概要
SCRAPが運営する「リアル脱出ゲーム×クトゥルフ神話『狂気の山脈からの脱出』」は、2025年10月9日に東京・新宿の東京ミステリーサーカスで開幕した体験型イベントである。公式特設サイトは本作を「リアル脱出ゲーム史上初となる、クトゥルフ神話を題材にした体験型イベント」と位置づけている[1]。以後、大阪・心斎橋、東京・原宿、名古屋と巡回を重ね、2026年9月11日から10月25日までは岡山(岡山県岡山市北区磨屋町9-30 SDビル2F)で開催中だ[1][2]。さらに2026年9月7日16時、SCRAPは横浜店(リアル脱出ゲーム横浜店)での開催を発表した。会期は2026年10月30日から2027年1月24日まで、少年探偵SCRAP団(FC)団員向けの先行販売が9月12日12時から9月18日23時59分まで、一般販売が9月19日12時から始まる[3]。
動員数について、SCRAPは2026年9月7日付の発表で「全国5万人以上を動員」、東京(新宿)会場では「3ヵ月間で動員は約30,000人、驚異の動員率97%を達成」と明かしている[3]。同じ発表文に出てくる「全世界で累計1,700万人以上を動員しているリアル脱出ゲーム」という数字は、この一作に限らずSCRAPが展開する「リアル脱出ゲーム」シリーズ全体の累計動員数であり、本作単体の数字ではない[3]。この区別を公式発表の文言自体が示している。
どんな作品か
体験の基本仕様は、1グループ1〜4人。1グループにつき実物のテントが一つ割り当てられ、テントの中で謎解きを進める。制限時間は50分、受付から退出までの総所要時間はおよそ80分とされている[1]。公式特設サイトはあらすじを次のように説明している。「南極大陸にある、黒く危険な巨大山脈……その名も『狂気山脈』。そこには来たる人類の危機を乗り越えられるほどの資源が眠ると考えられている。90年以上の間、多くの調査隊員が『命より成果』という鉄の掟を掲げて調査を進めてきた。2025年10月。第37次狂気山脈調査隊がベースキャンプにたどり着いたそのとき、人間大ほどの昆虫のような化け物が姿を現わす」[1]。プレイヤーはこの第37次調査隊の一員として、隊長の「成果を持ち帰るため、なんとしてでもこの狂気山脈から脱出するんだ」という指示のもとで謎に挑む[1]。
料金は会場ごとに設定されており、岡山公式ページによれば平日はマッチングチケット(ひとり参加向け)が前売3,600円・当日3,900円、グループチケットが前売13,200円・当日14,400円(1グループ4人換算)、土日祝は前売14,400円・当日15,600円である[2]。演出の強さを事前に知らせる「びっくり軽減チケット」、平日限定で正答をすべて確認できる「トゥルーエンド確約チケット」、U22会員向けの当日割引も用意されている[2]。横浜公演の前売料金も平日3,600円・土日祝3,900円(マッチング)、グループは1人あたり平日3,300円・土日祝3,600円(いずれも合計4人換算で13,200円・14,400円)と、岡山とほぼ同水準に設定されている[3]。特設サイトは「ホラー要素やびっくりする演出、一部の方が不快に感じる可能性のある表現(グロテスクな表現等)が含まれます」と注記している[1]。
東京公演を体験した4Gamerの記者は、テント内の様子を次のように書いている。「テント内にはヒント集が用意されていて、所定の時間が経過するごとに、これを見るように促される」「孤立したパーティに与えられた時間はわずかに50分。1時間に満たぬリミットまでに、先遣隊の残した手がかりを読み解いて、遠征の目的を達成し、この狂気の山脈から脱出せねばならない」[4]。謎解きイベントという性質上、記事自体も「本稿で内容を明かすわけにはいかないのが残念だ」と記しており、具体的な謎の中身は公開されていない[4]。会場ではパンフレットのほか、「脱出成功/脱出失敗」の2種類のシールや「神話生物注意」のキーホルダーが販売されていたことも報告されている[4]。
「第37次調査隊」という設定がなぞっているもの
当サイトの「狂気の山脈にて」記事で確認した通り、原典の語り手ダイアーは、自らの手記を「今後計画されている大規模な南極再調査を思いとどまらせる」ための警告として書き記す。手記の大半は、先に姿を消したレイク隊の野営地に残された不可解な痕跡――塩を撒かれた遺体、忽然と消えた標本、何者かが遺した野営の跡――を、ダイアーとダンフォースの二人が地下深くまで追っていく過程で占められている。原典の恐怖は、怪物との遭遇そのものよりも、先に踏み込んだ者たちが残した断片的な痕跡から状況を再構成していく手続きに宿っている。
