具の制作はアンドリュー・リーマンが担当した[1]。HPLHS公式ストアの商品ページによれば、通常版(デラックス・ボックスセット)の価格は174.99ドル、重さは「almost 5 pounds(ほぼ5ポンド、約2.3キログラム)」、箱のサイズは13.5×11.75×4.5インチである[1][2]。2026年時点で「NOW SHIPPING」の表記があり、すでに発送が始まっている[1]。

海外発送向けの「International Edition」も別ページで販売されており、価格は149.99ドルだ[2]。通常版との違いは、電池式スピーカーを内蔵したプロップ用の缶型ラジオから、Bluetoothスピーカー本体だけを抜いた点にある。国際版のページは理由をこう説明する。

Originally we did include one until we received objections from our shipping partners that prohibit us from including one in overseas shipments.[2] (もともとは同梱していたが、海外発送にこの種の機器を含めることを禁じる配送提携先からの異議を受けた。)

利用者は自前のスピーカーを、内径「10cm/3.875in」の缶に入れて使うことになる[2]。音声プロップの大半はダウンロード提供のデジタル版でもあり、国際版でもこの点は変わらない[2][4]。

2026年ENNIE Awardsでは、公式の「2026 Winners & Nominees」ページで、『The Spark Devil』が「Best Adventure – Long Form」「Best Production Values」「Product of the Year」の3部門にノミネート作として掲載されている(2026年9月9日時点、いずれも金・銀の受賞マークは付いていない)[6]。Chaosium副社長のマイケル・オブライエンは、発表ブログでこう述べている。

When the HPLHS says The Spark Devil contains “cinema-quality” gamer props, rest assured they aren’t kidding: their previous ingenious creations for Call of Cthulhu have won multiple ENNIE Awards, including Product of the Year – twice.[1] (HPLHSが『The Spark Devil』には「映画品質」のゲーマープロップが入っていると言うとき、誇張ではないと請け合っていい。彼らがこれまで『クトゥルフの呼び声』のために手がけてきた創意あふれる制作物は、複数のENNIE賞を受賞しており、そこには年間最優秀賞(Product of the Year)の2度の受賞も含まれる。)

日本国内での正規販売・日本語版の予定は、本稿で参照した公式資料の範囲では確認できていない。

どんな作品か

箱の中身を、公式ストアの内訳から確認する[1]。

  • Liber Oblitus: 架空の学術書のファクシミリ版。「300 page hardback book」――300ページのハードカバーである
  • プロップ文書25点: 新聞切り抜き、大判の写真、手紙、法律文書などをまとめて「Twenty-five documents」と表記
  • プロヴィデンス地図: 27×31インチ
  • ナラガンセット湾地図: 17.5×27インチ
  • バトラー病院の平面図: 11×17インチ
  • 音声プロップ: 「Twenty-three audio props」と「Three custom vintage radio broadcasts」――23本の音声プロップと、3本の当時風ラジオ放送
  • シナリオブック: 86ページの糸かがりではない無線綴じ製本(perfect-bound)

HPLHS公式サイトの紹介ページによれば、このゲームブックの表紙・挿絵はウクライナの画家ウラディスラフ・ユラソフが手がけている[4]。この画家名は、当サイトが2026年8月に確認した『Eternity at Sea』の冊子の表紙・挿絵画家と同一人物だ[4][8]。両作は同じ制作チームの手による、同時期の兄弟製品だとみてよい。

紹介ページはさらに、卓を囲めない相手のためにデジタル版の用意があることも明記している。

While the game is designed to be played in-person around the table, we are also providing digital versions of most of the props so you can play remotely/online![4] (このゲームは対面で卓を囲んでプレイするよう設計されているが、大半の小道具についてはデジタル版も用意しているので、遠隔・オンラインでもプレイできる。)

23本の音声プロップは、プロの声優が吹き込んだNPCとのやり取りと、当時のラジオ放送を模した音源だとされ、ダウンロードしたMP3ファイルをプロップのラジオ、または任意の再生機器で再生する仕組みになっている[1][4]。

