概要
ヘイゼル・ヒールド名義で発表された、H・P・ラヴクラフト代作の短編「博物館の恐怖」(1932年執筆/Weird Tales 1933年7月号掲載)にのみ登場する神格である[1]。鉛色のユゴスから地球に到来し、300万年前の北極圏に築かれた巨石都市に潜んでいたとされる[2][3]。
物語の舞台はロンドンの蝋人形館。地下の奥の間に「展示物」として置かれたこの神が、天才彫刻家の悪夢の造形なのか、それとも飢えて水槽に蹲る実在の神なのか——その宙吊りの恐怖が最後まで読者を離さない。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 分類 | 旧支配者(後世の体系による。作中に明確な分類の記述はない) |
| 欧文表記 | RHAN-TEGOTH |
| 初出 | 「博物館の恐怖」The Horror in the Museum(1932年10月執筆/Weird Tales 1933年7月号掲載)[1] |
| 名義 | ヘイゼル・ヒールド(H・P・ラヴクラフトによる代作) |
| 出自 | 鉛色のユゴス。「暖かい深海の底に都市がある」という、この作品独自の像[2] |
| 来歴 | 宇宙より到来し、300万年前の北極圏に居住したと作中で語られる[3] |
| 発見地 | アラスカ、フォート・モートンからノアタック川(原文表記: Noatak)を遡った先の巨石遺跡[4] |
| 主な異名 | 崇拝者ロジャーズの詠唱では「無限にして不可侵のラーン=テゴス」[5]。作中では正体を伏せて単に「それ(It)」とも呼ばれる[6] |
日本語表記には「ラン=テゴス」「ラーン・テゴス」などの揺れがあるが、本サイトでは「ラーン=テゴス」を採用する。
初出作品
ラーン=テゴスの初出は、同時に唯一の原典でもある。
「博物館の恐怖」The Horror in the Museum(1932年10月執筆/Weird Tales 1933年7月号掲載)[1]は、ヘイゼル・ヒールド名義で発表された短編である。実際の執筆はH・P・ラヴクラフトによる代作(ゴーストライティング)とされ、本サイトでは「ラヴクラフト単独の原典」とは区別し、同時代サークルの層として扱っている。
ラーン=テゴスという神格への言及はこの一篇に限られる。後年、アーカム・ハウス編の代作集成『博物館の恐怖』(同題の作品集)に収められ、日本語訳も同系の代作集で読めるが、いずれも再録であり新たな設定を加えるものではない。
原典での描写
「博物館の恐怖」の前半は、蝋人形館の「大人向け」アルコーヴに並ぶ神話的存在たちの悪夢めいたカタログとして進む。クトゥルフ、ヨグ=ソトース、グノフ=ケーの名も言及される中、ラーン=テゴスは奥の間に「展示」された一体として現れる。
姿の描写は詳細である。
- ほぼ球状の胴体から、蟹のような鋏で終わる6本の長くしなやかな肢が伸びる[9]
- 体表の大部分は毛皮に見えるが、実際は蛇の頭を思わせる口を先端に持つ暗色の触糸(吸引フィラメント)の密生である[10]
- 頭部には3つの魚のような目、約30センチの伸縮する吻、鰓に類する器官を備える——両生性の証[11]
- 犠牲者を圧潰し、血と液化した臓物を吸い尽くす[12]。作中の蝋人形「ラーン=テゴスへの供犠」はその食痕を精巧に再現したものとして展示される[13]
神というより、飢えた生き物として描かれるのがこの神格の際立った特徴である。崇拝者ロジャーズは「お前は飢えている、私が供しよう(You are hungry, and I provide)」と唱え[5]、供物を絶やせば衰える神という発想を示す。館主ロジャーズが拘束された終盤、扉の奥から聞こえる水音——「通路の奥にあるあの水槽から、それが水音を立てて出てくるのが聞こえないか?」[7]——が、蝋人形館という舞台装置そのものを恐怖に変える。
館主ロジャーズが「愚か者め——お前はまだ、私が全ての像を作ったと思っているのか?『保存した』と言うべきではないか?」と言い放つ場面[16]は、「作られた恐怖」と「本物の恐怖」の境界が崩れる瞬間として際立つ。「人類が存在する以前、ロマールの地に先立って、北方には様々なものが存在した。これもその一つだった」[8]という一節が、人類以前の北方という位置づけを与えている。
物語は「何が本物で何が蝋なのか」を最後まで確定させない構造で書かれており、単純な退治譚では終わらない。助手オラボナの最後の微笑がすべてを宙吊りにする[17]。
ダーレス以降の変化
現行の材料には、原典より後の時代に加えられたラーン=テゴス独自の設定拡張が見当たらない。他の多くの神格と異なり、後続の作家による大きな上書きを経ないまま、原典の姿がほぼそのまま今日に伝わっている。
TRPGでの扱い
