編集部注(層の区分と引用方針): 当サイトは神話を三層に分けて記録している。区分の基準は「誰が書いたか」ではなく「ラヴクラフトの死(1937年)より前に発表されたか」であり、生前から神話を書き足していた文通仲間——クラーク・アシュトン・スミスら——の作品も原典(オリジナル正典)に含める。イホウンデーの初出「土星への扉」は1932年1月の発表で、この線より前にあたる[1][2]。初出誌のスキャンが公開されているため、当サイトでも本文を照合した[1]。ただしスミス作品の著作権状態を当サイトが判定できる立場にはないので、原文からの直接引用は行わず、場面の要約にとどめる。書簡・後年の分類に由来する設定は、本文で確認できないものとして区別した。
概要
イホウンデーは、ハイパーボリアで信仰されたヘラジカ(エルク)の女神である。クラーク・アシュトン・スミスの短編「土星への扉」に、直接姿を現さないまま、物語を動かす力として登場する[1]。
この女神自身は作中に現れない。現れるのは、その高祭司モルギと神殿の裁きである。モルギはツァトゥグァを崇める魔道士エイボンを異端として捕らえようとし、取り逃がした末に自分も異界へ迷い込む。結果として、イホウンデーの信仰は傾く。神格そのものの造形ではなく、信仰の盛衰として描かれている点が、この女神の特徴である。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 分類 | 地球本来の神(リン・カーターによる後年の分類とされる。初出作品に分類の記述はない)[4] |
| 欧文表記 | YHOUNDEH |
| 初出 | 「土星への扉」(クラーク・アシュトン・スミス、『Strange Tales of Mystery and Terror』第1巻第3号、1932年1月、390〜403ページ)[1][2] |
| 三層区分 | 原典(オリジナル正典)。基準は1937年より前の発表であること |
| 姿 | ヘラジカ(エルク)。初出誌の本文で「エルクの女神」と呼ばれる[1] |
| 信仰圏 | ムー・トゥーラン(ハイパーボリア大陸の突端) |
| 対立する信仰 | ツァトゥグァ崇拝。初出誌の本文ではゾタクアの綴りで呼ばれる[1] |
初出作品
初出誌は『Strange Tales of Mystery and Terror』第1巻第3号(1932年1月号)。発行はW・M・クレイトン、編集はハリー・ベイツで、「土星への扉」は390ページから403ページに載る[1]。書誌データベースISFDBの作品記録も、発表年月を1932年1月としている[2]。同作はアーカム・ハウスの短編集『Lost Worlds』(1944年10月)に収められ、のちバランタイン・ブックスの『Hyperborea』(1971年4月)、ナイトシェイド・ブックスの全集第5巻『The Last Hieroglyph』(2010年以降)でも読める[2]。
当サイトが確認できた範囲では、イホウンデーが登場する作品はこの1作である。ラヴクラフト公式サイトhplovecraft.comが公開する作品一覧にも、「土星への扉」もイホウンデーの名も含まれない[3]。
原典での描写
物語は、イホウンデーの神官団が魔道士エイボンを捕らえに来る場面から始まる。高祭司モルギが手下十二人を率い、朝まだきにエイボンの黒い片麻岩の館を訪れる。断罪はすでに済んでおり、神殿の地下には審問のための独房と、モルギが用意した拷問が待っていた[1]。
エイボンとモルギの対立は、信仰の対立でもある。エイボンはゾタクア——のちにツァトゥグァと呼ばれる、うずくまった毛むくじゃらの神——を崇めており、その像を塔の最下層に置いていた。本文は、その像がイホウンデーの高祭司にとって耐えがたく忌まわしいものだったと書く。モルギがその部屋を捜索したのは、きわめて不本意なことだったとされる[1]。ここで初めて、イホウンデーが「エルクの女神」と呼ばれる[1]。
館を捜しても魔道士はいない。エイボンはゾタクアの警告を受け、塔の最上階の壁に嵌め込まれた楕円の羽目板——金でも銅でもない赤みがかった金属——を通って、すでに土星へ渡っていた。審問の独房に落ちるくらいならと、ためらいなく飛び込んだ、と本文は書く[1]。追ったモルギも同じ道を通り、二人は異界で顔を合わせる[1]。