本イベントの設定は、この構造を輪郭だけなぞる形になっている。プレイヤーが演じるのは、原典の探検隊から約90年後、公式設定では2025年10月に現地入りする「第37次狂気山脈調査隊」という、原典には存在しない後続の調査隊である[1][5]。4Gamerの記者が「先遣隊の残した手がかりを読み解いて」と表現した通り、プレイヤーが頼るのは自分たちより先に現地入りした誰かの記録である点も、レイク隊の痕跡を追うダイアーたちの構図と重なる[4]。テントという密閉された小空間に1〜4人が閉じ込められ、特定のイベント以外では退出できないという制約も、南極という外部から隔絶された環境で二人きりの調査に向き合う原典の閉塞感を、50分という限られた時間の中に移し替えたものと見ることができる。
ただし、これはあくまで構造上の対応関係であり、SCRAPの公式ページが「原典のこの場面を再現した」と明言しているわけではない。「90年以上」「第37次」「命より成果」という数字や標語は、いずれも公式のあらすじにのみ出てくる、本イベント独自の設定である[1]。
地名は原典、怪物の正体は独自——公式が明かした境界線
公式特設サイトはよくある質問のなかで、クトゥルフ神話とラヴクラフトについてこう説明している。「20世紀のアメリカでホラー作家ハワード・フィリップス・ラヴクラフトが創造し、彼とその友人たちによって共同で発展させた、広大な架空の神話体系および関連作品群です」。そのうえで舞台となる山脈について、「ハワード・フィリップス・ラヴクラフト著の小説『狂気の山脈にて』に登場する巨大山脈、通称『狂気山脈』」と、作品名を明示して由来を説明している[1]。地名とその出典については、公式ページ自身が原作小説の名前を挙げて示しているわけである。
一方で、あらすじに登場する敵役は「人間大ほどの昆虫のような化け物」とのみ説明されており、当サイトの「古のもの」や「ショゴス」の記事で確認した通り、原典の怪物は樽状の胴体に五本の触手と星形の頭部を持つ「古のもの」と、あらゆる器官を模して形を変える無定形の「ショゴス」であって、いずれも昆虫の姿とは説明されていない。公式のあらすじ・仕様説明の範囲では、この「昆虫のような化け物」が古のものやショゴスの名で呼ばれている箇所は確認できなかった[1][2][3]。4Gamerの記事が伝える「神話生物注意」というキーホルダーの文言は、何らかの神話生物が登場することを示唆してはいるものの、それが原典由来の名を持つ存在かどうかまでは確認できない[4]。
つまり本イベントは、山脈という舞台の名前と由来は原典の小説名を挙げて明示する一方、実際に登場する脅威の正体については、原典の固有名詞を使わない独自の説明にとどめている。この線引きが意図的な演出上の選択なのか、単に販促文で詳細を伏せているだけなのかは、当サイトが参照した公式資料の範囲では判断できない。
原典との距離(神話の三層のどこに立つか)
原典の「狂気の山脈にて」は1931年執筆・1936年発表の長編小説で、当サイトの区分で言えば第1層(原典)に属する。同作の初出誌は米国で著作権が更新されているため、当サイトの原典記事自体が本文からの直接引用を避け、要約と言い換えで内容を伝える方針を取っている。本記事でも同じ理由から、当サイトの原典記事で確認済みの要約に基づいて対比を行い、原典本文は引用しない[5]。
本イベントは、この原典が生み出した「狂気山脈」という地名と、南極という舞台設定を土台にしながら、時代設定を90年以上後の2025年に移し、「第37次調査隊」という原典に存在しない後続組織を主人公に据えた、SCRAP独自の新作シナリオである。地名の由来を公式ページ自身が原作小説名で明示しており、原典を出典として扱っていることは確認できる。他方で、具体的な怪物の造形や「命より成果」という調査隊の掟、37という隊の番号といった筋書きの中身は、原典のテキストにも当サイトが確認した限りの二次資料にも見当たらず、公式が独自に創作した部分だと判断してよい。原典の後を継いで新しい物語を書き足すという構図そのものは、ダーレス以降の拡張(第2層)やTRPGによる拡張(第3層)にも共通する営みであり、本イベントもその系譜に連なる一例と位置づけられる。ただし本イベントの主催であるSCRAPは版元のケイオシアムでもTRPG関連の版元でもなく、興行としては第2層・第3層のいずれの体系にも公式には属さない、独立した翻案物という扱いになる。
なお、同じ2026年前後には、原典に着想を得た別の作品として、Steam公式ストアページが『狂気の山脈にて』と『時を超える影』を明示的な着想源に挙げるインディーゲーム『Penguin Colony』も存在する[6]。同作は原典が探検隊=人間の側から描いた「発見」を、そこに元から暮らしていたペンギンの視点から見直す構成を取っている。人間の探検隊という原典の視点をそのまま延長する本イベントと、視点そのものを反転させる『Penguin Colony』は、同じ原典から出発しながら対照的な方向へ翻案を進めた例と言える。
関連して読むなら
- 狂気の山脈にて — 本イベントが地名の由来として明示する原典小説そのもの
- 古のもの — 原典の怪物の一つ。本イベントの「昆虫のような化け物」との違いを確認できる
- ショゴス — 原典のもう一つの怪物。同じく姿の違いを確認できる
