
東雅夫『クトゥルー神話大事典』(新紀元社)。本作は特定の原典の映画化ではないため、コズミックホラーの語彙を確認できる事典を挙げた。
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概要
英国の映画ニュースサイトBritflicksは2026年8月19日付の記事で、Michael May監督の心理ホラー『Where Darkness Dwells』が同年9月21日に英国のデジタルプラットフォームで配信されると報じた。配給はGrimmVision[1]。GrimmVisionは、英国の映画祭Grimmfestが2025年10月にTrinity Content Partnersと組んで立ち上げた配給レーベルであり、Grimmfest自身のサイト内に専用ページを持つ、いわば主催者直系の配給網である[2]。
作品自体はすでに完成しており、2025年に複数の映画祭を回っている。IMDbによれば製作国は米国、撮影地はニューハンプシャー州、製作会社はConvergent Content[3]。Grimmfest公式のスクリーニング情報では、上映時間93分、レイティングは英国基準で「15(暫定)」、2025年製作、インターナショナル・プレミア扱いで、同映画祭のオンライン開催(2025年12月5日〜8日)で上映されたと明記されている[4]。IMDbには2025年11月5日にカナダで公開されたとの記載もあるが、これが劇場公開なのか限定上映なのかは本稿で参照した資料からは判別できない[3]。いずれにせよ、2026年9月21日の英国デジタル配信は、これらの先行上映とは別枠の一般向けリリースにあたる。
監督・共同脚本はMichael May。共同脚本はAlexandra Grunberg、製作はAshleigh Snead[3][4]。出演はTara Perry(トリッシュ・ボストウィック役)、Katie Parker(キャシー役)、Scott Dean(男役)、Michael May(ベンソン医師役)、Kara Schaaf(ステファニー役)、Kenna Wright(シア役)[3][4]。Grimmfestはこの作品を、May自身が製作を務めた『12 Hour Shift』『Ghosts of the Ozarks』と近いスタッフ体制による最新作と紹介している[4]。
どんな話か
BritflicksとGrimmfest両方が伝えるあらすじは共通している。行方不明事件の取材を任された記者トリッシュ・ボストウィックが、手がかりを追ってニューイングランドの森の奥に隠された精神施設「ウェントワース」にたどり着く。だが調査の最中、ナイフを持った見知らぬ男に車を乗っ取られたことをきっかけに、事態は偏執と狂気へと転がり落ちていく。現実が崩れ始めるにつれ、トリッシュは誰を、あるいは何を信じればよいのか分からなくなっていく[1][4]。
Sherman Oaks映画祭の作品ページはもう少し具体的で、キャシーはトリッシュの旧友でありながら現在は彼女を安っぽいYouTubeコンテンツ制作に縛りつける、搾取的な上司として描かれるとGrimmfestは評している。May自身が演じるベンソン医師についても「表向きは無害だが、明らかに何か企んでいる」施設の担当医として紹介されている[4]。つまり本作は、外部の記者が閉ざされた施設の秘密を暴くという構図であると同時に、かつての友人関係が権力関係にすり替わっているという、もう一段個人的な緊張も抱えている。
本作は無名の座組で作られた作品ではない。2025年10月、Sherman Oaks映画祭の劇場部門「ホラー」の公式選出作に選ばれ[5]、同映画祭の2025年度アワードでは、May・Grunbergの脚本が「Grand Jury Award – Best Screenplay – Feature Film」を、Jordan Wayne Longのプロダクションデザインが同賞のBest Production Design部門を、それぞれ受賞している[6]。さらに2025年秋には北米の「Another Hole in the Head」映画祭でも上映されている[3]。
「触手を出さない」ことを自ら掲げる映画
Grimmfestの公式スクリーニングページには、単なる紹介文にとどまらない、踏み込んだ評が添えられている。要約すると、ラヴクラフトの恐怖は不遇な生い立ちに根ざした疎外感の神話化であり、その核心を理解しないまま触手や名状しがたきものに頼る「ラヴクラフト的映画」の多くは失敗する、という見立てだ。その上でGrimmfestは、本作がその逆方向、つまりトラウマからの回復という主題そのものに幻想的要素を比喩として奉仕させる方向へ踏み出した点を評価している[4]。
Grimmfestの評はさらに、本作の「ラヴクラフト成分」を控えめだと形容し、「クトゥルフの這い回る宇宙的混沌というより、ニューイングランドの奥地に潜むフォークホラー的な不気味さ」に近いと位置づけている。その上で、脚本・監督のMayが「ロア(伝承)を熟知している」証拠として、”The Dwellers in Darkness”への目配せと、同じくWeird Tales出身の作家Manly Wade Wellmanの作風への目配せを挙げている[4]。Britflicksも独立に、本作のジャンルを「Lovecraftian horror / Folk Horror / Psychological Thriller」の三つで説明しており[1]、この位置づけは配給元・報道の双方で一致している。