紹介ページはまた、劇中の文書がどこまで実在の史料に基づいているかについても触れている。作中の新聞切り抜きは「six clippings from The Providence Journal, ranging from 1901 to 1934」――『プロヴィデンス・ジャーナル』紙からの6点で、1901年から1934年にわたるという[5]。そのうちの一つ、劇中に登場する火災報道は、実際の1931年3月17日の火災をもとにしている。

the detailed replica of the actual coverage of the fire at Maplewood, which was a real historical event[5] (メープルウッドの火災についての、実際の報道を精密に再現した複製。これは実際にあった出来事である。)

紹介ページは続けて、劇中に登場する療養所の名も実在すると明かす。

Dr. Bates sanitarium at Maplewood on Conanicut Island was a real place.[5] (コナニカット島メープルウッドのベイツ博士のサナトリウムは、実在した場所である。)

さらに、劇中に出てくる社内報の名称についても、次のように付け加えている。

They really did have an in-house newsletter called “The Electric Spark.”[5] (実際に『The Electric Spark(電気の火花)』という名の社内報が存在した。)

『The Spark Devil』というシナリオ名と、実在した社内報「The Electric Spark」の間には、綴りにも意味にも重なりが見える。ただし、この社内報の実名がシナリオ内でどう使われているか、タイトルの由来として公式に明言されているかどうかは、本稿で参照した資料の範囲では確認できていない。

「証拠品そのもの」は、どこまで書物になったか

当サイトは『Eternity at Sea』の記事で、『クトゥルフの呼び声』(1926年執筆/1928年発表)が、語り手が紙の束を読み解いていくことで恐怖に近づく小説だったことを確認した。原典の語り手フランシス・ウェイランド・サーストンが読むのは、彫刻家の夢の記録、警部の摘発報告、航海士の手記である[8]。この「発見の構造」を、HPLHSは新聞・書類・写真・音声といった小道具の束へ翻訳してきた、というのが当サイトの見立てだった。

『The Spark Devil』は、この翻訳をさらに一段押し進めている。『Eternity at Sea』の紙の小道具が、新聞や書類、写真といった断片の積み重ねだったのに対し[8]、『The Spark Devil』は300ページのハードカバー一冊、『Liber Oblitus』そのものを箱に収めている[1]。劇中人物が実際に手に取ったであろう一冊の本を、丸ごと物としてプレイヤーに渡す。断片の集積から、書物一冊への拡張だ。

紙の量そのものも増えている。『Eternity at Sea』の冊子は56ページ、新聞切り抜きは6点だった[8]。『The Spark Devil』は86ページのシナリオブックに加えて300ページの学術書、そしてプロップ文書25点を用意している[1]。地図も、『Eternity at Sea』が彩色地図6部だったのに対し、『The Spark Devil』はプロヴィデンス市街図27×31インチとナラガンセット湾地図17.5×27インチという大判2枚を揃えた[1]。

一方で、実在の史料を織り込む手つきは『Eternity at Sea』と共通している。『Eternity at Sea』の新聞紙面は「当時のオレゴンの実紙面から採られ」た周辺記事で埋められていたが[8]、『The Spark Devil』の新聞切り抜きは、1901年から1934年の『プロヴィデンス・ジャーナル』紙という、実在の新聞そのものを出典に持つ[5]。火災報道と療養所の実在を公式ページが名指しで保証している点も、『Eternity at Sea』が実在の納骨堂の名を1925年へ移し替えていた手つきと同じ根から来ている[5][8]。架空の脅威を、実在の記録と実在の場所の隙間に差し込む――この技法は、HPLHSの一貫した作り方だと言ってよい。