後世の体系では旧支配者に分類されることが多い。ただし作中に明確な分類の記述はなく、この位置づけは後世の整理によるものである。
具体的なゲーム上の設定(能力値、シナリオでの扱いなど)については、現行本文からは確認できていない。神格の分類そのものの考え方は旧支配者・外なる神・旧神——神格の分類用語を整理するにまとめてある。
登場作品一覧
| 作品 | 年 | 名義/作者 | この作品が足したもの |
|---|---|---|---|
| 博物館の恐怖 | 1932執筆/1933発表 | ヘイゼル・ヒールド名義(H・P・ラヴクラフト代作) | 唯一の原典。姿・出自・崇拝の描写のすべて[1] |
| 博物館の恐怖(作品集) | — | アーカム・ハウス(編) | 代作群の再録アンソロジー。新たな設定の追加はなし |
この神格の登場作は、実質的に一篇に限られる。他の多くの神格と違い、複数の作家による積み重ねを経ていない。
関連神格・地域・書物
神格・種族
- クトゥルフ — 崇拝の詠唱で「Rhan-Tegoth—Cthulhu fhtagn」と共に唱えられる[15]。血縁や主従関係は明言されない
- シュブ=ニグラス — 別の場面の詠唱で「千匹の仔を孕みし山羊」として呼び掛けられる[6]
- ミ=ゴ — 出自のユゴスを共有するが、作中にミ=ゴとの関係の記述はない。結び付けは後世の読解による
地域
関係の性格
崇拝の場において既存の神々と地続きの汎神殿に置かれている、というのが原典の描き方であり、系譜や主従を明言する記述はない。
参考文献
- [1] H. P. Lovecraft/Hazel Heald, “The Horror in the Museum”(Weird Tales誌 1933年7月号掲載) — hplovecraft.com(巻号・掲載頁は当サイトでは一次資料で確認できていない)
- [2] “It is amphibious, you know—you saw the gills in the picture. It came to the earth from lead-grey Yuggoth, where the cities are under the warm deep sea.”(訳: 「両生類だ、知っているだろう——写真で鰓を見たはずだ。暖かい深海の底に都市がある鉛色のユゴスから地球に来たのだ」) — 同上, hplovecraft.com
- [3] “It is supposed to have come from outer space, and to have lived in the Arctic three million years ago.”(訳: 「宇宙から来て、300万年前に北極圏に住んでいたとされる」) — 同上, hplovecraft.com
- [4] “It took us all the way to Alaska, and up the Noatak from Fort Morton, but the thing was there as we knew it would be. Great Cyclopean ruins, acres of them.”(訳: 「アラスカまで、フォート・モートンからノアタック川を遡って行き着いた先に、思った通りそれはいた。広大な、幾エーカーもの巨石遺跡だ」) — 同上, hplovecraft.com
- [5] “Rhan-Tegoth, infinite and invincible, I am your slave and high-priest. You are hungry, and I provide.”(訳: 「無限にして不可侵のラーン=テゴスよ、私はお前の奴隷にして高位司祭だ。お前は飢えている、私が供しよう」) — 同上, hplovecraft.com
- [6] “It is a god, and I am the first priest of Its latter-day hierarchy. Iä! Shub-Niggurath! The Goat with a Thousand Young!”(訳: 「それは神であり、私はその後代の位階における最初の司祭である。イアッ!シュブ=ニグラス!千匹の仔を孕みし山羊よ!」) — 同上, hplovecraft.com
- [7] “Can’t you hear It splashing out of Its tank down there at the end of the runway?”(訳: 「通路の奥にあるあの水槽から、それが水音を立てて出てくるのが聞こえないか?」) — 同上, hplovecraft.com