ここで注意が要る。当サイトが確認できた範囲のあらすじ・紹介文には、クトゥルフはもちろん、ニャルラトホテプやヨグ=ソトースといった原典の固有名詞は一切登場しない。神格名を出さずに「ラヴクラフト的」と評されている作品だということは、はっきりさせておく必要がある。当サイトの「宇宙的恐怖」とは何かで確認した通り、原典における恐怖の中心は怪物の造形ではなく「自然法則が破られるという感覚」そのものであり、姿が具体的に描かれるほど宇宙的恐怖は薄まるとラヴクラフト自身の評論が示唆している。Grimmfestの評が「触手に逃げ込まなかった」ことを美点として名指しているのは、まさにこの原典の設計思想と重なる評価軸だと言える。
原典との重なり——閉ざされた場所で正気を失っていく物語
本作の骨格、すなわち「外部から来た調査者が、隔離された場所の奥で自分の知覚を疑い始める」という筋立ては、ラヴクラフト原典のいくつかの作品と重ねて読むことができる。
もっとも近いのは闇に囁くものだろう。当サイトで確認した通り、この中編はバーモント州の山中を舞台に、隠遁者エイクリーとの文通を通じて怪異に近づいていく講師ウィルマースを描く。恐怖は怪物の直接描写ではなく、書簡・写真・蓄音機の録音という間接的な証拠の積み重ねによって形作られ、最終盤では椅子に残された「顔と両手」だけが、身体と自己同一性が入れ替え可能なものだったことを静かに示す。ニューイングランドの奥地、文通から対面調査への移行、そして「和解したはずの相手が実は別の何かだった」という反転は、記者が施設の医師と対峙する本作の構図と骨格を共有している。
狂気の山脈にてからは、また別の要素が響く。南極という隔絶環境で探検隊員の正気が損なわれていく物語で、当サイトが整理した「読みどころ」の一つに「語られない最後の光景」がある。生還した学生ダンフォースが山脈越えの帰路に目にしたものは、断片的な言葉以外、最後まで語られない。Grimmfestの評が本作を「幻想的要素がトラウマの比喩として機能する」と評していることを踏まえると、Where Darkness Dwellsもまた、何が実際に起きたのかを最後まで明かしきらない語り口を取っている可能性がある。ただし、この点は当サイトで作品本編を確認したわけではないため、推測の域を出ない。
もう一つ、Call of Cthulhu: Innsmouthの記事で扱った「信頼できない語り手」という論点も参照に値する。あの記事では、TRPG『クトゥルフの呼び声』の新サプリメントが、原典「インスマスの影」の語り手を意図的に「信頼できない語り手」として扱ってよいと設計した経緯を確認した。Where Darkness Dwellsの紹介文が「トリッシュは誰を、あるいは何を信じればよいのか分からなくなる」と明言している点は、主人公自身の証言そのものを疑わせるという同じ手法を、TRPGのルール設計ではなく脚本のレベルで実践しているとも読める。インスマスの影自体も、外部の人間が閉ざされた共同体に踏み込み、そこで自分の位置そのものを見失うという構図を持つ作品であり、「秘密を抱えた閉鎖空間への侵入」という一点でも本作と重なる。
神話の三層で見るとどこに立つか
当サイトが整理している原典/ダーレス系拡張/TRPG設定という三層に沿って本作を位置づけようとすると、そのどこにもきれいには収まらない。原典の固有名詞は使われず、TRPGのルールも介在しない。唯一の手がかりであるGrimmfestの「”The Dwellers in Darkness”への目配せ」という評についても、これがオーガスト・ダーレス単独名義の1944年のクトゥルフ神話短編「The Dweller in Darkness」を指すのか、それとも1976年にArkham Houseから刊行されたダーレスの一般ホラー短編集『Dwellers in Darkness』を指すのか、本稿で参照できた資料の範囲では確定できない。仮に前者だとすれば第2層(ダーレス以降の拡張)への目配せということになるが、この特定自体が未確認である以上、断定は避ける。
むしろ本作の立ち位置は、当サイトがCosmic Fearの記事で扱った、開発者Alessandro Guzzoの一人称ホラー3部作に近い。固有名詞を掲げる正史の系譜に連なるのではなく、「未知への恐怖」「自然法則が揺らぐという感覚」という原典の骨格だけを引き継ぎ、Manly Wade Wellmanのようなアパラチア地方の民間伝承ホラーの系譜とも接続しながら、独自の「ニューイングランドの奥地」を作り上げている。三層のいずれかに接ぎ木されるのではなく、三層と並走する第四の道——原典の空気だけを受け継いだ私設の神話——として読むのが、現時点で確認できる事実に最も近い評価だろう。
関連して読むなら
- 闇に囁くもの — ニューイングランドの奥地を舞台に、間接的な証拠の積み重ねと身体・自己同一性の解体を描く原典中編
- 狂気の山脈にて — 隔絶環境での正気の崩壊と、「語られない最後の光景」という手法を確認できる原典長編
- インスマスの影 — 閉ざされた共同体へ踏み込んだ外部者が、自分の位置そのものを見失っていく原典中編