実在の街に、実在しない脅威を置く

『The Spark Devil』が選んだ舞台は、HPLHS自身の言葉を借りれば次の通りだ。

The adventure makes extensive use of real Providence history and locations to create the most authentic setting possible. Investigators can explore Lovecraft’s home town as they strive to stave off an entirely new Mythos threat.[1][3] (このアドベンチャーは、プロヴィデンスの実在史・実在の場所を余すところなく用い、最も本物らしい舞台を作り上げている。調査員たちは、まったく新しい神話の脅威を食い止めようとしながら、ラヴクラフトの故郷の街を探索できる。)

「ラヴクラフトの故郷」という一言は誇張ではない。ラヴクラフト自身のアーカイブが伝える年譜によれば、彼は1933年、叔母ガムウェル夫人とともにブラウン大学のジョン・ヘイ図書館裏手にあたる66 College Streetへ転居している[7]。当サイトが『暗闇の悪魔』の記事で確認した通り、この短編の主人公ロバート・ブレイクも「ブラウン大学に近いカレッジ・ストリート沿いの家」に住み、フェデラル・ヒルの丘を望んでいた[9]。『暗闇の悪魔』自体は1935年11月に執筆された作品で、舞台の時期は1934年から35年の冬、ブレイクの死は1935年8月である[9]。

『The Spark Devil』が指定する年も、同じ1935年のプロヴィデンスだ[1]。ラヴクラフト自身がまさにこの街でこの年を生きていた時期と、シナリオの舞台年が重なっている。ただし、ラヴクラフト本人を登場させる趣向とは方向が違う。HPLHSは、この脅威を「an entirely new Mythos threat(まったく新しい神話の脅威)」と明言しており[1]、『暗闇の悪魔』やラヴクラフトの他の短編の筋書きを土台にした翻案だとは謳っていない。実在した通りと実在した年号の上に、ラヴクラフト本人が書いたことのない脅威を新しく据える――『The Spark Devil』が取っているのは、この組み立てである。

この脅威がどのような神格・存在なのかは、HPLHSの製品ページも、Chaosiumの発表ブログも具体的には明かしていない。公式ページ自体が内容の核心に触れないよう抑制的な書き方をしており、本稿もそれに倣って筋書きの中身には踏み込まない。

原典との距離(神話の三層のどこに立つか)

『The Spark Devil』が立っている場所を、当サイトの三層区分で整理する。

プロヴィデンスという都市そのものと、1935年という年、そこに実在した『プロヴィデンス・ジャーナル』紙やメープルウッドの療養所は、いずれも史実であって、神話の層に属する事柄ではない。ラヴクラフト自身がこの街を舞台に選んだ作品――当サイトが記事で確認した『暗闇の悪魔』のフェデラル・ヒルはその代表例だ[9]――は、第1層(原典)に属する。ラヴクラフトが1933年から実際に暮らした66 College Streetという住所も、この第1層の背景をなす伝記的事実である[7]。

これに対し『The Spark Devil』が持ち込む「まったく新しい神話の脅威」は[1]、原典のいずれの短編にも登場しない、TRPG版のために新規に書き下ろされた設定だと公式に位置づけられている。したがってこれは第3層(TRPGによる拡張)に属する。舞台と時代はラヴクラフト自身の伝記と重なる実在の座標を使いながら、そこに置かれる脅威そのものはラヴクラフトが一度も書いたことのないものだ、という二重構造になる。

『Eternity at Sea』が、実在するオレゴンの灯台と実在した納骨堂の名を1925年へ移し替えていたのと同じ技法を[8]、『The Spark Devil』はラヴクラフト本人の故郷・存命中の年へ向けて使っている。移し替える先がラヴクラフト自身の暮らした通りだという点に、この作品の狙いがあると読める。