- Penguin Colony(ペンギン・コロニー) — 同じ原典に着想を得ながら、ペンギンの視点を選んだ同時期のゲーム
- 狂気の山脈にて(田辺剛 ラヴクラフト傑作集) — 原典を絵で翻案した漫画版
- At the Mountains of Madness: And Other Tales of Weird Science — 原典を科学ホラーとして読み直す、英語圏の注釈版アンソロジー
出典
- [1] SCRAP公式「リアル脱出ゲーム×クトゥルフ神話『狂気の山脈からの脱出』」特設サイト(2026年9月8日取得)。正式名称、「リアル脱出ゲーム史上初となる、クトゥルフ神話を題材にした体験型イベント」の位置づけ、東京(2025年10月9日開幕)を含む開催地一覧(岡山2026年9月11日〜10月25日、横浜2026年10月30日〜2027年1月24日を含む)、1グループ1〜4人・テント1つ割り当て・制限時間50分・総所要時間約80分の仕様、「ホラー要素やびっくりする演出……含まれます」の注記、あらすじ全文(「南極大陸にある、黒く危険な巨大山脈……」「2025年10月。第37次狂気山脈調査隊が……」)、クトゥルフ神話とラヴクラフトの説明文、「ハワード・フィリップス・ラヴクラフト著の小説『狂気の山脈にて』に登場する巨大山脈、通称『狂気山脈』」の記載を確認。https://realdgame.jp/s/cthulhu/ ↩
- [2] リアル脱出ゲーム岡山店「狂気の山脈からの脱出」公式ページ(2026年9月8日取得)。会場住所「岡山県岡山市北区磨屋町9-30 SDビル2F」、開催期間2026年9月11日(金)〜10月25日(日)、平日マッチングチケット前売3,600円/当日3,900円、平日グループチケット前売13,200円/当日14,400円、土日祝ハイシーズンの前売14,400円/当日15,600円、「びっくり軽減チケット」「トゥルーエンド確約チケット」(平日のみ)、U22限定当日券の割引を確認。https://realdgame.jp/ajito/okayama/event/cthulhu.html ↩
- [3] SCRAP「チケット完売が続出の大人気イベント、待望の横浜開催決定!!」プレスリリース、@Press配信(2026年9月7日16:00発表、2026年9月8日取得)。横浜公演の会場「リアル脱出ゲーム横浜店」、開催期間2026年10月30日(金)〜2027年1月24日(日)、少年探偵SCRAP団(FC)団員先行販売(2026年9月12日12:00〜9月18日23:59)と一般販売(2026年9月19日12:00〜)、平日前売マッチング3,600円・グループ1人3,300円(合計13,200円)、土日祝前売マッチング3,900円・グループ1人3,600円(合計14,400円)、「全国5万人以上を動員」「東京(新宿)会場3ヵ月間で動員は約30,000人、驚異の動員率97%を達成」「全世界で累計1,700万人以上を動員しているリアル脱出ゲーム」、「謎を解き明かすことで特定の空間や危機的状況からの脱出を目指す『リアル脱出ゲーム』と、人智を超えた存在に対する人間の無力さや狂気を描く架空の神話体系『クトゥルフ神話』が融合した体験型謎解きイベント」の記載を確認。https://www.atpress.ne.jp/news/8242339 ↩
- [4] 佐々山良弥「クトゥルー神話がベースのリアル脱出ゲームが新宿に登場。SCRAPの新作リアル脱出ゲーム「狂気の山脈からの脱出」の東京公演に参加してきた」4Gamer.net(2025年10月29日、2026年9月8日取得)。「プレイヤーは,第37次調査隊のメンバーとして……」「孤立したパーティに与えられた時間はわずかに50分。1時間に満たぬリミットまでに,先遣隊の残した手がかりを読み解いて……」「テント内にはヒント集が用意されていて……」の記載、パンフレット・「脱出成功/脱出失敗」シール・「神話生物注意」キーホルダーの物販の記載、「1936年に発表された『狂気の山脈にて』をはじめとした……H・P・ラヴクラフトの作品世界」という原作への言及を確認。https://www.4gamer.net/games/236/G023687/20251029001/ ↩
- [5] 当サイト「狂気の山脈にて」記事。原典のあらすじ(先行するレイク隊の失踪、ダイアーとダンフォースが痕跡を追う構成、南極という舞台、古のもの・ショゴスの姿の説明)を確認。https://shinenshoka.com/lovecraft/at-the-mountains-of-madness/ ↩
- [6] Steam公式ストアページ「Penguin Colony」。『狂気の山脈にて』『時を超える影』を着想源として明示していることを確認(当サイト「Penguin Colony」記事より参照)。https://store.steampowered.com/app/3695930/Penguin_Colony/ ↩