異界での顛末には皮肉がある。二人がたどり着いた住人イディームたちには偏狭さも不寛容もなく、審問を起こしようがなかった。そこでモルギとエイボンは、どちらもその地の聖職者としての暮らしに落ち着く。生まれた星のそれと、根本のところで大きく違わない身の処し方だったと本文は書く[1]。一方ムー・トゥーランでは、モルギの手下たちがエイボンの塔で何日も待っていた。羽目板をくぐって高祭司を追う気にもなれず、命令に背いて立ち去ることもできない。彼らはやがて、モルギの臨時の後継として選ばれた高位聖職者の特別な計らいで呼び戻された[1]。
結末は、女神の信仰にとって芳しくないものになる。モルギは戻らず、代理の高位聖職者が立てられた。人々は、エイボンがゾタクアから学んだ強力な魔術で逃げおおせ、ついでにモルギまで始末したのだと信じた。その結果イホウンデーの信仰は衰え、ムー・トゥーラン一帯でゾタクアの暗い崇拝が広く息を吹き返した——大氷期が始まる前の、最後の数世紀のことである[1]。
なお、神官団の姿勢を「容赦のない正統主義」と評する説明が流布しているが、これにあたる語は初出誌の本文には見当たらない。本文にあるのは、異端(heretic)と審問官(inquisitors)という語である[1]。
ダーレス以降の変化
オーガスト・ダーレスがイホウンデーを取り上げた形跡は、当サイトが確認した範囲では見つかっていない。初出作品より後に加えられたとされる設定は、次の二つである。いずれも当サイトは原文を照合していない[5]。
書簡に由来するとされる系譜。 スミスがロバート・H・バーロウへ宛てた1934年9月10日付の書簡に、イホウンデーの親を性別不詳のヘラジカ「ジヒュメ(Zyhumë)」とする記述があり、のち『Parchments of Pnom(ノムの莎草紙)』としてまとめられたと伝えられる。同じ資料で、イホウンデーはニャルラトホテプの妻ともされ、ニャルラトホテプが「彼女の神性の第三の周期」に交わったと語られるが、その子については何も伝わらないという。これらの語は初出誌の本文に一度も現れない。Zyhumë もニャルラトホテプも、当サイトが全文を検索した範囲では0件である[1][5]。
後年の分類。 リン・カーターが、イホウンデーを地球本来の神々の一柱に分類したと伝えられる[4]。ツァトゥグァのような旧支配者や、ニャルラトホテプのような外なる神とは別の軸であり、この分類が既存の体系とどう噛み合うのかを論じた記述は確認できていない。
TRPGでの扱い
クトゥルフ神話TRPGの公式資料でイホウンデーがどう扱われているかは、当サイトでは確認していない。
登場作品一覧
| 作品 | 年 | 作者 | 確認の状態 |
|---|---|---|---|
| 土星への扉 | 1932 | クラーク・アシュトン・スミス | 初出。初出誌の本文を照合済み[1][2] |
| バーロウ宛書簡(のち『Parchments of Pnom』に集成とされる) | 1934 | クラーク・アシュトン・スミス | 通説。原文は未照合[5] |
関連神格・地域・書物
神格
- ツァトゥグァ — 信仰上の対立相手。初出作品ではゾタクアの綴りで呼ばれ、最後に崇拝を取り戻す側として描かれる[1]
- フジウルクォイグムンズハー — 同じ作品に登場する土星の神。エイボンが逃れた先で出会う[1]
- ニャルラトホテプ — 書簡由来の資料では夫とされる。初出作品の本文に名は現れない[1][5]
地域
- ハイパーボリア — 信仰圏。作中ではその突端ムー・トゥーランが舞台になる[1]
人物
- クラーク・アシュトン・スミス — イホウンデーの創造者
分類の考え方
参考文献