- Call of Cthulhu: Innsmouth — 「信頼できない語り手」という設計思想を、TRPGのルールとして扱った事例
- 「宇宙的恐怖」とは何か — 怪物の造形に頼らない恐怖という、本作の評価軸そのものを確認できる記事
- 原典/ダーレス系拡張/TRPG設定——三層で読み解くクトゥルフ神話 — 本作が三層のどこにも収まらないことを確認するための枠組み
出典
- [1] “‘WHERE DARKNESS DWELLS’ Trailer – Lovecraftian Horror Comes to UK Digital September 21″、2026年8月19日、Britflicks(2026年9月12日確認)。監督Michael May、配給GrimmVision、英国デジタル配信日が2026年9月21日であること、あらすじ、出演Tara Perry・Katie Parker・Scott Dean(クレジット全体ではMichael May・Kara Schaaf・Kenna Wrightも含む)、ジャンルが「Lovecraftian Horror / Folk Horror / Psychological Thriller」と明記されていることを確認。https://www.britflicks.com/blog/post/26997/where-darkness-dwells-trailer-lovecraftian-horror/ ↩
- [2] “GRIMMVISION, GRIMMFEST’S NEW DISTRIBUTION ARM RELEASES FIRST TWO MOVIES!”、2025年10月8日、Grimmfest公式サイト(2026年9月12日確認)。GrimmVisionが、Grimmfestが2025年にTrinity Content Partnersと提携して立ち上げた配給レーベルであることを確認。https://www.grimmfest.com/grimmvision-grimmfests-new-distribution-arm-releases-first-two-movies/ ↩
- [3] “Where Darkness Dwells (2025)”、IMDb(2026年9月12日確認)。製作国が米国であること、撮影地がニューハンプシャー州であること、製作会社がConvergent Contentであること、2025年11月5日にカナダで公開されたとの記載があること、出演がScott Dean(Man役)・Michael May(Dr. Benson役)・Katie Parker(Cassy役)・Tara Perry(Trish役)・Kara Schaaf(Stephanie役)・Kenna Wright(Thea役)であることを確認。https://www.imdb.com/title/tt30127679/ ↩
- [4] “WHERE DARKNESS DWELLS”、Grimmfest公式スクリーニングページ(2026年9月12日確認)。上映時間93分、インターナショナル・プレミア、2025年製作、レイティング「15(TBC)」、2025年12月5日〜8日のオンライン開催での上映であること、監督Michael May、脚本Michael May・Alexandra Grunberg、あらすじ、May監督が『12 Hour Shift』『Ghosts of the Ozarks』の製作者であること、Grimmfest自身による批評文(ラヴクラフトの恐怖の核心、触手に頼る映画への批判、本作がその逆を行くという評価、”The Dwellers in Darkness”およびManly Wade Wellmanへの目配せがあるとの指摘)を確認。https://www.grimmfest.com/screenings/where-darkness-dwells/ ↩
- [5] “Where Darkness Dwells”、Sherman Oaks Film Festival公式サイト(2025年10月17日付、2026年9月12日確認)。2025年度公式選出作(長編ホラー部門)であること、製作Ashleigh Snead、主要キャストKatie Parker・Tara Perry・Scott Dean・Michael Mayであることを確認。https://shermanoaksfilmfestival.com/2025/10/17/where-darkness-dwells/ ↩
- [6] “2025 Awards by Title”、Sherman Oaks Film Festival公式サイト(2026年9月12日確認)。本作がGrand Jury Award – Best Screenplay – Feature Film(Michael May & Alexandra Grunberg)、および同賞のBest Production Design – Feature Film(Jordan Wayne Long)を受賞したことを確認。https://shermanoaksfilmfestival.com/soff-2025/2025-awards-by-title/ ↩