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出典

  • [1] Chaosium Inc. “The Spark Devil: a new ‘proptastic’ Call of Cthulhu adventure from the HPLHS”(Posted by Michael O’Brien on 7th Oct 2025、2026年9月9日確認)。舞台「Providence, Rhode Island. The year is 1935」、事件の発端「a local electrician」の死、執筆Sean Branney・プロップAndrew Leman、「makes extensive use of real Providence history and locations to create the most authentic setting possible」、箱のサイズ「13.5 x 11.75 x 4.5 inches」・重さ「almost 5 pounds」、Michael O’Brienの発言を確認。https://www.chaosium.com/blogthe-spark-devil-a-new-proptastic-call-of-cthulhu-adventure-from-the-hplhs/ ↩
  • [2] H.P. Lovecraft Historical Society公式ストア「The Spark Devil – International Edition」商品ページ(2026年9月9日確認)。価格「$149.99」、Bluetoothスピーカー非同梱の理由「objections from our shipping partners that prohibit us from including one in overseas shipments」、カニスター内径「10cm/3.875in」、「NOW SHIPPING」の表記を確認。https://store.hplhs.org/products/the-spark-devil-copy ↩
  • [3] H.P. Lovecraft Historical Society公式ストア「The Spark Devil」商品ページ(2026年9月9日確認)。価格「$174.99」、Liber Oblitus「300 page hardback book」、プロップ文書「Twenty-five documents」、プロヴィデンス地図・ナラガンセット湾地図・バトラー病院平面図のサイズ、音声プロップ「Twenty-three audio props」「Three custom vintage radio broadcasts」、シナリオブック「86-page」、ENNIE Awards 2026「Best Long Form Adventure」「Best Production Values」「Product of the Year」ノミネートの表記、「NOW SHIPPING」を確認。https://store.hplhs.org/products/the-spark-devil ↩
  • [4] H.P. Lovecraft Historical Society公式サイト「The Spark Devil」紹介ページ(2026年9月9日、ブラウザで直接確認)。ゲームブックの表紙・挿絵がウクライナの画家Vladyslav Yurasovによること、「86-page perfect-bound book」、「While the game is designed to be played in-person around the table, we are also providing digital versions of most of the props so you can play remotely/online!」、モットー「Ludo Fore Putavimus」(We Thought It Would be Fun)を確認。https://hplhs.org/sparkdevil.php ↩
  • [5] 同上ページの「Prop Documents」区画。『プロヴィデンス・ジャーナル』紙の切り抜き「six clippings…ranging from 1901 to 1934」、メープルウッドの火災が実際の1931年3月17日の出来事に基づくこと、「Dr. Bates sanitarium at Maplewood on Conanicut Island was a real place」、社内報「They really did have an in-house newsletter called “The Electric Spark.”」を確認。https://hplhs.org/sparkdevil.php ↩
  • [6] ENNIE Awards公式「2026 Winners & Nominees」ページ(2026年9月9日、ブラウザで直接確認)。『The Spark Devil』(H.P. Lovecraft Historical Society、著者Sean Branney)が「Best Adventure – Long Form」「Best Production Values」「Product of the Year」の3部門に掲載されていること、いずれの掲載にも金・銀の受賞マークが付いていないことを確認。https://ennie-awards.com/2026-nominees/ ↩
  • [7] The H. P. Lovecraft Archive「A Brief Biography」(2026年9月9日確認)。ラヴクラフトが1933年、叔母ガムウェル夫人とともに「66 College Street, right behind the John Hay Library」へ転居したことを確認。https://www.hplovecraft.com/life/biograph.aspx ↩
  • [8] 当サイト「Eternity at Sea」記事、および H. P. Lovecraft, “The Call of Cthulhu”(1926年執筆/1928年発表)。原典の語り手が資料を読み解く構造、『Eternity at Sea』の冊子ページ数・新聞切り抜き点数・地図部数を確認。https://shinenshoka.com/reviews/eternity-at-sea/ ↩
  • [9] 当サイト「暗闇の悪魔」記事。ロバート・ブレイクがブラウン大学に近いカレッジ・ストリート沿いに住み、フェデラル・ヒルを望んでいたこと、執筆1935年11月、作中の時期が1934〜35年の冬から1935年8月であることを確認。https://shinenshoka.com/lovecraft/the-haunter-of-the-dark/ ↩

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