- [8] “There were things in the north before the land of Lomar—before mankind existed—and this was one of them.”(訳: 「人類が存在する以前、ロマールの地に先立って、北方には様々なものが存在した。これもその一つだった」) — 同上, hplovecraft.com
- [9] “There was an almost globular torso, with six long, sinuous limbs terminating in crab-like claws.”(訳: 「ほぼ球状の胴体があり、6本の長くしなやかな肢が蟹のような鋏で終わっていた」) — 同上, hplovecraft.com
- [10] “a dense growth of dark, slender tentacles or sucking filaments, each tipped with a mouth suggesting the head of an asp.”(訳: 「暗色の細い触糸ないし吸引フィラメントが密生し、それぞれの先端には蛇の頭を思わせる口があった」) — 同上, hplovecraft.com
- [11] “its triangle of three staring, fishy eyes, its foot-long and evidently flexible proboscis, and a distended lateral system analogous to gills”(訳: 「三つの凝視する魚のような目からなる三角形、明らかに伸縮性のある約1フィート(30センチ)の吻、そして鰓に類する膨らんだ側面器官」) — 同上, hplovecraft.com
- [12] “Now do you wonder what crushed the dog and sucked it dry with a million mouths?”(訳: 「さて、何が犬を圧し潰し、無数の口で血を吸い尽くしたか、もう分かっただろう?」) — 同上, hplovecraft.com
- [13] “the title of this specimen is ‘The Sacrifice to Rhan-Tegoth’.”(訳: 「この標本の題名は『ラーン=テゴスへの供犠』という」) — 同上, hplovecraft.com
- [14] “It is starving down there beyond that door, and if It dies the Old Ones can never come back.”(訳: 「それはあの扉の奥で飢えている、もしそれが死ねば旧き者たちは二度と戻って来られない」) — 同上, hplovecraft.com
- [15] “Y’kaa haa bho—ii, Rhan-Tegoth—Cthulhu fhtagn—Ei! Ei! Ei! Ei!—Rhan-Tegoth, Rhan-Tegoth, Rhan-Tegoth!”(訳: 「イカー・ハー・ボー=イー、ラーン=テゴス——クトゥルフ・フタグン——エイ!エイ!エイ!エイ!——ラーン=テゴス、ラーン=テゴス、ラーン=テゴス!」) — 同上, hplovecraft.com
- [16] “Dog—do you still think I made all my effigies? Why not say preserved?”(訳: 「愚か者め——お前はまだ、私が全ての像を作ったと思っているのか?『保存した』と言うべきではないか?」) — 同上, hplovecraft.com
- [17] “Orabona continued to smile.”(訳: 「オラボナは微笑み続けていた」) — 同上, hplovecraft.com
FAQ
Q. ラヴクラフト本人の作品ですか。A. 発表名義はヘイゼル・ヒールドです。ラヴクラフトが依頼を受けてほぼ全面的に書いた代作(ゴーストライティング)とされます。本サイトでは「ラヴクラフト単独の原典」とは区別し、同時代サークルの層として扱っています。
Q. 結末で神は退治されますか。A. 単純な退治譚ではありません。原典は「何が本物で何が蝋なのか」を最後まで確定させない構造で書かれており、助手オラボナの最後の微笑がすべてを宙吊りにします[17]。
Q. ユゴス出身ということは、ミ=ゴの仲間ですか。A. 原典にミ=ゴとの関係の記述はありません。ユゴスという出自の地名が共有されているだけで、両者を結び付ける読みは後世のものです。
Q. 「旧き者たちの帰還の鍵」というのは公式設定ですか。A. その台詞を語るのは錯乱した崇拝者ロジャーズであり、作中でも客観的事実としては保証されていません[14]。信仰者の言葉として読むのが原典に忠実な扱いです。