- [1] Clark Ashton Smith, “The Door to Saturn”, *Strange Tales of Mystery and Terror*, Vol. 1, No. 3(1932年1月)、390〜403ページ。発行W. M. Clayton、編集Harry Bates。初出誌のスキャン(archive.org、識別子 StrangeTalesOfMysteryAndTerrorV01n03193201)の全文テキストで、モルギと手下十二人の来訪、ゾタクア像への嫌悪、「エルクの女神」の呼称、審問の独房、エイボンの逃亡、結末における信仰の衰退と「大氷期が始まる前の最後の数世紀」という時期の記述を照合した。Zyhumë・Nyarlathotep・orthodoxy の各語が本文に現れないことも同じ全文テキストで確認している(行末のハイフン分割を復元したうえで検索した)。著作権状態を当サイトで判定できないため、原文からの直接引用は行っていない。
- [2] 書誌データベースISFDB「The Door to Saturn」Title Record #68947(該当ページ)。著者クラーク・アシュトン・スミス、発表1932年1月。同記録の収録一覧で、初出誌の編集・発行、および『Lost Worlds』(Arkham House、1944年10月)・『Hyperborea』(Ballantine Books、1971年4月)・『The Last Hieroglyph』(Night Shade Books、2010年以降)への再録を確認した。ISFDBは利用者が編集する書誌データベースであり、当サイトでは刊行年・版元といった書誌事実に限って用いる。
- [3] ラヴクラフト公式サイト hplovecraft.com の作品一覧(該当ページ)。「土星への扉」もイホウンデーの名も含まれないことを確認した(2026年9月14日確認)。
- [4] リン・カーターによる「地球本来の神々」への分類。当サイトは典拠となる文献を確認していない。発表年・掲載媒体を示せる資料が得られた時点で書き直す。
- [5] クラーク・アシュトン・スミスのロバート・H・バーロウ宛書簡(1934年9月10日付)および『Parchments of Pnom』。当サイトは原文を照合していない。ジヒュメを親とする系譜やニャルラトホテプとの婚姻をこの資料に帰する説明は複数の紹介資料に見られるが、当サイトの出典基準(編集体制のあるメディア・企業サイト・公式資料)を満たす裏づけは確認できていない。
FAQ
Q. イホウンデーはラヴクラフトの創造ですか。 A. いいえ。クラーク・アシュトン・スミスが「土星への扉」(1932年1月)で登場させた女神です[1][2]。ラヴクラフト公式サイトの作品一覧にも、作品名・神格名とも含まれていません[3]。
Q. スミスの作品なのに、なぜ「拡張神話」ではなく「原典」なのですか。 A. 当サイトの三層区分は、作者ではなく発表時期で分けているためです。基準はラヴクラフトの没年(1937年)より前か後かで、生前から神話を書き足していたスミスら文通仲間の作品も原典に含めます。「土星への扉」の発表は1932年1月にあたります[1][2]。
Q. イホウンデーとニャルラトホテプの夫婦関係は「土星への扉」に書かれているのですか。 A. いいえ。ニャルラトホテプの名は初出誌の本文に一度も現れません[1]。この設定はスミスの書簡・草稿群に由来すると伝えられるもので、当サイトは原文を照合していません[5]。
Q. イホウンデーの信仰が衰えたのはいつですか。 A. 初出作品の結末では、大氷期が始まる前の最後の数世紀にあたると書かれています[1]。エイボンが逃げおおせ、高祭司モルギまで姿を消したと人々が信じた結果、信仰が傾き、ムー・トゥーラン一帯でゾタクア崇拝が息を吹き返した、という流れです。
Q. 高祭司モルギはどうなったのですか。 A. 異界サイクラノーシュに残りました。エイボンとともに住人イディームの地へ落ち着き、そこで聖職者としての暮らしに入ります[1]。イホウンデーの神殿には戻らず、臨時の後継者が立てられました。女神の信仰が傾いた直接のきっかけは、この高祭司が帰らなかったことです。
Q. 作中でイホウンデー本人は姿を見せますか。 A. 見せません。登場するのは高祭司モルギと神殿の裁きで、女神自身の描写や台詞は本文にありません[1]。





